再び
キモい男のような女とカラスは仕留めた。次にどう来るか。たとえばここにいた人たちを影に落としたように私たちを足元から飲み込もうとしたらどうするか。状況は有利であっても常に敗北する可能性は模索する。勝つことに拘るんじゃなく負けることに拘る。これはナタリアさんたちには出来ないことで私やアールさんしか持っていない思考回路だ。
「あれだけの数の魔物を一気に撃ち落としたのは人生で初めてだったわぁ」
僅かだが快感があったらしく、やや興奮気味にフランシーさんは言う。その気持ちは分からなくもないけど刻印の輝きに鈍さが見える。
「思わず力んでしまって少し出力オーバーしちゃった」
いわゆるガス欠。復旧までやや時間を要するみたいな。あれだけの数を一網打尽にしたのだから、ハイリスクだけどハイリターンでもあった。
「ってかオーリーは?」
「置いてくなよ~ふらんしぃ~……ふぇええ~暗いところを一人で歩くの怖いよぉ~」
物凄く情けない声が聞こえ、フランシーが「あらあら」と言いながら声の主の元へと行って優しく抱き留め、頭を撫でる。
「あれに本当に私が負けるんですか?」
二人の様子を指差しながらナタリアさんに訊ねるも、その返事をしないまま視線を逸らされた。魔法で優位性が取られても他のところで帳消しにできる感がずっとある。大体、魔女を目指しているのに暗がりに弱いのは致命的でしょ。
「落ち着いた?」
「うん……」
フランシーから離れるとオーリーはスンスンと鳴らしていた鼻を、そして涙目だったそれを全て一気に切り替える。
「お前たち魔物を見つけたらこっちにも連絡を寄越せよ。班行動の意味分かってんのか?」
ナタリアさんを私はもう一度見る。このメスガキはあの弱みを見せておきながらこれまで通りに私たちに接しようと考えているのか、と。
「ともかく、フランシーとオーリーは今の攻撃をしてくる魔女狩りに心当たりはある?」
返事をせずにナタリアさんは仕事の空気へと無理やり持って行く。私は溜め息をつきつつ、仕方なくその雰囲気の乗る。
「パパ活を求めてくる男のフリした女とカラス。この二つに共通点があるようには思えませんが」
「魔女狩りは一体どんな感情に共感したのかが大事よね。共感した人物の生い立ちや事情まで垣間見えないとa.k.aの特定は難しいんじゃないかしら」
「特定しなくてもあたしたちには帽子があんだろ。魔力で捻じ伏せればいい」
「そう言えば一つ聞きたいことがあったんですよ。その帽子なんですけど――」
「もし帽子を被る前に魔女狩りに空間超越を使われたら、どうなるのか」
ゾクッとする。私は無意識にナイフを投げようとした右手を左手で掴んで止める。気味悪さや気持ち悪さに対しての寒気や鳥肌が立つなら投げていた。でも私が感じたこれは怖気であり恐怖。それも命に関わるものだ。アールさんにも言われている。『死にそうな恐怖を感じた相手は刺さずに一旦様子見して』と。
「自身が秘める暴力を抑え込むのに苦慮しているようだが、そんなことで我ら魔女狩りを仕留めることができるのか?」
ナタリアさんが魔力の波濤を放とうとしたので私は手でやめるように促す。
「猫の仮面」
呟き、感情を波を落ち着かせる。
「『魔女の大釜』を襲った魔女狩りの一味ですね?」
「ほう? やはり情報は落とすと共有されるものだな。こんな末端の魔女ですらない魔女候補生にまでワタシの存在が知れ渡っているなど」
こいつ、魔女だけじゃなく魔女候補生っていう存在を理解している。
「どういうこと、ヒヨさん」
フランシーが事情を訊ねてくる。
「そのままの意味です。『魔女の大釜』を襲撃した魔女狩りの中で、猫の仮面を被った魔女狩りだけ討伐できずに逃がしてしまったとアールさんから聞いています。いいえ、アールさん以外の魔女からも」
「アール? 何者だその魔女は? ワタシが相対したのは二人。ジルヴァラ・テイラーと、」
「魔女狩りと会話してどうすんだよ」
オーリーが高速で猫の仮面の魔女狩りに近付き、手刀を繰り出す。
「まぁ良い。魔女は常識知らず。会話を拒むことなど珍しいことではない」
手刀を柔軟な肉体をしならせて軽々と避けてみせ、伸びたままのオーリーの腕を掴んで容易く投げ飛ばしてしまう。
「無策で飛び込む魔女候補生は早々に退場させても構わないが、それは少し愉しみに欠ける。だから、話ができそうな魔女に一つ質問なのだが」
目を逸らしたつもりはない。ずっと猫の仮面の魔女狩りを捉えているつもりだった。なのに瞬きしただけで接近を終えていて、既に攻撃範囲に入っていることに否応なしに気付かされる。
「『魔女の大釜』の連中は“暗澹たる魔力”という言葉を使うが、どうして『ポインティハット』では“黒い魔力”と称する? どうして我らの色まで判明してしまっている? なぜ、我らしか知らぬ常識が既に魔女の方まで浸透してしまっている? たった二人に呟いた『黒色』の一言が全ての魔女に共有されたとでも言うのか?」
ヤバい、本当にマズい。一歩も動けない。踏み出せば殺される。下がっても殺される。左右に飛び退いても殺される。絶対のクリティカル距離に私は入ってしまっている。反撃のためにナイフを振るうべきなのかもしれない。でもそれすらきっと届かない。それは間違いなく蛮勇で、実行すれば死は免れない。かと言って我慢し続けたところで死が訪れるのが遅くなるだけ。
「私は知りません」
だから正直に答える。答えたところでこの魔女狩りの気分次第で首が刎ねられそうだけど、嘘をついた方が確率が高いと思った。
「“私は”、か? つまり、貴様以外は知っているかもしれないと?」
「はい」
素直に仲間を売る。
「あ、いえ、ナタリアさんは知らないかもしれません」
いつもだったらこんな言葉は付け加えない。ハキハキと裏切るというか自分が助かるためになんでもするモードに入るのに、どういうわけかナタリアさんを庇おうとしてしまった。
私は演技でもなんでもなく、本当の本当に友情も信頼関係もこの世にはないと考えていて利用して利用される不信な関係で物事は成立していると思っている。だから、自分の利益にならないことなのに他者を庇う行為に意味なんてないし、やるだけ自分という存在が危ぶまれる状況に追い込まれるローリターンな行為と認識している。
なのになんで一言、付け足してしまったんだろ。
「…………?」
猫の仮面の魔女がマジマジと私の顔を眺める。仮面の奥に見える瞳はとてもではないが人間のそれではなくて……瞳の中に無数の瞳が垣間見える。虫が有している複眼にも似ていて、私は大丈夫だけど集合体恐怖症には耐えられない視線だ。
「貴様もか?」
「なにがですか?」
「ワタシに嘘は通じない」
ナイフを手にしている右腕を掴まれる。
「『黒』を持っているな?」
簡単に腕が拉げた。
「なぜこうも容易く暗澹たる魔力に触れられる? 我らはいつまで経っても溌溂とした無色に手が届かぬというのに」
声が出ない。痛みで泣け叫びたいのに、喉が潰れたみたいに叫べない。私の腕、どうなるんだろ。ちゃんとまた動くようになるのかな。傷が残ったりしないかな。また同じようにナイフを握って、魔物や魔女狩りを刺せるようになるのかな。頭の中はそのことで真っ黒に染まり上がっていて、全ての音を聴覚が捨て去って、無音の中に私は沈む。
「ウザい」
無音の中で、心音だけが、血液の循環だけが私に主張してくる。
「ウザいウザいウザいウザいウザい」
落としていた感情の波が膨れ上がってくる。
「私の声、そんなに変? 私の声以外も見てよ……私を見てよ……」
「ほう?」
「誰も私を見てくれない」
ゾワゾワする。胸の奥から全身にかけてピリピリとゾワゾワと、恐怖を一掃するほどの痺れとムカつきと苛立ちと吐き気に満たされる。
「自発的にトラウマを刺激し、感情の波を荒立たせるか。ただ武器を握るだけで雰囲気を一変させた奴を思い出す。既に右腕は折った。では、屠ろうか」
「ナイス注目」
私の落ち込んでいた感情の波が一気に引く。
猫の仮面の魔女の背後にオーリーが迫る。翻り、手刀を避けて私と彼女から大きく距離を取った。
「今のは完全に入っただろ。なんで避けられるんだよ」
「なぜ立てている? 体が粉砕する程度には投げたつもりだが」
「こう見えてあたしの体は頑丈なんだよ」
その言葉をそのままの意味で使う子を初めて見た。圧倒的に子供の容姿でありながら投げられた程度ではビクともしていない。
「困ったものだ。『黒』を見せてもらおうと思ったが、見る前に阻まれてしまった。いや、そもそも最初から『黒』を見せる気などなかったのか? 自らの感情の波にすら嘘をつき嘯くか」
「ワケ分かんねぇこと言うなよ。あたしに分かる話をしろ、半裸女」
手刀を使った時点で私はオーリーが打撃格闘術を得意とする魔女候補生だと思った。でも、今まさに握り締められているのは馬鹿みたいに大きなハンマーだ。繊細さの塊でしかない私の魔道具に比べて雑で頑強で信じられないくらいの魔力が込められている。
「地面に注意しろよ!」
それは私たちにか、それとも魔女狩りへの挑発か。どちらにせよハンマーを歩道に叩き付けると地面が大きく大きくうねり、震撼し、隆起する。
「ちょっと待ってオーリー! 私が構えを取れないわ!」
先ほどまで張り詰めていた空気のため一歩も一言も発することのできなかったフランシーが震動に文句を言う。確かに私もバランスを取るのが精一杯で魔女狩りを追撃することができない。
「帽子を被って捕まえてやる」
ナタリアさんが感情の波を高める。
「一つ忠告しておくが」
魔女狩りは言いながら跳躍して街灯の上に立つ。
「貴様たちに攻撃を仕掛けたのはワタシではない。ワタシはついでに接触しただけだ。だから先に尋ねた。帽子を被る前に空間超越を行われたらどうなるのか、と」
「っ! 最悪!」
ナタリアさんは帽子を被る動作を中断させて舌打ちをする。
「先に魔女狩りに空間超越を起こされた。これじゃ帽子を被っても無駄」
「共感せずにワタシたちと相対することができ、万能に見える帽子被りもやはり先手を取られれば不発、或いは被ったところで無駄に魔力を消費するのみか」
猫の仮面の魔女が闇に消える。
「『魔女の大釜』に伝えておけ。襲撃、そしてデラシネは始まりに過ぎない。貴様たちの首を狩ろうと舌なめずりをしている魔女狩りは未だ多く、この世に蔓延っているのだとな」
それだけ言い残されても、空間超越に閉じ込められているんだから脱出できなきゃアールさんに接触すらできない。
まさかこの空間超越を起こした魔女狩りを倒すことが私への試練だとでも? 生死を賭けた戦いを試練なんかにしないでほしい。
「刻印よ、微笑め」
拉げた右腕に温かな感情の波が起こす治療魔法が施される。骨と神経が繋がっていくし筋肉の縫合も行われているけど、猫の仮面の魔女に握られた部分だけは青痣を残す。
「私にはこれが精一杯。あとは『ポインティハット』で治療を受けて」
ナタリアさんはどこかこの治療魔法を用いることを嫌そうにしていたが背に腹は代えられないといった判断をしたのだろう。でも私の怪我を心配してくれるなんて考えもしなかったな。
「ありがとうございます」
素直にお礼の言葉が出る。彼女はちょっとだけ気恥ずかしそうにした。それがどこか可愛らしく、とても微笑ましかった。
「おい、さっさとあたしに共感しろ。でないとお前ら全員をハンマーの衝撃と震動でぶっ潰しちまいそうだ」
「そっちが私たちに歩み寄る選択肢を与えてくれないかしら?」
「なんであたしがお前らに合わせなきゃならないんだよ」
「オーリー? そんなこと言わない。そんなワガママを言うなら私もあなたに共感しないわよ?」
「御免なさい」
相変わらずオーリーはフランシーに釘を刺されると秒で謝る。そんなに矢の魔法が苦手なんだろうか。まだハンマーを振り回しているところしか見てないからイマイチ感じ取りにくい。
「死にたくない。この気持ちで共感するのは簡単ではないですか?」
「そりゃ簡単よ? でも、死にたくないと思うレベルにも差があるでしょう? 日常的に死にたくないと思っているか、天寿を全うするまで死にたくないと思っているか。ここは微妙にズレていると思うのよ。あなたたちは…………前者で問題ないでしょうけど」
私とナタリアさんを見てフランシーさんが言い淀みそうになりながら説明する。
普段から死にたくないと思っているわけじゃないけどね。使命を終えるまでは死ねないと思っているだけ。私はアールさんから頼まれた仕事を完遂するまででナタリアさんは『ドライト家の面汚し』を殺すまで。規模や方向性は違っても胸に固く刻んだ死にたくないという言葉の形はニュアンス的に似通っていたから『ヒテリズ』と戦っているときに自然と共感し合えた。
「仕方ねぇな。あたしが合わせてやるよ」
「……そうね、オーリーがそう言うなら」
私たちの死にたくないという感情にそんな簡単に寄り添えるものなのか。訝しみながらも私たちは肩は組まないけど円状に纏まる。
「私は死にたくありません。まだ死ねません」
「私だって死ぬまでに果たさなきゃならないことがある」
「明日明後日明々後日、どんなことがあったって死ねるものですか」
「ぜってぇ死なねぇ。まだあたしは壊し足りないんだから」
「「「「共感可能」」」」
これで一応、オーリーの滅茶苦茶なハンマーの叩き付けで足元が揺れたってバランスを崩すことなく立っていられるようになるし、フランシーさんの矢がまかり間違って私を射抜いたところで針でチクッと刺された程度で収まるはずだ。
「あとは魔女狩りの正体を暴くだけね」
フランシーが一安心とばかりに息を吐く。まだまだ全然安心できる状況じゃないのにそんなに私たちと共感できたことが九死に一生を得るぐらいに大きな成果だとでも言うんだろうか。
「って言っても姿形も見えないんじゃ」
全て言い終える前にオーリーの視線は一点に向く。
「向こうから姿を見せてんじゃんか。こんなラッキーなこともあるんだな」
翼を象った骨を背中に生やす人間みたいな魔女狩り。背丈は私たちとさほど変わらないけど、放たれるオーラや魔力はどう考えても常軌を逸しているレベルで高く、全員で一気に畳み掛けても倒せる雰囲気はない。
アールさんはよく言っていたっけ。勝てない相手と戦うときはとにかく時間を稼ぐことって。でも猫の仮面の魔女狩りを前にした時に思ったけど、どれだけ時間を稼ごうとしたって向こうの都合でどうにもならないことだってある。
だったら私に出来ることは、やっぱり抗うこと。傷付ける意思を見せたなら反撃する。さっき猫の仮面の魔女狩りに右腕が折られたけど、あの明確な攻撃意思に対して私は反抗できなかった。その分をあの魔女狩りにぶつけよう。そう心に決める。
「a.k.aは『嘘つきの翼』」
フランシーさんが静かにそう呟いた。




