必中
施設から魔女と魔女候補生が次々と出発していく中で、私たちはいつも通りエレベーターへと乗り込む。
「あんまりパッとしませんねぇ」
もっとカッコいい華やかな移動をしてみたい。最初は秘密結社や隠れ家、秘密基地といった雰囲気でエレベーターでの移動も新鮮だったが、もう飽きてしまった。
「地味だけど確実よ? 少なくとも魔物や魔女狩りには怪しまれないもの。魔女たちが魔法に頼らずエレベーターを使っているのは想像の外だもの」
溜め息をついた私をフランシーさんが諭す。言われなくても分かっているけどここは素直に肯いておく。
「いやぁ腕が鳴るぜ」
右腕をブンブンと回しているオーリーはあまりにも無邪気過ぎる。やっぱりフランシーさんと同じでどこか緊迫感に欠ける。私も加えると三人ほど緊張もなにも放り出しているわけで、そうなるとその全てがナタリアさんに集中しているとでも言わんばかりの感じで表情が強張っているのが分かる。
「そんなに緊張することですか?」
「あなたたちに振り回されることがあったらドライト家の名折れよ」
さっきプライドバトルがどうこうと口にしてしまった手前、意識してしまっているのだろう。今まで無意識だったことを急に意識し出すと心のありようが変わる。簡単なことで言えば風邪を引いてそうでも体温計を見るまではなんとなく元気だけど、体温計でまざまざと熱を認知すると急に体が重たい気になるみたいな。これはあくまで軽いもの。重いものならそれは病魔やトラウマと呼ばれる。
「四人なら楽勝だろ。誰かが足を引っ張らない限りな」
「引っ張らないでくださいよ、オーリー」
「お前だよお前」
誰のことを言っているのやらと返事してみたら強調された。ううん、口調と態度さえマシならただの可愛い女の子なのに。いやその二つを奪ったら個性が無いも同然か。私が求めているのはお人形みたいなオーリーになってしまう。
「戦っている最中に喧嘩するのは駄目よ? 私たちは共感しないといけないんですもの」
魔女狩りや魔物と共感するか否かは別として班として行動するなら共感は必須だ。でないと互いの魔法で魔物を前にしてフレンドリーファイアよろしく自滅する。
エレベーターが地上階に到達し、私たちはイソイソと降りる。このエレベーターを待っていたかのように人々がなだれ込んですぐに定員オーバーとなって扉は閉じられ、地下へと降りて行った。あのエレベーターに並んでいる人たちは決して『ポインティハット』の施設には辿り着けない。分かってはいても少しドキドキはする。知らなくていいことに気付いてしまうんじゃという無意味な他人の心配だ。こんなことを考えていると自分を駄目にしてしまうのでさっさと意識の外へと放り出す。
「あれ……? ここって」
「気付くのが遅いわ」
私が最初に案内された駅じゃない。
「あのエレベーターって他の駅にも繋がっているんですか?」
「ええ」
「駅だけ?」
「ええ」
「なんで駅だけなんですか?」
「知らないわよそんなの!」
ずっと肯いていたのに率直な質問をぶつけたら一瞬でキレられた。やっぱり今のナタリアさんは心の余裕がなさそうだ。
「一応、どの駅にでも繋がっていることでほぼ全域は網羅できているわよ?」
「でも首都圏だけですよね? 全国に繋がっていた方が良くないですか?」
「……人の心は狭くても日本は意外と広いのよ」
フランシーさんはなに格言や名言を言ったみたいな雰囲気を出しているんだろう。それもどこか寂しげな感じを出しているのが私への印象を最悪な物にする。どこか受け入れにくい。ナタリアさんとは割とすぐに打ち解けたのにあとの二人とは時間が掛かるかも。
って言うかナタリアさんがいるせいか。『弱さ』を見せれば敵意が無いことを伝えられる。でもナタリアさんが傍にいて「気持ちが悪い」や「それ、嘘だから」と言ってくるせいで通用しなくなってしまっている。しまったなぁ、フランシーさんやオーリーと初遭遇するのは彼女がいないときの方が良かった。その方が私も内情を探れたのに。色んな理由でチャンスを逃している。これじゃアールさんに怒られちゃう。
「魔物……っぽいのは感じねぇけどな」
指示通りの現場に来たものの魔物の姿はない。広がっているのは人酔いすら起こしてしまいそうなくらいの人だかり。こんな激混みの中で仕事に行ったり遊びに行くっていうのは私にはあんまりイメージできない。魔女候補生になる前は当たり前だったことが今になって考えてみればどれもこれも異常だったのではと思えてくる。バイアスが掛かっていたり洗脳もあるかもだけど、多分だけど私はアールさんに拾われなくてもそういう生活が向いていなかったんじゃないかな。
「魔女狩りが魔物を使役していた前例もあります。それに、」
「ちょっと待ってちょうだい」
私の言葉を遮るようにフランシーさんがボソボソと「はい」と返事をしたり「ではどうすれば」と訊ねたりしている。あれは多分、『ポインティハット』から魔法を通して直接、脳内へと声が送られている。
「魔女候補生が複数の魔物と交戦中、一部の魔女狩りにも魔女が応戦中みたい」
「それで? 私たちはなにをすればいいのかしら?」
「この繁華街に隠れ潜んでいるであろう魔女狩りを特定してほしいそうよ。発見しなくても、a.k.aさえ判明すれば魔女を派遣することができるから」
「繁華街って……こんなバカ広い繁華街全体かよ!」
オーリーは「あり得ね~」と愚痴を零す。
「あたしこういうの苦手なんだよな」
「ははっ♪ 言わなくても分かりますよ」
探すのが苦手というより細かいことに気を配ることを得意としてない。血液型占いならO型っぽい。その血液型占いも日本以外じゃ通用しないらしいから「O型っぽい」と言ったところで三人には通じないだろうから言わないけどさ。
「なぁフランシー? あたしは別に喧嘩を売ろうとも思っちゃいないのにこいつが勝手に喧嘩を売ってくるんだが」
「仲良くしなさい」
「ちっ……フランシーさえいなけりゃお前なんか」
ブツブツと言いながらオーリーは単独行動を取りそうになったので慌ててフランシーが彼女を追い掛ける。
「二人っ切りになっちゃいましたね、テレテレ」
「そのテレテレってのがいらないのよ」
そこはかとなくナタリアさんは安堵の息をついている。私には見せることができてもあの二人には見せられない一面があるのかもしれない。友達の友達へ見せる微妙な空気感みたいな。打ち解けるとそれは友達を介さない友人関係になるから必要無くなるんだけど、まだ友達無しでは話せない時期は自分というものを偽るし、可能な限りは良く見られたいと思う。それは同性だろうと異性だろうと一緒だろう。
「でもフランシーさんはどうしてオーリーさんを追い掛けたんでしょう? 二人一組で動くなんて仰っていませんよね。情報収集なら一旦解散した方が良くないですか?」
「本気で言っているのかしら? ここは有数の繁華街にして歓楽街。繁華街は若者の街みたいな雰囲気を出しているけど脇道一つ逸れるだけでその裏の顔とも言うべき退廃的で鬱屈していて吹き溜まりのような世界が広がっている。そこには私たちが予想もできない世界が広がっている」
「補導されたら大変ですね」
「それだけで済めばいいけど……まぁオーリーになにかしようとする輩がいたら殺されるだろうけど」
私たちは身を守る術を持っている。けれど、身を守る術を持っていない未成年が犯罪行為に巻き込まれた場合、どのようにして危機を回避すればいいのだろう。
ナタリアさんと一緒に繁華街を歩く。まずは魔力の残滓を見つけなければならない。魔物か、それとも魔女狩りか。そのどちらかの手掛かりを掴むところからだ。
「あなたはもし犯罪行為に巻き込まれそうになったらどうする?」
「ひょっとすると完遂するかもしれません」
「お金欲しさに?」
「はい」
「それは、遊ぶ金欲しさの犯行?」
「はい」
「驚いた。あなたはインドア派だと思ったら意外とアウトドア派なのね」
「いえ、インドア派ですよ?」
「だったら、遊ぶ金って……なにに使うのかしら?」
「ゲームですよゲーム。スマホゲーには十連ガチャなるものが実装されているのは知っていますか?」
「十連……ガチャ?」
「そうです。これが結構な額を要求するんですよ。なのに最高レアの排出率が2%だったり3%だったりするんです。フェスで排出率二倍になることもありますが、それでも4%や6%です。バカバカしくないですか? 10%にも満たない確率なのに排出率二倍で『ありがとう』とか『神』とかSNSで書いちゃう感じ。異常ですよ。その異常さが、ふふっ♪ 物凄く面白くておかしくて見ていて飽きないわけですけど」
「じゃぁあなたは魔女を目指さなかったら、たかがゲームの十連ガチャのためだけに犯罪行為に手を染める可能性もあったってこと?」
「師匠に拾われることがなければ、そうなっていたかもってだけです。拾われたのでセーフ」
呆れた、とナタリアさんは顔で私に伝えてきた。
「拾われなかったらアウトだったことを自信満々に言わないで」
「でも人生ってそういうものじゃないですか? 余裕が猶予を持って選択できる場面はありますけど、思い返せばギリギリのラインでなんとか生きているなぁとかなんとか助かっているなぁみたいな」
「達観しすぎ。何歳なのよ?」
「今年高校生になる予定でした」
「……私は同い年に人生観を語られるという罰ゲームをどうして受けさせられているのかしら」
額に手を置いて小さく呻いている。でも年下に語られるよりはまだ同い年に語られる方がダメージは少ないと思う。でも優しいな、ナタリアさんは。私だったら多分だけど関係を断つ。だって気味が悪いし近寄りにくくなるから。
「それで、どうして犯罪行為についての話題を?」
「繁華街が発展すればするほど退廃的な裏の顔も大きく肥大化していく。犯罪は栄華に隠れ、発見されにくくなる。次第にそれらは膿のように膨らみ、いつか破裂する。それが致命的で深刻なものにならない内に摘出しなければならない」
「…………よくは分かりませんが、煌びやかな世界の裏側に魔物や魔女狩りは逃げ隠れしやすいってことですか?」
彼女はなにも答えないが、私の回答には満足しているように見えた。
負の感情に共感した魔女狩りは、結果的に負の感情が滞留する場所を好むようだ。
「なら、オーリーやフランシーさんが向かったところは間違ってないと?」
「だから私たちは逆側の脇道から調べていくわよ」
そう言ってはいてもナタリアさんはどこか脇道へ入ることへ躊躇いを感じているようなので私が率先して先に進む。地獄を見ていなければ光のない陰のようなところに入るのは怖い。もうどうなったっていいって思えるくらいの破滅感情を抱いたこともなければ怪しい場所に歩を進ませるのには勇気がいる。彼女に成せないのであれば私がそれを成すだけだ。
気味の悪い視線が向けられる。値踏みするような視線だ。まさか私たちがパパ活するためにこの脇道に入ってきたとでも思っているんだろうか。いや、この考え方は退廃的な雰囲気にやられてしまっている。そもそも、そういうことを私たちは求めていないんだから胸にあるこの感情は一言で表してしまえばいいのだ。『気色が悪い』と。
「あれ……?」
「どうかした?」
「さっきまでそこに男の人がいませんでした?」
「そこまでしっかり見てないわ」
でしょうね。さっきからお化け屋敷に来た子供みたいに周りを見ないようにしつつ私の着ているドレスの端を摘まんで歩いているだけだし。と言うか、さっきから男の人たちの視線が気色悪いのはドレスを着ているせいでもある。特にナタリアさんは魅せるドレスを着ているから余計に目立ってしまっているのだ。
周囲の人たちが次から次へと影の中へと沈んで消えていく。
「魔物……魔女狩り?」
どっちだろう。さっきまでの男の人たちは幻か、それとも魔物によって影の中に引きずり込まれたのか。音も声もしなかったからなんにも分からない。
「下調べもせずに魔女狩りと共感するのはほぼ不可能だけど」
魔物ならワンチャンあるだろうけど魔女狩りだった場合、私たちは死刑宣告を受けることになる。昔から運だけは悪かったから魔女狩りに標的にされている可能性がある。死ぬまでの間にa.k.aを特定できればいいんだけどな。
『コん、にヂ、ワッ!!』
ああ、これは間違いなく魔女狩りだ。私はドレスのサイドスリットから太もものガーターリングに差し込んでいたナイフを引き抜いて間髪入れずに正面に現れた化け物へと突き立てる。
『あぁあああ゛ア゛ああ゛ッ! いだい、痛い、いダいよぉおおお゛』
「痛みなんて感じていないクセに」
私が呟くと仰け反りながら悶絶していた化け物が急に静かになり、仰け反っていた上半身を一気に戻して真顔でこちらを見つめてくる。化け物と表現したが、まだギリギリではあれど人の姿を保っている。声は男性であったが、この体の特徴は……そして崩れてしまったが顔はどちらかと言えば女性的なものを感じる。
『お嬢、チャンっ! は! いくら、が、ナっ! あはっ! あは゛! あははっ!』
「キモい」
しっかりとした拒否を示しながら私は無意識にナイフで目の前の化け物を切り刻んでいた。『弱さ』を晒すのを忘れて、自身の内に秘めている強烈な嫌悪感から来る感情の波に身を委ねてしまった。
「やり過ぎ」
気付けば化け物は動かなくなっていて、私は血まみれになっていた。なのに両腕でまだ私は化け物の体をまるで鍬で畑を耕すかのように刺し続けていた。ナタリアさんに止められなかったらこのまま肉片になるまで刻み続けていたかもしれない。
「あなた、『黒』なの?」
「なにがですか?」
無表情と無感情だった顔に無理やり笑顔を貼り付けて私はナタリアさんに嘯いてみる。
「……まぁ良いわ。あなたが何色でも私には関係ないことだから。関係あることと言えば、そのドレスを弁償してくれるかどうかかしら」
「あ~」
魔物の黒い血でベットリと染まり切ってしまっているドレスを見て私は不思議と自分に似合っているなどと場違いなことを思ってしまう。
「出世払いでどうですか?」
「あなたの出世払いは色々と怖い。お礼参りみたいな意味合いがありそう」
「さすがに深読みし過ぎですよ~。でもこれで繁華街に逃げ込んだ魔物は倒せたんじゃないですかぁ?」
「まだよ」
冷たい眼差しが周囲を捉える。
「まだ気配が消えてない」
「それは……どうします? ナタリアさんの氷魔法で周囲一帯を凍らせます?」
「あんまりやりたくないわ。『ヒテリズ』の時は全体に攻撃すれば確定で当たると思ったからやっただけ。まだ遮蔽物で魔法を防げる状態で魔力を消費したくない」
あれはかなり行き当たりばったり感があったし、今回も行き当たりばったりでやってくれればいいのに。
「魔女狩りが氷に耐性を持っていたら厄介だし」
「『氷姫』のような?」
「ええ」
確かに魔法には属性があるんだけど、実際のところどうなんだろ。氷の魔法を使う魔物や魔女狩りは魔女の唱える冷気や氷魔法に耐性を持っているんだろうか。でも由緒正しきドライト家のナタリアさんが言うのなら私の疑問は本当に無知から来る無意味なものなんだろう。
「さっきのは間違いなく魔女狩りがあなたに魔物をけしかけたわ。つまり、あなたは魔女狩りの標的にされてる。相当に好き者なようね。よりにもよってあなただなんて」
そんな私を好む魔物はゲテモノ好きみたいな言い方はしないでほしい。
「『デラシネ』だったらどうします……?」
「だったらもう『魔女の大釜』から魔女が来ているでしょ。ラスティーの『赤』を奪った忌々しき魔女が」
そう言ってからナタリアさんは辺りを探るように体を動かしていたが一点に視線を集中させて二の腕の刻印に人差し指を滑らせる。
「刻印よ、描け」
彼女の捕捉する地点のみが凍結し、氷像の騎士が生えてくる。握り締められて剣で廃れた建物を切る。バサバサバサッと剣戟から逃れるように飛び出してカァカァとカラスが鳴く。ナタリアさんは躊躇なく氷像の騎士に指示を出し、剣戟がカラスを切り裂いた。
「上!」
私は上空を指差す。そこには信じられないほどのカラスの大群が雲の如く飛び交っており、その瞳が赤く煌々と輝き次から次へとカァカァと鳴く。
「しまった」
隠れていたカラスは罠だったことにその一言で私も気付く。さっきまで空にここまでのカラスは集まっていなかった。だからあの一匹を攻撃したことが起因として魔物か魔女の魔法が発動したんだ。
「あれ全部を仕留められる?」
「無茶言わないでくださいよ~」
言いながら楽しそうと思いながら私はナイフを手に取る。一人当たり何匹だろう。ナタリアさんが氷魔法で全部凍らせれば簡単な話なような気もするけど、相殺させるためだけに使いたくはないと言いそうだしワガママを言うのはやめよう。百匹ぐらい担当すればなんとかなるだろうし。
「任せて」
フランシーさんの声がして、同時に光の矢が中途で幾重にも分裂を繰り返し、空を飛び回るカラスを全て正確に射抜いて撃墜する。回避行動を取ったカラスさえも追尾性を有する矢は追い掛けて撃ち落としている。たった一射で五十、次の二射目で更に五十。計百匹のカラスが一瞬で空から掻き消えた。
残心と残身。一射ごとに弓術の基礎を行い、次の矢を弓につがえている。フランシーさんの矢があまりにも強烈に凶悪だったためか空に残った全てのカラスは一点に密集して巨大化し、隕石のように彼女へと落下する。
「無駄」
弦を引いて狙いを定めるフランシーさんの代わりにナタリアさんが呟く。もはや巨大なカラスすら視線を向けていない。もうこの魔法への対処は済んでいると言わんばかりに再び周囲を警戒している。
「刻印よ、穿て」
右の手の甲と矢じりの刻印が同時に瞬き、放たれた矢は光線となって巨大なカラスを貫いた。内部から爆炎が生じ、焼けたカラスがボトボトと周囲に落ちながら魔力の残滓と化して消えていく。
「フランシーの魔法は一子相伝。あれに狙われたら最後。絶対に逃げ切れない」
「へー」
テキトーな相槌を打ちつつ魔物、及び魔女の次の行動を私は待った。




