これは信頼と呼べるものか?
*
「ナタリア? 私よ、フランシーよ。扉を開けてくれるかしら?」
コンッコンッとノックされる。ドアを叩く音なんて誰でも同じ音を鳴らせると思っていたけど、ドアという障害物を跨いでも上品さが残るのはフランシーさんの落ち着いた声と普段から放たれている優雅さのおかげかな。
「開けないんですか?」
「……はぁ」
溜め息をついてナタリアさんは本を閉じる。
「どうせあなた絡みだから開けたくなかったんだけど」
「私ですか? まだ話も聞いていないのに勝手に決め付けるなんて酷いですよ」
「どうだか」
呆れながら彼女はドアの鍵を外す。
「開けたわ、フランシー」
フランシーさんが少しだけ開けて、まず中の様子を探るような視線を向ける。続いてゆっくりしっかりと扉を開き切り、ナタリアさんに向き直った。
「なにか?」
「他の魔女候補生からクレームが来ているのよ。その……ヒヨさんに」
「ほらね」
私に向かって勝ち誇った顔をナタリアさんは向けてくる。
「どんなクレームかしら? 一応、私も聞いておくわ。だってルームメイトのやらかし度によっては一緒には生活できないもの」
「えっと……その、人を刺したみたいで」
キッとナタリアさんに睨まれたので私は即座に視線を逸らす。
「それも結構な深手らしくって。医務室に送られたから後遺症も残さず治せるだろうけど」
「つまり、後遺症が残ってもおかしくないくらいの傷だったと」
分かりやすいくらい言葉の一音一音を私に聞こえるよう正確に、苛立ちの感情を混ぜながらもアクセントは存在せず機械音声のような喋り方で伝えてくる。
「釈明会見をさせてください」
「いつから不祥事を起こした有名人になったのよ」
チッと舌打ちをされてしまう。
「ムカついたから刺したんじゃないの?」
「ムカついたから刺しましたけど。え、正義感で刺したと思いました?」
更にチッと舌打ちをされた。
「それじゃ釈明にもなっていないわね」
あらあら、とフランシーさんが戸惑う。
「その魔女候補生には運が悪かったと伝えておいて。通り魔に遭遇したのが運の尽きだとも」
「私は通り魔じゃないですよ!」
「通り魔じゃなければ普通は人を刺すわけないわ」
私のことをどこまでも軽蔑する眼差しでナタリアさんは言う。
「悪質性が高いから捕まえたらどうかって話も上がっているらしくって。だってこれで何度目?」
「五回目かしら」
「八回目です」
ナタリアさんの発した言葉を訂正すると今度は足で近くの植木鉢を蹴った。自分で持ち込んだというのに観葉植物がかわいそうだとは思わないんだろうか。
「その様子だとナタリアはヒヨさんを制御できていないみたいね」
「私は彼女のお守りをさせられるためにルームメイトになったわけじゃないの。制御やコントロールみたいな言葉はヒヨ・オノウエに失礼よ」
あんまり関係ないところで庇われても困る。
「あなたは怖くないの?」
「怖くないわ」
逆に、とナタリアは続ける。
「傍にいないことの方が怖いわね。いつ因縁を付けられて刺されるんだろうと思うと。だから手元に置いておけば私は安心できる」
「捕まえた方が安心できそうだけど」
「安心できないわ。そんなことして反感を買えば次に狙われるのは私かあなたよ? この子の判断能力には見知った相手かそうじゃないかの区別はないと思っていいわ」
滅茶苦茶なことを言われているんだけど私は怒られている立場だから物言いしても睨まれたりするだけだし、もうちょっと我慢しておこう。
「でもそれはあなただけの安心であって魔女候補生たち全員の安心にはならないわ」
「なにを言っているの? それで構わないじゃない。別に魔女候補生全員が仲良しこよしじゃなくたっていいし、誰が損しようと自分が損しなければいいだけのこと。あなたは違うの、フランシー?」
「違わないけれど」
困ったように私にフランシーさんが目を向ける。
「せめて襲った理由を教えてほしいわ」
「言いなさい、ヒヨ・オノウエ」
やっと私がしっかりと説明できるタイミングが来た。ウダウダと喋っていないでさっさと私に話を振ってくれればよかったのに。そうすればこの問題の解決はもっと早かったはず。もっとタイパを重視してほしい。
「ムカついたから刺した」
「それ以外で、よ。なにかあるでしょ?」
もう今にも怒りを爆発させそうなトゲのある声に私は小さく「ひぃっ」と鳴いた。
「あの、その、えっと。声を馬鹿にされたので思わず刺しちゃいました」
「だ、そうよ。会って間もない相手の特徴を馬鹿にした時点で同情の余地は無いわ」
「喰って喰われて、喰らい合いの世界だものね。まだ未知数の相手を前にして罵倒は命取りだと私も思うわ。けれど、本人たちが納得するかどうか」
「納得するもなにもないでしょ。ヤバい奴だと一目見て分かんないから刺されただけ。殺されなかっただけありがたかったと思うべきだわ」
「ナタリアはヒヨ・オノウエの肩を持つのね?」
「ここで全否定したら私が刺されるかもしれないじゃない」
私をなんだと思っているんだろう。見つけたら手当たり次第に噛み殺す野性の肉食獣みたいな扱いだ。
「魔女候補生に扮した魔女狩りじゃないかって噂もあるけれど」
「それはない」
「八人も魔女候補生を刺しているのに?」
「魔女狩りだったら殺しているでしょ。殺されてないことが魔女狩りじゃないことの証明になるわ。実際、魔女候補生に扮した魔女狩りは魔女を三人殺しているはず」
「なのに未だ足取りも、誰に化けているかも分からない。だから怪しいと思ったらその全員を捕まえるべきだとも私は思うのだけれど」
「真っ当な意見として受け入れておくけれど、彼女を突き出すのは反対するわ」
「どうして?」
「だから言ったでしょ。私は刺されたくないのよ。死にたくないならあなたも私の意見に賛同するべきよ」
私ってナタリアさんに怖れられている?
「そりゃ私も……」
言いにくそうにしつつフランシーさんは私を見る。さっきからチラチラと様子を探ってくるけど、そんなに怯えなくてもよくない?
「刺されたり、殺されたくはないけれど」
「だったらこの話は終わりにしましょう」
「うっ、うっ……嬉しいです。ナタリアさんが私のことをこんなにも信じてくれているなんて感無量です」
「その分かりやすいくらいの嘘泣きはやめてくれないかしら?」
「嘘泣きだったの?」
バレるのがやっぱり早いな。フランシーさんは騙せていたから私の『弱さ』はちゃんと発揮されているはずなんだけど。
「とにかく、ヒヨ・オノウエを魔女狩りだなんだと疑う話は一旦終わり。一旦ね」
強制的にナタリアさんは話を切った。一旦という言葉を使ったのは可能性の一つとしては残しておくという意思表示だ。確率としては低くても要素としては残しておくみたいな。十連ガチャにおけるSSR的な立ち位置。そう考えると私は物凄いレア枠なわけだからテンション上がってきた。
「けれど、八人もあなたの声を罵るような魔女候補生がいるなんて」
「私も驚きました。容姿より先に声を馬鹿にする人がいるとは思わなかったので」
実際は声以外も馬鹿にされたから刺した。それはナタリアさんや私の師匠に対しての罵詈雑言だったり、あとは人として態度があまり良くないから「刺すべきか刺さないべきか、うん、刺そう」と結論に達した。危害を加えてきた相手に対して反抗する。これは私が人を傷付けるときの条件として師匠から提示されたものだ。だから私を傷付けるように差し向けるのは手間だったけど最終的には刺せたので良しとする。
「魔法で反撃されなかったのかしら?」
「はい」
「…………一発で仕留めたわけではないでしょう?」
フランシーさんの問いかけに返事をするとナタリアさんが物凄く懐疑的な声を発する。
「刺されたら反撃する魔女候補生はいるでしょ。致命傷じゃないなら尚のこと、意識を失う前に一発はお見舞いしたくなるはず。あなた、一体どうやってその反撃を防いだのかしら?」
「秘密です。女には秘密の一つや二つあった方が神秘的じゃないですか」
人差し指を口元に当てる感じで言ってみせるが、二人には上手く伝わらなかったのか無反応だった。これだと決め顔をしたジェイクさんと同じぐらいの外しをしてしまったわけだけど、二人の間で私が蛙化していないか心配になる。
「それでフランシー? 話はもう終わったけれど、どうしてまだ部屋から出て行かないのかしら」
「まだ話したいことがあるからよ」
にこやかに彼女は答える。
「近い内に魔女候補生だけでの食事会が開かれるわ。私たちはB班として四人でテーブルを囲むみたい。班長の私がそれを伝えるように言われたのよ」
「食事会……美味しい物が沢山食べられます」
「あなたって話の内容によっては露骨にIQが下がるときない? この前、一緒に魔女狩りを討伐したときのあなたとでギャップがありすぎるわ」
「ギャップ萌えを狙ってます」
えへへと笑うと「キモッ」と返される。その返事をされるのは最初こそ泣きそうになってしまったが、二日ぐらいで慣れた。「気持ちが悪い」を言うにはやや長すぎるから省略したらしい。そしてその言葉も私の作り笑いへの条件反射として使われるようになりつつあるようだ。
「あら、美味しい物を食べたいと思えるのは良いことよ? 本当に辛いときはどれだけ美味しい物でも味が分からなくて、なにを食べても無を感じるんだから」
「あんまりヒヨ・オノウエの言っていることを真に受けちゃいけないわ。でないと思わぬ転び方をするわよ」
経験済みのナタリアさんはフランシーに忠告する。
「四人ってことは、あと一人はあなたのルームメイトの?」
「ええ、オーリーよ。かなりやんちゃでわんぱくな子だから気を付けてね」
「オーリーさん?」
「オリビア・マーティン。オーリーは愛称ね。私がフランソワでフランシーを愛称としているのと一緒よ」
「でもフォースター家は特殊よね。女性のあなたにはフラニーと名付けるべきだったのに男性名としてよく使われるフランソワだなんて」
「次代の当主が女性なことを私が産まれた当初、受け入れられなかったみたい。成長するに連れてお父様が色々と働きかけてくれて今じゃ居心地のいい実家になったわ。私のことを言うなら、あなたはどうなの? どうして愛称のナターシャとは呼ばせてくれないのかしら」
「その愛称で呼んでくるのは私が殺したい相手だけだから。だから私をそう呼ぶ奴はみんな殺す相手として考えるわ」
「へー、物騒なことを仰るんですね、ナターシャさんは」
しばし部屋に沈黙が流れる。
「人の話を聞いていなかったの、ヒヨ・オノウエ?」
「聞いていましたよ、ナターシャさん」
「殺されたいの……?」
声のトーンをしっかりと落とし、明らかな殺気を私へと向けてくる。
「殺してみます?」
いつでも魔道具は手元に出せるようにしてある。遅れは取らない。むしろ圧倒できると思ってる。あとはナタリアさんが仕掛けて来てくれれば条件を満たして私は反撃することができる。
「…………安い挑発には乗らないわ」
見せていた殺気を緩める。
「さすがナタリアさん。そう言うと私は信じていたから愛称で呼んでみたんですよ」
「調子の良い子。あまり好き勝手させちゃ駄目よ、ナタリア?」
「分かってる。手綱を引く気はないけど、本当にどうしようもないことをやったときは私が責任を取って排除するわ」
そんなのナタリアさんに出来るわけない。本人だってそれには気付いているはずだ。だって彼女の魔法に対して私の戦い方は圧倒的に有利だから。
「なに勝ち誇っているのかしら? そんな風に調子の乗っていると足元をすくわれるわよ。特にオーリーはあなたにとってのクリティカルね」
そんな言葉を私に向けて、ナタリアさんはフランシーさんと一緒に部屋を出て行った。




