バカバカしくも
*
「魔女が被る『とんがり帽子』が気になるか?」
私とナタリアさんが――というかほぼ私が書いた報告書を提出し、一通り目を通したあとジェイクさんは私が抱えていた疑問をそのまま言葉にしてぶつけてきた。
「共感もしていないのに魔女狩りを討伐できるなんて知りませんでした」
「ああ、私も最初はそんなことは不可能だと思った。だが、可能だった」
「原理は? どういう理屈で?」
「君が知る必要はないが……まぁ、知ったところでなにかしら害を生み出すわけでもない」
ジェイクは報告書に判を押す。
「自身の魔力で構築した帽子を被る。そうして空間超越を起こす。これはつまり、自身の魔力で周囲一帯を満たすことを意味する。一見して、意味がないようにも見える。ただ無駄に魔力を消費しているようにも思える。だが、『色』を持てば別だ。『色』に染まった魔力というのはつまり、感情に染まった魔力。魔女狩りは魔女が満たした感情に浸され続ける。強制共感とでも言おうか」
「ですが、魔女狩りは黒い魔力を保有しています。感情に浸され続けたところで、染まりようがないのでは? 染まらないということは共感しないということ。何色にでも染まる魔女側から共感するから、魔女狩りは黒い魔力を維持できなくなるはずです」
黒い魔力に対抗できるのは透明な魔力。何色にでも染まるから、黒を飲み下すことができ、黒を無理やり違う色へと変えることができる。全ての色が混ざると黒色になるから意味がないようにも思えるけど、それって黒には無限の色が詰まっているとも言い換えることができる。その中の一色に魔女は共感することで魔女狩りに対抗する。
「ああ、だから……相手がこちらに染まるのを待つのではなく、こちらが相手に染まるようにする」
「黒色の魔力に透明な魔力で染まりに行くと?」
相手の感情を手繰り寄せるのではなく、自ら飛び込みに行く。
「危険じゃないですか? 魔女狩りに共感すること自体が危険なのに魔力まで相手側に染まりに行くのは」
「だが、相手の色に染まることで魔女狩りを討伐することができる。我ら『ポインティハット』が有する魔女の帽子とはそういうものだ」
絶対の自信を持っている。ジェイクさんは私がどれだけ危険と言ったところで考え方を変えないだろう。魔女候補生の言葉になんてそもそも聞く耳を持たないはずだ。それでも説明してくれて、私の言葉に一応の理解を見せているフリをしているだけありがたいと思わなきゃならないのかな。なんかそれはとても癪だけど。
「そもそもどうして黒色の魔力が危険で透明な魔力が安全なのか。考えたことはないか?」
「ありません」
即答する。黒を悪と捉えているのではなく魔女狩りが黒い魔力を保有するから悪いと解釈してる。それに透明な魔力は常に私たちの傍にあるものだから、今更それを否定する思考を持てない。常識を非常識で覆されたくはない。
「だが、君が用いる『弱さ』による接近は、透明な魔力がもたらすものじゃないだろう?」
『ヒテリズ』との戦いを見てきたかのような言い方だ。いや、本当に見ていたのかもしれない。監視ぐらい魔女界隈では当たり前だ。ジェイクさんは魔女じゃないだろうけどホムンクルスぐらいは従えていたって不思議じゃない。もしかしたらホムンクルスじゃなくてナタリアさんみたいに召喚や使役する魔法でこちらを見ていたのかも。
「『スクリーム』。もしくは『ノンデリ』か?」
「なにを言っているんですか……」
「君の接近して相手にナイフを突き立てる戦法に名前を付けるとしたら、と思ってな。スクリームは『心の叫び』、ノンデリは『距離感皆無』と書く」
え、ウザい。なんで私より年上で中二病なの? キモいキモいキモい。決め顔で言っているから掛け算されて余計にキツい。寒気と悪寒と鳥肌が立っちゃったんだけど。
「……通じない、か」
さながら私を試したみたいなこと言っている。決め顔が失敗に終わったからってそんな一言で全て無かったことにできるとは思わないでほしい。少なくとも私の中でイケオジだったジェイクさんはもう既に過去の人になっている。蛙化現象を舐めないでほしい。
「一人で盛り上がっているところ悪いんですけど、もう戻っていいですか?」
「ここまで話して帽子を被りたいとは思わないとはな」
「手に入れられる力であれば私は手に入れたいとは思いますが、残念ながらリターンよりもリスクの方が勝っていると判定して今は様子見させていただきます」
マズったかな。「えーすごーい、どうやればいいんですか~?」って甘えた声出しながら相手に気持ち良く帽子の被り方を教わった方が諜報としては正しかったような気もする。でも蛙化がなぁ……教わりたくないなぁが勝っちゃった。
「いずれ君も帽子を被るようになる。誰もこの力には抗えない」
部屋を出る間際、ジェイクさんはそんなことを決め顔で言っていたけど、はぁそうですかみたいな気持ちを抱きながらニコニコと笑いつつ私は部屋を出て扉を閉じた。
「諜報には向いてないんじゃないかなぁ~私」
改めて思う。私は特徴的な猫撫で声で異性に媚びているように思われるのがいつものことだけど、異性に媚びる態度までは習得していない。社会に出たこともない私が世渡り上手なわけないし、なんでアールさんは私にこんな任務を与えてきたんだろ。裏があるとか、そもそも表すらあんまり分かっていないのに考えたって無駄か。
鼻歌混じりにスキップしながらナタリアさんとの共同部屋へと戻る。分からないことを分かろうとして悩むよりもそれらを後回しにしてまずは体を動かしたり好きなことをして気持ちを落ち着かせたい。私にとってそれは鼻歌だったりスキップをすることだったりする。ストレスへ対応するコーピングみたいなものだし、昔の言葉で可能な限り表現するならゲン担ぎみたいな? うん? ちょっと違うか?
「あなたって」
部屋に戻ってきて早々にナタリアさんが凄く深い溜め息をつく。
「普段からそんな感じなのかしら?」
「普段からこうですけど?」
「鼻歌混じりにスキップすることが?」
「え、やだ、見てたんですか? 恥ずかしぃ~」
「その私の言葉を事前に想定した上での反応をやめて」
ちぇ、すぐに見破られちゃった。ノリが悪いなぁ、女の子ならもうちょっとノッて来てもいいのに。
「ジェイク・ドレイクはなにか言っていたかしら?」
「決め顔で気持ち悪いことを言っていました」
「……そう。気持ち悪いのは相変わらずみたいね。あなたと初めて意見が合ったわ」
「ナタリアさんも?」
「もう少し真っ当な発言をすればモテそうなのに、知った風に意味深なことを言ってくるから嫌いだわ」
もっと信頼されていると思ったら案外、信頼されていないのかもしれない。まだまだ信頼関係を築いていない私の意見とナタリアさんの意見が一致するのは驚きではある。
「ちなみにどれくらいあの人とは?」
「付き合っているみたいに言わないで、気持ちが悪い。私が『ポインティハット』に来て三ヶ月。だから、三ヶ月よ」
三ヶ月目でもまだ気持ち悪いと言われているのはどうなんだろう。やっぱり見た目はイケオジでも話すと残念な人だからそうなってしまっているのかもしれない。
「じゃ、始めようかしら」
「なにを?」
「……ランジェリーモデル。私もやらなきゃならないんでしょう?」
「ああ、あれですか? 私がモデルをやらされたのは事実ですけどナタリアさんには求めてませんよ?」
私は雑に応答する。
「はぁっ!?」
ナタリアさんが素っ頓狂な声を上げる。初めて聞いた。まだ会って一日も経ってないけど。
「私に覚悟はどうしたらいいのよ!」
なんかキレている、かわいそう。
「ヒヨ・オノウエの冗談を真に受けるな。これは私の師匠たちが胸に刻んでいることなんですが」
「私はまだ刻まれてないわよ!」
そりゃそうだ。まだ一日も経ってないし。
「そんなことより」
「そんなことってなによ?!」
うるさいなぁ。
「そんなにランジェリーモデルがやりたかったならそう仰ってくださればいいのに」
「やりたいなんて思ってないわよ!」
ここまで大声を出されるのだ。きっと私とナタリアさんで見解の相違が起きている。でも帳尻合わせというか互いの認識を確認し合うのは面倒臭いので私はベッドに逃げる。
「忍び込んでいる魔女狩りについて、検討は付いていますか?」
私はシーツに身を包ませながら訊ねる。ナタリアさんはしばし怒りのような苛立ちのような感情の置きどころに悩んでいたみたいだけど、深呼吸をしてから冷静さを取り戻す。
「まだよ」
「全然、これっぽっちもですか?」
「これっぽっちもとは言ってないわ。確かに魔女が襲われた日に何人かの魔女候補生にアリバイがないことを『ポインティハット』は掴んでいるけれど、確証が得られていない」
「その何人か、とは?」
「たとえば……私とか」
ナタリア・ドライトのフリをした魔女狩り。その可能性も決してゼロではなかったらしい。
「あり得ません」
「どうして?」
「私のことを気持ち悪いと仰る方が魔女狩りであるはずがありません」
魔女狩りは表面的な感情しか、なぞれない。私は弱さを前面に押し出している。『ヒテリズ』がそうであったように魔女狩りも魔物も私の『弱さ』にしか目を向けられず、その深奥に眠っている部分にまでは気付かない。でもナタリアさんは最初から私のことを「気持ちが悪い」と言った。私が押し出している弱さの奥に眠っている私自身ですら嫌悪している部分に気付けている。それは人間じゃないとできないと思っている。
「……自分を気持ち悪いと言う女を信じてしまうのはどうかと思うけれど、確かに私は魔女狩りじゃないわ」
「良いんですか? そんなことを仰って。私が魔女狩りだったらどうするんですか?」
「最初から言っているじゃない。あなたは魔女狩りじゃないって」
「でも根拠までは聞いていません」
「それも最初から言っている」
要領が悪い相手に対しての呆れた表情を向けられる。
「サイコパスだから、魔女狩りじゃないと思ってる」
「私はサイコパスじゃありませんから」
「あなたのムーブは魔女狩りにとって危うすぎる。もっと人間らしくて人間臭い人のフリをした方がマシでしょうね。あなたみたいな人間はこの世にそうはいないでしょうから」
魔女狩りが私を演じる場合、それが魔女狩りにとって危ういのは……まぁ、多分そう。もし私の目の前に私のフリをした魔女狩りがいたなら、もっと演じやすい人のフリをしたらいいのにって思う。決して唯一無二って思ってるわけじゃなくて、人が死んだときに真っ先に言動から疑われそうな相手の真似をするのは大変だってだけ。あーでもこれだと私は私自身を疑われやすい人物だと認めることになってしまう。
「変な信頼はしないでください」
「なんで? 変な信頼の方がずっと安心できるわ」
それは……そう。駄目だ、さっきからナタリアさんの言うことに納得し始めてしまっている。
「話を戻しますけど」
「自分が不利だと分かったから話題を変えたわね?」
「なんならランジェリーモデルの話でもいいんですが」
ナタリアさんは大きく咳き込んだ。
「黒色の魔力と透明な魔力について、なにか思うところはありますか?」
「思うところ?」
これは彼女が魔女狩りじゃないと判断した上での質問だ。もし魔女狩りだったら魔女の情報を売ることになる。そうじゃないから訊ねたい。
「思うもなにも、黒だろうと透明だろうと魔力は魔力。わざわざそれを二つに分ける理由は見当たらないわ」
「私も同感です。なのにどうして『魔女の大釜』と『ポインティハット』は二つに分類しているんでしょうか」
「黒は魔物と魔女狩りしか使わない。でも透明な魔力を使わないわけじゃないとは思う。魔女にも数人だけど黒色の魔力を使える人はいるわけだし」
「なら考えられるのは」
「この世界に黒と透明な魔力が発生したとき、黒が明確に悪だった」
「え……」
「あら? 違ったのかしら?」
そこまで深くは考えてなかった。私はただ「魔物には透明な魔力が見えにくい」と言いたかっただけなんだけど。
「黒が明確な悪……ですか」
「想像だけど、わざわざ二つに分けたがるってことは黒と透明を持っていたのが別々の存在だったのは間違いないと思っているわ」
私とナタリアさんでそこまで歳の差は無いはずなのに、なんでここまで考察というか想像力が豊かなんだろ。私じゃ絶対にその考え方はできない。
「ナタリアさんの思う明確な悪ってなんですか?」
「さぁ? そこまでは考えたことないわ。でも、たとえば」
失笑。恐らくは自身の考えを口にすることさえバカバカしいといった感じが出ている。
「異世界から渡ってきた、とか?」
それでも言いかけたからには言い切ってしまおうと。そんな雑な感じで吐き出された言葉は、私の中で一つの説としてしっかりと記憶された。




