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サイコパス

 数人のガードマンに書類を見せると渋々というか、嫌々といった感じで私は組織の一番奥の奥にあるのであろう執務室に通された。『魔女の大釜』と違ってちゃんと一人用だ。社長室みたいな雰囲気すらある。『ポインティハット』は喩えで言えば民間企業っぽいらしいからトップは社長と呼んでもきっと差し支えないんだろうけど。

「諜報や潜入工作などこちらもやっていることだ。むしろ魔女狩りの情報を共有できるのだから大歓迎だが」

 物凄く高そうなチェアを回転させながら私を品定めするように見てくる。

「……男性?」

 しかしそのイヤらしい感じの視線よりも異性であることの違和感が勝る。いや、異性だからこそ私はもっとこの視線に嫌悪感を抱くべきだったりする? でも、容姿を見られている感じは全然無かったから。

「どうして魔女を刺した? 君に冷たく接したからか?」

 けれど私の疑問について男は答えてはくれない。そりゃそうか、まだ私は怪しいし危険な存在と思われている。

「あの方は『魔女の大釜』の方でじちょうじょうしゅ――じじょーちょう――事情聴取? えっと、色々と聞かなきゃならないことがあるらしいので」

 噛んでしまった上に私が使っている言葉は本当に正しいものなのか疑ってしまうくらいには混乱した。ちょっと緊張してるかも。

「だから刺したのか?」

「はい」

 さっきナタリアさんにも同じようなことを聞かれたばっかりだ。そんなに私の行動はおかしかったんだろうか。

「逆に問うが、貴様が道案内をする立場だったら、その最後に刺されるのはどうだ? やましいことがあっても、刺すのではなく取り押さえられる程度で済むとは思わないか?」

「思わないですけど、なに甘いことを仰っているんですか? 銃社会の海外では生きられない考え方ですよ」

 顔の造形がハーフっぽい。見た目と瞳の色だけで判断しちゃ駄目だけど海外の事情くらい知っているはず。

「随分と偏見で物を言う。世の中そこまで殺伐としてはいない。しかし、その理論で行くのなら……尚更、君の判断に異議を唱える。あの魔女は君を傷付けようとはしていなかっただろう?」

「なに言ってるんですか、私のポケットナイフを取り上げたじゃないですか」

 目をパチクリされる。

「私を無力化しようと試みた。これは即ち制圧行為。行き過ぎてはいませんが私への圧力であり攻撃です。だったら攻撃には攻撃で返すだけ。あの人は私を傷付けた自覚がなくて、私に対しての防衛を怠った。そうは思いませんか?」

「イカれてるな」

 一言で纏められてしまう。そこまでおかしい話をしているとは思えない。牽制された以上、私は本気で相手をしただけだ。私を無力化できなかったのは相手の落ち度だし、ポケットナイフ一つで無力化できたと考えたのも相手が悪い。

「つまり全てが自己責任、と」

「はい」

「…………ならば、君はもしこの施設で自分自身が殺されるようなことがあっても、それは自分の落ち度であり自分が悪いと言えるんだな?」


 その考えはもしかすると私の中には無かったかもしれない。私は常に傷付けられる側で、だからこそ傷付ける側への報復を考えて生きている。その報復によって起こる自分へのしっぺ返しはもしかすると抜け落ちていたかも。だってそうやって報復した相手の大半は私へ反撃することがなかったから。


「相手の立場になって考える。小学校の頃から口酸っぱく大人に言われ続けてきたことだろう」

「まさかその偽善を意識しろと?」

「本当の善意など世の中にどれくらいあるだろう。人の嫌がることをまるで苦労話や感動秘話のように仕立て上げることの方が多い。有益か無益かで変わることさえある。だが、善意は意識しなければ成り立たない。偽善であろうと善人で在りたいと思わなければ人は人に優しくすることができない。ヒヨ・オノウエ? 君の中に偽善はあるか?」

「ありません」

「なるほど、これも即答か。だが、それを私はとやかく言う立場にない。『ポインティハット』に歓迎しよう。殺されないように気を付けることだ」

 男は自己満足的な笑みを浮かべてから息を吐く。

「だが、分からないこともある。君を案内した魔女はこちらでも有数の実力者だった。君に刺されたぐらいで無力化されるような者では決してなかったはずだが、どうして魔法で反撃できなかった?」

「教えません」

 これは私の考え方による抜け道。アールさんのような『眼』によってもたらされているものだ。私にとって最高の切り札なんだからわざわざ手の内なんて晒さない。

「どこまでも想定通りの返事をしない女だ。だが、もはやとやかく言う必要もないのだろう」

 男は私に向かって書類を投げ、しかし私はそれを受け取らなかったので紙の束は床に散らばる。そもそもそれなりに距離はあったから男が投げたところで私がキャッチできるわけもなかった。

「拾え」

 私に床に落ちた紙を拾わせようとしている。私に頭を強制的に下げさせようとしている。


 どうしよう、刺そうかな? いや、刺したら駄目か。私に攻撃しているわけじゃないし。


 この行動の意味について考える。拾わせることがこの男が使える魔法の前提条件になっていないだろうか? そもそも男が魔法を使うことができるんだろうか? と言うか、なんで魔女の組織のトップを男が務めているのか。色んな疑問があって、その答えを私はどうやら思考の中に持ち合わせていない。


「拾え」

 再び圧を掛けられる。これを攻撃と捉えれば私には反撃の理由を得る。でも攻撃じゃなかったら? この拾わせる行動に意味なんてないとしたら? 男の考えることは分からない。拾っている私の姿になにかしらのフェチズムを感じるとかある? あるんだろうか? あるかも?

「さっさとしろ」

 もはや考えるのが面倒臭くなった。私は頭の中を空っぽに――なにも考えずに紙を掻き集めて拾い上げた。

「『ポインティハット』と魔女狩りに繋がりがあるのではないか。そのように『魔女の大釜』は疑っているのだろう? この点について、こちら側が言えることは一つ。反吐が出る。我々は死に物狂いで魔女狩りと戦っている。敵である魔女狩りと組んでいるなどと疑われるなど最大の侮辱だ。しかしながら、非常に厄介なことが起こっているのもまた確かだ」

 拾った書類を読む。『ポインティハット』内部に魔女狩りが侵入という項目が見えた。

「間違いなく魔女狩りの侵入があった。証言も目撃も取っている。そのどちらにも整合性が見られ、決して虚偽の発言でないことも確かめている。しかし、未だに内部で魔女狩りを討伐したという報告が上がっていない」

「……つまり」

「魔女狩りが人の皮を被って未だにこの施設内で活動を続けている。人に扮し、魔女について学び、魔女のように生きているということだ」

 そんなの初めて聞く事例だ。いや私が知る事例なんて両手の指で数えられる程度なんだけど。

「君にはその魔女狩りを突き止め、討伐しろ」

「無茶を言わないでください。歴戦の魔女たちが魔女狩りを判別できていないのに魔女候補生でしかない私が討伐できるわけないじゃないですか」

「討伐しろ。拒否権はない。それに疑惑があるのは魔女ではなく、魔女候補生だ。そして疑惑の魔女候補生はこちらでピックアップしている。あとはその中から見つけ出すだけだ」

「どうやって?」

「共同生活を送ってもらう。人狼というやつだ。いいや、人狼よりもずっとずっと簡単だ。推理など必要ない。君はただ目撃すればいい。魔女狩りが魔女候補生を襲う瞬間を。それは別に君でなくてもいい。君たちの中の誰かが目撃し討伐か報告かを判断する。まぁ、その流れの中で最低でも一人、もしかすると数人は死ぬかもしれないが、それも必要な犠牲だ」

 滅茶苦茶を言っているんだけど、私も大概、滅茶苦茶なことをしている自覚はあるから拒否のしようはない。それにもし拒否をして『ポインティハット』を追い出されたらアールさんからの信用を失いかねない。

「分かりました」

 渋々、嫌々ながらに承諾する。

「この施設では魔女候補生は二人一部屋だ。書類にある部屋番号に向かえ」

 命令口調に若干のイライラを募らせながら私は嫌そうに「分かりました」と答え、執務室をあとにした。そう言えば名前をまだ聞いていなかったっけ。良いか、別に。だって私が生きている間にあの人と絡むのってほんの一瞬に違いない。そんな人の名前なんて一々覚えてらんない。

「スパイが当たり前みたいな機関が二つって」

 あんまり正常な状態じゃない。浄化作業が働いていないってことだからむしろ大問題だ。なのにどうしてそれを放置していられるのか、私には分かんない。分かんないことを考えたって答えなんて出ないから放置しよ。


 魔女に扮した魔女狩り。正確には魔女候補生に扮した魔女狩りがいる。自分を見破れるわけがないという絶対の自信。いや、ビクビクしていたら逆に怪しまれると分かっているから自信を持っている風に装っているのかもしれない。けれど、不思議な話だ。魔女狩りは一つの感情に共感して生じている。だから複数の感情で織り成されている人間のフリには限界があって、いつかはバレる。なんなら魔女じゃなくても気付いちゃう。今回は明らかに自身を追い詰めているし、不利な環境に置いている。そこで一体なにを得ようとしているのか、ここで一体なにをしようとしているのか。知る方法は、魔女狩りから聞き出すしかない。でも、魔女狩りがこちらの感情に対してなにかしらの返答を用意してくれるかどうかは不明。ただ返答されると困るかも。人じゃないから殺せて、人のように話されたら殺し辛くなる。私が人を傷付けることはできても、命まで奪えないことに気付かれると物凄く面倒だ。


 『ポインティハット』という施設は『魔女の大釜』に比べたら建物自体もそこまで大きくない。それでも高校ぐらいの大きさはあるか。

「野良魔女が所属って時点で、それはもう野良魔女じゃないんじゃ……って気もするけど」

 違法ではなくても合法でもない。そういう集まり。普段から好き勝手はしないけど好き勝手なこともやるときはやる。『魔女の大釜』みたいな組織性はひょっとしたら薄いのかも。トップが男性なのも謎のままだし。

「変なところ」

 『魔女の大釜』ぐらい理念が固まっていたらまだなんとなくの雰囲気で環境に適応できるけど、不自然な部分が多いと馴染むのに時間が掛かりそう。初めてバイトをしたときに「あ、なんか違うな」って思ったときぐらいの違和感をどうにかこうにか擦り合わせていかなきゃならない。でも、バイトだったら最悪バックれることもできるけど、これは無理そうなのが重しになる。新入社員ってみんなこんな気持ちなのかも。まだ社会に出てもいないのに就職後の厳しさを知ることになるなんて思わなかった。


 書類にある番号の部屋を見つける。書類には合鍵もテープで貼られていて、これを使って中に入れってことなんだろう。でも二人一部屋らしいから同室の人がいる可能性もある。驚かせたらあれだし、ノックで様子を見る。

 一度、二度、三度、四度、五度、六度、七度、八度、九度、十度。十度目でようやくノックへの返事があって私はノブを回して鍵が掛けられていないのでそのまま扉を開けた。


「今日から同室になりました、ヒヨ・オノウエです。どうぞよろしく」

「…………気持ち悪い」

 丁寧に挨拶をしてお辞儀もしてから返事をしてくれた相手を見る。ここに来て冷たい眼差しを最初に向けた人物が自身のテーブルになんとも複雑怪奇で分厚い本を置いて、それを読みながら椅子に座っていた。

「ええと、お名前を聞いてもよろしいですか?」

 私は事前に知っているけど、彼女はそのことを知らない。だから自己紹介を求めることは変なことじゃない。

「ナタリア・ドライト。まさかさっき見掛けた人が同室になるなんて思わなかった」

「私もです」

 えへへ、と笑ってみる。

「どんな感情で笑ってるの?」

「えーそう言われましても」

 なんとなく、としか答えられない。

「ジェイク・ドレイクから連絡は来てると思うけど、この区画の魔女候補生同士で魔女狩り探しをしなきゃならないから」

「はい」

「私はあなたが魔女狩りだと思ってる」

「またまた御冗談を」

「そうね、これはただの冗談。あなたが来る前から魔女狩りが内部に侵入している話はあったし。あと、さすがの魔女狩りもあなたに扮することはしないと思うわ。魔女の背中を刺すなんて一番怪しまれることだもの。一番怪しまれることをやったあなたはどう見てもシロ。その異常性に感謝したらいいわ」

 複雑怪奇な分厚い本を閉じ、本棚に収めてナタリアさんは私に冷たい眼差しを向ける。その長くて艶めかしい足を組む。その足を組む動作の中でスカートが捲れて下着がほんのちょっと見えているのだが全く気にしてない。同性だらけだと恥じらいがなくなるのは知ってる。私も『魔女の大釜』で散々にやってきた。でも新入りの顔を前にして恥じらいを意識しないのは行き過ぎ。私だって高校生の頃は来客があるときはちゃんと服装を正してた。この人はそういうのが一切無い感じ。それが悪いってわけじゃないけど、見せられている側の私が配慮しなきゃならないのは物凄く不快だ。

「それであなたはまだ刃物を隠し持っているの?」

 ナタリアさんは私が引いている二つのキャリーケースを警戒している。

「私が持っていたのは左右のポケットと後ろポケットの三本」

「なら四本目は? 五本目もあるんじゃない?」

「ありませんよ」

 平気で嘘をつく。実際にはあと三本ほど隠している。左右の袖に二本、あと胸元の内ポケットに一本。どれもこれも魔道具なので使ったら消滅する。

「嘘くさい」

「酷いなぁ。これから一緒に生活するんですからちょっとは信用してください」

「信じるわけないでしょ。私はただ、あなたは魔女狩りじゃないって言っているだけ」

 心の壁を壊せなさそう。時間を掛ければどうにかなるかな。

「なら今はそれだけで良いです」

 ここで引き下がらないとより警戒される。私は残念そうに肩を落としつつ二つのキャリーケースを空いているベッドの傍に置いた。

「改めまして、これからよろしくお願いします」

「これからよろしく、サイコパス」

 ぶっきらぼうに言って、ナタリアさんは本棚から別の分厚い本を取り出してから座り直し、足も組み直して読書に没頭した。

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