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だから


 産まれた時から全てが違った。初めて会った時から価値観が違った。認めようと努力しても、彼我の差を見せつけられていつもいつも惨めな思いをさせられた。ううん、させられたと勝手に被害妄想に陥って、勝手に敵視して勝手に嫌いになって勝手に苛立っていた。なにをやっても上手く行かなくて、なにをやっても失敗が続いて、投げ出したくなるたびにそいつのことを考えていつかは見返してやると奮い立った。全部全部、なにもかもがそいつのせいだって責任を押し付けて、自分には全く非が無いんだと心の中で唱え続けて、なんとか自分というものを守ろうと必死になった。

 でも、ずっと疑問に思い続けていることがある。


 ジルヴァラ・テイラー? あんたはどうして私にずっとずっと構い続けてくれたの? あなたほどの才能と実力と家柄なら、私なんて思考の外に吐き捨てることなんて難しくないはず。いくら『銀』を譲った経緯があったって、私たちの代でそれをどうこう言う理由にはならない。だってまだ当主じゃない。『銀』に因縁があるからって理由を付けられるのは当主になって、家のことを考え始めてからだ。子供のあんたからしてみれば、嫌いなものは嫌いだと言えて、嫌なものは嫌だと放り出せて、自分の好きなことだけに集中することだってできたはず。私の執着を無視して、私という存在を視界から消して、自身の栄光だけに全てを注ぎ込めたはず。にも関わらず、私のありとあらゆることに付き合ってくれた。そのたびに私はあなたとの器の差を知ることになって自暴自棄になったけど、あなたが構ってくれなくなっていたらそれ以上の劣等感で心を潰されていたかもしれない。

 あんたは昔から変わらない。ずっとずっと変わらない。どこを見ているのかサッパリで、なにを考えているのか感じ取るのがとても難しい。


 だから段階を踏もうと考えた。ミイナ・サオトメを利用しようと考えた。私は彼女に魔力で勝っている。けれど、彼女は私に戦闘能力で勝っている。正直、魔力が勝っていたところで戦闘能力だけで全てが引っ繰り返る。基本的な魔女の戦い方でもないし、私にとって彼女はあまりにもクリティカルでフェイタルでリーサル的な強さを持つ。もしかしたら、彼女を知れば私はジルヴァラに勝つことができるかもしれない。彼女の傍に居れば、ジルヴァラに嫌な思いをさせられるかもしれない。


 ただそれだけ。友情なんて感じたこともない。彼女を友人だと思ったことなんて一度もない。その強さを知りたかっただけ。その強さを傍に置いておきたかっただけ。私にとっての経験値にしたかっただけ。

 だってそれぐらいしかミイナ・サオトメには価値がないから。私の人生で彼女は必要ないから。なんにも持ってないから、なんにも得るものがない。だったらせめて戦い方や生き方、価値観ぐらいは傍で見させてくれないと困る。


 なのに――


「……カシュー」

 咳き込んで血を吐いて、自身の体から溢れ出す血液に怯えて気絶しそうになりながらホムンクルスを呼ぶ。痛みはない、と言うか感じない。なんにも感じない。痛みの先が見えているからか、痛みを脳が処理してない。

「私はあと、どれぐらい生きられる?」

 カシューは答えない。

「ジッとしていてください。私の治療魔法では止血すらままなりませんが、動かなければ生命を維持させることぐらいはできます」

 私をどうにか生かそうとしているカルカは今にも緊張感で嘔吐してしまうんじゃないかってぐらい青褪めている。多分、状況が芳しくない。絶望はしていないけど、絶望しそうにはなっている。どうすべきかの判断能力が色んなもので乱れてしまっている。

「私のことは放っておいてください」

「ですが」

「あなたは魔女じゃないですか。私よりも、ずっとずっと、強い魔女」

 手を伸ばし、服を掴み、縋る。

「あなたが私を切り捨てれば…………状況を打破する鍵には、なる。違いますか?」

「だとしても、見捨てることなんてできかねます」

「魔女は互いを利用し合う関係。それ以上は、ない」

「いいえ、魔女は同胞を見捨てません」

「カシュー……」

 黒服のホムンクルスがカルカを掴み、私から引き剥がす。

「なにを!? あなたのマスターが死にかけているんですよ?!」

 私はホムンクルスにお姫様抱っこされる。トキメキはない。そりゃそうか。黒服の男に抱きかかえられたいと思ったことなんてない。ホムンクルスはマスターのストライクゾーンからとことんまで逸れるというのはこれまで実感していなかったけど、こんなときになってようやく実感した。

「私は魔女として死にます」

「ふざけないで! 簡単に死を選ぶな! ちょっと! 聞いているんですか!? セルバーチカ・ラスティー!!」

 カシューはカルカを無視して私を抱えたまま走り出す。

「ありがと、カシュー。このまま私の足になってくれる?」

 刻印に触れる。


 こんなものがあるから、と。どれほどにこの刻印を憎んだだろう。どれほどこの刻印がある右肘を恨んだだろう。どれほどに右腕を切り落としてしまいたいと嘆いただろう。

 でも、私は今、ずっとずっと憎んでムカついて嘆いて嫌って消し去りたいと願った刻印に頼っている。


「馬鹿な話。死に際になって感傷に浸ってどうするのよ」

 憎んで、

 ムカついて、

 嘆いて、

 嫌って、

 消したいと願った。


 でも、それ以上に、それよりもずっとずっと大きな、魔女になりたいという極大感情があった。ジルヴァラと競い続けていた頃には絶対に気付けなかった。ジルヴァラだけを見ていただけでは決して見つけることができなかった。


「いいわ、ミイナ。私の残りの命、あんたにあげる」

 ミイナ・サオトメと戦って、負けを認めて、ようやく気付けた。

「私はあんたの()()だから」



 セルバーチカが私のことを友達して見ていないことなんて知ってる。私のことを利用するためだけに近付いていたことだって分かってる。あれだけ敵視していた相手が急に味方になるなんて美味しい話があるわけない。アンテオやジルヴァラだってそう。私を利用したいから近付いているだけ。彼女たちには友情の二文字なんてない。常に自身に利益があるか否か。それしか考えてない。そうやって考えて近付くことが友情だと勘違いしている面もある。


 だけど私は、それでもセルバーチカを受け入れた。彼女が近付いてくることを認めた。だって一人ぼっちだったから。人は一人では生きられない。一人ぼっちでは出来ないことが多すぎる。やりたいこともやれない。言いたいことも言えない。誰かに胸中を吐き出すこと、誰かが私を見ていること、誰かが私は生きていると認識していること。それを私は求めていた。あんな大きな組織のクセに対人関係も人間関係も終わっている人ばかりで、なんなら誰も誰かと一緒に生きようとしていない節すらある中で、誰かと寄り添いたいと思うことはそれほど変な話じゃないはずだ。


 それに、私だってセルバーチカを利用しようと思ったところはある。私には家柄なんてない。なんなら強い後ろ盾だってない。ジルヴァラからの資金援助がそうであるように、セルバーチカと近付くことで私は『魔女の大釜』で居場所を確立できる。ラスティー家はそれなりに有名みたいだし、彼女が近くにさえいてくれれば、それだけで『魔女の大釜』での居心地は良い方へと傾く。言うなれば利害関係が一致した。相手は私の戦い方から学びたいと思っただろうし、私は彼女の家柄による庇護を求めた。互いに与えられるものを提供し、互いに受け取りたいものを受け取る。


 そりゃ終わりがあることぐらい頭の中にあったよ? 私かセルバーチカのどっちかが急によそよそしくなって、そのまま人間関係が自然消滅するんだろうなとか、喧嘩別れぐらいはあるだろうと思ってたし、そうなる未来だって予測して生きてた。

 でもさ、でもさ……どっちかがどっちかのせいで死ぬみたいな、そういうのは頭のどこにもなかった。


「許さない! 絶対に絶対に! 許さない!!」

 復讐は馬鹿らしい、恨みの念を抱いて人を傷付けることは正しくないこと。負の感情を連鎖させて起こす犯罪ほど下らないものはない。そう思っていたのに私の口からはありきたいな言葉が飛び出している。でも、それを許容できてしまうくらい全てが限界ギリギリにまで達していて、『眼』が魔力塊を確かに捉える。

「刻印よ、悔やめ!」

 怒りを昂らせながら放つ雷撃は大きな乱れを引き起こしながらも魔力塊を貫く。

 視界が揺らめく。世界がボヤける。見ていた景色が全て陽炎のようにおぼろげとなって遠く遠く彼方へと消えていく。これだけで空間超越が起きたと分かる。ただ、そんなの関係無しで私は構わず魔力の放出を続けてひたすら魔力塊に雷撃を叩き込む。

「お前のせいで! お前のせいで! お前のせいで!!」

 さっさと終われ。お前なんて誰も望んでない。お前なんて誰も求めてない。お前なんて誰も見ていない。お前なんて誰も信じてない。

 お前なんてお前なんてお前なんて――


『親に言われたことを繰り返す』


 プツンッと、私の中にあったなにかの糸が魔女狩り――『根無し草』の一言で切れた。

「ぁあああああああ!!」

「駄目、落ち着いて、ミイナ!」

 後ろからトバリが私を羽交い絞めにする。

「離せ! 離せよ!! あいつだけは絶対に殺す! 殺す殺す殺す!」

「魔女狩りと殺意で共感しても倒すことはできない。知ってるでしょ!? 死生観が違うから同じ殺意でも別の殺意で交わらないの」

「けど、あいつだけは!!」

「殺すなとは言ってない。殺すなら確殺を前提として立ち回って」

「トバリさんの仰る通りです」

 私の横をカルカが走り抜け、前に立ちつつ剣の柄に手を掛けている。

「『根無し草』は発生したのならどれだけの犠牲を払ってでも討伐しなければなりません。この魔女狩りが逃げ、別の魔女が標的にされれば再びの犠牲者を出すことになります。だからこそ、根を持たないこの魔女狩りを芯の芯まで殺し切る。そこに対して私たちはミイナさんの邪魔をする気は一切ありません。感情的になりつつ、しかし短絡的な判断に頼らず、『根無し草』を計画的に討ち滅ぼす。可能ですか?」

「…………知らない」

「可能ですか?」

 もう一度、訊ねてくる。私は渋々と首を縦に振る。

「あなたの自由に、私とトバリさんを利用してください。私たちは利用されつつもあなたをアシストします。私もトバリさんもあなたの動きに付いて行けないほど軟弱ではありません。むしろ、その逆」

 鞘から剣を抜き放ち、その刀身が黄金に輝く。

「私たちはシグネラさんと同様に近接超特化型。合わせられないわけがない。共感をお願いいたします。私とトバリさん、そしてミイナさんの間にある共通の感情は見つけてください」

「わたしとミイナは似た苦しみから這い上がってきた」

「ですが私は師匠に拾われるまで才能に気付けていません。その間に地獄を見たこともありません。凡人の生き方からの発生です」

 これでは私とトバリは共感できてもカルカと共感できない。

「私とカルカさんは師匠を持つ者同士」

「わたしは師匠なんていない」

 これでは私とカルカが共感できてもトバリと共感できない。

「……だったら、鍛錬の日々はいかがでしょう?」

「鍛錬?」

 カルカの提案にトバリが首を傾げる。

「ミイナさんはニャーシィさんと鍛錬し、わたしは師匠と鍛錬、トバリさんはアウローラさんと鍛錬を励んだのではないですか? 時期は違えど、期間は違えど、そこで抱く感情にズレはないと思いますが」

「……そう、そうです……ね」

 あまり気分は良くならない。って言うか、気分を良くできるわけがない。セルバーチカが死んだ……その事実が重く圧し掛かっていて、今この瞬間だけはひたすらに考えないようにするだけで精一杯で、全てが終わったら現実に打ちのめされて起き上がる元気もなく、野垂れ死ぬんじゃないかって思っている。

 そんな中で共感云々を考えられているのは奇跡だ。奇跡っていうか脳が錯乱を抑えるために冷静さを求めてきているんだと思う。脳から変なヤバい物質でも出ていて、心が壊れるのを必死に阻止されている感じがする。

「鍛錬の果てに見ていたのは、強さじゃなく」

 トバリが呟く。

「鍛錬している相手に近付いて」

 カルカが呟く。

「「「少しでも役に立ちたいと思ったから」」」

 最後の言葉に私も加わって、全員の感情が一致した。

「「「わたし()たちは共感可能」」」

 下らない。その一言を吐き出してしまいそうになったけどどうにか抑え込む。私たちが共感したところで『根無し草』に強烈な一撃を与えられるわけじゃない。互いの魔法で傷付け合わないようにするための手段に時間を掛けてどうするんだと言ってしまいたくもなった。それぐらい今の私は冷静じゃないし投げやりだし、自分の命を放り出してでも魔女狩りを仕留めたい。

「ミイナ、武器は?」

「キッチンから拝借したのがある」

 手に持っている包丁を私に渡そうとしているトバリにペティナイフを見せる。短剣より強度に不安はあるけど軽さは勝る。

「だったら魔力で補強して。わたしがやっていたみたいに。あなたならできるでしょ?」

 魔力の放出を意識し、そこからペティナイフへと流れるイメージを作る。刃が帯電する。雷魔法を意識したこともあってエンハンス的な効果も混ざってしまっているかもしれない。

「『根無し草』を倒せると思ったら迷わず突っ込んでください。いいですね、ミイナさん? あなたがトドメを刺したいのは分かりますが、最善策にしっかりと行動を一致させてください」

「はい……」

 私じゃなく、トバリやカルカが『根無し草』を仕留められるようなら仕留める。私が倒すお膳立てをするのではなく全員が全力で討ちに行く。そこに僅かばかりの不快感を示しつつも、でも逃がさずに済むのならと肯定する。それに、死骸に追い打ちすることを咎められてないから、そのときは好き勝手にしよう。


『私は誰にも望まれてない』


「うるさい」

 『根無し草』は言葉で私を傷付けてくる。カルカが言ったように私を標的に定めているから、私の過去を抉ってくるのだ。触れられたくないところを触れてきて、好き勝手にグチャグチャにしようとする。知性があるからなのか、それとも『根無し草』の特性なのかまでは分からない。大体、標的に決別を与えてくるとかいう常識外れも甚だしい能力にも異議を唱えたい。なんでそんな馬鹿げた力ばかりをこの世界は魔女狩りばかりに与えるのか。しかも人間にとってプラスに働くことではなくマイナスに働くことばかりだ。マイナスから生まれた存在を魔物とするのなら、マイナスの力を宿すのは必然にも思うかもしれないけど、だったらなんで人間はプラスから産まれているはずなのに人間にとってプラスになる力を手にすることが少ないの?

「どこにいる? どこ?」

 私は雷撃で穿った魔力塊を探す。あれは囮だったんだろうか。あれを穿ってから空間超越が起きたから『根無し草』にとっての引き金みたいなものだったのかもしれない。

「ファルシュも探して」

「……ああ」

 面倒臭いといった雰囲気の返事をされる。私たちは緊急時に思考を共有する。セルバーチカが死にかけている――死んでいるとは思いたくないので死にかけているとして、そんなときに脳内を駆け巡るありとあらゆる思考は緊急以外のなにものでもない。だからファルシュは私の突拍子もない思考の数々を浴びることになって、それらの処理に時間を要している。なんならセルバーチカへの気持ちまでもが流れ込んできて『根無し草』に言いようのない怒りを抱いているのかも。


『私を一人にしてほしい』


「だからうるさい!」

 アスファルトを突き破って無数の草が束ねられて作られた巨大な腕が私を握り潰そうとしたが、間一髪、ファルシュに抱えられて難を逃れた。

「草…………あれが、草?」

 雑草――名があるはずの名も知らない草花が生物のように蠢いて一所(ひとところ)に集まり、魔女狩りの肉体を形作っていく。血肉は見えず、人の姿とはとうてい言えない化け物は雄叫びを上げ、そして頭部を形作る草花が表情を生む。

 あまりにも醜悪だった。花によって顔を作られているはずなのに、怖ろしいまでの嫌悪感が私を包み込んだ。それほどまでに魔女狩りは私の顔を見て笑っている。悲痛に、悲壮に、苦しそうな私を見てこいつはどこまでもどこまでも喜んでいるし嬉しがっている。

「こんな奴に……!」

 ファルシュから離れ、私は『根無し草』へと突撃する。『境界鬼』と同じで動きは鈍い方だ。特異能力にさえ気を付けておけば腕を振り回されたところで当てられる気はしない。

「どこ見てんの?」

 高を括っていた私の足元に『根無し草』の雑草が伸びてくるが、それをトバリが包丁で全て切り捨てる。

「ちゃんと感情をコントロールして前だけじゃなく全体を見て」

 警告と忠告をしながらトバリが私の代わりにアスファルトから突き出した雑草の束――鞭を切り払う。『根無し草』の意思によって、ありとあらゆる地面に潜んでいる種子が雑草となって私たちを攻撃してくる。ファルシュも対応に追われているけど、カルカが剣で切り捨ててサポートしている。私はトバリと視線を交わし、ペティナイフを片手に無数の雑草を次から次へと切断していく。足元の安全の確保。まずはアスファルトの下に潜む『根無し草』の触腕となる雑草を根絶するところから始めなければならないらしい。

「抜いても抜いても生えてくる。それが雑草だ」

 カルカと一緒に私の傍まで来たファルシュが突き出た雑草を掴み、力任せに引っこ抜く。しかし、彼が引き抜いた雑草の倍、いや三倍か四倍くらいの量がアスファルトを突き破って生える。

「こんなことを続けていてもキリがありませんね」

 足元の安全は確保したい。だが、続けたところで好転する未来どころか気配すらない。カルカも分かっているようで、なんとかして真下からの猛攻を凌いで『根無し草』へと近付けないものかと思案している。

 そんな私たちを見て、『根無し草』――魔女狩りはやはり醜悪な笑みを崩さない。あまりにもこちらを小馬鹿にした表情を作り出していて、今すぐにでも引き千切ってしまいたくなる。

「刻印よ、悔やめ」

 お前に余裕なんて与えない。そういった意味を込めて私は雷撃を魔女狩りへと放つ。唐突な攻撃を浴びて、さすがの魔女狩りも焦ったらしく後退した。魔力塊は見えなかったけど、魔女狩りを構成する雑草の中心をまずは狙った。それであの反応の鈍さだと、どうやら中心部に魔力塊はないらしい。トバリはそれを見て私たちに雑草の根絶を一旦任せて、紫色の感情の波を引き起こしながら高速で駆け抜けて魔女狩りへと包丁を突き出す。正面からではなく背後、そして背後から真横へ移っての一撃。二度のフェイントを挟んだことでトバリの動きを捉え切れていなかった『根無し草』に包丁が突き刺さるが、ちっとも効いている素振りはない。トバリも手応えの無さから即座に包丁を引き抜いて、大きく飛び退きながら私たちの元へと戻ってくる。

「足元の雑草はミイナとホムンクルス、カルカさんが対処していればわたしの足元までは及ばなかった」

「雑草狩りに三人が集中してようやく一人が『根無し草』に接近できるというわけですか」

 厄介そうに言いながらカルカは切り払った雑草の全てが空中でバラのトゲのように鋭利になって自身へと放たれていることに気付き、剣の閃き一つでその全てを叩き切る。

「雑草の能力が変質しています。束にして鞭のように振るうのではなくトゲとして私たちに突き刺してきています」

「『根無し草』って、魔女でも警戒しているんですよね? だったら対処の仕方は確立しているんじゃないですか?」

「a.k.aとは『またの名を』、もしくは『二つ名』、『通称』を意味します。同じa.k.aを与えられる魔女狩りが、必ずしも同じ異形であるとは限りません。共通しているのは異形としての姿形(すがたかたち)ではなく、特筆して持っている能力。『氷姫』ならば“氷塊の発生”、『境界鬼』であれば“不可視の遮断”。ですので『根無し草』の共通能力は、“決別”となるのです。この雑草を大量に発生させる能力は魔女狩りが共感した感情から迸るものであって、共通能力ではありません」

 ジルヴァラの銀の炎とセルバーチカの赤く錆びた炎みたいな違いだろうか。同じ炎に分別されているけど色は違うみたいな。


 またセルバーチカのことを考えてしまった。気分が悪くなる。いいや、さっきからずっと気分は悪いんだけど。


「なに難しいこと考えてんのよ」

 カシューに抱かれたセルバーチカが気楽な声を発しながら、辺り一帯に赤い錆びた炎を放つ。

「相手が雑草を生やしてくるんなら、全部を燃やせばいいだけ。この中で炎の魔法は私が一番よく知ってる。だから、燃やすのは私に任せなさい」

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