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「『魔女の大釜』って実はかなりのブラック企業だったりする? 私たちってまだ新入社員で研修期間やっと終わったぐらいなのに、なんでその研修終了日から数日後にもう大きな仕事を任される感じになっちゃってるの?」

「企業じゃなくて組織でしょ。まーホワイトなわけはないわよね。だって魔女と言えば黒魔術だし」

 誰が上手いこと言えって言ったんだか。私はセルバーチカの暢気な返事に呆れつつ、目の前の建物を観察する。

「悪霊の棲む家って、とてもありきたりな話だけど」

「家に憑いているのか、家に住んでいる人に憑いているのか、それとも土地に憑いているのか、まぁ色々よね」

「木造の二階建て一軒家。右隣は空き家、左隣には四階建てマンション。周囲はこの木造家屋よりも綺麗な造りをしているから、まだ二十年くらい?」

「そんな風に家を見たことなんてないから知らないわよ」

 セルバーチカの推察について私は素っ気なく答える。

「家の中は洋室と和室があって和洋折衷。一人暮らしじゃなくて二人暮らしから三人暮らしぐらいの広さかな」

 今時、和洋折衷なんて珍しいことじゃない。そもそも和洋折衷っていう言葉自体が古臭いし。

「特になにかが憑きそうな家って雰囲気じゃないけど」

「まぁ外から見たら古くても悪くない家だと思うわ。中がどうなっているかは分かんない。指令書じゃ家の中で男女が行方不明になっているらしいわ。夜逃げじゃないかしら」

 ……夜逃げか。あんまり思い出したくはない単語を耳にしちゃってちょっとテンションが下がっちゃったな。

「私をこの指令に当てた理由がイマイチ分かんないな」

「なんで? ここはミイナの地元でしょ? 地元に詳しいならミイナの領分だと思われても仕方ないわよ」

「地元って……小学校と中学校がこの辺だったってだけで」

「地元じゃん」

 そう言われたらそれまでだ。でも地元って感じしないんだよな。ほとんどショッピングなんてせずに家で過ごしていたし、どこにどういう美味しい店があるとかそういう知識が一切ない。驚くぐらい近場のスポットに対して興味が無かった。なんでだろって一瞬考えたけど、私は外で遊ぶ余裕をそもそも持ち合わせていなかったんだ。色んな意味で限界だったんだけど、自分自身でその状況を客観的に見ることができていなかった。傍から見れば異常だったけど私にとってはそれが正常なはずだった。まぁ間違っていたって師匠と出会って理解できたんだけど。


 『六月作戦』が終わり、私たちが魔女になることが確定した日から数えて四日後、『魔女の大釜』からセルバーチカと共に魔女狩りの捜索するよう指令が出された。どうやら『六月作戦』で優秀な結果を出しても扱いが良くなるとかはないらしい。ある意味で平等だけど、ちょっとは優遇してくれてもいいのにとか甘いことを考えてしまう。人生で一度も優秀とか思われたことがないからだと思う。つまりちょっとだけ驕りがある。それもこうして現場に到着してからは全部吹っ飛んじゃうんだけどさ。

 指令の内容はセルバーチカが言ったように行方不明の男女の捜索。あとは行方不明原因を突き止めること。そしてこの木造二階建て住居に『魔女の大釜』は当たりを付けた。私たちは指令通り、この家で数日間生活することを求められている。

 小さいながらも駐車スペース、そして庭付き。外壁にはツルやツタが巻き付いているけど、雑草が生い茂っているとかはない。男女が行方不明になってからずっと空き家らしいんだけどそれにしては綺麗が過ぎる。外からでは不気味さが伝わってこない。

「なにが悲しくて人が消えたかもしれない家で暮らさなきゃならないんだか」

「近隣住民にも変人扱いされそう」

 いや、私はそもそも奇人変人だからそこのところはあんまり気にしてない。気にしているのは行方不明になった男女の成れの果てがひょっとしたら家のどこかにあるのではないかという恐怖である。通夜やお葬式でもない上に親族や友人でもない、本当に誰とも知らない死体と一緒に寝るのは御免だ。凄惨な殺人現場みたいな血塗れな部屋があったら気絶しそう。なんだかんだで魔物や魔女狩りの死体には慣れているけど人間の死体には耐性が付いていないんだから。

「行方不明の男女って夫婦じゃないんでしょ?」

「指令書を読んだ限りではそんな記述は無かったわね。内縁関係だったら周囲に知られずにってパターンもあるかも」

「内縁……ね。男性は二十五歳で女性は三十七歳って具体的な年齢が出ているじゃない? 十二歳差って、有り?」

 私が訊ねるとセルバーチカは分かりやすいくらい大きな溜め息をつく。

「あのね、恋愛に年齢差はさほど重要じゃないのよ。決められた跡取りとの婚約なんて私の知っている世界じゃ日常茶飯事よ。まぁ昔よりは縁談は減ったし、子供の自由意思が尊重され始めているからまだ私はマシだけど」

「セルバーチカも婚約者がいるの?」

「いないわよ。なに? いたら困る?」

「いや別に困らないけど」

 なんか大人の女性としての道を先に進まれそうで癪だなって。

「女友達に婚約者がいたら普通は嫌がるんじゃないの?」

「羨ましいとかそういう気持ちが湧いてこない」

 なにそれ、とセルバーチカが文句を零す。

「ミイナは好みの男性のタイプってあるの?」

「3K」

「キツい、汚い、危険?」

「んなわけあるか! 高学歴・高収入・高身長でしょ!」

 セルバーチカのことだからこの反応を狙ってわざと真逆の3Kを出してきたんだろうけど、勢いよく乗ってしまった。ちょっと私らしくない。やっぱり地元意識はあったんだろうか。浮かれているわけじゃないけど、なんか落ち着かなさはある。地元マウントを彼女になら取れるかもって思っちゃってそう。実際はマウント取れるほど知識ないのにさ。

「私、普段から3Kは見慣れているから」

「3Kマウントを取ってこないで。私は見慣れてないから」

 なにそれ、喧嘩売ってんのかな。なんならいつだって私はセルバーチカを裏切れるんだからね? ってか見慣れているってなに? 羨ましすぎる。婚約者がいるいない以上に物凄い嫉妬が湧いてくる。裕福だとか幸福だとかへの感情よりずっとずっと、イケメンといつでも接していられる立場への羨望の方が悪い方向で大きくなるかもしれない。

「でもミイナってモテそうなのに、今まで一度もイケメンと出会ったことないの?」

「なんの根拠もなくモテそうとか言わないで。なにそれ、舐めてる? 喧嘩売ってる?」

 女同士特有のやり取りが今はどうしようもなくイライラする。

「いなかったの?」

「……まぁ、それなりにはいたかもだけど」

 中学時代にはイケメンと呼ばれていた男子たちの顔を思い返す。私の掲げている3Kには全く掠りもしないんだけど、異性として興味を抱ける感じの男子はなんかんだで居た。全く関わることはなかったけど、話し掛けてくれないかなって夢見がちなことは思ったりもしたような気がしないでもない。物凄く曖昧な表現が脳内を駆け巡るのは小恥ずかしさを誤魔化そうとしている自分がいるからだろう。

「てか、なんでこんな話になってんのよ」

「ミイナから始めた話じゃないの?」

 そもそもの話は夫婦なのかそれとも内縁なのかだったはずなのに、どうしてイケメン云々に話が流れてしまったんだろ。これだと仕事とプライベートの分別が付いていない駄目な人間になってしまう。

「どこに二人は消えたんだろ」

「大抵は誘拐、或いは無理心中……それが定番でしょ。ミイナはどう思う?」

「私? んー……どこかの事故や事件に巻き込まれている、とか?」

「でもそれだと身元が判明しそうだけど」

「全身を強く打って死亡とか、身元不明の焼死体とか」

「なんでそんなグロい感じを出してくるの。ミイナって割と大丈夫だったりするわけ」

 ゾゾゾッとセルバーチカは私の言ったことで震えている。

「大丈夫じゃないけど、パターンとしてはあり得るかもってだけ」

 どれにしてもDNA鑑定や歯の治療記録とかで特定することは時間は掛かるけど出来ないことじゃないはず。でも私たちの想像している行方不明が死亡と直結しているイメージで成り立っている。

「行方不明でも生きているケースだってあるし」

 いわゆる夜逃げ。娘の私を置いて両親がやったこと。世の中は、日本は意外と広くって罪さえ犯していなければ一般人はなかなか見つからない。でも夜逃げは大体悪いことをしているからやることなので、その後の警察の捜査で足が付くことだってある。

 要は警察のお世話になるほどの犯罪者か否かってところだろうか。

「まだ来たばっかりで色々と推理しても想像の余地を出ないわ。まずは入って調べてみましょ」

 キャリーケースを持ち直し、彼女はインターホンを鳴らす。

「なんで鳴らしたの?」

「え、だって他所(よそ)の家だし」

 空き家のインターホンを鳴らして、もし誰かが中から出て来たらどうする気だ。そっちの方がよっぽどホラーでしょ。

「合鍵は持っているんだし、さっさと入ろ」

 『魔女の大釜』は既にこの家での数日間の寝泊まりの許可を得ている。近隣住民には行方不明事件を体当たり調査する新人記者という説明を行っているらしいが、それで『悪霊の棲む家』とまで噂されている家に泊まるのは体当たりを通り越して無謀でしょ。よくオーケーを出してもらえたよね。

 玄関の鍵はシリンダー錠。しかも上下の二ヶ所。いわゆるワンドアツーロック。鍵はディンプルキー。いわゆるピッキングに時間が掛かるタイプで、防犯上望ましいとされているものだ。家と家の間――塀と家の隙間に道がある。家の裏手に続いているようだ。ここはあとで調べるけど、足元には音が出やすい防犯砂利が撒かれている。見た感じ窓の外側はアルミ面格子が接地されていて防犯対策は万全だ。

「泥棒に狙われやすい立地なのかしら」

「視界を遮る場所が多ければ多いほど泥棒にとって好都合になるらしいんだけど……閑静な住宅街、ではない感じ」

 セルバーチカは庭先や車の置かれていない駐車スペースを調べながら私に聞いてくるけど、微妙な返事しかできない。左隣にはマンションがあって、正面にもマンション、右隣は空き家ではあるけどこの家への侵入しようとする人物を不可視にするような遮蔽物はほとんど見当たらない。ワンチャン、空き家から入り込むこともできなくはないけど……それだったら事前調査の段階で空き家に潜んでいた人物が犯人という結論が出されるはずだ。それとも実は調べてないとか? その辺りも私たちが調べなきゃならないのかも。

「入るよー」

 裏手の防犯砂利が撒かれている通路を覗き込んでいるセルバーチカに声を掛けつつ私はシリンダー錠を合鍵で開け、扉を開く。

 ありきたりな上がり(かまち)から始まる家の構造だ。特に珍しいとかはない。洋室と和室が平均的にあってダイニングキッチン、そして水回りとなるトイレ、洗面所、お風呂場も極々普通。間取りで特におかしなところもない。廊下の接続、屋根裏が実は広いとか、隠れた部屋が実はあるみたいなことはなさそう。世の中、小説やゲームめいた不思議な構造の家ってのは存在することはほとんどない。でもウィンチェスターの迷宮屋敷ぐらい不可思議な家はそれはそれで見てみたい。

「ちなみにミイナは一人暮らしをしたことあるの?」

「無いけど、師匠に見つけてもらう前は毎日が留守番みたいなものだったし、師匠に見つけてもらったあとも留守番することが多かったから」

 あとは『魔女の大釜』での生活も足せばほぼ一人暮らしみたいなもの。完全な一人暮らしではないけど、その辺りのスキルを応用することはできるだろう。

「セルバーチカは?」

「一回、ジルヴァラに対抗するために一人暮らしをしたことがあって」

「ああ……」

 やりそうだよね、この子。ジルヴァラはまだ独り立ちできていないとか言って一人暮らしして後悔してそう。

「洗濯機を壊して諦めた」

 ほらやっぱり後悔してた。

「でもそれ以外はバッチシだったから」

「料理も?」

「任せて」

 うん、任せないでおこう。それにコンビニが近くにあるから数日間ならコンビニ弁当生活でも不自由はない。それよりも洗濯機のみならずキッチンを地獄絵図にされたらたまったものではない。

 それなりに部屋を一つずつ調べたけど、玄関から入ってすぐのところにある応接間はなんだかんだで見栄えが良い。古いアップライトピアノもあるけど、蓋を開けて白鍵を一つ叩いたら私でも分かるくらい音が外れている。調律は長い間されていないようだ。それとも長年の劣化で正しい音が出せなくなったのかもしれない。あとスーッと指を滑らしてみたけど、埃が思ったよりも積もっていない。

「行方不明は事件として扱われてないらしいから、警察の捜査もまだらしいわ」

 私が思った疑問は口に出すまえにセルバーチカによって解き明かされる。

「手入れが行き届いている。全体的に埃っぽくない」

「そりゃそうでしょ。行方知れずになってまだ二週間前後らしいから」

 二週間でも埃は積もる。だから多分、私たちの知らない誰かが家の掃除に来ていると考えるべきだ。それってなんだかとても怖い。だってその人物を『魔女の大釜』は把握していないってことなんだから。

 一階の和室を見る。人気のない和室って、ちょっと不気味だな。恐る恐る押し入れの襖を開けてみたけど畳まれた布団が入っているだけだ。腐敗臭もしないから死体もなさそう。まさか白骨化している、なんてことはないでしょ? ヤバそうなシミが広がっているわけでもないし。

「なんで『雲』?」

 セルバーチカが神棚を見て呟く。天井部分に『雲』の文字があることに疑問を持っているらしい。

「一階に神棚を設置する場合、『雲』を天井に記すことで神棚の上には雲しかありませんって表現するの。神棚を踏むことが畏れ多いことになってしまうから」

「へー……なんだか不思議」

 セルバーチカは薄汚れてしまっている神棚を物珍しそうに眺めている。

「もしかしてだけど、和風の家には来たことがあまりない?」

「え、あ、そんなことないわよ」

 ほとんど無いんだな。

 一階の部屋で一番広いのは絨毯張りの洋室。さっきの押し入れと違ってこっちはクローゼット。でもベッドはない。

「変なところは特にない……かな」

 私は絨毯に赤い血などがないかを調べる。でもその最中にセルバーチカがいなくなっていることに気付く。勝手にどこかに行ってしまったらしい。放っておいても自衛するだけの力を持っているからなにも心配しなくていいだろうけど一応は探そう。

 階段を登る。ギィギィと木が軋んでいる。でも板が外れたり割れたりする感じはない。ただ一段一段がやや高い。昇り降りで足の筋肉を鍛えられそう。

「畳が嫌い?」

 二階の和室前の廊下でセルバーチカを見つけるも、どこか戸惑っている風だったので訊ねておく。

「ううん、そうじゃないわ。一階は別にそんなに気にならなかったんだけど、二階の畳張りは……なんか、足元が柔らかくって、一階に落ちたりしないかなって」

「さすがにそれはないでしょ」

 畳の下には床板があってしっかりと木々が組み合わさっているし釘打ちだってされている。腐食していなければよっぽどのことがなければ床が抜けるなんてことは起こらない。日本家屋の畳や二階建てをあんまり舐めないでほしい。私の返答を聞いてセルバーチカは足元を確かめる感じで畳張りの部屋に入る。でも慣れるには時間が掛かりそうではあった。

「至って普通の家……って感じではあるけど」

「本当に行方不明が出た家なのかってレベルだわ」

 どこもかしこも不可思議な点がない。血だってないし、どこかが汚れているわけでもなければ、腐敗して崩れそうだとか建物として問題が起きているわけでもない。


 私たちはもしかすると入る家を間違えたのではないだろうか。そんな風に思ったけど、でも合鍵は玄関の鍵を確かに開けたし、やっぱりここが指令書にあった通りの家なのだ。

 和洋折衷の珍しい家ではあれ、至って普通の一軒家。生活する上では全く問題のない状態。


「まず知るべきは、誰がここに掃除にやってきているか、かな」

「トイレやお風呂場が綺麗なのは怪しい以外にないわ」

 埃の面ではおかしさを感じなかったセルバーチカも水回りが綺麗であることには違和感を覚えていたらしい。

「深夜に襲われるかも」

「でも深夜からが私たちの時間でしょ?」

「え?」

「え?」

 なに私の声に不思議そうに返しているんだ。まるで私も夜行性動物の生活を送っている仲間みたいな言い方はしないでほしい。

「ファルシュとカシューも夕方には合流するはずでしょ」

「そうだけど、家には入れないわよ」

「なんで?」

 リアルになんでか気になった。

「だって私とミイナの同棲にいらないじゃない?」

 いやいるけど。主に私の生活基盤をファルシュがほとんど担っているからいないと大変なことになるけど?

「バックアップにアンテオたちもいるけど?」

「まー私たちの間に邪魔はいらないわよね」

 いるけど? なんかセルバーチカはさっきから私との生活を楽しみにしている節がある。仕事とプライベートを分けて考えられてなさそう。ラスティー家の付き人がいないから旅行気分なのは間違いない。

「今日一日はこの家にいて、明日からちょっと色々と調べてみよう」

 夜中になにかが起こるようだったら、その原因を仕留めに掛かろう。闇夜に紛れて人の家に入り込んでくる輩を殺さなくていい理由なんてないんだから。

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