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地元

 清々しいほどの穏やかな朝を迎え、私は前日の読みが大きく外れていることに嘆息した。取り敢えずチーズトーストを食べてから侵入の形跡がないだろうかとあちらこちらを調べてみたけれど家全体で昨日と変わっている部分は見当たらない。と言うか、家が広すぎて二人では持て余してしまっているから前日と家具や物の配置が変わっていたって気付けない。だから私はセルバーチカが起きてくるまでの間にスマホで一部屋ずつ全体を撮影して回った。これで少しは調査に役立てばいいんだけど、まず前提として掃除をしている侵入者がいるという部分までも外れていたら面倒臭いけど方針を変えることも視野に入れなきゃならない。

 でもまだ二日目だ。気が急いてしまっている。もっとじっくりと待とう。

「電気、ガス、水道。全部が全部、特に問題なく使えているけどこれの請求は誰に行くんだろ……」

「当面は捜索願いが出されていない行方知れずに二人のどちらかの口座だろうな」

 昨日の夕方に合流したファルシュが私とセルバーチカが昨日の夕食時に散らかしたキッチンでの片付けに追われている。

「二週間も、とは言うが子供ならともかく大人なら平気で空ける期間だからな」

「あんまり近所と交流が無かったらしいから、どんな仕事をしているかも分かんないらしいよ」

「『魔女の大釜』ではどちらも事務職勤務とされていると調査で出ているが」

「だったら二週間も無断欠勤していたら会社が連絡してくるでしょ」

 たとえ自らを孤独と自称していても人間は生活する上で必ずなにかに属さなきゃならない。属するということは接するということ。接するということは目撃されるということ。こんな私ですら師匠の弟子という立場であり『魔女の大釜』に所属している。人と接することからは人である以上、逃れられない。

 そして私たちは現在進行形でこの家の近隣住民たちに目撃されている。その内、妙な噂が立つ。その噂を原因として変な嫌がらせが始まる前になにもかもが解決したいな。自分たちと全く関係の無い場所で(いわ)れのない蔑みを受けたくなんてないから。

「おはよー」

 大欠伸をしながらセルバーチカが起きてきて、だらしのない格好をファルシュに見られて女の子らしい反応で腕で身を隠す素振りを見せる。なんだその可愛らしい反応は。昨日、散々なくらいに注意したのに格好を改めなかったクセに。むしろ見せびらかしてきたクセに今更その反応は冷める。

「ファルシュはホムンクルスだけど?」

「分かってるけど男の容姿をしている奴に見られるのは嫌なのよ。普段からカシューも寝室に入れてやらないんだから」

 黒服の男だったっけ、この子のホムンクルスの姿は。まだ一度も会話を交わしたことないから、無口な性格なんだろうなってことぐらいしか知らないけど。

「で、そのカシューは?」

「だから寝室にすら入れないのに、なんでこの家に入れると思ってんの?」

 私の質問にズレた返答をする。じゃ、カシューは夕方に合流してもこの家に上がることが許されていなくって野宿をしたってこと? 私が残酷な事実に気付いて視線をファルシュに向けると「これだからどいつもこいつも」と呟いている。

 ホムンクルスは人間ではないけど、奴隷みたいな扱い方をしていいってわけじゃないのにな。言ったって利かないだろうかわ言わない。そういう正義感でギスったところでなんにもプラスに働かないし。

「今日からミイナのホムンクルスも夜は野宿させてよね」

 マジで言ってるなら叩いたって許されるでしょ。こんな私たちよりも幼い容姿をしているファルシュを野宿させるとか警察を呼ばれたってなんにもおかしくない。警察を呼ばれたら行方不明になっていることが明るみに出るし、私たちは私たちで行方不明者の家で一泊している事実までもが明るみにされる。どう言い訳してもヤバい奴ら認定されて住居侵入で逮捕される未来も見える。

「私たちは一階の洋室、ファルシュとカシューは二階の和室で寝てもらったら?」

「んー……ん-ん-ん-、妥協してもいいけど難しいわね」

 なんにも難しいことあるか。男だったらそりゃ私だってセルバーチカに賛成だけど、ファルシュたちは何度も言うけどホムンクルスだ。生殖器の有無を確かめるような危ないことはしたことないけど不可抗力で見てしまったことは一回だけあって、そのとき確かに“付いてなかった”。多分だけど排泄器官も持ってない。これまでファルシュがトイレを使った場面に私は出会ったことがない。食事をしてもそれらは全部、魔力に返還されるだけなんだ。

「もしファルシュたちに野宿を強要したらセルバーチカの寝姿の画像をジルヴァラに送るから」

「それはガチのマジでやめて。分かった、分かったから。妥協するから」

 おお、効果テキメンだ。事前にジルヴァラに「セルバーチカがワガママを言ったときどうしたらいい?」とトークアプリで訊ねて対処法を教えてもらっておいてよかった。

「くっ、もしジルヴァラに送るなら私もミイナの写真を送りから!」

「別に良いけど?」

 死ぬかもしれないと思った絶望の表情ならもうアミューゼとジルヴァラには見られているし、アンテオにはミニのスカートを履かされるとかいう屈辱を味わわされているし、なんかこう精神的ダメージを負う気が全くしない。あるとしたらエリナに見られてしまうことだけど、見た目と年齢が一致していない彼女が私の画像を見てなにか思うところがあるかと言えば多分ほとんどない。

 一番の迷惑となるとしたらアウローラかトバリ……いや、トバリだな。トバリにだけは見られたくないかも。でも、セルバーチカはトバリの連絡先は知らないはず。私はなんか知らないけど『六月作戦』のあとで交換するはめになったから登録しているけど。

「ミイナって肝が据わっているときといないときの差が激しくない? 自分自身を辱められることに対して動揺している感じがしないじゃない」

「動揺はしていても顔には出すなと師匠に教えられていて」

「じゃぁ今、動揺してんの?」

「してない」

「……なになら動揺するの?」

 ジト目で訊ねられる。その間にファルシュがセルバーチカのために用意した朝食をテーブルに並べ、それを見て彼女は目を輝かせながらサンドイッチを口に運ぶ。

「昔の知り合いに会う、とか?」

「なんで疑問符を付けるのよ」

 言いながら食事を摂る彼女の頬は綻んでいる。

「あんたのホムンクルスは優秀ね! こんな美味しい卵サンドを作れるんですもの。カシューじゃこうは行かないわ」

「カシューは普段、どんなことを?」

「あいつは戦闘中は私へのサポートがプロフェッショナルよ。日常生活じゃなんにも話してくれないから邪魔で邪魔で仕方がないんだけど、部屋にいるときにはなんだかんだでスケジュールに合わせてバッチシな服を用意してくれているのよ」

 貶しながら褒めている。私もだけどこういう人、身の回りに多すぎて困る。

「よし、決めた。あんた、私専属のシェフになりなさい」

「なにふざけたことを言ってるんだ、この魔女候補生は」

 真顔でファルシュが返し、セルバーチカが若干の唸り声を発したのち天井を見上げる。

「そう言えば、見知らぬ同居人の線は無いんだったっけ?」

「昨日の内にファルシュとカシューが調べてくれたはず」

 視線をファルシュに向ける。

「そうだな、昨日の内に調べられるところは隅々まで調べた。侵入の形跡は今のところ無いが……だからと言って家の中の、マスターたちが知らない未知のスペースに誰かが潜んで暮らしているという可能性はゼロに近い。もしかしたら見落としがあるかもしれないが、屋根裏も見てみたがどこにも生活の跡は見られなかった」

 だが、と彼は続ける。

「怖ろしいことに、こんなものを今朝早くにキッチンで見つけてしまった」

 『今週の掃除代請求書』と書かれた紙。そしてそこに記されている金額は5,000円。一週間のハウスクリーニング代としては破格すぎる金額で、こんなことをされたら価格破壊、価格崩壊が生じる。

「俺たちは野宿をしていた。野宿をしたのち、室内に入った。だからこの請求書はマスターたちが寝ている間に置かれたはずだ。だが、隈なくではないがそれなりに家の中を調べたが、どこにも侵入の痕跡はなく、そして見知らぬ同居人とも呼ばれる謎の生活空間めいたものも発見できなかった。なら、一体どうやってこの請求書はキッチンに置かれたのか」

「私じゃないならミイナしかあり得なくない?」

「その言葉をあなたにそのまま返すわ」

 私とセルバーチカ、そのどちらにも身に覚えがない。しかし、確かにここには請求書がある。侵入の形跡がないなら、もう幽霊しか考えられない。

「幸い、魔力の残滓はあった。追えないほどの少量ではあるものの」

「良かった。魔力ってことは対処可能じゃん」

 私はファルシュの付け足した言葉で胸を撫で下ろす。なんならセルバーチカも胸に手を当てて心臓の鼓動を落ち着かせているので、同じように不気味さから解放されたことに安堵している。

「今日はあんたたちがこの家で寝ることを許すわ。魔力の流れを見つけて目に見えない侵入者を捕まえて」

 さっきと言っていることが百八十度変わった。『あんたたち』ってことはカシューも家に入れるってことだろうし。

「その代わり、見つけられなかったら足で踏み付けるから」

「…………なんかズレてるんだよなぁ」

 ボソッと私は呟いておく。ファルシュとカシューなら一応は罰になるけど、異性だったらご褒美と思っちゃうんじゃないかな。コンカフェ嬢と話したせいでサブカルチャーに興味を持って、染まり切ってはいないけどそれなりに男の性癖めいたものへの知識が増えてしまった。その内、完全に取り入れて変なことを口走るようなことだけは避けたいな。さっきの5,000円って金額も頭の中で5,000円のプリペイドカードを思い浮かべてしまったし。これはシグネラのせいかもしれないけど。

「トバリに連絡を入れといてくれない?」

「マスターがそう言うなら……だが、あまり気を許すと背中から刺してきそうなバックアップだな」

「アウローラと一緒じゃないから気が立ってんのよ。一応、この指令書におけるリーダーはこの私だからバックアップのトバリにはアウローラを付けるべきだって言ったわよ? でも聞いてくれなかった。それでも駄々をこねてバックアップのバックアップにカルカさんを置いてもらっているけど」

 もうバックアップのバックアップって言葉で混乱する。カルカもきっとややこしいからトバリを私たちと一緒に行動させるべきって進言してそう。でもトバリがそれを拒んでそうだからややこしくなってしまっていそう。全部、想像できてしまう。

「ってかトバリがなんで私たちと一緒にいるのを嫌がってるんだか。そこが一番ムカつくんだけど」

「そう、それよそれ。こっちは『六月作戦』のことは水に流して、これからお互いに魔女へ向かって力を高め合って行こうねーって。それで良いと思わない? ラスティーの私でも今更それを拒む理由ないわよ。だってもう家柄に泥を塗ることはなくなったわけだし」

 私たちは魔女になれる。ただし、死ななければ。だから部屋に引きこもりたいのに、『魔女の大釜』はそれをさせてくれない。不運な事故や事件に巻き込まれたらどうするんだ。あと、魔女候補生に刺されるかもしれないんだから自衛で引きこもりになるのは許してくれたっていいだろうに。


 ああでも、今はトバリをどうやって引っ張り出してくるかの方が優先か。


「ま……っずは」

 卵サンドの最後の一切れを口に入れ、飲み込んでセルバーチカは話を続ける。

「聞き込みから始めましょ。近隣住民は最終手段ね。まずは駅前とか、あと人が多そうなところ周辺で。トバリを引っ張り出す方法について考えるのはそのあと」

 真っ先に近隣住民に対して聞き込んでしまうと、噂の立つ速度を加速させてしまう。もう既にこの家に私たちが泊まっていることには気付いていて、なにかと想像で物を言っているだろうから、そこにあることないことを付け足す材料を提供してしまう。だって見知らぬ女が二人、曰く付きの家に入り込んだだけでもう日常生活を脅かされそうな不安感がある。不安を煽るのは避け、駅前や商店街での聞き込みに絞る。まぁ……このあからさまにハーフなのかクォーターなのかそれとも生粋の外国人なのかの判断に迷いつつも、やっぱ美形なセルバーチカに話をしてくれるかどうかは分かんないけど。


 私たちは朝食を終えてから掃除と洗濯をファルシュに任せて、外出準備を整える。セルバーチカはファルシュに下着を洗濯させることを最初は拒んでいたが、洗濯機を壊しても構わないんならと私が手を挙げたら唸りつつも納得した。やっぱ意外とチョロいところある。将来、ホストにハマって騙されてしまいそうで不安なくらいには。

 留守番もホムンクルスたちに任せ、私たちはしっかりと施錠して家を出た。


「暑いわ」

 昼食を全国にチェーン展開しているハンバーガーショップで済ませ、店の外に出た途端にセルバーチカが日差しへの文句を呟いた。

「大丈夫?」

 国によって暑さの質は違う。日本の夏はカラッとしているというよりはジトッと肌に貼り付く感じがあるとかないとかネットで見たことがある。割とそれに他国の人は参ってしまうのだとか。

「まー暑さは昨日のお風呂が待っているんなら我慢はできるわね。問題は紫外線よ紫外線。日傘やサングラスを持ってくるんだった」

 あの家の浴室はバスタブ内で全てを完結させる入浴方式ではない。なので彼女にとっては色んなことが新鮮だったらしい。最初はシャワーを浴びるスペース程度にしか思ってなかったみたいだけど。

「日焼け止めもね」

 なんならその辺のドラッグストアで調達したっていい。でもこういうのって請求は『魔女の大釜』にしたらいいのかな? それとも自腹? んー難しい。

「そんなお金の支払い一つで悩まなくていいわよ。私が幾らでも出してあげるから」

「お金の貸し借りはあんまり良くないから」

「そう? 変なところに拘りを持ったって仕方ないじゃない?」

 だけど一度頼るとずっと頼ることになってしまう。生活費にゆとりが出来ているのがジルヴァラのおかげなんだけど、あの子のことを嫌っているときはなんとも思わなかったのに最近はちょっと心が痛い。『魔女の大釜』で本格的に金銭面で余裕が得られるようになったら工面を断りたい。多分、ジルヴァラはそんなの気にしてないだろうけど

「あれ……? この駅って」

 見覚えのある景色だ。昨日は電車じゃなくてラスティーの車に乗せられてきたから気付くのに遅れた。

「なに? どうかした?」

「この駅、前に通学とかで使ってたのよ」

「へー」


「ん…………んー? ん-ん-ん-ん-!!」

 紙パックの野菜ジュースを飲みながら歩いていた男と目が合った。直後、飲み続けながら驚きながら私に寄ってくる。自然とセルバーチカが攻撃モードに移って、いつでも錆の炎で吹っ飛ばせるような状態になっているが、男はそれに気付いていない。

「早乙女じゃん! え、なに、まだこっちにいたんだ? 前に住んでたところにいなくなってたから遠くに引っ越したと思ってたわ」

 あー……あー、えーと……。

「誰? 場合によっては警察を呼ぶけど」

 セルバーチカはスマホをちらつかせながら男を威嚇する。

「いや、いやいやいや、待って待って。俺は怪しい奴じゃない」

 男がストローから口を放し、野菜ジュースを片手にしつつやや後退する。

「私は怪しいと思ってるけど」

 なんか噛み付き方が強いな。私に噛み付いてきたときもこんな感じだったっけ。なら敵意を丸出しってことか。

「説明してくれよ、早乙女」

「……はぁ……」

 溜め息をつく。

「中学時代の同級生。名前は……あーと、えーと……忘れた」

「ひでっ! 結構喋っただろ、俺たち。小野上(おのうえ) (とおる)だよ」

「だそうです」

「おいなんだよその他人事みたいな。同じ中学だっただろ。もうちょっと驚いてもいいだろ」

 セルバーチカが目をパチクリとさせつつもゆっくりとスマホをポケットに戻している。

「なぁ、今どこでなにしてんの? ちょっとそこの喫茶店で喋ってかね?」

「…………はぁ」

 また溜め息が出る。

「“彼に聞けばなにか分かるかもしれない”」

「“こんな頼りにならなさそうな男に頼るのは嫌よ”」

「“だからこそでしょ。頼りにならないなら首を突っ込んでこないわ。怖がってくれれば蛮勇もない”」

「“……なるほど”」

 たどたどしい英語でセルバーチカと意思疎通して、ちょっとだけの理解を得てもらえたことを確認してから小野上に向き直り、私は首を縦に振った。


 ってか、私の英語ってかなり拙いのにその一文も理解できてそうにないのは高校の制服を着ておきながらどうなんだろ。

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