『六月作戦』その4
*
「嫌です」
「なんで? 貴重な食糧だよ?」
「バッタを食べるくらいなら死んだ方がマシです」
私は手で捕まえているバッタをジルヴァラに近付けようとすると全力で後退される。
「ちゃんと中まで焼けばエビみたいな味がするんだって」
「どうして人に勧めているのに『みたいな』って言葉を使っていらっしゃるんですか?」
「そりゃ私も食べたことがないからだけど」
でも挑戦は大事だし、しっかり茹でたり焼けば寄生虫も死滅するらしいし。エビっぽい味なら食べたいような食べたくないような絶妙なフォルムをしている。それに六月下旬や七月ぐらいが一番見掛ける時期だから六月初めの今に捕まえることができたのは運が良い。
「せめて食べてから人に勧めてくださいますか?」
「分かった」
そう返答するとジルヴァラが後ろから私の肩を掴む。
「待ってください」
「なんで?」
「食べる気でしょう?」
「そうだけど」
でないとジルヴァラに勧められないし。
「食べないでください。あなたが食した瞬間、私が食べるまでの流れが確定してしまいます」
「むしろあんたに食べさせたいから食べるまである」
嫌がっている綺麗な子に無理やり食べさせるシチュエーションはなんかちょっとワクワクしてしまう。男の子が気のある女の子にちょっかいを掛けたくなる思春期の一歩手前の感覚ってもしかしてこんな感じなのかな。
「それ以上、ジルヴァラさんをイジメるのはやめませんか? 食べるなら野草の方が抵抗が薄いですし」
アミューゼに止められる。ジルヴァラは彼女の思わぬ助け船に心から感謝しているように見えた。
「えーでも野草は一歩間違えたら毒があるし」
「私は野草の知識がありますので安心してください」
だから早くバッタを放せと目で訴えかけてくるので私は仕方なく貴重なタンパク源を野に放った。するとエリナやアンテオもどこか安心した風な息の吐き方をする。
「ミイナさんって苦手な物ってあるんですか?」
「師匠が苦手だけど」
エリナの問い掛けに即答すると横で聞いていたセルバーチカが呆れたように溜め息をつく。
「そういうのではなくて、ジルヴァラさんが虫を嫌っているようなそういうメンタルがやられる系のやつです。ほら、高所恐怖症だとか爬虫類が苦手だとか。現状、隙が無いのでミイナさんのメンタルが最強ってアミューゼさんといつも話しているんですけど」
言われて私は熟考する。
「……ミジンコが苦手かもしれない」
「ミジンコ? ミジンコってあのミジンコ? あのモソモソ動くミジンコですか?」
四回もそのワードを出す必要があったんだろうか。
「中学の授業で顕微鏡を使う機会があって、そのときにアメーバを見たら体中がゾワゾワしたんだけどそのあとにミジンコを見たら吐きそうになっちゃって」
あのちっちゃくてモゾモゾ動いて、なんでか分からないけど体が透けているのがどうしようもなく気持ち悪かった。
「ミジンコが駄目で虫がオーケーなのはちょっとラインが分からなくないですか?」
「んー? でも意外といると思うんだよね。ゴキブリは駄目だけどカブトムシは大丈夫とか、ムカデは物を使って倒せるのにミミズは見るの自体が無理とか」
「なんで例として出てくるのがどれもこれも気持ち悪いのばっかなのよ。まぁ私はゴキブリを一人で退治できるけどね!」
そこを強調できるのは割と凄いことだったりする。ゴキブリを倒せない女の子は多いと聞く。師匠も外で見掛ける虫は大丈夫でも室内で見掛ける虫は耐えられなくて私にいつも助けを求めていたっけ。だから私に虫耐性が付いてしまったんだけど。
「魔女候補生とあろうものが虫嫌いだなんてあってはならないことさ」
「だったらあなたがミイナさんとバッタを食べてみてくださいませ」
「けれどミイナ嬢は私に食べてほしいわけではないようだから」
「別にジルヴァラが駄目ならアンテオでも良いんだけど?」
「…………この話は無かったことにしよう」
自分で周囲を貶しておきながら自分で話を終わらせる。そうなってくるとこの数回の会話はなにも生み出すこともない無意味な時間だったってことになる。
「と、とにかくしっかりと休息は取ろう。『アルカナ』を相手に私たちもかなり魔力を使ってしまった。万全でなければ魔女に挑むのは死に急ぐことと同義さ」
エリナやセルバーチカからの視線に耐えられなかったのかアンテオは私たちの目標を再確認させることで本当の本当にさっきの会話を無かったことにした。
「野草、採ってきてくれる? 煮込んでスープにできるものならそれで」
「はい」
「私も行く」
セルバーチカが挙手し、アミューゼと一緒に場を離れる。また苦手な物の話題を振られたくないんだろう。そういう意味では抜け目ないところがある。普段からその調子ならジルヴァラに嘲笑われることもないのに。
「エリナはずっと私の師匠の魔力を追跡しているんでしょ? 疲れない?」
「私のこれは呼吸とほとんど同じなんで大丈夫です」
「……そんなことある?」
返答が難しかったためアンテオへと言葉を向ける。
「通常、魔力の追跡は意識して行うもの。私が『継ぎ接ぎの王』を追跡した時のようにね。けれど意識するということはつまり消耗だ。エリナ嬢が呼吸と同じと言うのなら、つまりは消耗せずに追跡ができているということさ」
「できるものなの?」
「呼吸を無意識に人間が行うように魔力追跡を無意識で行えるのは一定の資質、もしくは素質を持っていなければ不可能だ。即ち、エリナ嬢もまた才能を持っているということさ」
才能が無いなんて私は自分の身の回りにいる子たちから感じたことはない。ジルヴァラやアンテオ、セルバーチカなんかは率先して才能を語りたがるけどアミューゼとエリナは真逆で自分のことを話したがらない。だからこういった部分で意外性を見ることが実は多い。アミューゼの治療魔法だって生半可な感情では不可能なことだし、野草の知識だってそう簡単に取り入れられるわけじゃない。
「魔法を攻撃として使えるのは魔女の当たり前だが、補助や回復が実のところ一番難しい。私でさえ治療魔法は自分自身にしか掛けられない。アミューゼ嬢はもっと誇っていいことなのに謙遜ばかりで驚かされる」
「師匠から治療魔法を教えてもらうことはなかったんだけど、実際のところどうなの? 通常の魔法は共感したら弱体化するけど治療魔法は共感しなきゃ効果が半減するって聞いたけど」
「先ほども言ったが、生半可なことじゃない。痛がる相手の感情に共感するのはメンタルが傷付きやすい」
メンタル治療を行うお医者さんが患者に感情移入し過ぎて逆にメンタルを不調にさせてしまう事例があるらしいから、親身になっているようでなっていないみたいな、患者に気付かれないように自分の心を守らなきゃならないとかなんとか。治療魔法もお医者さんの負担ほどではないにせよ、心の自衛を行わなきゃならないんだろう。
聞いた限りでは私には絶対にできないことだ。痛がっている人の気持ちなんて『痛い』や『助けて』以外にないと思っている。でもアミューゼはその先にある感情に共感しているように私は思う。
「誰もがなにかの才に秀でています。トバリ・アメノが近接特化型であるのも、その極端性はとても魔女らしいものでした」
ジルヴァラがイヤミ抜きでトバリを評価している。だったら魔女候補生の中でも手練れと呼べるところに立っているってことだ。
「彼女の不運は、ミイナさんが居たこと。それだけでしょう」
「私?」
「ミイナさんは近接特化と思いきや、私たちのような中距離での立ち回りも攻撃魔法も持っているじゃないですか。普通は近接を捨てるものなんですよ? それすら得意距離として握っていらっしゃるのは恐らくはミイナさんだけです」
とはいえ、探知やら水魔法を当たり前のように得意としているエリナに褒められても微妙な感じがする。なんか仕方なく褒めているみたいな。これは私の受け取り方が全面的に悪いんだけど、なにかしらの部分で優れている人から自身に残されている唯一褒められるであろう部分を褒められると、ちょっとだけヒリつく。取り柄を聞かれて『優しい』と答えられたときみたいな、ああそれ以外に褒めるところないんだ的な絶望感にちょっと似ているから。
ただ、エリナと目を合わせれば彼女に悪意がないことはすぐに分かる。だからヒリついた感情もすぐに穏やかなものになる。なにかしらの私の長所を本当の意味で凄く褒めているんだ。それが分かってくると段々と実感になってきて、表情が綻ぶ。
「ミイナ嬢を褒め殺しにすればなんでも言うことを聞いてくれそうだな」
「ではセルバーチカのようにランジェリーのモデルもやってくださいますでしょうか」
「それはどんなに褒められたってやらない」
ってかセルバーチカは約束通りランジェリーモデルをやったってこと? …………どうしよう、ちょっと見たい気がする。だってジルヴァラが関わるランジェリーって絶対に可愛いし綺麗だし艶めかしいはず。当然、カメラマンだってプロに違いない。綺麗にメイクしてもらって、コーデも整えてもらって、完全に可愛さや綺麗さに全振りしたセルバーチカがランジェリーまで身に纏ったら絶対に男を悩殺する。
「顔出しはしていませんが、見ますか?」
「見れるの!?」
「ええ、手元にはありませんがPCとフラッシュメモリ、現像した物を部屋に置いています」
「二度手間だな。どうしてPCとバックアップ用のフラッシュメモリだけにしておかない?」
「電子データは使い方次第でアクセス不可に陥ってしまいかねませんから。手元に物として残すことで現物、データのどちらかが使えなくなったとしても復旧が難しくありません。ただし、写真は劣化しないように保存方法にも気を配らなければなりませんが。それで、セルバーチカのどんな写真をご所望ですか?」
なんか怪しい取り引きみたいになってきたな。
「目元を手で隠し――」
「いかがわしい写真なんて撮られたことないわよ」
頭にセルバーチカの拳骨が落ちる。痛い、それなりに痛い。
「もう帰ってきてたの?」
「寒気がしたから帰ってきたのよ。案の定、ジルヴァラが私の写真をばら撒こうとしていたところだったわ」
「あはは、『嫌な予感がするから引き返しましょ』って言ったのはこのためだったんですね」
だとしたら物凄い直感であり本能だ。
「ミイナ? 私になにか言うことは?」
「……ごめんなさい」
「よし、許すわ。それに、ミイナとならお泊り会でもなんでもしてあげるし」
「おっ、面白い話題を出すじゃないか」
アンテオが急に乗り気になる。
「あなたを誘う気なんてないわよ。って言うか、嫌な予感がしたから帰ってきたのもそうだけど、戻ってきたもう一つは早くここから離れましょって話」
セルバーチカがアミューゼに視線を送る。
「野草はそれなりに見つかって採取も済ませました。ですが、私たちがこのまま進んだ先にルルルさんの魔力の残滓があって」
「どんなの?」
「赤い糸みたいな? そうですよね、セルバーチカさん」
「ええ、間違いなくあれは赤い糸。大量に見つけたんじゃなくてほんのちょっとの長さしかないものを一、二本程度なんだけど。どう思う?」
二人が私たちに意見を仰いでくる。
「私たちはしばらくこの辺りで休もうとしていた。周囲の気配は常に感知できる状態だ。それでルルルさんがすぐ近くを通ったというのは考えにくいし、通っていたんなら私たちに襲い掛かってきたはずだ」
「だとしたら考えられるのは風魔法で流されてきたか、敢えて自ら赤い糸を風に乗せて送り出してきたかでしょうか」
「それって、縄張り表明みたいな感じですか?」
ジルヴァラはエリナの問いかけに肯く。
「追跡はできますか?」
「ごめん、アミューゼ。私はまだ未熟者だから一人しか追跡できない。複数人を追い掛けられるようにする前の段階だから」
「いえいえ、無理を承知で聞いただけですので謝らないでください」
赤い糸がルルルの残滓であることは間違いない。それは一ヶ月間の情報収集で得ている。彼女の鞭は、複数の糸を束ねて形作られたもの。そして赤色を持っている。だから赤い糸ってだけでルルルへと行き着く。
「私たちが赤い糸を見つけたから、もしかするとルルルさんにも気付かれたかも」
「あり得ます。でもまだ私とセルバーチカさんだけですから、ここから私たちが二人で行動すればミイナさんたちを守ることができます」
「それは駄目」
「駄目、とは?」
「私たちの計画は全員が揃って狙った魔女に攻撃を仕掛けること。この場にいる誰か一人でも欠けたら成立しなくなる。それに、アミューゼとセルバーチカを切り離すって私が言っても心の中では納得しないでしょ? こんな形でルルルさんと戦うことになって負けるのか、って悔しい思いになるはず。私はね、二人がそういう思いをするくらいなら、逆に全員で奇襲を仕掛けてくるかもしれないルルルさんに備えるべきだと思う」
「……そりゃミイナならそう言うだろうけど、みんなは……ジルヴァラは」
セルバーチカは無意識の内にジルヴァラの答えを求めていた。
「ラスティーと組む時点でこうなる事態も一ヶ月前から想定済みです。そしてこの一ヶ月の間にあなたを見続けた結果、わたくしはあなたを切り捨てないと決めました。いつかの頃のように、泥臭くわたくしへと挑みかかる鍛錬の様子を見て、切り捨てられるわけなどありません」
「キーングレントは部下の失態を引き受ける度量を持っている。私も家に倣い、君たちを守ってみせるさ」
「『六月作戦』に関してだけで言えば、私たちは仲間。それを私は何度も何度も言ったはずだよ」
最終的に私が締めることになってしまったが、アンテオとジルヴァラがとやかく言うこともなくアミューゼとセルバーチカも決意の下、静かに肯いた。
「私はニャーシィさんを追跡します。ですので、周囲の気配は皆さんにお任せすることになります」
エリナは息を整えて続ける。
「追跡の基本は気付かれないこと。しかし気付かれてしまったのなら、相手の癇に障らないように慎重に離脱するのが基本です。ただしこの手法は普段は大人しい性格の動物に対してです。攻撃性を持ち、気性の荒い猛獣を前にした場合はこちらも攻撃意思を示しながら決して視線を逸らすことなく距離を取り続けること。逃げることは愚策となります。まだルルルさんから明らかな敵意を向けられていないのなら、前者の通りにするのが正しいでしょう」
私たちが彼女に示された通りに周囲への警戒を続けつつ、少しずつその場から離れた。
♭
「向かって来ないのであれば、こちらから――などと思う気はさらさらありません。割と遠いところまで飛ばしてしまったのでそこまでテレポートするのも至難の業ですし、まぁ静観といったところでしょう。それにどうやら、私は標的ではなさそうです……ふふふっ、ではある程度の予想通り、彼女を狙っているってところでしょうか」
ルルルは自身の縄張りへと侵入しかけた魔女候補生たちの気配を追い掛けることをやめる。
「さて、勇ましさは強さの象徴であり正しいものでありますが、状況に応じて戦うか戦わないかを判断できなければそれは蛮勇へと引っ繰り返る。私の縄張りを見て、勇ましさを捨てて逃げる判断を取った彼女たちと、『魔女がいるぞ、囲んで戦えば勝てる』となに一つとして対策も作戦も練らずに突っ込んできたあなた方。一体どちらが魔女として優秀だと言えるか分かりますか?」
転がる魔女候補生たちに視線を落として冷たくルルルは言い放つ。
「別に殺したって良いんですが、もしも優秀な人材が紛れ込んでいて未だ芽吹いていない最中だった場合、夭折させてしまいます。そればかりは私の責任問題になりますので、控えさせていただきますよ」
糸が魔女候補生たちを縛り上げていく。
「動き回られても困りますので、ジッとしていてください。そこに赤色は混ぜておりませんので、身が切り裂かれることもありません。が、その屈辱的な拘束に耐えられずに意地でも解き、私へと向かってくるのならそれを止めはしません。と言うか、それが出来るのであれば私は資質有りと判断して別の魔女へとその方を投げます」
自分自身では相手にしたくない。ルルルは遠回しの意味を含ませた言葉を吐き捨て、更に赤い糸を周囲へと振り撒いた。
「私のテリトリーに、無謀にも挑戦する方はいらっしゃいますか? まぁいないのであればいないので構いませんが…………最初のニャーシィによる津波さえなければ、どのようにシグネラを攻略するか見てみたかったのですがね、残念です」




