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『六月作戦』その3

「あのトバリが負けた?」

 ようやく周囲の状況を知ることができるようになって、まず聞こえてきたのはアウローラの驚きの声だった。『アルカナ』の魔女候補生にも動揺の色が見える。

「どうする? アウローラ・ガルシア」

 アンテオが私の顔を見てから小さく笑い、勝ち誇ってアウローラへと問い掛ける。

「トバリ・アメノが倒れた今、ミイナ・サオトメが自由になった。私たちはこれから君たちを蹂躙することもできるが?」

「まるで時間稼ぎをしていらしたかのような物言いですね」

「実際、その通りだから」

 セルバーチカは錆の炎を手元へと収束させる。

「あんたたちの中で飛び切りにヤバいのはトバリ・アメノ、その次にあんた。だから『アルカナ』に狙われた場合にどうしようかって話は一ヶ月間にずっと話してたわ。で、出した答えはミイナがトバリを倒すまで時間稼ぎをすること」

「近接戦に強いということは魔女特効と言っても過言ではありません。ですから、トバリ・アメノを抑えることこそがわたくしたちの命題でした。それが果たされたのなら、もうなにも問題はありません」

 銀の炎をジルヴァラも手元に蓄える。その脅しは効果てきめんで『アルカナ』の魔女候補生は次から次へと茂みへと逃げていく。

「お茶会主催者を置いて逃げることなんてあるんでしょうか」

 アミューゼがどこか申し訳なさそうな顔をしながら言うものの、目の前で彼女の言ったことは起きているので若干の鬼畜性が見え隠れしている。結局、アウローラを慕っていたわけではなくアウローラを利用しようとしていた魔女候補生が大半を占めていたのだろう。だから危機的状況に陥ると我先にと逃げ出してしまう。でもその気持ちも分からなくはない。強い人の傍にいることは異様なまでの安心感がある。私だって師匠の強さを知っていたからその手を取った。頼れると思った。もし師匠が私の目の前で魔女狩りに倒されたなら、彼女たちと同じように私も逃げ出したに違いない。

「まだ戦いますか?」

 せめてもの温情とばかりにエリナがアウローラへと尋ねる。

「…………私はどうなっても構いません。ですが、トバリだけはどうか助けてやってください」

「そんな甘さを私たちが持ち合わせて――」

「良いわ」

 私はアンテオが返答し終える前に彼女の言葉に被せるようにしてアウローラの言葉を受け入れる。

「トバリを助けてあげて、アミューゼ」

「え、あ、はい。刻印よ、微笑め」

 取り敢えずは私の言った通りにしておこう。そんな感情を見せつつアミューゼは血の海に沈むトバリへと治療魔法を唱える。

「助けたからには私の言うことに従ってもらうわよ?」

「……はい」

 先ほどまでの勝ち気でトバリの動きの全てに対して誇らしげにしていたアウローラのシュンとした姿は見るに堪えない。残っていた魔女候補生も次々と逃げ出していく。

「どんな処罰を与えるつもりだい?」

「この『六月作戦』中は私たちに攻撃しないこと。もし攻撃するようだったら二度目は無いと思って」

 アンテオが呆れ、ジルヴァラは溜め息を零す。

「それは叱り付けているだけで、処罰を与えているわけではありませんわ」

「じゃぁ殺す?」

 私はジルヴァラに問い掛ける。

「別に私はそれでも構わない。殺されかけたんだから殺される覚悟ぐらいは彼女たちにもあると思うから。でも、私たちは争い合う立場かって言うとそうじゃない。私たちは魔女狩りを討伐することを第一に、そして魔女になることを夢見て『魔女の大釜』へと来た。『六月作戦』が私たちをふるいにかけるのは受け入れるけど、私たちが同志を自分たちの裁量で処するのは本当に正しいことかな?」

「それは……確かに、わたくしたちに彼女たちの命を潰す権限はありませんが」

「アウローラ? さっきも言ったけど次は無いから。『六月作戦』中にまた襲い掛かってきたら私はともかくアミューゼやエリナさえもあんたを殺すべきって声を揃えるわ」

 エリナのみならず治療魔法を掛けているアミューゼが同時に「ふぇえ?!」と声を上げる。

「『六月作戦』中?」

「ええ、そうよ。あんたが思っている通りでいい。『六月作戦』が終わったあとなら正式な工程を踏んでくれたら私は何度だってトバリと戦ってあげる。殺したくもないし殺されたくもないから対戦って形になるけど」

「ちょ、ちょっと待ってよ。だったらこの『六月作戦』を辞退させた方が良くない? そうしたら二度目なんて絶対に無いわけだし。アウローラとトバリにはそれが一番の罰になるわよ!」

「それも考えたけどさ。うん、セルバーチカの言う通りだとも思う」

「だったら!」


「辞退しろって言われて『はい』ってあなたは素直に言える? そのまま素直に辞退する? 今日、魔女になることが確約されると分かっているのに受け入れられる? 私だったら絶対に受け入れない。ここで『はい』って言って、周囲に人がいなくなったところで辞退せずに密かに魔女を探すわ。容易く踏ん切りなんてつかない、捨てられない、諦め切れない。一年は思ったよりも長い。確約が得られるのなら絶対に手に入れたい。たった一度の敗北で得られるかもしれない権利を捨てるなんて馬鹿がやることだから」

 勝者の言葉を裏切ることになるけど、でもそもそも信用も信頼もされていない相手を裏切ることなんてなんとも思わない。

「殺さないし辞退しろとも言わない。だから私が要求するのは『六月作戦』中に私たちにもう一度勝負を挑むなってことだけ。これだけ守ってくれればそれでいい。この一ヶ月、私たちも魔女を出し抜くために全てを費やしてきた。それをあんたたちに邪魔されたら溜まったものじゃないから」

 トバリとアウローラがもしも大事な局面で干渉するようなことがあれば、作戦の数々もそれに伴う努力の数々でさえも水の泡になる。不安定な要素が排除できるならそうしたい。

「あと、私はトバリをこんなところで殺したくない」


「あんなに深々と短剣を突き刺していましたが?」

 エリナに私の言動が一致していない点を指摘される。

「彼女の魔力塊が腹部だったから刺すしかなかった」

 肉体強化は表面に魔力が見えても魔力塊は内側に隠されるらしい。だから砕くには刺す以外の方法がなかった。

「トバリは魔女になるべき逸材。そう思っているのはあんただって同じじゃないの?」

 そう問い掛けた直後にトバリの魔力に一定の回復傾向が見られ、シュンとしていたアウローラは顔を上げて真っ先にトバリの元へと駆け出す。一瞬、私たちに攻撃でも仕掛けてくるのではと身構えたんだけど、それはいらない心配だったみたい。

「トバリ! しっかりしてください!」

「傷は塞がりました。もうすぐ目を覚ますと思います」

「ありがとうございます!」

 アミューゼにしっかりとお礼を言ってから彼女はトバリの手を握り締める。

「あなたの仰る通りにしましょう。私とトバリは『六月作戦』中にあなた方へ攻撃を仕掛けることはもう致しません。逃げ出した方々がどうするかまでは判断が付きませんが」

「アウローラ嬢とトバリ嬢が襲ってこないなら他は羽虫さ」

 私じゃなくアンテオが答える。まぁ私も似たようなことを言うつもりだったんだけどさ。

「ミイナ・サオトメが仰る通り、先ほどまで私はあなたの言葉に従っているフリをして、トバリが目を覚ませばすぐさまにここから二人で逃げ出し、次の攻撃について作戦を立てるつもりでおりました。ですが、そこまでお見通しであるのなら……その行動が次こそ死を招くことぐらい、私でも分かります」

「そう」

「最大限の恩情(おんじょう)に感謝いたします。ええ、温かいではなく御恩の方の恩情です」

 自身を私たちよりも目下と捉えての表現だろうけど卑屈が過ぎる。そういうややこしいのはいらない。

「それじゃ、私たちは先を行くから。目を覚ましたトバリにもちゃんと言って聞かせてよ? 私もトバリの動きを見たし、トバリも私の動きを見た。次はもっと命の取り合いになっちゃう」

 冗談めいて言ってみたけど、かなり現実味が帯びている。近接が得意なのが私だけかと思ったら私以上に近接特化の魔女候補生がいるんだから世の中、意外と広いし私の知見は思った以上に狭かった。

「刻印よ、微笑め」

 私の傷をアミューゼが治療魔法で癒やす。

「ニャーシィさんはここより遠くではありますが西へと向かっているみたいです」

「なら私たちは東に行こう」

 エリナの探知が正しいなら真逆に行けば師匠に遭遇することはない。

「後ろは気になさらないのですね」

「だってそういう約束にしたでしょ」

「にしてもミイナは気を抜きすぎでしょ」

 ジルヴァラとセルバーチカはまだどこか納得できていないようだし、アンテオも後方の気配をずっと探っている節がある。

「大丈夫、私たちは敵同士じゃない。争うのではなく協力することを考えている魔女候補生だっているはずだから」

「まったく……しかし、君の言う通りだ。まぁでも、ちょっとは気配を探らせておいてくれないかい? 私もちょっとした甘さや隙で脱落したくはないからね」

「ええ、わたくしも。この甘さと隙によって足元をすくわれることに繋がるのであれば、ミイナさんを裏切るほかありませんから」

 私たちの一ヶ月の努力はなんだったんだってぐらいあんまりなことを二人は言う。色々と一緒に過ごす時間は長かったわけだけど、あれって別に友情を育めたわけじゃなかったんだなとちょっと残念に思ってしまった自分が情けない。

「君の言うことはもっともであったと思うけどね」

「ちょっと転んだだけでは諦められず、捨てることもできない。負けたって、挫けたって、泥臭く掴み取る。まさにその通りです」

 しかし一定の理解も得られた。取り敢えずはそれで良しとしよう。


///


 わたしの両親は夫婦仲が悪いことで有名だった。常に子供のわたしは居苦しい日々を過ごしていて、それを知ってか知らずか父母はどちらもどちらがいないときに「トバリはどっちと一緒にいたい?」と頻繁に聞いてきた。わたしはどっちとも一緒にいたかったけれど、それを口にすれば殴られることを知っていたからいつも「どっちでもいい」と言うようにしていた。だってその方が向こうも都合が良いから。子供の意思なんて二人は求めていない。揉める要因になるだろうわたしが最終的にどちらを選んでも変わる部分は少ししかない。父が母に勝利宣言するか、母が父に勝利宣言するか。それぐらいの違いだ。だったらわたしはわたしが利用できる方に付いて行くのが望ましい。決定権はもしかするとわたしには無いのかもしれないけど、決定権を委ねられる瞬間ぐらいはあるんじゃないかって思ってた。


 父母はわたしが学校から帰ってくると家の中で死んでいた。そのときからわたしの眼は劇物、劇薬、劇毒、薬物の数々を独特の色で見ることができるようになった。人体に害を持つ全ての薬品は、錠剤やカプセル錠であってもケミカルに発光し、その中でも紫色に発光しているものは毒性を有していることがほとんどだった。


 その才能を拾われたわけではないけれど、わたしは両親から解放されても尚、祖父母の家という居苦しい場所での生活を余儀なくされていて、そんなわたしは魔女の世界へと救い出されるまで死んでいるに等しい日々を過ごしていた。


 不幸自慢をしたいわけじゃない。不幸を語りたいわけでもない。けれど、不幸っぽい顔をしながら実は運が良いだけの幸せ者が嫌いだ。不幸だと周囲にアピールして、ちょっとでもなにかを恵んでもらおうとするその乞食みたいな性格が、とにかくわたしは受け入れがたいものだった。だから、ミイナ・サオトメもきっとその部類なんだと思った。


 思っていたんだけど――


 彼女に睨み付けられ、凄まれた瞬間にわたしはなにかを見落としていることに気付いた。彼女の略歴をわたしはしっかりと調べたわけではないけれど、わたしが思う彼女の不幸を、彼女は「そんな程度」と目で訴えてきたのだ。つまり、わたしの想像以上に彼女の不幸はもっと重く、もっと深く、どす黒い。それが睨まれただけで伝わってきて、察するものがあった。


 わたしはミイナに敵わない。今のままじゃ、殺せない。


 トラウマを刺激して、思考を放棄していたけれど本能的に感じ取っていたものはあった。でもそんなのすぐに認められるわけがなくって、わたしは馬鹿みたいに、馬鹿げているほどに突撃してこの不安感を払拭してしまおうと試みた。


 返り討ちに遭ってしまったんだけど……。


「……アウロー、ラ」

「トバリ! 良かった、目を覚ましましたのね? 本当は治療魔法を掛けていないんじゃないかと心配してしまいました」

「ごめん……負けちゃった」

「仕方がありません。あなたはいつも無鉄砲で、まず自分からと突っ込みがちですもの」

 アウローラの手が温かい。

「魔力はどれくらい回復した?」

「……まだ、少し、掛かりそう」

「なら、動けるようになったら木陰で休息しましょう。あまり人目に付かない場所が良さそうね。あの方々はニャーシィ様は西に向かったと仰っていたから、私たちは北東へと向かいましょう」

「……わたしのことなんて、捨ててしまえばよかったのに」

 そう呟くとアウローラはわたしの頬を叩く。

「二度とそんなこと仰らないでください。わたしがあなたの腕前や実力だけで『アルカナ』に誘ったとお思いですか?」

「だって、わたしは……」

「不幸だとか幸福だとか、そんなのは抜きにして私はトバリ・アメノと一緒に居たいと思ったんです。試験においても、あなたが居てくれたから私は諦めずに突破することができた。あなたと組んだから、私はここにいる」

「でも」

「でもとか言わないでください。私、あなたのいない『魔女の大釜』での生活なんて考えられませんから! あと、これからはもっと私の言うことを聞いてください。あなたは自分のことを武器だと仰いますし、私が武器の持ち主みたいに表現することもありますが、逆なんですから。私があなたに武器を与え、あなたが私の武器を振るう。それなら私たちは決して負けません」

「……うん」

「今日から協力して行きましょう、トバリ。私たちはまだ諦められない。まだ私たちは魔女を打倒するだけの力を持っているはず」

「……だったら」

 わたしは上半身をゆっくりと起こす。

「少しだけ、面白い方法があるんだけど」

 そう前置きをしてわたしはアウローラに思い付いたことを纏まりがないまま一気に話し切る。


「悪くない、話です。確かにそれなら約束を破ることにはなりません」

「良かった。わたしが想定していた最悪の約束をしていなくて」

「最悪の約束?」

「身に付けているものを全て脱いで森の外に出ろとか言われているんじゃないかと」

「どこの終末世界の話ですか……?」

 アウローラが呆れている。

「けれど、この作戦はリスキーでもあります」

「それはそう。でもわたしたちはもうリスキーなことをしないと魔女を一泡吹かせることもできなさそうだから」

「……ええ、その通りです。でもまずは、あなたがしっかりと動けるようになってから」

「分かった」


 アウローラのことなんてどうだって良かったはずなんだけどな。わたしにとって彼女は理解し難い雲の上の存在。住んでいる世界が違う相手だから。


 ああでも、そうなのかも。

 ミイナは強い人の傍にいたわけじゃなくって、わたしと同じ感覚で……一緒にいたのかも、しれないな。

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