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『六月作戦』その2

 魔女界隈で殺人は度々起こり得ることで魔女狩りが人間の感情から出現していることも踏まえると、基本的にほとんどの魔女や魔女候補生は人殺しとなんら変わらない雰囲気を抱いている。セルバーチカやアンテオが慕っていた魔女と対峙した時もそれを感じることができていたんだけど、トバリ・アメノはその二人以上に危険そのものを体現したようなオーラを身に纏っている。多分だけどこの子は沢山の罪を平気で犯すことのできるタイプだ。そして、理性を平気で踏みにじることさえできてしまう。そんなのが私に対して敵意を向けているとか、考えただけで怖気が走る。

「刻印よ――」

 私が詠唱を始めた直後にトバリは間合いを詰めてくる。やっぱり近接戦闘に相当の自信があるみたいだ。ただ、私は魔法に頼りたいから詠唱を始めたわけじゃなくって、トバリを誘うためにわざとそうした。


 トバリと戦う場合、遠距離に持ち込むことは不可能。それが私の出した結論だ。そしてこれは『六月作戦』に及ぶ前の魔女候補生へ私たちがホムンクルスに偵察させた際にも全員で出した結論でもある。

 別に『アルカナ』を知らなかったわけじゃない。アウローラ・ガルシアとトバリ・アメノを知らなかったわけじゃない。ジルヴァラとセルバーチカ、アンテオまでいるんだからお茶会による派閥についての情報がこの一ヶ月間で耳に入らないわけがない。それでもジルヴァラがアウローラに嘘を突き通したのは、そうやって煽ることで矛先を私から外すため。トバリに限らずアウローラと『アルカナ』の全員で私一人を叩き潰す方針だったら最初から勝ち目は無かったんだけど、彼女がジルヴァラの挑発に乗った時点でその最悪のケースが消えた。おかげでこうして私はトバリと戦うだけで済んでいる。

 済んでいる、にしては割と先行き不安だけど。


 近距離で短剣と包丁による駆け引き。短剣は武器として成立しているけど包丁は純粋に凶器。鍔迫り合いめいたことをすれば私の剣戟が必ず打ち勝つ――というわけでもないらしい。さっきから金属音を奏でながらさながら剣戟の打ち合いをしているかのような錯覚に陥るほどのやり取りをしているけど、彼女の握っている包丁が一向に欠けたり割れたり(つか)から折れることさえない。間違いなく魔道具だ。耐久力を魔力で補強してあるから雑に武器とぶつけても負けることがないんだ。


「ちっ」

 それでもトバリが舌打ちをする程度には私の剣戟が上回る。当たり前だ。私は師匠に近接戦闘のいろはを学ばされている。魔女にとっての意外性――魔法を唱えるのが本分であるのに近接武器での大立ち回り。私が師匠に求められたのはそういう魔女になること。魔女狩りの虚を突くことだけに留まらず、劣勢になった際に距離を詰められても自衛できる。詰められれば終わりの魔女が多い中で生存確率を上げられる。なにより、武器を握ったことで私はトラウマという名の地雷を踏み抜いているから筋肉の一つ一つ、視覚や嗅覚、聴覚から得られるありとあらゆる情報が脳内を駆け巡って思考を加速させてくれている。肉体の制御については考える必要がなくなり、常に考えているのはトバリのトラウマによって死なないようにすること。そのためにはどこまで押して、どこで引き下がるか。その塩梅は極端過ぎるほどに丁寧であるべきだ。

「これでも私が弱いと思う?」

「弱い」

 私は一歩、深くトバリへと踏み込んだ。それに対してトバリは空いている左手で私の胸倉を掴んで引き込もうとした。ギリギリで上半身を後ろに逸らしたからその手は空を掴むだけだった。さすがにヒヤリとして私は踏み込みを諦めて二回跳ねて後退する。


 人は自身が張っている境界への侵入を嫌う。一定の距離までは問題なくても、あまりにも詰められ過ぎると恐怖感や威圧感、自己防衛のために身構える。気や心を許した相手がこの境界を越えることは認めるけれど赤の他人や危険だと思っている相手が踏み越えたら容赦なく叫び、威嚇し、拒む。戦いにおいて私はトバリの境界へと踏み込んだ。普通の人ならこれを恐怖に感じて僅かだけど下がる、もしくは上体を後ろに引く。要は私と少しでも距離を取る選択をする。でもトバリは私の胸倉を掴んで、むしろ引き込もうとした。これは柔術にも近しい受容だ。つまりトバリに極端な詰め方は逆効果で、パーソナルエリアへの侵入はむしろ好機と捉えている節がある。


「ビビった?」

 私の後退を恐怖によるものだと察したトバリはあからさまな挑発をしてくる。乗りたくはないけど、ちょっとムカつく。今の私はスイッチが切り替えられて人を殺すモードに入っているのに、殺す対象に怯えてしまった。私たちがトバリについて調べたように、トバリたちだって私たちのことは調べ尽くしている。だから私のトラウマをトバリが知らないわけがない。知っているからこそ私の怯えを彼女は馬鹿にしてきたのだ。殺す気で武器を振っているクセに引き下がるのか、と尋ねているんだ。

 情報戦が魔女間で行われると逆に共感しないことの方が難しくなる。過去、経歴、環境、その他諸々を知れば私たちは自然とその苦しみに寄り添おうとする部分がある。自分と重なる点があれば更に気に掛けるようになる。それこそが共感へと繋がる悪手となってしまう。だから調べるのはアウローラ・ガルシアとトバリ・アメノの戦い方についてまで。現状の強さについてだけしか調べなかった。その強さの裏側にあるストーリー性なんて私たちは知るべきではないから。

「刻印よ、」

 左手の平の刻印に触れてからトバリは私へとゆらゆらと揺れながら迫る。これは要注意しなければならない動きだ。だから私は移動を踏まえながらも彼女が襲撃してくるタイミングをズラせないかと試みる。けれどこんな付け焼き刃はトバリがこれまで対峙してきた全ての魔物や魔女狩りが試みたことなんだから、彼女が動きを乱す要因にはなり得ない。

 でも、私はトバリが包丁を振りかざした瞬間に――半裸の魔女狩りのときにそうしたように即座に短剣による防御態勢を取る。

「傷付け!!」

 詠唱が完成して包丁の一撃が私の短剣を打つ。細腕からは想像できない馬鹿力がのし掛かってきて数秒と持たずに私は握り締めていた短剣を落とす。落とすだけならまだ良いけど、トバリの左手が私の胸倉を掴んだ。


 トバリ・アメノの得意魔法は肉体強化。一時的に腕力を底上げする。それは筋肉量をどうこうするわけじゃなく、細腕に魔力を纏わせて補助する。消費した魔力量に応じて補正の増減はあるけど、彼女はこの魔力の調整が天才的だと言われている。現に私も受けて分かった。彼女の肉体強化で振り下ろされる包丁の一撃はあまりにも絶妙だった。だって私は短剣を落としただけ。彼女は腕力に補正を掛けられるなら短剣を握っていた私の右手首から肘までに掛けてを力任せに()し折ることだってできたはずだ。トバリが私にやったのは武装解除。そしてそれはこの胸倉を掴むための過程の一つに過ぎない。


「捕まえた」

 首根っこは掴まれていない。服は掴まれているけど、ただそれだけ。逃げようと思ったら幾らでも逃げられる。そう思ったんだけど、やっぱり力の込め方が上手すぎる。こっちが力尽くで引き剥がそうとすれば彼女はそれに乗ってくる。逆にこっちが前へと倒れ込む勢いで詰めようとすれば彼女は引き入れてくる。武器を落とさせた理由はここにある。もし私が短剣を握っていたら反撃できるけど、落としているから反撃不可。逃れるための動きの全ては彼女が文字通り掌握していることになる。

「もうあなたは逃げられない。武器も落としたからトラウマのスイッチも切れたでしょ? ほら、あなたはこんなにも弱い。こんなにも弱いのに周りが強いせいで自分の弱さに気付けていなかっただけ」

「……あは♪」

 私は引き込まれるのならひたすらに引き込まれてしまえばいいと考え、彼女とまさにキスしてしまいそうなほどに詰め切って、互いの瞳に互いが映り込むところまで行く。

「悔やめ」

 右手の平から放たれる雷撃がトバリの体を駆け抜け、直後に彼女は私の胸倉から手を放す。落ちていた短剣を拾い直して、軽い呼吸を二度ほど繰り返してからトバリを見る。


 フードが脱げて、茶色と金色が混じったプリンのような髪。バチバチにマツエクを施した金色のまつ毛に、翡翠色の瞳。溜め息が出てしまうくらいの容姿端麗さ。けれどその顔には切り傷の跡がしっかりと見える。メイクで隠すことができるのにそれをしていないのは、彼女の覚悟の現れであり同時に彼女のトラウマに繋がるなにかであることは確実だ。けれどこれ以上の推察はしない。共感はしたくないから。


「ようやく顔が見られた」

「なんで勝った気でいるわけ?」

「虚を突けたからまずは一勝。そっちだって私を掴んで一勝。今のところ引き分けじゃない」

「……詠唱維持。しかもわたしと戦いながらずっと維持していた。おかしいな、ホムンクルスからの情報には無かったんだけど」

「今朝に出来るようになったから」

 これは嘘でもなんでもなくマジな話。今朝にジルヴァラとアンテオに見守られながらようやく習得した。詠唱を中断させ、魔力と感情の波も維持。そして詠唱を再開することで維持していたものを放出する。大体の魔女は無詠唱でやってのけるらしいけど、私は唱えなきゃまだ無理。

「そう。だったらわたしも昨日出来るようになったことを見せてあげる」

 言いながらトバリは自身の顔の傷跡を指先で触れる。


 あれが彼女のトラウマか。


「刻印よ、傷付け」

 小さく唱え、彼女の全身から紫色の魔力が噴出する。


 頭の中でアンテオの言葉が脳裏をよぎる。『トバリ・アメノはミイナ嬢と同じタイプだ』と言っていたときの記憶が鮮明に思い出される。確か『誰もが抱いているトラウマによる感情の爆発だが、私たちにとっては地雷と呼んでも差し支えのない爆裂な力を持つが、君たちはスタンスの変化が起きる』だったっけ。『私たちの場合は滅多にトラウマに触れにくく、触れられれば感情の赴くままに暴れまわる。けれどミイナはトラウマに触れやすい分、その暴走がない。これはスポーツで言うところのある種のゾーンだ。逆に言うと爆発や暴走が起こらないから切り札としても弱くなってしまうけれど』とも言っていたっけ。要は私たちはトラウマに触れてスイッチを切り替えるタイプなのだ。体質や感覚が鋭敏になるなんて思ったことはないけど、武器を握った瞬間からは誰にも負ける気がしないというか誰にも触れられる気がしないとは思ったことがある。ただそれは思い込みの力であって、さっきトバリには触れられてしまった。結局、強くなるわけではないけど集中力は増すみたいな感じなんだろう。

 だからトバリのスイッチは自分から顔の傷に触れること。私は武器を握れば人を殺すモードに入るけど、トバリもきっとストッパーが外れる。そして紫色の魔力。セルバーチカが発する錆色の炎には見劣りするけど、でも感情の色がハッキリと私の目でも見えるほどには高まっている。

「殺す」

 小さく呟くように吐き捨てられた殺意と同時に眼前へとトバリが迫る。包丁を振り回し、私はその斬撃を必死に打ち払う。両手両足の全てに紫の魔力が引っ付いており、彼女の動きの全てに紫色の残光が煌めく。とにかく素早く、隙が無い。目に見えて凶器を振る速度が高まった。そして迷いもない。駆け引きすらない。彼女は私に感情を押し付けてきている。私を殺すという感情だけをただただぶつけてきている。押して引いてを繰り返すのではなく、ただ押し続けて押し潰すつもりだ。そしてそれを可能にするぐらいの肉体強化が施されており、紫の魔力は更に強く強く瞬いて、辺りに血飛沫のようにして放出される。

「あなたは殺されかけたことがある?」

「あるわけないでしょ」

 実際には私は男たちにさらわれた場合、その果てで多分だけど殺されていたから、殺されかけたわけではないけど死にそうになったことはあるって感じだろうか。

「そう、じゃぁわたしの勝ち。だってわたしにはあるもの」

 バチバチのまつ毛、アイメイク、それらが合わさって瞼を見開かれると目力にも迫力がある。来る者全てを喰い殺す気満々なので、誰一人として近付けない。いや、誰一人として近付いてほしくないことの表れなのかもしれない。

「なに? 不幸自慢? 共感できないけど」

「わたしの絶望があなたにはない」

「私の絶望もあなたにはない」

 ここまで殺す気で短剣を振っているのにビクともしない相手は師匠以外では初めてだ。手応えが無さ過ぎるし、逃げようともしないからずっと魔女らしくない切り合いを続けている。いや、押されているから私は耐えている状態か。どうにかして好転させなきゃならない。

「刻印よ、悔やめ」

 正面へ雷撃を放つ。だが既に魔力の残光だけでそこにトバリはいない。

「あなたは範囲が優秀でも単体への収束がヘタクソ」

 右の真横から声がしたので身をよじる。けれどこれはブラフに違いないので躊躇いなく私はそこから翻って真後ろに立っていたトバリの包丁を避ける。

「到達距離を見極められないあなたの雷撃は避けやすい」

 範囲なんだから避けにくいんじゃないの? それとも到達点や一人に絞った方が当てやすくなるとでも言うんだろうか。いや、言うんだろうな。だからこうやって魔法が通らない。威嚇にもなっていない。

「ねぇ、トバリ・アメノ」

「なに?」

「あなたは不幸を背負っているのは分かる。でもなんで私が弱いことであなたは私に文句を言いたくなるわけ?」

 いちゃもんの付け方が分からない。陰口は妬み(そね)みであるのは百も承知だけど、その中でもトバリの一言は強烈なまでに私の現時点での人間関係と生き方の否定だった。でもそれってトバリに関係無いことだ。妬みや嫉みじゃない。だって彼女はアウローラ・ガルシアに認められている。どういう関係性かは不明だけど『アルカナ』という派閥に属することさえ許されているのなら相応の評価は貰っているはず。利用し利用される関係ならもっと冷めているだろうし、報酬を得られるわけでもない『六月作戦』においてアウローラに「殺しなさい」と言われてそれに応じるのも不自然だ。大体、魔女と戦うことがこの『六月作戦』の本懐(ほんかい)であって魔女候補生同士で争うことは『魔女の大釜』的には本意ではない。

 単純な怨恨とも考えにくい。だから私はトバリにどういう点で嫌われているのかが全く分からない。

「分からない?」

「分からない」

 と言うか、分からないから聞いているんだからそういう問い掛けはイラつく。

「あなたは実力でここに立っていない」

 斬撃が激しくなる。その全てを受け流すのをやめて後退する。後退してもトバリは追ってくるから、結局は避け続けなきゃならないんだけど、こうして回避できるものは回避して、短剣で受けなきゃならない斬撃は最小限にする。でないと私の武器は魔道具じゃないからこのままだと使い物にならなくなってしまうから。

「全部全部全部、運でしかあなたは立っていない」

「は?」

「稀代の天才に拾われて、魔女候補生になって、周囲の強い人たちに守られて強くなった気でいるあなたが! わたしはただただ憎らしい!」

「…………分かんない」

 私のなにを見ているつもりだ? 私のなにを知った気でいる? 私がどんな苦労を経てここに立っているか分かってないのに、分かった気でいられるのが本気でムカつく。

「あなたは不幸なんかじゃない! あなたは、自分を不幸だと思い込んでいる幸せ者でしかないんだから! 不幸代表みたいな顔して! 魔女候補生たちの先頭に立つな!!」

 凶器に狂気を纏わせ、紫の魔力で補助を受けたトバリの一撃を私は避ける。

「逃がさない!」

 追い立てられる。どんなに逃げてもトバリは私を追ってくる。駆け引きなんて捨てた猛獣としか言い表せない突撃に私は逃げて、避けて、必死に抗う。

「こんなに魔力を込めてもわたしが仕留め切れないなんて……あなたの逃げ方だけは認めてあげるわ」

 刺突を避けてカウンターを狙うも身を即座に後ろに引いて逃げられてしまう。だけど、私からしてみればこのカウンターだけでトバリが距離を取ってくれたのでリターンは大きい。離れてくれればそれだけ私は攻撃に転じる猶予を得られるし、彼女がまた私に迫るまでの時間を得られた。

「あなたはなんにも苦労なんてしてない! 本当に苦労して絶望した私たちに比べればあなたなんて!」

「うるさい!」

 イラつく、ムカつく、腹が立つ。

「言われたくないことを言われたからそうやって――」


 睨む。私はただトバリを睨む。彼女は足を止め、腕を止め、言葉を止めた。獣のように猪突猛進だった彼女は私の眼光で怯んだのだ。


「あなたは強い。うん、とっても強い。だけど、強いからって私の――他人が味わった絶望も、不幸も、苦労も、痛みも、全て否定していいわけじゃない」

 私の痛みは私だけの物、私の苦しみは私だけの苦しみ。


 重要なのは絶望の大小じゃない。その境遇で、死にたいと思ったか否か。死ぬしかないと思うことしかできなかったか否か。生きることを放棄する方が幸福なのだと思い込んだか否か。


「っ! わたしは、わたしはあなたには負けない!」

 震え声。私の睨みがそんなに怖かったのだろうか。それでも、この子の拘りが私には分からない。絶望を知っているならずっと絶望していろとでも言うのだろうか。悲しかったらずっと悲しい顔をしていろとでも言うのだろうか。

 トバリが紫の残光を起こしながら私の周囲を飛び交っている。凄まじい加速だし、驚くほどの瞬発力も備えている。猫の仮面の魔女狩りに比べれば、どうってことないけど。

「あなたは強い。でも、強いだけだよね」

 間違いなくトバリは強い。私以外の魔女候補生だったら五分も持たずに降参し、その降参すら無視して切り殺したり刺し殺すくらいには強い。


 だけど、本当にそれだけだ。それだけしかない。


「私が師匠に武器を握らされた理由のもう一つを教えてあげる」

 見える。魔力が描く力の行き先が。彼女の原動力たる魔力塊が。

「魔女狩りに接近されても戦えるようにでしょ? それぐらい知ってる。魔女同士のいざこざでも優位に立てるから」

「だからもう一つだって言ってるじゃん」

 私はトバリの斬撃を避け、彼女の腕を難なく切り裂いてから蹴り飛ばす。

「共感しなくても魔女を殺せるから」

 魔法の威力は共感されたら落ちる。共感させたら通りやすくなる。それが魔女同士で戦う際に心掛けること。自身は共感せず、相手に共感させる。でもそれは魔法が関わった場合に限る。

 武器なら魔力や魔法を、感情の波を使わずに攻撃ができるだけでなく威力が落ちることなく武器が持つ危険性をそのままぶつけられる。魔女は魔法でそれらに対応するだろうけど、共感云々関係なく素で通る攻撃手段があることに常に怯える形になる。


 トバリは凶器を持っていながら、分かっていないのだ。武器を持つことの優位性を。武器を持っているから更に魔女に対して特効であることを。ただ魔道具を持って攻め立てることで相手を追い詰めることしか考えられていない。


 殺意はあっても殺す気はない。はずみで死なせてしまうことはあったとしても、必ず殺すという気持ちで凶器を握っていない。

 そんな殺す覚悟もない奴に好きなことを好き放題に言われて、もう我慢の限界に達している。


 紫の残光の到達点――私の正面でトバリが包丁を振るう。短剣で弾き、蹴り飛ばそうとすると彼女はまた距離を取って加速する。


 包丁での対処は集中さえすれば容易。感情を押し付けてくるタイプの凶刃を弾くのは実は一番得意としている。だってあの師匠の刃ほど感情が右往左往しているものはないから。

 そして、トバリの殺し方も私はもう掴んでいる。肉体強化による離脱と接近の繰り返しをされても、結局、彼女は私に肉薄しなければ有効打を与えられないのだから待っているだけでいい。

 待っているだけでトバリは私の前までやってくる。彼女がモードチェンジする前の駆け引きを持ち合わせていたら面倒臭かったけれど、それを捨ててくれたから物凄く楽になった。待つだけなら誰でもできるし、技術も魔法もいらない。速度勝負に持ち込まれたら勝ち目はなかっただろう。本当の本当にトバリが思考を放棄してくれてよかった。もしかしたらそれがトラウマに触れた彼女の戦い方の代償なのかもしれないけど。

 待ちながらその瞬間を待ち、そしてその瞬間が来た。私は体の一部をわざと切られながらトバリの腹部に短剣を突き立てる。肉を切らせて肉を切った。でもその切った肉の深さは異なる。私の傷は軽傷で彼女の傷は重傷だ。

「もっと、不幸な顔をしてよ……」

「私はずっと不幸な顔をして生きるのは無理だから」

 血を吐いて、血の海に沈むトバリの呟きに対して、私はやっぱり共感できないのでそう返答した。

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