『六月作戦』その1
*
「今年の『魔女の大釜』登録希望は豊作か」「実力が目に見えて分かる」「しかし、やはり実家が太いことはアドバンテージだ」「這い上がれる者ほど実力者という考え方は少々古くなってきたかもしれない」「しかし不幸を拾わねば魔女狩りの幅広い感情に共感できない」「勝者と敗者には異なる悩みがあるように生活環境の優劣にもまた異なる悩みが存在する」「期待に応えねば死、得ることができなければ死」「この『六月作戦』で灯が消えてしまわなければいいが」
「どこの派閥が強い?」「木端の連中が集まったところで有象無象だ」「秀でているところは幾つかあるが」「派閥名をアルカナとしているアウローラ・ガルシアの才能はなかなかのものと聞く」「だが、その才能を上回っているのは」「同じくアルカナ派閥のトバリ・アメノ」「あのガルシア家が一目置くのだ。重々に気を付けなければな」
「どいつもこいつも、自分たちが上だと思ってやがる。今から下だと思っている奴らにボコられるかもしれねぇってのに」
「随分と不機嫌ですね」
「それはテメェもだろ」
「配信中に透視されるのは気が散ってしまいますからね」
「こっちもゲームに集中できねぇからな」
ルルルとシグネラは互いに顔を見て笑う。
「ひでぇ顔」
「寝不足なようですが、緊張でもなさったんですか?」
「だからテメェもだろうが」
「私は配信で興奮して眠れなくなっただけですので」
「だったら俺だってゲームの興奮が冷めずに眠れなかっただけだっつーの」
「あの、喧嘩はお控えください」
「喧嘩じゃねぇよ。ただの激励だ」
「活を入れるとも言います」
カルカは二人が含み笑いをしている様を見て溜め息をつく。
「師匠に言われたとはいえ、私には荷が重いですよ」
「ちょっとは胸を張れ。テメェも魔女だろうが」
「張る胸がない人がなにか言ってますがお気になさらないでください」
「はぁっ? んならテメェの胸は張れるほどあんのかって話だ」
「少なくとも、あなたよりはハリも美しさも勝っていますので」
くだらないことで言い合う二人に溜め息をつき、カルカは遠くを見やる。
「で? ガルシアとアメノのどっちを注意すればいい?」
「私に聞くんですか?」
「ウェンディに聞くのが手っ取り早いのですが、不参加であればその弟子に聞くのが一番です」
「……正直、私の眼中にはないんですよね」
両手で剣の納まった鞘をカルカは抱え直す。その最中にシグネラが鼻で笑い、ルルルが失笑する。
「別にテメェの発言に笑ったわけじゃねぇ。俺と同意見で笑っちまっただけだ」
「右に同じく。『アルカナ』派閥というものも今日初めて知ったぐらいですから」
「ではやはり?」
変なことを言ったのではと狼狽えたカルカだったが、二人の言葉で跳ね上がった心臓の鼓動が落ち着きを取り戻していく。
「ミイナ・サオトメのところが一番ヤバい」
「血統云々を口走る方々がミイナ・サオトメに組したという理由だけでテイラー家とキーングレント家を貶めているだけでなく、ラスティーにドライトやトキダを見下しているようですが」
「どう考えても頭がおかしい連中しかいねぇだろ」
「ミイナ・サオトメがニャーシィ・フェネットの弟子である点も含められていません」
「伊達や酔狂で弟子を取った、なんてことはあり得ません。私がそうであるように、魔女が弟子を取ることは決して遊びではないのですから」
「どれほどに言動に難ありであっても、抱く感情は私たちと同様のもの。魔女狩りをただの一人も許さず、人々のために身を尽くす覚悟を持っていらっしゃいます」
「だからこそ、俺もルルルもウェンディの弟子っつー理由だけだがテメェに助言してやる」
シグネラとルルルの視線は一度だけ空を仰ぎ、次にニャーシィへと向けられる。
「「全力で防衛魔法を展開しなさい、カルカ・ラポラ」」
『六月作戦』開始を告げる鐘の音が響く。
「刻印よ、」
その音色と同時に黒色の魔力を全身から放出させながらニャーシィ・フェネットが重力を無視して浮遊し、ギラギラと瞳孔の開き切った狂気の輝きを放ちながら感情の波を昂らせる。
「泣き喚け!!」
波濤。絶え間なく放出される感情の波が引き起こす疑似的な津波が彼女中心に発生し、シグネラとルルルに言われるがままに全力の防衛魔法を展開したカルカの目には成す術もなく流されていく大量の魔女たちが映る。
「な、ななな、なんで、ですか?」
「知らねぇよ」
「恐らくはそういう気分だったとか、でしょう」
同じく防衛魔法を展開したことで大地に根付いたように流されていない二人がカルカの混乱に対してテキトーな返答をする。
「お二人は、気付いていらっしゃったんですか?」
「気付くもなにもさっきからそういう顔をしていたからな」
「やるだろうな、やりそう、やるに違いない。徐々に確信に変わりました」
「ってか、これが魔女の真骨頂だろうがよ。なぁに『六月作戦』だから互いに手を取り合って頑張りましょうみたいな顔して話していたんだか。脳内お花畑かよ」
「常に背中から刺される可能性を考慮して動けないなら魔女失格ですよ」
「あ、ありがとうございます。私、完全に油断していました」
二人にカルカは頭を下げる。
「なかなか嫌いじゃありませんよ。自身の失念を自覚して感謝できる点は好感が持てる部分です」
「テメェがウェンディの弟子だからってのはさっき言ったが、そういった先入観がなくとも助言はしていたかもしれねぇな」
「……ですが、ここからは助言無しでお願いします。言われて先ほど自覚したんです。私も一応は魔女の端くれ。誰かに支えられながら立ち続けるのは恥ですから」
二度目の波濤が防衛魔法を揺るがすもカルカは強い意志でもってニャーシィの魔法に対抗する。
「気を抜いちゃダーメ! 私の感情は一度は許しても二度目は許さないんだから!!」
まだニャーシィの魔法は続いている。あり得ないほどの魔力がそのまま質量となって具現化したかのような勢いがある。これでは本当に全力で防衛魔法を展開できていないと二度目の衝撃には耐え切れない。案の定、一度目の波濤を逃れても二度目の波濤に流される魔女も大勢いるようだ。
「あはは♪ おもしろーい! ねぇ見て見て? 百人くらい流されちゃった。あれ死んでるかな? 死んでるかも。かわいそう、誰がやったんだろ」
「テンションの乱高下がヤバすぎる。メンヘラかよ」
ストレートな悪口をシグネラは発しつつ、ニャーシィの水魔法が完全に波濤としての形を失ったところで防衛魔法を解く。
「これでは、魔女候補生もほぼ全滅でしょう。五十はいた魔女が今や十数人。でしたら魔女候補生は数百人があっと言う間に五十人ぐらいでしょうか」
「手っ取り早くて助かるね♪」
『うーわ、会話に入ってきました』。そんな明らかに嫌そうに顔と声にならない言葉を表情としながらルルルはニャーシィを見る。
「優秀な人材も死滅したかもしれませんが」
「いやいや、無い無い。優秀な奴なら私の魔法に油断しない。なんのための一ヶ月だと思ってるの? この一ヶ月間、私はただの一度も隠し事なんてしてないから。ぜーんぶ魔女候補生には大公開していたんだから」
オーバーリアクションを取りながら彼女は冷ややかに笑う。
「さーて、と。それじゃ森の中を散歩しようかな。しっかりアイリスの忠告を聞いてくれているといいんだけどね」
アイリスが魔女候補生に『ニャーシィとまともに戦うな、気を付けろ』と伝えたことをカルカは知っている。ニャーシィがその通りに自らをロールすると言うのなら、魔女候補生は彼女と遭遇しないことを念頭に置きながら動かなければならない。それだけでも相当なストレスであり、負荷になる。だが、そこを一瞬でもサボるようなことがあればこのような『災害』めいた魔女と出会ってしまう。そして『出会えば死』をロールしている彼女は魔女候補生を殺すだろう。そしてその責任は全てアイリスに押し付ける。
「私のお傍には立たないでください」
「え、なに? 前フリ?」
「いえ、場合によってはあなたを切り刻んでしまうかもしれませんので」
「……ふーん? 良いじゃん。自衛じゃなくて私への傷害予告。それでこそ魔女だよ」
褒められているかも分からないことをカルカに言って、ニャーシィは森の奥へと消えていく。彼女を見届けてからルルルとシグネラも分かれるように真逆の方向へと歩き出す。カルカはその三人と決してエリアが重ならないように意識しつつ、森を進み始める。
*
「馬鹿じゃないの」
「私もそう思う」
セルバーチカの直球な罵声に私は肯きながら答える。
「事前にミイナさんから聞かされてはいましたけど、本当にやるとは思いませんでした」
防衛魔法を解いてアミューゼもどこか呆然としている。
『六月作戦』開始の鐘の音が響いて数分後、私たちに訪れたのは波濤――津波と呼ぶべき膨大な水という名の質量だった。それも一度ならず二度訪れた。師匠の波濤は一度は許しても二度目は許さない。だからみんなには波が引くまでは決して防衛魔法を緩めないでと伝えておいた。おかげで誰一人として流されなかったけど、なんとなく感じていた周囲の魔女候補生たちの魔力がおぼろげになってしまったから、多数の脱落者というか死傷者が出ただろう。
「けれど私はミイナ嬢に言われるまでもなくホムンクルスに監視させていたが、あの人は終始これをやるつもりではいたから私たちだけが独占している情報ではなかったはずさ」
アンテオが言うように私もファルシュに師匠の様子を窺わせたらノリノリで『開始早々に押し流したら楽しそ~♪』を連呼していた。普段から自分の手の内を晒すようなことを言う人ではないので、あからさまに言ったことをそのまま実行するんだなと判断した。でもそれは私が師匠のことを一年間とはいえ知っていたからだ。与太話程度に捉えてまさか本当に実行に移すだなんて思わないだろう。多分だけど魔女たちも師匠が開始早々に滅茶苦茶なことをするなんて思考の外にあったはずだ。どれだけ言動が狂っていてもルールは守る。そんな風に思っていたんじゃないかな。
私から言わせれば師匠を縛るルールなんてない。だって師匠がルールだから。師匠の作るルール以外を師匠はルールって考えない。なにより『魔女の大釜』から排出された稀代の魔女だけど、現在は『魔女の大釜』に所属していない野良魔女だ。だから処罰や罰則もない。
「なんにせよ、第一関門突破でしょうか?」
オドオドしながらエリナは濡れている地面に手で触れる。
「どうです? なにか分かりまして?」
「……はい、しっかりと分かりやすいほどに魔力が残っています。これならニャーシィさんの足取りは掴めるかと」
「掴んだ上で、私たちはニャーシィさんとは離れながら魔女を探すんですよね、ミイナさん?」
「うん。師匠に遭遇することは私たちにとって絶対逃れられない敗北。この『六月作戦』を乗り越えるなら師匠とは絶対接触しちゃ駄目」
確認を取ってくるアミューゼに私はこの一ヶ月、何度も口を酸っぱくして言ってきたことを改めて伝える。
「エリナ嬢に探知は任せ、私たちは降りかかる火の粉を払う。事前の打ち合わせ通りに行こう」
アンテオを先頭にして私たちは森の深くへと足を踏み入れる。
「でもさー、なんで『六月作戦』は森の中なわけ? いや大体のバトル漫画は山とか森とか戦闘場所に選びがちだけど」
「第一に開けた場所を確保できません。そして人目に付きにくい場所でなければ騒ぎが起きます。するとどうしても山や森を実戦の場所となります。それに複雑な地形への対応、人の気配を掴めるか否か、痕跡を無意味に残してしまわないかなど様々な観点から実力を見ることができます。ラスティーではそんなことも教えてもらえないのですか?」
「あんたには聞いてないわよ」
「あらあら? 無知であるところにはツッコミを入れませんのね」
「あーもうはいはい分かった分かった」
この二人の喧嘩染みたやり取りはこれで何度目だろうな。仲裁に入ろうとしたら揃って「「喧嘩なんかしてない」」と言い出すし、扱い方が分からない。こういったお転婆でじゃじゃ馬なお嬢様は怒ったら怒ったで繊細で傷付くから手に負えない。
「普段通りが一番良い。騒がしいくらいが私たちらしくはないかい?」
「それはそうですけど、あんまり騒いだりすると――」
アミューゼはアンテオに応じている最中に言葉を止め、同時に自身へと放たれた炎の矢を防衛魔法で弾く。
「森で火属性魔法を使うなど野蛮な連中だ。刻印よ、笑え」
彼女を守るようにアンテオが攻撃のあった方向へと反転し、続けざまに放たれ続ける炎の矢を荒れる突風で吹き飛ばす。
「魔力の炎は狙った対象を燃やしますわ。森林火災にはなりませんわよ?」
「知っているさ。けれど、範囲であったなら対象が拡大する。場合によっては木々も燃える」
その木々も現在はニャーシィの水魔法でずぶ濡れだけど、でもだからって火属性魔法を使っていいことにはならない。状況によっては自分自身さえ炎に包まれてしまう。だから通常はやらない。それでもやるってことは師匠と同じで狙ってやっている。
「私たちを倒すだけじゃなくってもし焼け死んでも気にしないってわけね」
セルバーチカは苛立ちながら刻印に触れる。
「刻印よ、怒れ!」
錆の炎がアンテオの突風と交代する形で放出され、射掛けられる炎の矢の悉くを焼き切る。
「出て来たらいかがですか? このような闇討ちはマナーがなっていませんわ」
「マナー? なにそれ、おいしいの?」
この声は、バンケットホールで私に向けられた陰口の中でも特に強烈だった声と同じだ。
「ジルヴァ、」
ラと呼び切る前に彼女の真後ろに黒いフードを被って顔すら分からない魔女候補生が木の上から降り立ち、今まさに手に持っている刃物を突き立てようとしていた。だから言葉の全てを断ち切って私は行動を起こし、魔女候補生へ強烈なタックルを横から決めることで凶行を阻止する。
「わたくしが気を抜いていたばかりに……ミイナさん!」
「来ちゃ駄目!」
起き上がり、後ろに下がると同時に向こうも私から距離は取ったけど間合い的には物凄く微妙。跳ぶように前進すれば私の懐には入り込めるし、私だって彼女の懐に入る余地が見える。問題はどちらから仕掛けるか、もしくは仕掛けた場合に返り討ちに遭う可能性はどれくらいあるかだ。
「トバリ、その子を仕留めるのにどれくらい掛かる?」
目の前の魔女候補生は視界に収めたまま、周囲からぞろぞろと別の魔女候補生が姿を見せていることだけは気配として感知する。
「あなたがミイナ・サオトメを仕留める前に片付いてしまったら手伝ってもよろしいかしら?」
「いらない。あと、あなたたちよりも早く片付けるので気にしなくていい」
「そう。なら、ごきげんよう皆様方。私はアウローラ・ガルシア。『アルカナ』の主催者です」
なにか後ろの方でこちらを挑発するような仕草と発言を行っている人がいるのは分かるけど、正直そんなのよりいつ私の間合いに入ってくるか分からない子から視線を逸らしたくないかな。
「『アルカナ』……」
「ご存じ? ジルヴァラ・テイラー」
「いいえ、全く。わたくし、興味がない者には興味を向けませんので」
二重の表現になっているがわざとだ。一言で二回分の煽りを行っている。
「あらら、それは残念」
「残念だなんて仰らないでください。あなた方はわたくしにとって物体にも等しいのに人間のような感情を抱かれては困りますわ」
本当にジルヴァラは煽るのだけは強い。今、彼女は『アルカナ』についてもアウローラ・ガルシアについても無機物扱いした。
「そんなにも死にたいようでしたら、そのようにして差し上げますわ」
「あらあらあらあら、この程度で感情を沸かせてしまうなんて血が泣きましてよ? セルバーチカの方がもっと喰らい付きますわ」
「私をなんだと思ってるのよ」
「叩けば鳴る玩具」
「言うと思った!」
ジルヴァラとセルバーチカの魔力の高まりを感じる。
「エリナ嬢もアミューゼ嬢もまずは落ち着くんだ。これは想定していた奇襲だ。想定できていたのだから、あとは想定通りに対処してしまえばいい」
「「は、はい!」」
「……トバリ」
「なに?」
「殺しなさい」
「元からそのつもりだけど」
「ミイナさん!」
アミューゼから鞘に納められた短剣を投げて寄越される。
「その方には十分に注意してください」
「うん、アミューゼも気を付けて」
彼女を心配している旨だけ伝えつつ私は鞘から短剣を抜く。その動作の最中も一切、トバリと呼ばれた魔女候補生からは視線を外さない。これはここ一ヶ月の鍛錬で習得したわけじゃなく師匠から学ばされたものの一つだ。攻撃的意思を持つ存在から視線を逸らしてはならない。私の目の動きで感情を読み、推理し、そして隙を見つけて畳み掛けてくる。それらを全て防ぐためにも視線にはこちらも攻撃の意思を見せながら、決して弱腰にならず及び腰にならず強気を見せつけなければならない。
「わたしのことは知っている? ミイナ・サオトメ」
「アウローラ・ガルシアの派閥に属しているトバリ・アメノでしょ」
名簿を見たわけでも顔を知っているわけでもなく、ただ一つの噂としてファルシュが入手した情報を頭に入れているだけだ。
「知ってるんだ? 意外。だってあなたは自分自身を守ってくれる相手以外のことは知らないと思っていたから」
「なんか『六月作戦』の説明会でも言っていたっけ。私が弱いとかなんとか」
「ええ、だって実際そうでしょ?」
「そうだね、私は弱いよ」
短剣を握っている。その実感だけで私はスイッチを入れることができる。人を傷付けて構わないというスイッチが。普段はべた踏みのブレーキも、この感覚だけで全てが壊れ去る。
私のトラウマは魔女向きではない近接戦闘に向いているけど、自らトラウマを刺激し、地雷として踏み込む手軽さはどんな魔女よりも魔女に向いていると思える。
「自覚があるんだ?」
鼻で笑いながらトバリは言う。
「あるよ。まぁ、あなたよりは強いんだけど」
「減らず口。ナメてんの?」
「大いにナメてる」
馬鹿にされている気はするけどそこまで棘がある気はしない。ジルヴァラの陰険な煽り方に比べればこれっぽっちも傷付かない。むしろ自分が思ったことをそのまま煽りとして返したら思いのほか、リアクションがあったので怒りの沸点が割と低い子みたいだ。もしかしたらセルバーチカよりも低いかもしれない。
「死ね」
「死なないよ、怖いもん」




