決定
♭
「『魔女の大釜』の日本支部が襲われたのはこれで何度目だろうな」
「確か二十三年くらい前にあったんじゃなかったっけ? 私が入る前くらい。アイリスが居た頃でしょ?」
「私はそこまで古い人間じゃないぞ。私が『魔女の大釜』に入ったのは十六年前だ」
「えーそれで私が魔女と認められた年にアイリスもようやく魔女になったんだっけ?」
「なんだその才能の差云々を言いたそうな顔は」
「言いたそうじゃなくってー言いたいんだけどなー」
腹立たしいと思いつつアイリスはニャーシィとの無駄な会話を避ける。彼女の勢い任せな会話に全てを委ねるとなにもかもが進展しないどころか会議として成り立たなくなる。
「ニャーシィ・フェネット様のお噂はかねがね」
「えーやっぱりぃ? 私って天っ才だったからぁ、それはもう沢山の逸話があるでしょう?」
聞かせて聞かせてーと言いながらルルルにニャーシィは迫る。
「『男は顔じゃない』と言いながら二日後に有名男性アイドルグループのコンサートに行ったらしいですね」
「部屋に貼ってある二ヶ月前のカレンダーを見て生活していたせいで『魔女の大釜』への依頼をすっぽかしたことになって謝ったとも聞きました。そのときの謝罪が『次からはスマホのカレンダーアプリを見ることにします』だったとか」
ウェンディが追い打ちする。
「『ぬいぐるみ可愛いー』と言って買った一時間後に部屋のゴミ箱に投げ入れたって話もあったな」
シグネラが畳み掛けてニャーシィは忌々しげにアイリスを見やる。
「私はなにも吹き込んでいないぞ? あと貴様の逸話はどれもこれも正しく伝わっていることも保証しよう」
その一言に彼女は目に涙を溜め込みながらも拭い去って平気な顔をする。
「私、こんなことに負けない」
「自分自身に酔うのはいいが、全ては身から出た錆だからな」
自分たちは悪くない。そのことをアイリスはニャーシィへと伝えてから書類を風魔法で魔女たちに送る。
「さて、『魔女の大釜』を襲ってきた魔女狩りについて分析を始めたい……と言いたいところだが、どいつもこいつも血の気が多くて魔力塊を回収せずに完全に破壊してしまっている。そのため、私たちにできるのはミイナ・サオトメとジルヴァラ・テイラーを襲った魔女狩りについて彼女たちから聞いた情報から分析することだけしかできそうにない」
そのトゲのある言葉にニャーシィのみならずルルル、ウェンディ、シグネラも視線を逸らす。
「猫の仮面を被った半裸の魔女狩り。この魔女狩りについて貴様たちに問う。これまで、似たような魔女狩りについて見たことや討伐したことはあるか?」
「ない」
「ありません」
「ねぇな」
三人が揃って首を横に振る。
「半裸の女の姿をした魔女狩りはこれまでも何度か見たことがある。だが猫の仮面ってところが不可解で不快だ。猫の顔をした魔女狩りならまだ分かる。ゲームで言うところの獣人みてぇな容姿だってんなら見たこともある」
「しかし、仮面は見たことがありません。猫の、という限定的な部分も私の知っている範疇から逸脱しています」
シグネラとルルルが答え、アイリスが書類に書き込んでいく。
「新種の魔女狩りと考えるべき案件でしょう。或いは、ニャーシィ・フェネット様の知見についても伺いたい」
「んーどうだろ……分かんないかなぁ」
絶対に分かっていて言おうとしていないなとその場にいる全ての魔女が理解する。
「んじゃまぁ、分かんねぇってことで話を進めるけどよ」
「えー進めるの? 訊いてくれないんだ?」
「メンドクセー」
シグネラは自身の発言を続けることを捨てる。
「猫の仮面の魔女狩りは魔女のことを理解し、魔女が扱う魔力についても把握しているようだったとミイナ・サオトメは言っていたそうだ。このことについてなにか知っているか?」
「知らなーい」
「もう一度訊く。なにか、知っているか?」
「…………暗澹たる魔力と無色透明の魔力。もしかしたらその分別が付けられているのかもしれないかな。魔女の眼を持っているかもってこと」
「私たちと同様の眼を、ですか。なるほど、困ったものです」
ルルルは見ていた配信を一時停止させてからアイリスへと視線を向ける。
「魔女狩りは本来、私たちの魔力の色を見ることができません。見えるとしたら色付いたときだけ。それまでは無色透明ですから、彼らには感知され辛いというメリットがあったわけです。が、件の魔女狩りが無色透明の魔力を視認できるとするならば、よほどの不意討ち、そして完全に私たちが魔力に色を付けてから一斉に叩き込みでもしない限りは生半可な魔法は通用しないことを意味します」
「暗澹たる魔力に共感しなきゃ俺たちは魔女狩りの攻撃をまともに喰らっちまうからな。共感さえしちまえば何色にでも染まる無色透明の魔力でも仕留められるんだが」
「即ち、猫の仮面の魔女狩りのみならず今後の魔女狩りが同様の眼を持ち合わせるようになってしまえば、やや面倒なことになるか。私の催眠も事前に回避手段を眼で見て理解されては通用しない」
彼女たちの会話を遠くのテーブルを囲んでいた他の魔女たちが聞いて会議室全体がざわつく。
「ま、なにをしてきたところで私たちが負けることなんてあり得ないわけだけど」
ニャーシィは楽観的なことを言っているようで、言葉の端々にはどこか冷静さを持ち合わせている。だから自然とアイリスたちも彼女の先に続く言葉を待つ。
「魔女の眼を持っているかもって踏まえた上で私たちは戦うことができる。そのことは私の弟子ちゃんに感謝してほしいかなー。死んでない上に有益な情報を手に入れてくれているんだから」
「確かに、ミイナ・サオトメの活躍は目覚ましいものがある。しかし、私たちが彼女の力を正確に見極めることができていないのも確かだ」
「試験では運良くキーングレントに声を掛けられた。淫魔と『氷姫』では手こずり、セルバーチカ・ラスティーとの対戦では刻印共鳴を見せるも魔力が暴走。シグネラが連れて行ったゴーレム戦では魔法を単体に絞ることに苦労していることが露呈。私と共に『境界鬼』を戦ったときも、魔力では他二人よりも後れを取っている」
アイリスからウェンディへと評価が続く。
「だがキーングレント問題においては魔女狩りの『継ぎ接ぎの王』に共感している。あり得ねぇけどな、魔女候補生なのに共感するなんてことは。ついでに魔女候補生だけで倒しちまってんのもあり得ねぇんだわ」
「私たちは彼女の強みと弱み。その両方を見ているからこそ、未だ見ていない一面を知らなければならないのです。彼女は本当に実力を伴っているのか否か。要は、彼女自身の魔力が、そしてその魔法が魔女狩りに有効足り得るかどうかでしょうか」
ルルルが評価を締めて、のちの発言をアイリスへと委ねる。
「むー、みんな私の弟子ちゃんに厳しい」
「膨れるな。だからこそ私たちは来月を待ち侘びている」
「来月……来月って……あー、『六月作戦』か」
宥められつつもどこか府服装だったニャーシィもアイリスの言葉を聞いて一定の理解を見せる。
「この中で六月作戦において死んでも構わないと思っている魔女はいるか?」
会議室にいる全ての魔女へとアイリスは問い掛ける。
「シグネラ・アーケミアは死ぬつもりなんてねぇが参加してやってもいい」
「右に同じく。ルルル・ラウドも参加します」
「ウェンディ・カーペンターは不参加だ。しかし、カルカ・ラポラを寄越そう。私の催眠は魔女候補生に随分と嫌われていて相応の対策を取られてしまっていそうだからな。その点、カルカならば良い塩梅になりそうだ」
「はい、はいはいはーい。ニャーシィ・フェネット、参加しまーす」
「先の三名はともかくニャーシィについては魔女候補生にも『会ったら逃げろ』と周知させておく。貴様は本当に未来の同胞を殺してしまいそうだからな」
アイリスが彼女の参加を認めた直後から魔女たちが次々と名乗り出る。
「さっきまでやる気が無かったのにくだんねぇ連中だな」
「そうは言いながらあなたも少し浮かれていらっしゃいますが?」
「そりゃそうだろ。アクが強くてクセが強すぎるとは言え、天才のニャーシィ・フェネットの魔力を身近で感じることができる。こんな面白ぇことはそうは起こらねぇ」
「カルカにはしっかりと肌で感じた魔力についての感想文を書いてもらおう」
「あのさーアクが強くてクセが強すぎるは言い過ぎだと思うなー」
内々で盛り上がっている三人にニャーシィはジト目を向ける。
「貴様の逸話はどれもこれも呆れるものばかり正しく伝わっているが、実力もまた正しく伝わっている。そう思うことはできないか?」
「ならアイリスも参加しなさいよ。私に土を付けた魔女がまさか不参加だなんてノリの悪いこと言わないよね? そんなつまんないことはさすがのあなたもしないでしょ?」
「私を黒焦げにした魔女にそう言ってもらえて嬉しい限りだ。とはいえ、私は日程を詰めなければならないし、溜まっている書類やデータを処理しなければならない。貴様と違って中間管理職とはつまらないものだ」
分かりやすい煽りにアイリスは決して乗ることはせず、逆にニャーシィを煽り返す。不貞腐れたように膨れ直した彼女を見て、アイリスはこの天才を僅かれはあるが愛らしく思うのであった。
*
「私、こっちに来てからなーんにも役に立ってない気がする」
「いきなりどうした?」
「ってか、ずっとずっと治療で横になってるか自室待機じゃん」
「そうか?」
「そうだよ。このままじゃ『魔女の大釜』を追い出されて、師匠も私を破門とか言い出すんだきっと」
「悲観的になり過ぎてやしないか?」
「だってだって!」
地下空間から救出されたあと、私はすぐにでもあの魔女狩りを追いかけたかった。でも、表面上は問題無いように見えて私の内臓はズタボロ状態だったらしくすぐにポーションによる投薬治療を受けた。一般的な治療を受けるだけなら間違いなく多臓器不全で死んでいたらしいけど、おかげで内臓は再生してくれたんだけど、しばらくは流動食以外は受け付けられなかったしトイレも地獄のように辛かった。そういうメンタル的にマイナスなことが重なってしまって、肉体的に健康状態へと回復し切ったのに頭の中で私自身が私のことを「無能」と蔑んでいる。それだけならまだいい。まだ我慢できる。でも、「馬鹿」、「間抜け」、「誰もあんたなんか信じない」、「誰にも認められない」。そうやってずっとずっと頭の中で囁かれたらさすがに頭がおかしくなりそう。
「私、魔女に向いているのかな」
「でなければ俺のマスターにはなっていないだろ。ホムンクルスは魔女の資質がある者にしか惹かれない」
「そうかなぁ」
「逆になにがそんなにマスターを追い詰めている? 淫魔はほぼ討伐成功だ。ゴーレムだって倒せている。『境界鬼』では分析に助力し、『継ぎ接ぎの王』は魔女候補生ながらに共感して他の魔女候補生と協力して討伐すら果たしている」
「運が良かっただけ。『氷姫』はルルルさんが間に合わなかったら死んでる。『境界鬼』だってセルバーチカやエリナがいなかったら倒せてないし、『継ぎ接ぎの王』だってアミューゼやアンテオがいてくれなかったら私、死んでるし」
なんなら猫の仮面の魔女狩りもジルヴァラがいてくれなかったら死んでたかもしれない。あそこで注意を惹き付けるという判断を取ってくれたからあの魔女狩りは私にトドメを刺せなかったって受け取り方もできてしまう。そしてそれらには「私がいなくてもなんとかなったんじゃないか」という疑惑がずっと付いて回るんだ。
「あーんもう、私ってなんでこんなに駄目駄目なんだろ……」
「ここに来たばかりの頃のマスターはもっと自信満々だったが」
「井の中の蛙だったんだよ、私は」
涙出てきた。その原因は私が私を虐めているからだけど。
それでも非日常めいた日常は止まってはくれなくて、私はクスンクスンと静かに泣きながら支度をして部屋を出た。
「あら、ごきげんよう……? ミイナさん、どうかいたしまして?」
「別に」
「わたくしに仰ってください。誰にどのようにして泣かされたのですか? ケジメとして、わたくしが闇に葬り去ってあげますわ」
廊下でジルヴァラに声を掛けられたのだが、私が涙目であることに即座に気付いてなんかとんでもないことを言い出してる。
「本当になんでもないの。自分の弱さに泣いていただけで」
「あなたが? あなたが自分の弱さで泣くなんてことありますの?」
「それどういう意味?」
睨み付けるとジルヴァラも泣き腫らした跡があることに気付く。
「ジルヴァラも?」
「久しく感じていなかった己の未熟さに涙しましたわ。ですが、人前で泣くなんてみっともないことはテイラー家の恥ですから」
それ私がみっともないって言っているのと同義だって分かって言ってるのかな。
「わたくしにもっと力があれば、あなたが傷付くことも魔女狩りを逃がすこともなかったんですもの」
「違うよ、あれは私が」
「いいえ、わたくしです」
どちらがより劣っているかの言い合いになりかけたため、互いに発しそうになった言葉を止める。
「強くなりましょう、お互いに」
「うん」
「な、ななななな、な、なんで?」
私たちが固い握手を交わしたすぐ傍でセルバーチカが口をパクパクとさせながら驚きに満ち溢れた顔をしている。
「なんでジルヴァラと仲良くしているのよ、ミイナ!」
「おはよう、セルバーチカ」
「おはよう……じゃなくて! なんで!」
「わたくしとミイナさんは先ほど互いに誓いを立てたところなんですの。これはきっとセルバーチカよりも深い仲になった証拠ですわ」
「え、違うけど」
答えるとジルヴァラは握り締めている手に力を込め、私はその握力からなんとか逃れようと腕を、そして体を捩じらせるようにしてもがく。
「あはは、拒否られてるじゃん。やっぱりジルヴァラにはミイナのことが分からないわよ」
「い、い、え! わたくしはミイナさんのことを誰よりも理解しているつもりですわ」
「……なんだこの光景」
私に心配の眼差しをずっと向けていたファルシュが溜め息をついて呆れている。私は泣いていたことがなんだかバカバカしくなってきて気分がスッキリした。と言うよりジルヴァラが言っていたように人前で涙を見せることが恥ずかしくなったんだろう。
やっぱり自分の弱さで泣くなら一人になったときだ。一人の時の方が自分のどこが駄目なのか考えることができるから。
「はぁ……まぁでも、魔女狩りの襲撃が遭ったのにまた集合を掛けるなんて一体どういうつもりなのかしら」
セルバーチカはジルヴァラとの言い合いに疲れ果てたらしく、話題を切り替えた。
「ラスティー家ではそんなことも教えてくださいませんの?」
「は? 家柄に喧嘩売るのはやめてくんない? それされると私は一家総出であなたを潰す権利を得ることになるんだけど」
「あらあら、でしたら丁度よろしくてよ? 赤錆は始末が悪いですから」
「そういうの良いからジルヴァラはなにか知っているなら教えてくれない?」
この二人が家柄の関係で言い争うのは分かり切っていて、どんなときであれ衝突を起こすことも分かっているけどなんでもかんでも言い合っていたらいつまでも話が脱線し続けてしまう。
「『六月作戦』ですわ」
「六月……作戦?」
私は聞いたこともない造語に首を傾げる。
「『魔女の大釜』では六月にいわゆる魔女候補生の一斉落選を行うそうです。この『六月作戦』を乗り越えられない魔女候補生はまず一年間は魔女として認められないことが確定するのだとか」
「で、内容は?」
セルバーチカが単刀直入に聞く。
「知りませんわ」
「はーつっかえない」
「殺しますわよ?」
さすがに今のはセルバーチカが悪い。調子に乗り過ぎ。ジルヴァラの殺意に彼女は私へ視線で助けを求めてきたけど知るもんか。
言い合う二人を連れて私はバンケットホールに入る。つい先日、破壊の限りを尽くされたはずなのにどこにもその破壊の跡が見られないくらいには綺麗に修繕されている。これは建築専門の魔女がいると考えていいのかな。土魔法や木魔法でこんな簡単に直せるわけないもん。
「良かった、怪我をされたと伺っておりましたので、お元気そうでなによりです」
エリナが私の顔を見て抱いていた不安を払拭できたのかホッと胸を撫で下ろしている。
「あなたも大丈夫だった?」
「どうにかこうにか。私たちのところには魔女狩りではなく低級の魔物しか現れませんでしたから」
魔女狩りは魔を『魔女の大釜』に引き込みつつ、複数人へと魔女と魔女候補生を分断して戦闘を行ったらしい。その意図は大人数の魔女を相手取るのは不利と感じたからだとは思う。少数に限定させれば勝ち目もあると私が魔女狩りだったら思う。
ただ、それは無謀な挑戦だということも私だったら分かる。魔女狩りにはそこまでの思考は無かったらしく、結果的には私たち魔女が返り討ちにしている。一部の魔女候補生が重傷を負ったらしいとも聞いているけど、命を落としたまでは聞いてない。私も重傷に分類されているし医務室で治療を受けていたけど、誰かが死んだという話をそこで耳にしたこともない。
「アンテオ」
いつものすまし顔を見つけて私は声を掛ける。
「やぁ、これはこれは。まさか君がジルヴァラ嬢と一緒にいるとは、想像も付かなかった」
「わたくしもあなたとミイナさんが仲良くしていることに驚きを隠せませんわ」
「仲良くはさせてもらっているよ? アミューゼ嬢とも」
チラッとアンテオの視線が後ろでこちらを探るように見ていたアミューゼに向く。
「こ、こんにちは」
「畏まる必要はない。私は君を認めている。どのように言われても私は君の味方をしよう。それはきっとミイナ嬢も同じだ」
「は、はい。でも、畏れ多いです」
少なくとも、アミューゼに対しての周囲の評価は変わりつつある。アンテオ以外がどんな風に思っているかはまだ微妙なところだけど、彼女が認めている以上はジルヴァラたちも『ドライト家の面汚し』などと蔑むことはないだろう。って言うか蔑んだら私が怒ってやる。
「いい気になってる」「一体どのような手を使って取り入ったのやら」「怖い怖い」「這いつくばっていた虫風情が同じところに立っているとでも?」「裏切り者」「あいつは私たちと同じ境遇なんかじゃない」
……なんだか嫌だな、凄く嫌な感じ。
「なにか意見があるのなら面と向かって言ったら?」
セルバーチカがヒソヒソ声に対して真っ向から対抗する。
「顰蹙は強者にのみ向けられるものだ。気にする必要などないさ」
「そうですよ、ミイナさんは私よりもずっと強いんですから」
アンテオとアミューゼにも励まされる。
――そうやって強者に守られて、自分が弱いことに気付かないままなのはどうなのかしら?
一際、強い言葉が言い放たれたけど私はどこの誰が言ったのか分からなくてしばし呆然とする。
「魔女になれば纏まりがなくなるものだが、貴様たちは魔女候補生の時ぐらいは纏まったらどうだ?」
アイリスがバンケットホールに入ってきて魔女候補生たちの中を押し退けながら壇上に立つ。
「さて、貴様たちの中には既に家の方から聞かされている者もいるだろうが、あと一ヶ月もしない内に『六月作戦』が始まる。ゆえにこれについて説明をしなければならないが、同時に事前通達しておかなければならないこともある」
そう言って彼女は自身の刻印に触れて魔力を表出させる。
「感情の波によって魔力を魔法へと変換して放つ。これは魔女候補生なら誰でもできることであり、できない者はこの場にはいない。だが、魔女候補生の大半はここに色を付けることができていない」
魔力が一気に白色に染まる。
「あまり遠回しなことを言うのはやめよう。『六月作戦』での評価が今年度に魔女になれるかどうかを左右するのは一部は聞かされているだろうが、今回は感情に色を乗せられる魔女候補生はこの時点で合格とする。つまり、今年度に魔女にすると断言させてもらう。『六月作戦』までに色を付けられたならほぼ確定と言わせてもらおう」
私はチラッとジルヴァラとセルバーチカを見る。喜びの一つでも見せるかと思いきや、二人の表情は驚くほど冷ややかだった。
「先の魔女狩り襲撃を私たちは重く受け止めた結果だ。しかし、『六月作戦』までに感情に色を付けられない魔女候補生は今年度は諦めてくれとは決して言わない。一部の魔女候補生についてはこちらで活動状況などを鑑みて掬い上げる。だが、そこで掬われなかったからといって私たちの決定を不服と言い出すことはやめてもらおう」
アイリスは手に握っている巻物の端を持って残りは重力に委ねる。床に落ち、そこから意思を持っているかのように転がって長大な一枚の紙を広げる。
「ここには貴様たちの家、及び師匠である魔女からの署名が記されている。それらは私たち『魔女の大釜』に決定を委ねることについての契約だ。即ち、家や師匠に嘆こうとも貴様たちの味方にはならないということだ」
嘘でしょと思い床に広がっている紙の一部を見ると、本当に沢山の名前が馬鹿みたいに記されている。
「あまりわたくしたちを舐めないでくださいますか?」
「ジルヴァラ・テイラーか。良いだろう、発言を許す」
「わたくしはテイラーの名の下に『銀』を受け継いでおります。ですが、だからと言って確定で魔女になれるなどと仰られたところで喜ぶことなどできません」
「なぜだ? テイラーは魔女の一族。誇り高きその血統が正しく評価されていることのなにに不満を持つ?」
「わたくしは家ではなく、ジルヴァラ・テイラーとして見てもらわなければなりません。わたくしが力不足であっても、家から継いだ銀色如きで魔女になれました、などとあなた方に言われたならわたくしは憤死しますわ」
「……彼女の意見に賛同する者は? 他にも色を持つ魔女候補生はいるだろう? どうだ、彼女のように家ではなく人間として見てもらいたいか?」
魔女候補生にアイリスが投げかけるも手が挙がる様子はない。
いや、私のすぐ近くで真っ直ぐ手を伸ばしている子がいる。
「私だって腐ってもラスティーの一族。魔女になるのは私の宿願。でも、テイラーが嫌だと言っていることに私が納得したら家を追放されるわ」
「セルバーチカ・ラスティーか。なるほど、赤錆などと言われているが貴様の中の『赤色』は煌々と燃えているようだ。他には?」
あとはもう誰も手を挙げていない。
「テイラーとラスティーか。なるほど、把握した。だが、案ずるな。貴様たちについては既に家から言伝を預かっている。『今回の件で意見せず、家の持つ色を受け入れるのみならば即刻、家に連れ戻す』と。どうやら貴様たちは家から出されていた課題を突破できたようだ。喜べ、まだ魔女候補生でいられるぞ」
アイリスは指を鳴らす。白色の魔力が爆ぜて、特定の魔女候補生が白いペンキにでも塗りたくられたかのように染まる。
「ピックアップしろ。テイラーとラスティーだけではない。同じように言伝を預かっている家は無数にある。彼女らのように意見できなかった者は『魔女の大釜』から帰す。家が厳しいことが喜ばしいのか、それとも家が許していることがありがたいのか、どうなのだろうな?」
魔女たちはアイリスが白く塗った魔女候補生を次から次へと拘束してバンケットホールから連れ出していく。
「さて、『六月作戦』について説明する前に簡潔にどのような内容かを伝えておく。魔女候補生はお茶会、徒党、グループ、一人、なんでもいい。とにかく『六月作戦』に参加する魔女と戦い、そして戦闘不能にさせろ。拘束、打倒、気絶、失神でなくてもいい。殺してしまっても構わない。全力で挑み、全力で勝つか負けるかしろ。ただしホムンクルスによる加勢は当日のみ認められない。参加する魔女についてはこれから話す。挑む相手は調査しろ、なにからなにまで調べ尽くせ。プライバシーやプライベートを丸裸にしろ。だが、その果てで挑む相手を選べ。特にニャーシィ・フェネットにだけは半端な覚悟で挑むな。『魔女の大釜』における稀代の天才だ。暗澹たる魔力を扱える者は全国で見れば百人規模だが、この国ではたったの二人だけ。もう一人は彼女の師匠だ。本当に注意しろ。下手をしなくとも死ぬぞ」
これから『六月作戦』のもっと細かい部分について話すはずなのに、それ以前に話される師匠ってよっぽど危険人物で要注意人物なんだなって。
「ミイナさんは勿論、わたくしのお茶会に参加しますわよね?」
「私のお茶会に来るだろう?」
説明を受ける中、ジルヴァラとアンテオが私を勧誘してくる。
「はいはい、実力主義のお堅い上流階級の上澄みの上澄みの集まるお茶会にミイナが馴染めるわけないじゃない。あなたたちじゃなくて、私のお茶会に来るべきよ」
なんかセルバーチカも言い出したな。
「私が一番最初にミイナさんと出会いました」
「わ、私は一緒に魔女狩りを倒した経験があります」
アミューゼとエリナもなんかアピールしてきているんだけど、なんなんだろ。
「そうか、ふふん、どうやら実力でミイナ嬢を勝ち取らなければならないようだ」
「キーングレントとはなにかと因縁があります。ここでその連鎖を断ち切るのも僥倖ですわね」
「いや待ってよ、二人と戦うのは凄く大変なんだけど」
衝突に対して負けじとセルバーチカも戦う意思を見せている。
「戦いはするんですね」
「そりゃミイナさんを取られたら大変ですし」
アミューゼとエリナはそれを遠巻きに見るような態度を示しながらスッと私の両隣を占拠する。
「そこ! 人の話を聞いているか? 勧誘は『六月作戦』について私が話し終わってからにしろ」
ほら、やっぱり注意された。
「もしも一人を取り合うことによって問題が併発するのであれば、単純な答えをくれてやる。その取り合っている一人が取り合っている者たちを勧誘してしまえばいい」
「へ?」
「では、話を続けるぞ」
いやいやいや、最悪なバトンの渡され方したんですけど! ほんっとに最悪なんですけど!




