裏切りの代償
中佐の部屋は言い知れぬ緊張と欲望が渦巻いているようだった。
「フェリクス・シーガーがサリアにいてどうかしましたか?ひょっとして黒い死神も負傷し入院でもしましたか?」
あえて明るい口調で尋ねるが、中佐はいやらしい笑みを浮かべたままだった。
「奴が負傷していれば、なお良かったのだが、そこまで都合よくはいかんようだ。だが奴が今いるのはサリアだ。意味がわかるか少尉?」
「……すいません。おっしゃりたい事が私にはわかりません」
一瞬嫌な予感がよぎったが、クリスはあえてわからないふりをした。
しかし中佐は口角を釣り上げる。
「わからんかね少尉?サリアは武器の持ち込みは禁止。今奴は丸腰だよ少尉。チャンスと思わんかね?」
「お言葉ですが中佐。一般の兵士が冗談で口にするような行為です。それにサリアでは如何なる軍事行動は禁止されています。軍が表立って行っていい行為ではありません」
毅然とした姿勢でクリスが牽制するが、中佐は詰め寄り語気を強める。
「そんな事はわかっている。だがあの黒い死神の前に我々の同胞がどれ程倒されたと思う?今奴を殺れば確実に私の……我々の評価は上がる」
「……中立地区での戦闘は我々とラフィンだけでなく、国際的問題になりかねませんよ」
「そんなものは後でどうとでも言える。こんな千載一遇のチャンス、みすみす逃してたまるか。少尉、君は身体能力も高く、魔法も使える。他にも身体能力の高い者達を連れ、サリアに向かえ。フェリクス・シーガーが宿泊しているホテルを襲撃するのだ」
中佐の命令を受け、クリスは拳を握り締める。
「……フェリクス・シーガーがどこに宿泊しているかまで調べがついているのですか?」
「いや、残念ながらホテルの場所までだ。まずホテルを襲撃する。そしてそれらしき奴らを片っ端から襲撃する。君は腕に覚えがあるんだろ?」
「それでは他の関係のない宿泊者にまで被害が及びます」
「ふん、奴らラフィン軍がラングレーで何をしようとしたか忘れたか?ダムを爆破し、一般人もろとも我が軍を葬ろうとしたのだぞ。はじめに非人道的な行為をしてきたのは奴らだ。こちらも奴らのやり方に乗ろうじゃないか」
この男、どこまで……。
クリスは喉元まで出かかった言葉を必死に飲み込んでいた。
必死に冷静を装いながら言葉を絞り出す。
「……中佐、私以外のメンバーは決まっているのですか?」
「ああ、決めてある。既に他の奴らは部屋に集まり待機しているぞ」
中佐の言葉を聞き、クリスは大きく息を吐いた。
「……中佐、そのメンバーに二時間後に作戦開始だとお伝え下さい。出来れば今」
「二時間後?問題はないが、意図は?」
中佐の問いかけにクリスは低く冷たい声で答える。
「……私の準備です。心と身体の」
「ふっ、まぁいいだろう。伝えてやろうか」
中佐は軽く笑みを浮かべながら通信機を手に取った。
「……ああ私だ。クリスティーナ少尉も了承した。作戦開始は二時間後だ」
通信を終えた中佐は通信機を置き、笑みを浮かべながらクリスを見つめた。
「さぁ伝えたぞ。少尉、君も――」
そこまで言った瞬間、クリスは床を蹴り中佐を後ろから羽交い締めにする。
「き、貴様、何を――」
「準備ですよ」
冷たく告げ、クリスは中佐を絞め落とすと手足を縛り、口を塞いで部屋のクローゼットに押し込んだ。
「殺されなかっただけありがたいと思いなさい」
クリスは冷たく呟き、部屋を後にする。
部屋を出た所で近くを警備していた兵士にクリスは声をかけた。
「ああ、中佐は作戦開始まで暫く休むから今から二時間、絶対に誰も部屋に近付けるなってさ」
「なるほど、了解しました」
敬礼する兵士にクリスは満面の笑みで敬礼を返すとゆっくりと歩み出した。
やっちゃったか。まぁ仕方ない。私は私の正義に従うだけ……でも、もう後には引けないな――。
クリスは部屋に戻ると素早く着替え等を鞄に詰め、すぐに部屋を後にした。
そのまま車両が停めてある場所までくると、そこにいた兵士に声をかけた。
「作戦が少し変更になった。私が先行して向こうで潜伏する。何か聞いてる?」
「いえ、作戦自体あまり聞かされていませんので」
兵士の答えを聞き、クリスは口角を上げた。
やっぱりこんな作戦、大っぴらにはしてないわね。助かった――。
「極秘作戦だからね。私は静かに車で出るから貴方は何も聞いてない。それでOKね?」
「……はい、お気を付けて」
笑みを浮かべて綺麗な敬礼をする兵士を後にし、クリスは車を走らせて行く。
「……まさか聞いた連絡先、こんなに早くかける事になるなんてね」
車を走らせながらクリスは電話を操作していた。




