08.成人式の話③
シルのデビュタントが無事に終わった。
自分達のファーストダンスが終わり、少し頬が赤くなっているシルに水を渡すと勢いよく飲み干す。ずっと緊張していたから仕方ない。
恥ずかしいのにあんなに堂々と踊りきれたシルを抱き締めたいが、すぐにアティルナ家がやって来たので悔しいけど空気を読んで離れる。
まぁシルも家族に自慢したいよな。報告したいよな。テュールの殺意がうざいけど今日だけは我慢してやる。
「(さて…)」
この後は時間まで自由に誰であろうと踊ることができる。
勿論それは相手が高位貴族であろうと、そのパートナーであろうと自由だ。言わば無礼講。
ここで絶対にシルに声をかけてくる奴がいる。
今日のシルがこの中で一番綺麗なのは解っている。露骨にシルを見て見惚れていた奴ばっかだったからな…!
ダンスは終わったしさっさと帰って、俺だけが綺麗なシルを堪能したいけど…。
「よっしゃ! シル、踊るぞ!」
「はいっ!」
まぁそうなるよな。
子爵家と男爵家のファーストダンスも終わり、一旦休憩を挟んで再度音楽が鳴り始める。
待ってました!と言わんばかりにテュールがシルの手をとって、中心へと向かって行くのが見え、思わず持っていたグラスに力がこもる。
我慢だ…。シルも楽しそうだし、邪魔したくない。
嫌だと思うけど、さっきのダンス中に「愛してる」と言われたことを思い出し気持ちを落ち着かせる。
泣きそうになっていたのに、何故急にあんな嬉しいことを…。嬉しいけど何か悩んでいるんじゃないか、誰かに言わされているんじゃないかと思ってしまった。
でもそんな様子はない。脅されているなんて俺が知らない訳がない。
「あのっ。王弟殿下…!」
「あ?」
「わっ、私と一曲お願いできませんかッ!?」
「は? 何で?」
「っ…! 失礼します!」
何だあの女。
「踊らないのですか?」
「フォルセティ卿」
「勇気を出した女性にあんな言葉をかけるなんて紳士的ではありませんね」
「何で俺が知らない女と?」
意味が解らない。
シルと踊りたいのに何で知らない女と踊らないといけないんだ?
その間にシルに知らない虫がついても嫌だし、何よりシルと踊る時間がなくなるだろ。
なに言ってんだこの男。
「見れたものではありませんが、その調子で可愛い妹を宜しくお願いします」
「言われなくとも」
スッと差し出された酒を受け取ろうとしたが、軽く断った。
ここにある酒で酔うことはないが、万が一の為にも飲まないことに徹する。
「ところでそちらの弟君はあんな性格でもダンスは上品なんですね」
「まぁ女性の扱いはうちで一番上手です。あんな口調でも」
「で、フォルセティ卿のこのあとは?」
「我が可愛いお姫様が望んでいるので、この後一曲踊る予定です」
「(チッ)」
「両親も僕達兄妹が仲良く踊っている姿を見るのを望んでいますので、それぐらいは許容範囲にしておいたほうがいいですよ」
「シルが家族を大切に想っていることは十分承知しています」
「ああ、それと。もう一人踊る予定がいます」
「ハァ!?」
「ダウンゼント侯爵ドレヴィア家次男、ヴィッツィエル公子です。あぁ、今日からヴィッツィエル卿になりますね」
「誰だそいつ!」
「大公殿下も五大侯爵家について勉強されたほうがいいですよ」
ニコニコと楽しそうに言い放つフォルセティの胸倉を掴みそうになる。
今はムカつくこいつより、そいつの話が優先だ!
「同じ南部領の五大侯爵家の方です。ですので割と接点はありますし、大公殿下と出会う前から約束していたらしいですよ」
「…っくそ!」
「邪魔しないであげてくださいね。ダウンゼント侯爵家とは仲良くしておきたいので」
「シルは…。何も言ってなかった…。きっと忘れてる…」
「忘れると思いますか? ほら、今シルに話しかけている方がそうです」
パッと顔をあげると、テュールとのダンスが終わり、こちらに戻って来ようとするシルに、茶髪の男が話しかけていた。
すぐに向かおうとすると先にシルが俺の元に戻って来る。
「アレス様! 言うのが遅くなって申し訳御座いませんが、ヴィッツィエル様とダンスをしても宜しいでしょうか?」
テュールのダンスも楽しかったのか、青い目をキラキラさせて覗き込んでくる。
止めろ…止めてくれ…。俺はシルにお願いされたら断れないんだ…!
なんだよ…、俺のこと愛してるって言ってたのに…。シルは俺とだけ踊っていればいいだろ!他の奴と踊る姿なんて見たくないッ!
「―――~~わか、った…」
「ありがとうございます、アレス様! ヴィッツィエル様とは昔から約束していたのでどうしても守りたかったのです!」
「ふふっ。シルは本当にいい子だね。さぁ、少し休んで今度は僕と踊ろう」
「はいっ! お母様のところに行って来ますね!」
なんて子供みたいな格好悪いことは言えず…。シルの懇願に負けて承諾してしまった。
ムカつくけど嬉しそうなシルも可愛い…。
「おい。こんな場所で殺気出してんじゃねぇよ」
「テュール…。あの男、消していいか?」
「いいわけあるか! あいつらとは仲いいんだし絶対ェに手を出すな!」
フォルセティと入れ替わりでやってきたテュールに睨まれる。
満足そうに酒なんか飲みやがって…。
「お前はシルを幸せにすることだけ考えてろ。お前のその醜い嫉妬を出すな、見せるな」
「んなこと解ってる」
「それと先に言っておくが、シルの文通友達でもあるからな」
「ハァ!?」
「うるせぇなぁ…。別に二人に好意があるとかそんなんじゃねぇから安心しろよ」
「それでもダメだ。俺だって文通したことないのに!」
「お前がやたらめったら会いに来るから必要ねぇだろ!」
「はぁ…。過去に戻りてぇ…」
「おお、そりゃあいいな。過去に戻れる魔法でも創ってくれよ。そしたらお前との婚約をもっと早くに破棄できた」
「何でお前ら兄弟は俺を……いや知ってるからいい、全面的に俺が弱い」
「……。シルがな、泣いたんだよ」
「え?」
「10歳の誕生日のとき、父さんがお前との婚約を知らせたんだ。そしたら突然顔が青くなってそのまま倒れた。心配で夜中に様子にいくと「助けて」って泣いててさ…。兄さんと二人で無理やり起こしてやると今にも死にそうな顔で泣いて…」
「…聞いてねぇぞ」
「言ってねぇもん。…それまでシルは子供にしては大人しくて賢い子だったけど、その日からより子供らしさがなくなった。まるで他の誰かに入れ替わったかのような、自分を殺しているような…。北部のあの野郎の件もあって、本当にシルに婚約者ができるのが嫌だった。シルが俺らの手から離れるのが怖くなった…。婚約したら…結婚したら…この家から出て行ってしまったら……シルが死にそうで怖い」
「死ぬ…? もしかしてシルは病気に!?」
「なってねぇよ。ただそう感じるだけだ。多分兄さんも俺と同じように思ってんだろうな。死を悟っているかのような子供らしからぬ態度が一層怖い」
「…」
「つーわけでお前は、お前の命を懸けてでもシルを幸せにしねぇと俺らがお前を殺してやるからな!」
「当たり前だ。シルが俺の死を望むなら喜んで差し出す」
「そうかよ、今度シルにそう言っておくわ。って言うかここで呑気で喋ってていいのか」
「は?」
「兄さんのダンス後におこぼれを狙ってる連中を蹴散らせよバァカ!」
「シルッ!」




