07.成人式の話②
「―――」
「大丈夫、落ち着いて」
緊張は解れていたと言うのに、皇城に到着すると足が震え始めた。
アレス様にエスコートしてもらい入城すると、既にたくさんの公女、公子がパートナーととも集まっていた。
その中に見慣れた南部の友人も見かけ、ホッと胸を下ろした瞬間、たくさんの視線が私に集中し息が止まる。
アレス様が優しく声をかけて呼吸ができたけど、あんなにたくさんの視線を集めたことがなかったので、かなり驚いてしまった…。
デビュタントボールだけでなく、社交界では爵位が高いものほど遅くに入場する。だから私に視線が集まるのは解っていたけど…。
「俺がいるから安心して」
「…ありがとうございます、アレス様」
優しく声をかけられ前へと進んで行く。頭が真っ白になっているけど、ちゃんと歩けているみたいで安心した。
その途中に使用人から水を受け取り、カラカラになっていた喉を潤して一旦気持ちを落ち着かせる。
大丈夫。アレス様がいるから絶対に大丈夫。
何度も何度も心の中でそう呟いて覚悟を決める。
「あとは兄上を待つだけだな。眠くなるほど長いから、寝たくなったらいつでも言ってくれ」
「ふふっ、さすがにこの場で寝られませんよ」
徐々に身体から力が抜け、周囲を見回す余裕や笑う余裕も出てきた。
五大侯爵家からは私と同じ南部所属のダウンゼント侯爵ドレヴィア家次男。そして西部のアディン=メリア侯爵デール家の双子が参加することになっている。
あとで見かけたら同じ五大侯爵家として挨拶しておかないと…。
キョロキョロと探すも彼らの姿は見えず、知らない公女や公子が私を見てはフイッと視線を反らす。
知らない人だけど何だか気になる…。どこかおかしいかな?ドレスは素敵だと思うから、私の顔がおかしいとか?
「アレス様アレス様」
「どうした?」
「私の顔、どこかおかしいですか?」
「え? 可愛いけど?」
「ち、違いますっ。そうではなくて、どこかその…なんて言うか…」
「ああ、ごめん。帝国一綺麗だ」
「……ありがとうございます」
ニコリと微笑むアレス様に心臓を鷲掴みにされてしまい、それ以上何も言えなくなってしまった…。
すると周囲がにわかに騒がしくなる。
ふと後ろを振り向くと、やっぱり知らない公女が私……ではなくアレス様を見て頬を染めていた。
そうでした。アレス様はとても人気な御方でした…。
確かにいつも素敵で格好いいけど、今日はなんていうか…。本当に美しくて見惚れてしまう。
珍しく右側だけかきあげた姿も、黒い礼装とは対照的な銀髪も、美術品のような顔も…。その全てに魅了される。
「(やっぱり私には勿体ない御方だわ…)」
折角着飾ってもアレス様と比べるとどうしても見劣りしてしまう気がする。
「シル? まだ緊張する?」
「…そうみたいです」
「そりゃジロジロ見られたら緊張するよな。気にしなくていいぞ」
「私ではなくアレス様が見られていますよ」
「俺がシルに向けられる他人の好意に気が付かないとでも?」
「……」
返答し辛い回答は止めて頂きたい…。
その言葉とともにグイッと引き寄せられ、アレス様の身体で隠される。
「さっきまでシルの綺麗な姿が見れて幸せだったのに…。やっぱこんな場所に来るもんじゃねぇな」
「アレス様…」
「シルの晴れ舞台だから我慢できるけど…。あ、大公妃になっても無理に社交界に出なくていいからな! あんなの汚れた大人しかいねぇんだからシルが行く必要なし」
「それはさすがに…」
「あ、でも夫婦として行くのはあり。シルに色んなドレス着てもらいたいし、自慢したい。ああでもこうやってジロジロ見られるのだけは耐えらんねぇ…」
「あのアレス様。私だけじゃなくてアレス様も―――」
と、私の言葉の途中でカランと鐘の音が響く。
賑やかだった場が静まり返り、上から見下ろせるバルコニーのような場所に皇帝陛下が現れる。
その場にいた全員が最高礼をすると「頭をあげよ」と、威厳ある低い声で許す。
二回しか会ったことがない御方だけど、この人は皇帝陛下なんだと改めて実感する。今まであんな声を出す皇帝陛下を見たことがない…。うう、また緊張してきた。
「(緊張しなくても大丈夫。適当に聞き流せばいいよ)」
「(とんでもないです。しっかり聞きます)」
バレないように囁くアレス様にまた身体から力が抜けた。
本当にアレス様がパートナーでよかった…。
皇帝陛下からは昔から伝わる賛辞が述べられ、次に皇帝陛下から私達へ賛辞が贈られる。
これでようやく大人になれたんだ。
嬉しくなって無意識にアレス様に視線を向けると、幸せそうに微笑んでいるアレス様と目が合ってしまい、驚いて反らす。
え…ずっと見てた…?見られていた…?おかしな顔なんてしてないよね?
「では、大いに楽しんでくれ」
その言葉を最後に、皇帝陛下は退出した。
すると自分達が入ってきた扉が開き、それぞれの家族達が中に入って来てグルリと囲まれる。
私達はこの場に残り、パートナーとファーストダンスを踊り、大人になった姿を見てもらうことになっている。
まずは高位貴族である侯爵家、伯爵家の私達。次に子爵家、男爵家が続く。
「さぁ踊ろうか」
「はいっ」
アレス様とは身長差があるから、かなりの特訓を重ねた。
お父様やお兄様達だけじゃなく、アレス様にも協力してもらってミスをすることなく踊ることができる。
力強く手を引かれ、中心へと向かって行く。
緊張するけど自信はある。何があってもアレス様が助けてくれると言う信頼感もある。家族が見てるから失敗はしたくない!
「初めてのダンスを俺にありがとう」
「っ!」
さぁ踊るぞ!と意気込んだのに、中心につくや否やその場に膝をついて手の甲にキスをされる。
こんなことするなんて聞いてない!
周囲からも困惑の声が聞こえたけど、それ以上にうるさい心臓で何を言われているのか聞こえなかった。
「俺の婚約者を自慢させてくれ」
音楽が流れ始めるとすぐに立ち上がって腰に手を回され、慌てて私も寄り添う。
「シルと踊れて本当に嬉しい。毎日幸せをありがとう」
「こちらこそいつもありがとうございます。私もアレス様と踊れて本当に幸せです」
「これからもずっと俺と踊ろう」
「勿論です」
踊りながらも声をかけ続けてくれる優しいアレス様。
困惑していたのに身体を動かせばすぐに幸せな気持ちに包まれ、自然と笑みを浮かべることができた。
本当に楽しい。最高の成人式だ…。
どんどん感情が溢れて、また涙が滲んでくる。
「アレス様…」
「ん?」
「愛してます」
私を愛してくれて本当にありがとうございます。




