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37.警

「私が向かう頃にはトラキアにも自然が戻ってきますかね」

「勿論。荒れた土地にシルを住まわせてたまるか。シルは花だけじゃなく、自然に囲まれた場所で穏やかに暮らさないといけない」

「そうなのですか?」

「トラキアではそう決まってる」


そう言って強く抱きしめられる。

こんなにも良くしてくれるのだから私も何か力になりたい。

そして殺されることなく…。アレス様を傷つけるようなことなく平和な人生を過ごしたい!

狩猟大会が終わったらもっと勉強して、お母様から内政について教えてもらって、それと領地運営について勉強したほうがいいかしら?あ、その前に東部についても勉強しないと…。いやいや大公妃として他の貴族と仲良くなって東部にいい印象を持ってもらったほうが…。


「問題は山積みですが、私はアレス様を支えていきます」

「嬉しいけど、それ以上にシルは幸せでずっと隣にいてくれるほうが嬉しい。本当にそれだけでいいんだ」

「ですが…」

「本当だ。本当にそれだけしか望んでいない。シルが幸せじゃないと意味がないんだ」


いつもと違う、重たい雰囲気と切実な言葉に何も答えることができなかった。

これもたまにだけど、彼は何かに取り憑かれているような…洗脳されているように私に執着する。

慣れたとは言え、何故こんなに執着するのか解らない。

単に私の力を手放したくないだけかと思っていたけど、もっと得体の知れない何かを感じる。


そう、私に執着するよう誰かに脅迫されているように見える。


抱き締められているから彼がどんな顔をしているのか見れないけど、右手で頭を撫でると身体がビクリと跳ねる。

子供に頭を撫でられるなんてさすがに嫌だったかな?と思ったけど何も言わず、抱き締める力だけ強まった。


「アレス様が私を手放さない限り、私はずっとお傍にいますよ」

「……俺がいらないと言ってもシルには食い下がってほしい…。じゃないと……シルは俺のことが好きじゃねぇみたいだろ…」


どうやら痛みは回復したけど、精神は元に戻っていないようです。

思い返せば私はアレス様に対してあまり愛情表現をしたことがない。伝えようと思っていたけど、そう思ったのは最近だったし…。

そもそも貴族だから恋愛結婚に諦めていた部分もある。何より彼は本の中の存在だ。どこか一線を引いていた。

それでも…建前だけでもいいからもっと最初から言えばよかった。悲しませるつもりはなかった。

たくさん与えてくれる愛情になんて返したらいいか解らなかった部分もある。


「シル?」

「っう……その…」


顔が熱い。心臓が痛い。

おかしいな。前にも言ったことあるのに今のほうが何でこんなに緊張しているのだろう。

ただ「好きです」と言えばいいだけなのに口が動かない…。


「アレス・セヴァイス・ルードラァアアア!」

「チッ!」

「こんなところで俺の妹と二人っきりになるんじゃねぇええええ!!」

「テュールお兄様!? え、もう到着されたのですか!?」


聞き慣れた声に安心しつつアレス様から離れて身なりを整える。

入口には息を荒げたテュールお兄様と、その後ろには困惑顔のオットライト卿が見えた。

ズカズカとテントの中に入り、私の手を掴むと乱暴に外に連れ出される。


「兄さんとも約束しただろ! いくら婚約者であってもテント内では二人っきりになるなって!」

「す、すみません…」

「まぁどうせ悪いのはあいつだからシルが申し訳なく思う必要はないがな! それでも兄さんは怒っているから今すぐ馬車に戻れ。オットライト卿、シルをお願いします」

「はい。アティルナ公女、こちらへ」

「はい…」


チラリとアレス様の様子を伺うと、いつもと変わらない笑顔で軽く手を振っていた。

軽く頭を下げ、オットライト卿にエスコートして頂きながらお兄様が乗って来た馬車へと足取り重く向かった。







「お前のその腹黒い性格どうにかしろつっただろ。シルの優しさにつけ込むな!」

「つけ込んでいませんよ。本心です」

「重すぎるって何度言えばわかんだ!」

「今までの行いに対する謝罪も込められています」

「あーもうッ! その気持ち悪い言葉遣いも止めろ!」

「一応同じ年齢とは言え、義兄ですから」

「ほんっとその性格をシルに言ってやりたい」

「で、何の用だ。ただ邪魔しに来ただけか?」

「それ以外に何があるんだ。…って言いたいけど、お前はあいつに比べたら少しはマシだから忠告しておく」

「忠告?」

「いいか、俺が今から話す内容を聞いても殺気を出すな、シルに聞くな、喧嘩を売るな、問題を起こすな。これは絶対に守れ」

「内容による」

「はいって言っときゃいいんだよ!」

「はいはい。で?」

「カリュオン公爵家の次男をシルに近づけるな」

「―――あぁ?」

「だから止めろって言っただろ! 話してやんねぇぞ」

「……失礼しました。で?」

「お前との婚約前、シルはその次男の婚約者候補にあがってたんだ。シルが6歳だったかな。とりあえず顔合わせで会わせたが、俺達がいない間にそいつがシルの黒髪を「気持ち悪い」とかなんとか暴言を吐いたらしい」

「へぇ……そう…」

「シルは昔から大人びた性格で弱音を吐かない子だったから俺達も気づかなかったんだ…。で、一年ぐらいしてようやく我慢の限界を迎えたシルが大泣きして、婚約者候補はなしになった。向こうは三大公爵家とは言え厳格な家門なのに年下…しかも女の子を傷つけてしまったことを謝罪して、このことは「なかったこと」として終わった」

「…」

「だけどな、そのクソ野郎が本当にお前よりクソ野郎で、シルに会うたびちょっかい出してくんだよ! 毎年この狩猟大会になると必ずと言っていいほど接触してくる。来るなって言うんだけど俺達一族は割とこういった行事が好きだから…その気持ちも解るし強く言えねぇんだ…」

「…シルは?」

「シルはもう弱くねぇ。何かあったら俺らに頼ってくることも覚えた。それに会ったとしても適当に流したり、冷たい目で睨んだりしている」

「あのシルが…嫌悪を出してる…?」

「これでもかと言うほど。カリュオン家当主もそうしていいって言ってくれたしな。だから! お前のことは嫌いだが、あいつよりはマシだ! 何が何でも節度を持ってシルを守れ!」

「(あのシルが嫌悪感を出すなんて…。余程嫌いなんだろう、それはいい。それはいいが…唯一嫌いな人間と認識されているそいつがムカつく。好意は勿論、シルに嫌悪されるなんて…特別な人間みたいで殺したい。シルの嫌悪さえも誰にも渡したくない)」

「だからって相手はカリュオン公爵家の次男だ。絶対に殺すなよ!? そんなことして困るのはシルだからな!」

「聞きたいことがある」

「なんだよ。俺もさっさとシルのもとに戻りてぇんだけど」

「そいつの名前は?」

「サルトラ・セヴァイス・カリュオン。性格はお前に似てクソだが剣の腕は、さすがはカリュオン家と言っていいほど強い。魔法も使える。銀髪に灰色の目だから見つけたら警戒しろよ」

「ふーーん」

「それじゃなくても今回は狩りに参加せず、しかも母さんも父さんもいないから一人になる機会が多い。初日は俺が近くにいるから大丈夫だがお茶会は一人…。まぁさすがにそこに現れることはない」

「義兄様に信頼されて嬉しい限りです」

「うるせぇ! あいつより少しマシだからだ! ついでに狩猟大会も負けねぇからな!」

「はい、では。………あー、耳いてぇ。けどいい話聞かせてもらった。サルトラ・セヴァイス・カリュオン…シルが唯一嫌っている人間…。消し去ってしまいたい…」

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