36.治
「シルッ!」
「うぐっ…」
夏が終わり秋が始まる季節に、狩猟大会が行われる北部カリュオン領へとやって来た。
帝都にあるアティルナ家のタウンハウスから北部への移動には、馬車で一週間前後もかかり、その間アレス様と会うことができなかった。
出会ってからこれまで、こんなにも会わない期間がなかったから何だか少し寂しく感じた。
「魔力過剰症」の件もあるし、先に向かうと言うアレス様の馬車に乗って一緒に行くことを提案されたけど、第二騎士団は狩猟大会の準備の為に先に向かう。
そんな場所に私一人だけいるのも邪魔でしかないし、できれば一人で北部にはいたくない。アレス様には仕事があるから終始一緒にいる訳にもいかない。なのでアティルナ家全員で反対した。
泣く泣く別で北部に向かったのだが、それでも心配だから家族より一日早く北部へ向かい、第二騎士団のテントが並ぶ野営地に到着すると、挨拶もなく抱きあげられた。
第二騎士団の制服に暖かそうなマントを羽織り、腰には剣。見たことない仕事スタイルに見惚れていて逃げられなかった。
「あのっ、アレス様! さすがにこのような場所でこんな…」
「この一週間本当に寂しかった…。毎日更新される実際の可愛さを見ることもできなかった…!」
「アレス様!」
「―――悪いんだけど助けてくれるか?」
抱きしめられたままだから解らなかったけど、顔色が相当悪かった。
時々頭が痛むのか目を強く瞑り、痛みに耐えるような仕草をする。
どれぐらいの期間、魔力を吸収しないと例の症状が出てくるのか試したことはなかった。
でも一週間ぐらいだし、大丈夫だと思っていた。
狩猟大会の準備にはある程度魔力を使うこともあるだろうし、北部で危険視されているという魔獣の数も減らすと言ってもいた。
それなのに約一週間魔力を吸収しないだけでこんな状態になるなんて…。
私を心配させまいと声色だけは変わりないけど、たまに身体が震えている。痛みに耐えているんだ…。
「二人きりになれる場所はありますか?」
「俺のテントに行こう」
抱きかかえたまま足早にテントへと歩いて行く。
第二騎士団の騎士や、北部の兵士から注目を浴びているのでアレス様に抱き着いて顔を隠す。
すると答えてくれるかのように抱きしめる力を込めて、さらに歩く速度をあげる。
傍から見るとイチャイチャしている姿でしかないけど事態は深刻。
小さめのテントが張られている中に一際目立つ大きなテント。入口にはオットライト卿が立っており、私を見ると驚いた顔をした。
でもすぐに頭を下げ、中に招待してくれる。
「ミリガン、下がってろ」
「…。解ってますが、解ってますよね?」
「下がれ」
「入口に待機しております。アティルナ公女、何かありましたら声をかけて下さい」
「ありがとうございます、オットライト卿」
テントの中は外よりも断然暖かく、机の上には乱雑に書類が置かれている。
とりあえず二人になれたし、オットライト卿がいるから誰も入って来れない。安心してアレス様から痛みを解放してあげられる。
「大丈夫ですか!?」
ベッドにおろされた瞬間、床に崩れ落ちた。
手は握られたままだったので急いで溢れ出る魔力を吸収していくと、苦しみつつも荒れていた呼吸が徐々に整っていく。
吸収した魔力はある程度体内に留めることはできるけど、一週間以上も離れたことがないからかなりの魔力が溢れていた。それらを受け止める器は私にはない。
だから少しずつ、誰にも感じ取れないように少しずつ吸い取った魔力を身体の外に発散していく。
こう思うと三日に一度吸収していたのは正解だったように感じる。
どれぐらいの、どの期間で魔力が溢れてくるのか解らないから何とも言えないけど、定期的に吸収していくのは正解だ。
「もう大丈夫…」
「ですがまだ…」
「あとはまた夜にでもお願いする。シルも吸収しすぎると苦しいだろ?」
俯いていた顔をあげると、明らかに顔色が良くなっていた。
ホッと胸を撫でおろすけどまだ心配だ…。もう少し吸収したほうがいいのに、私の身体を気遣って止めるよう言われる。
「それより、ようやく会えた俺の婚約者の顔を見せてくれ」
立ち上がって同じくベッドに腰をおろし、ジッと見降ろしてくるアレス様に今度は恥ずかしくなる。
私だって久しぶりのアレス様に会えて嬉しい。けど改めて言われ、見つめられると居心地が悪い。
それを解っててやっているのだから、どんな対応をしてもきっと意地悪に笑う…。
もうっ。さっきまであんなに苦しそうだったのに!回復してくれて嬉しいけど止めてほしい。
「抱き締めても?」
「え? えっと…」
「悪い」
返事に困っていると謝罪され、それと同時に強い力で引き寄せられる。
「たかが狩猟大会の為に何で俺とシルが離れ離れにならねぇといけねぇんだ…。本当は無理にでもシルを連れて来るつもりだったのにフォルセティが…! でも連れて来なくて正解だった。魔獣は昼夜問わず出るし、汚ぇし、野郎ばっかだし…。魔法で守ってあげれるけどそう言う問題じゃねぇ…。一緒にいたかったけど連れて来なくて正解だった」
ギュッギュッと抱き締め愚痴を吐き出す。
異性の方に抱き締め締められるなんて初めてで、何をどうしたらいいか解らず、身体に力が入る。
私だって会えて嬉しいし、抱き締められるのも…嬉しいけど…。でもこんなところを誰かに見られたら恥ずかしくて死んじゃう…!
抱き締められて私が固まっているのをいいことに、髪の毛や手を触られる。くすぐったかったけど嫌な気分にはならない。居心地は悪いけど。
「狩猟大会だって言うのに魔獣の数を調整するとか意味わかんねぇ。おまけにクソ寒いしシルはいないし…! 結婚してもこんなことがあるなら第二騎士団なんて辞めてやる。東部だってまだまだ問題抱えてるからどうせ構ってられねぇもんな。そんでシルと一緒にトラキアで幸せに暮らしてやる」
余程疲れているようで口調がかなり乱れていた。
その間も手を握って優しい力でモニモニと揉まれたり、指を絡めてきたりと忙しない。
最後にポツリと呟いた「トラキア」とは、東部戦争…一般的には東部に存在する「神聖国」との長年に渡る戦争に終止符を打った「聖戦」で勝ち取った帝国の新しい領地のこと。
帝都と隣国との戦地として長い間戦場として使われていたその土地を「不可侵領地」「戦場の土地」と呼ばれていた。
でもアレス様の活躍もって終戦した際に結んだ「クオス条約」で、常に戦地であった「不可侵領域」を帝国の領地とすること。その代わり北部から押し寄せる魔獣を決して神聖国に侵入させないことと決められ、帝国の領地となった。
勿論他にも色々と条件はある。
その聖戦から数年しか経っていないにも関わらず、アレス様率いる魔導士部隊によって土地は徐々に浄化されて、今ではそれなりの人達がトラキア城下にて暮らしているらしい。
それもあって、今のアレス様は帝都にあるタウンハウスで暮らしているが、実はトラキアにいる時間のほうが長い。今は私がいるから留まっているだけと言われた。
トラキア城は元は戦場の拠点として使っていた要塞だったけど、私達が結婚したらそこに住むようになっている。現在改装中らしいけど要塞として名高いトラキア城も一度見たかったな。
そのことで様々な人に同情の目を向けられた。戦争として使われたお城を使うなんて野蛮だと。
でもアティルナ家の領地は南部にあるが実は東部にも近い。だから東部がどんな状況かはなんとなく解るけど、荒廃していると言われるほど荒れていないのが事実。ただ人がいないだけの寂しい土地。
どういう理由で東部全域が「不可侵領地」として決められたのか知らない。かなり昔からの決められていた。
だから「聖戦」の戦地となったのは東部の本当に限られた場所で、あとはそれなりに荒れているものの、山が少なく平原が多い為、農作物を育てるのには向いている土地だ。
もっと時が過ぎ、神聖国と良好な関係になればトラキアの土地は両国を結び、たくさんの人に溢れると思う。
気になることとか、疑問に思うことはたくさんあるけどアレス様と一緒なら安心できる。




