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38.嫌

「久しぶりに会えたのもあるし、事情が事情だから約束を破って二人っきりになったことも解る」

「申し訳御座いません…」

「うん、やっぱりシルフレイヤは賢いね。僕が怒っているのをすぐに察知できたし、言い訳せず謝罪もできた。じゃあ二度目はないことは解っているよね?」

「はい…」

「それと、リサが置いていかれて困っていたからあとで謝ってあげてね」

「はい」


オットライト卿にエスコートしてもらい、馬車に戻ると我が家の家紋が入った馬車がもう一つ待機していた。

一つは私が乗ってきた馬車。そしてもう一つがテュールお兄様と珍しく怒っているフォルセティお兄様が乗ってきた馬車…。

確かに一日だけ先に北部に向かう許可を貰ったけど、テント内で二人きりになるなと言われた。

でもアレス様の状態的にはあれは仕方なかった。

のだけど…。そんな言い訳を「約束をした私」が話しても余計に火に油を注ぐ。

素直に謝罪すると溜息を吐きつつもすぐに許してくれた。


「お久しぶりです、ミリガン様。妹をありがとうございます」

「お久しぶりですフォルセティ様。全ては隊長のせいですのでどうかアティルナ公女を責めないで下さい」

「僕もそこまでシルフレイヤを強く叱れませんよ」

「お兄様、本当に申し訳御座いません」

「もういいよ。それより北部に来たんだからいつもの約束だけは絶対に守るように」

「はい」


流れるように私の手を取り、馬車へとエスコートされる。

ここまでエスコートしてくれたオットライト卿に会釈をし、セティお兄様と一緒に馬車に乗り込む。

もう怒っていないとは言え、怒られたのは事実。しかもあのセティお兄様に叱られた…。

自分だけが感じる居心地の悪さに黙り込んでいると、それを察してくれたのかセティお兄様から話を振ってくれた。


「今回はお父様もお母様も参加できないから、いつも以上に気を付けてね。初日だけだけど決してテュールの傍から離れてはいけないよ」

「はい、勿論です」

「それに解っているとは思うけど、北部はどの土地より魔獣が多く存在する危険な場所だってことも忘れないように」

「重々承知しております」

「個人的には大会に参加せず他の令嬢達のようにお茶会を楽しんで欲しいんだけど…。まぁ我が家の人間には言えないよね」

「一年に一度のお祭りですし、楽しみです」

「あとお茶会であっても騎士団は連れて行って。そしてもし嫌なことがあったら文句を言ってもいいし、無言で帰って来てもいいからね」

「さすがにそんなことは…。まだ子供ですがアティルナ家の人間としてきちんと対応致します」

「シルはまだ子供なのに家門のこととか考えすぎだよ。それにシルが怒ってそんな行動をしたってことは、相手が相当失礼なことをした時だけだから問題にはならないよ」


私はそんなできた人間じゃない。

何でセティお兄様は私を高く評価しているか解らないけど、何をされようが何を言われようが、感情的に怒って文句を言ったりしたくない。

でも例外はある。我が主であり帝国の王である皇帝陛下を侮辱する人間だけは許されない。

勿論皇帝陛下を侮辱するような貴族はいないけど、その次の主である南部を納めるゲルデオン公爵家を侮辱する、他領地は存在する可能性は高い。


ルードラ帝国には皇帝陛下の次に身分が高い三つの家門が存在する。それが「三大公爵家」。我が侯爵家の一つ上の御方だ。

三大公爵家は初代皇帝のご子息の血を受け継いでおり、昔から続く高潔な方々。

初代皇帝のご子息である次男は西部、三男は南部、四男は北部の領地を平定し、侵略されることなくその土地を守り、そして拡大・繁栄させていった。

この三大公爵家は帝国の最高爵位であり、皇族同様直系のみで存在する本当に雲の上の存在。

故に三大公爵家は「領地の王」とも呼ばれ、その下に自分達を補佐する五大侯爵家を置いた。

だから私達が「主」と呼ぶ人物は皇帝陛下とは別に、公爵家も含まれている。

我がアティルナ家は南部の公爵家であるゲルデオン公爵家に仕えており、同じくダウンゼント侯爵家が存在する。

東部のみ隣国との戦争があって、今はアレス様しか貴族はいないけど、そのうち増えるかもしれない。


「ニルのことも気にしないでいいからね」


そう、セティお兄様の婚約者であり、南部の王にしてゲルデオン家の長女であるグリトニル様を侮辱するようなことがあれば絶対に許さない!

それじゃなくても北部と南部は対局の地にあるから交友関係は薄く、噂だけを理由に馬鹿にされることも多々ある。

だからと言って喧嘩腰でお茶会に参加するつもりはない。こちらからも相手を不快にさせないように気を付けて…。

ああ、だから南部のお茶会はまだしも、他の領地のお茶会は緊張と気遣いで疲れるから参加したくなかった。

とは言ってもロキ皇太子の婚約者探しだから気合いを入れないと!


「グリトニル様は今回も不参加なのですね」

「うん。彼女は寒いのが苦手だから」

「確かに北部の寒さは南部の人間では耐えられませんよね」

「シルも風邪を引かないよう気を付けてね」

「はいっ」

「それと、あの方にもね」

「はい…」


羽織っていたケープを整えてくれながら目を細めて忠告してくる。

セティお兄様が言っている「あの方」とは私が唯一嫌いな人。北部の王、カリュオン公爵次男サルトラ・セヴァイス・カリュオン様。

北部の王であるカリュオン家は、北東に位置する魔獣が出現する「魔の森」から魔獣を防ぐ役割を担っている。

そんな彼らは、人よりはるかに強い魔獣、一年中ほぼ冬に包まれる厳しい気候を耐えられるよう屈強で厳格な人達が多い。

そんな中生まれたサルトラ様は少し変わっていた。

剣術の腕前はセティお兄様と腕を張れるほど強く、身体も大きく魔獣相手でも全く恐れない。まさにカリュオン家に相応しい人なのだがとにかく性格が悪い。

他人にも自分にも厳しいカリュオン家とは違い、サルトラ様は弱者だけに厳しい。


「もし出会っても今回はアレス大公殿下がいらっしゃるから、彼の名前を借りて追い払いなさい」

「それは…」

「アレス大公殿下もきっと喜ぶ。これは嘘じゃないよ。それにいくら元婚約者候補だからと言って、女性を粗暴に扱うなんて騎士の風上にもおけないし気にせず逃げて」


そんな彼と婚約をする予定だった。

私が6歳の頃、他の子供とは違い従順で大人の会話をよく理解していた。

それに目をつけた現カリュオン家当主が、サルトラ様の婚約者にと話を持ち掛けてきた。

五大侯爵家の人間であり、戦いにおいても物怖じしない。さらに従順で賢ければ嫁として申し分ない。

そうであった覚えはないけど、婚約者候補にあがるぐらいだからきっとそうだったのだろう。

ただサルトラ様だけのことはしっかり覚えている。


まず初対面の挨拶で「魔獣の子か」と言われ、「皇帝の剣」と言われるアティルナ家の人間なら剣術を見せろと言われ勝負させられた。当たり前だけど惨敗。

因みにその時のサルトラ様の年齢は10歳だ。私はまだ剣を握って初心者なのに…。

他にも侮辱的なことを言われたけど、思い出しただけでイライラしてくる…。

さらに輪をかけて嫌いな理由が、第三者がいると何も言ってこない、してこないところだ。そして二人になると私の容姿や性格、剣術などをとにかく馬鹿にしてきた。

最初は我慢していたけど、いくら他の子供より大人しいとは言え、初めての敵意や悪態に私の精神は限界を迎える。

そしてとある日。とうとう涙が溢れ、そこで初めて事情を話し「いやだ」と彼を否定した。

それからの展開は凄まじく早かった。

お父様もお兄様、あのお母様でさえ全力でその婚約を断り、カリュオン家当主も目の前で大泣きした私を見て、それを受け入れてくれた。


こんなことがあったから、誕生日にアレス様の肖像画を見て気絶した私を、家族全員が心配してくれたのだ。おまけにお兄様達がさらに優しくなったきっかけでもある。

実はテュールお兄様は初めてできた妹(年下)に喜んでいたのに、その妹(私)は活発的でないうえ大人しいので接し方に悩んでいたらしい。

でもあんなことが起きてしまい、自分が守らないといけない!と遠慮なく構ってくるようになった。


「でもあの頃の私ではありません」

「そうは言ってもシルはまだ子供でしょ?」

「子供でも泣くだけだった子供ではありません。一応相手は公爵家の人間ですから当たり障りなくかわします」

「そう…。無理はしないでね? どうしても無理だったらアレス大公殿下の名前を使ってでも必ず逃げて」

「解りました」


だと言うのに余計に絡んでくるあの男が心底嫌い。

「魔獣の子」としつこく言われるのも、ただ単に私の髪の毛が黒いからだ。魔獣の毛もほとんど黒だから。

それで一度だけお母様のことも「魔獣」と侮辱したときがあったが、私が睨みつけるとそれっきり言うのを止めてくれた。それからは私にだけ言い続けている。

普段は会うことはないけど、狩猟大会だけは別。

狩猟大会は北部のカリュオン領地で行われるため、参加したら高確率で遭遇する。

カリュオン家当主のご意向もあり、適当にあしらったり無視したりするけど、何年経っても子供のときと変わらず接してくる…!

但し今回は初日しか参加しないから、去年より遭遇率は下がるはず!今年は嫌な気分になりたくない!


「今年こそ銀狐を捕まえるのですか?」

「ニルにあげたら喜びそうだからね」


そして去年より一匹でも多く獲物を倒してみせる!

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