24.訪(モブ視点)
現皇帝陛下の異母兄弟である王弟アレス・セヴァイス・ルードラは帝国最強の英雄だ。
類まれなる魔力量と知識を持つ帝国一の魔導士であると同時に剣の才能にも恵まれ、最少年ながら第二騎士団団長と魔導士部隊隊長も兼ね備えるほどの実力者。
宝石のように目立つ銀髪に、背筋が凍るほど威圧感を放つ赤い目は印象的で誰もが目を奪われ、そして恐れられている。
性格は幼い頃から戦場で生活していたせいもあってか非情で冷酷。顔が端正な分、余計にそれが際立ち近寄り難い雰囲気を放つ。
敵兵だけでなく、部下さえも彼に近づくことはおろか、話しかけることすらできなかった。
「シルに会いたい…」
「まだ出勤して一時間も経っていないです」
「仕事したくない」
「それは無理です」
だと言うのに最近の団長は正反対の人間へと変わってしまった。
戦場にいた頃は常に何かに苦しみ、眠ることなく戦い続けるまさに「軍神」だったのに、目の前にいる隊長は机に伏して書類仕事を拒否して駄々をこねている。
顔色は悪くない。目の下に隈もない。声に殺気を感じない!
それもこれも15歳のときに婚約したという令嬢と最近になって顔合わせをしたらしく、その日以降ずっとこんな感じだ。
今まで戦場や魔獣退治にばかり出撃して第二騎士団本拠地であるここに寄り付くことはなかったのに、今では婚約者と会うために帝都に滞在している。
今まで書類仕事は副団長であるミリガン様に押し付けていたというのに…。
最初はミリガン様も困惑していたが、そこはさすが副団長。すぐに団長の変化に適応し、今ではこれまでの恨みの如く書類仕事を押し付けている。
オンとオフの差が激しい人だったのだろうか。それとも婚約者に出会ってから変わったのだろうか…。
どちらにせよ部下の自分は軍神としての団長しか知らなかったので、未だに執務室にいる団長に慣れない。
「団長、ペンが動いていません」
「ちょっと黙ってろ。シルが部屋に戻って来た」
そう言って団長は左耳に手を添えて小さな魔法陣を浮かばせる。
あんな小さな魔法陣を造れるのは紋章入りの魔導士だけだ。それを使用してまで何を真剣な顔をして聞いているんだろう…。
「盗聴は法律で禁止されています」
「俺が教えたところを復習してる! いい子すぎっ」
「アレス大公殿下」
「うるせぇ黙ってろシルの声が聞こえねぇ!」
先程まで背筋が凍るほど美しい顔で笑っていたというのに、今は戦場で感じるいつもの殺気が部屋中に漂う。
うん、来るタイミング間違えた。
一枚の書類を持ったままドアの前で微動だにせず、とにかく気配を消しておこう。
「いくらお相手が婚約者であろうとそのようなことをしては嫌われます」
「バレなければいい。二度は言わん、黙れ」
「では今度来た際、私から直接婚約者様にお伝え致します」
「おいッ!」
「私は命を落としますが、アレス様の命も落とすことになりますね」
は、早く終わってくれ…!
「……っち。で、そこのお前はなんだ」
「びっ、び、備品の確認がおおおおお終わったとのことで書類を持って来ましたッ!」
「何で団長がそんなことまで確認しねぇといけねぇんだ…」
「婚約者様のように真面目にしっかり、今までの分を取り戻すかの如く働いて下さい」
「はぁ…。お前じゃなくシルと一緒ならいくらでも頑張れるんだがなぁ…」
「それはいい考えですね。お願いしておきましょう」
さ、さすがミリガン副団長!
この第二騎士団…いや、団長に臆することなくそんなことを言えるのは副団長だけだ!
思わず尊敬の念を送ると怪訝な目で睨まれてしまった。
実際ミリガン副団長がいなければ第二騎士団は回らなかった。
何がどうしてそうなったか解らないが、とりあえず前より円滑に業務は進み、徹夜で仕事をすることもなくなった。団長の婚約者には感謝しかない。
「ついでにお前」
「ッハイ!」
「昼食後、今いる騎士を全員訓練場に集めろ」
「了解致しましたッ!」
「それと、次は軍馬に関する資料を渡すので管理者に渡して下さい」
「はい!」
生きた心地がしなかったが、なんとかあの場所から脱出することに成功した。
それにしても全員を集合させるとは何かあるんだろうか。
ここ最近周辺国も落ち着いてきたし、今は魔獣退治と西部の防衛戦だけだったと思うけど…。
疑問に思いながらとりあえず色んな人に、団長命令で集まるように伝え回る。
第二騎士団のメンバーはほとんどが各地に散らばっており、帝都付近に本拠点を構えるここには、小数人しか残っていないから口頭だけで大丈夫だろう。
そんなこんなでお昼も終わり、全員が訓練場に整列して団長を待つ。
理由を言わず集めたから全員が緊張していたけど、団長と副団長が姿を見せると姿勢を正して口を閉じた。
やっぱりあの二人…特に団長が出す存在感は凄まじい…。
「今から言うことは何より重要な情報だ」
開口一番にそんなことを言われたら背筋が凍ってしまう…。
もしかして西部で本格的な戦争が始まるのか?そうだとしたら魔獣討伐しか実践経験が少ない自分はどうしたら…。
「二日後、俺の婚約者がここに来る」
……うん?
「いいかお前ら。何があっても、どんなことを聞いても俺の婚約者を不快にさせるんじゃねぇぞ」
かつてないほどの覇気に身震いが止まらない。
え、でも婚約者が来るだけ、だよな…?
「覇気を飛ばさないで下さい。恐怖で何も頭に入っていませんよ」
「何かしたら戦場より恐ろしいところに連れてってやる」
「…はぁ。二日後、アレス団長の婚約者であるシルフレイヤ・アティルナ侯爵令嬢が訪問致します。皆さんも知っての通り第一騎士団のクヴァング侯アース・アティルナ様のご息女です。第一騎士団と第二騎士団の仲の悪さは帝国中の周知の事実ですが、令嬢にはそのような態度は絶対にしないように」
「それから話しかけるな、見るな、触れるな、声すらも聞くな。お前らの存在は消しておけ」
「それは難しいかと思いますが、できるだけ関わらないようにしたほうが身のためです。はいでは解散」
言うだけ言ってさっさと帰って行くお二人に、だらしなく口が開く。
え、本当にそれだけ?まぁ…団長にとって大事な婚約者だから言いたくもなるんだろう。
何せ第二騎士団は平民上がりも多いし、荒くれ者しかいない。貴族達を中心に結成されている第一騎士団に比べたら令嬢もビックリするだろうな。
そうだとしても俺含めた他の仲間もかなり困惑、混乱している。
「とりあえず殺されない為にも姿を消しておくのが一番だな」
そう思っていたのに、
「お忙しいのに申し訳ありません」
「い、いえ気にしないで下さい」
団長の婚約者がやって来る日。
同僚に言って帝都付近の見回りでもしようと出かけたところ、拠点から少し離れた場所で例の方と遭遇してしまった…。
逃げようと思ったけど向こうから声をかけてきて撃沈。関わりたくなかったのに!
要件を聞くと荒れた道で馬車の車輪が外れたらしく、到着が遅れるということを団長に伝えてほしいと言われた。
通信魔道具で上司に状況と、団長の婚約者の名前を出すとすぐに向かうと返事がきた。
自分にできることはした。さぁ離れよう!
そう思ったがアティルナ公女と侍女と御者しかいないため、一応護衛として残る。公女に何かあったら殺される…!
「あの…護衛は…?」
「あ、今は帝都に戻って車輪を直してくれる方を探しています。御者より足が速いですからね」
「そうでしたか…。ですが危ないですよ」
「お気遣いありがとうございます。すぐそこが第二騎士団でしたので油断していました」
馬車に乗れないからって公女が木下に座るのもどうかと思うが、何も言うまい。
まぁあのアティルナ家の公女に手を出す馬鹿は帝都にはいないと思うが、警戒心が薄すぎる。
いやいやそれより気を引き締めろ!公女に何かあったら俺の首が飛ぶ!物理的に!
「巡回に向かう途中でしたか?」
「はい」
「いつもありがとうございます。外に第二騎士団がいるから帝都の治安は守られています」
ふんわりと笑う令嬢はとても愛らしかった。
本当に団長の婚約者?こんな幼い子が?騙されていないか?あ、貴族は政略結婚が普通だから年齢も性格も関係ないか。
「……見た目とは違って大人びていますね」
「よく言われます」
ふふっと笑う姿に心が落ち着く。
夜を連想させる黒い髪に、湖畔を思い浮かべる青い目、そして心地のいい声。
だからなのか公女が大人びて見える。
「あ、アレス様」
少し弾んだ声に意識を取り戻す。
振り返ると軍馬に乗った団長が見える。…殺気を感じるのは気のせいだろうか。
身震いしながら公女に手を差し出すと、お礼を言いつつその手を握り立ち上がる。
と、ここで気づいた。気づいてしまった。「触るな」と言われたッ!
いやでもこれはマナーというかなんと言うか…。誰にでもする行為だし!
「シルッ! 怪我はないか!?」
「はい、なんともありません。すみません、時間通りに参れませんでした」
「シルが無事なら何でもいい。いつまでも待てる」
走る馬から飛び降り、俺の手に置かれた公女の手を奪い去り、聞いたことのない声を出す団長に身体が固まる。
あ、焦ることがあるのかこの人でも…。
「最初から俺が迎えに行けばよかった…。すまない」
「どうしてアレス様が謝るのですか。怪我もしていませんし大丈夫です」
しかも謝るのか!あの団長が!?
例え皇帝陛下に何を言われようと全く堪えず、他の貴族に文句を言われても受け流すか睨みつけるかのあの団長が!?
よっぽど大事な婚約者なのか…。人ってここまで変われるもんだなぁ。
「馬には乗れるか?」
「ええ。でもすぐそこですし歩きますよ」
「ではそうしよう」
「あ、リサはここで護衛の彼を待っててくれる?」
「ですがお嬢様…」
「一応こいつもつけておこう。シルも安心だろ?」
「ありがとうございます」
いつもと同じ冷たい表情と目つきで睨まれる。
婚約者を見るときとは全然違う…。こっちのほうが慣れているからいいんだけど、その優しさを少しでも分けてほしい。
「今日は見学だし、アレス様が一緒だから大丈夫よ。護衛が戻ってきたら近くで休んでて」
「解りました。あ、お土産持って来ますね」
侍女はチラリと団長を見たあと、嫌そうな顔で渋々頷き馬車へと向かう。
少ししてカゴを二つ持ちだし公女に渡すと、団長がそれを奪ってしまった。
またそんな乱暴な…。
そう思ったけど公女はお礼を言って第二騎士団の宿舎へと一緒に歩いて行く。
「なんだ…持ってあげただけか」
「私は奪われたかと思いましたけどね」
思わず漏れてしまった言葉に侍女が返答をし、思わず素直に頷いて走り捨てられた馬を回収した。




