23.狂
「アレス様はお兄様達が…その…。お嫌いですか?」
今日は朝からシルの魔法の先生としてアティルナ邸へとやって来た。
いつものように一輪の花をプレゼントして、彼女の笑顔を堪能しつつ楽しい授業を提供しようと思ったのに相変わらず兄二人が邪魔をしてくる。
特にテュールがうるせぇ。狂った犬のように噛みついてきてはシルの声を遮るのが本当に邪魔。
まぁ邪魔をしてくれた分、授業が増えるのは嬉しくて適当に相手をしていたのに、授業が始まると途端に黙って真面目に受ける。
さすが真面目で忠誠心が高いと言われているアティルナ家だ。殺気を飛ばすも言うこと全てを理解していく。
その兄達と比べシルは少し遅れているがやっぱり真面目で、あの小さな手で一生懸命メモをしているのが可愛い。
おまけに解らないことがあればすぐに質問してくるし、頑張ろうとする姿勢が好ましい。理想の生徒だ。
授業はお昼前には終わらせ、一緒に食事を摂ってようやくシルと二人きりのティータイム。
最初は先生を引き受けてくれてありがとうございます。というお礼や、授業が解りやすかったなどニヤニヤしてしまう言葉ばかり言われたが不意に表情が暗くなる。
シルの質問になんて答えようか。
正直シル以外の人間に興味はない。これっぽっちも情が湧かない。
でもそんなことを言えばシルは悲しむ。シルは兄が…家族が大好きだから。兄妹愛だとしてもその感情に嫉妬してしまう。
「シルの家族だからな、できれば仲良くしたいと思っている」
「お兄様達は昔のこともあって少し過保護で…。あの、あのような言い方していますが嫌ってはいないので気にしないで下さい」
「大丈夫、解ってる」
こうやって庇われている二人に嫉妬する。申し訳なさそうに代わりに謝るシルを見ると二人に対して殺意が湧く。
ごちゃごちゃと混ざり合う感情を隠し、笑顔を浮かべるとあからさまにホッとした表情を浮かべる。
「(兄のことではなく俺のことだけ考えればいいのに…)」
にしてもシルは二人の殺気に気づいていないんだな。
テュールはまだ未熟のようでシルに殺気を感じ取られ諫められているが、問題はフォルセティ。
シルには絶対にバレないように殺気を常に飛ばしてくるし、シルの前では絶対に笑顔を絶やさない腹黒野郎。
皮肉を込めているのか込めていないのか絶妙な言葉遊びも扱ってくるとなると、かなり面倒だ。
しかもあれが次期第一騎士団団長だろう?考えてるだけで面倒臭い。
全ては自分の過去に原因があるんだが、シル以外に申し訳ないとは思わない。
そう言う態度が出ているのか、解っているのか、だからこそあそこまでの殺気を飛ばしてくる。
認めたくはないが俺と同類なんだろうな。
「シルは兄弟に愛されてるんだな」
「はい。私も優しくて明るくて強いお兄様が大好きです」
だからと言ってそんな無防備な笑顔を見せないで欲しい。いや可愛いからずっと見ていたいけど!
ああ、やっぱりあの兄弟邪魔だ。さっさと結婚するなりしてシルから離れてくれ。
「あ、前に話した第二騎士団訪問の件ですが、お父様から許可がおりました」
「よかった。では日程調整して連絡しよう」
「もっと反対されるかと思いましたが割とすんなり承諾して貰えたのですよ」
「クヴァング侯は聡明な方だからすぐに許可貰えると思ってた」
クヴァング侯…シルの父親もこれをきっかけに第一騎士団と第二騎士団の仲を緩和していきたいと思ってるんだろう。
だからこその婚約だし、長年の悩みの種でもある。
俺としては別にどうでもいい問題だが、シルが来るからにはあいつらをしっかり教育しておかないと…。
とりあえずシルに敵意を向けた奴は処罰して、陰口を叩こうものなら殺せばいい。色目を使った奴はその場で切り捨ててやる。
「でも少し不安です」
「不安? 俺がいるのに?」
「そうは言ってもその…仲があまり良くないじゃないですか…」
「でもシルは俺の婚約者だろ? そこまで馬鹿な奴はいないから安心してくれ」
「婚約者ですが、まだ成人式も迎えていない子供なので……。アレス様に何かしらご迷惑をおかけする場合ももしかしたら…」
は?全くないが?
ってか控え目で自信がないシルも可愛いな。
「でも仲良くなれるように気を付けますね」
「そんなのシルが気にする必要はない。それにシルは魅力的だから絶対に大丈夫だ」
「……そうですか…」
真っ赤になって照れるシル可愛すぎねぇか!?
普段は年齢以上に大人びているのに、こういうこと言うと年相応に照れるのマジで可愛い。もっと言いたい。
不快にならない程度に距離を詰めつつ、「可愛い」などと褒めてゆっくり関係を築いていってるけどいつまで経っても純粋。
ほんとこんな純粋な子、これからどうやって育てていこう。毎日が楽しすぎる。
どうしたらもっと自分のことを好きになってくれるだろうか。権力や財力に興味がある人間だったらどうとでもできるのに、何せ彼女は高潔だ。
そんなものに惹かれる人間じゃないし、そもそも望んでもいない。だからこそ余計に恋焦がれる。
もう少し自分の気持ちを伝えたほうがいいのか?いやまだ早いか?
できるだけ格好いい俺しか見てほしくないけど、もっと弱った姿を見せて同情を誘うのが一番?
とにかく何でもいい。シルには俺しか見てほしくない。俺のことだけを見て、俺だけを触って俺だけのことを考え、そしていつか俺と同じところまで堕ちてきてほしい。
婚約しているとは言え、ずっと不安に駆られるこの感情を早く消し去りたい。どうか早く俺を意識してくれ。
「アレス様?」
「シルは自分の魅力をもっと自覚するべきだな」
「魅力ですか?」
「きっとあと少ししたら気品あふれる淑女になる。約束できる」
「えっと…」
「可愛くて純粋で…惹かれないほうがおかしい」
「ありがとうございます」
「でもそんな男が現れたらきっと殺したくなる」
気づいたときには遅かった。
焦がれる想いのまま欲望を口にしてしまい、瞬時に理性を取り戻し口を押える。
まずい、こんなこと言うつもりなかったのに…!
「シルッ「ふふっ。ご冗談でも殺したりしないで下さいね。それに私は誰が現れようとアレス様から離婚を申し込まない限り私から離れるつもりはありません」
言い訳をする前に彼女は少し困った顔で笑って、ハッキリと他の男を拒絶した。
「離婚は絶対にしない。シルが嫌だと言ってもしてやらない」
「よかった。私は愛されているのですね」
泣きたくなった。何で泣きたくなったのか解らないぐらい心が救われた。まるでその言葉を待っていたかのような、そんな懐かしい気持ちに陥る。
シルはまだ俺の醜く重たい感情は知らない。でもそれすらも受け入れてくれるような言葉に返事が出てこない。
奥歯を噛み締め、ようやく出て来たのは
「シルを殺して永遠に俺のものにしたいぐらい愛してる」
最低な告白だった。
「殺せないではありませんか」
「ああ、契約通り殺せない。でも殺して独り占めしたいほどシルが好きだ」
「情熱的なお方だったのですね、三か月経ってようやく解りました」
「もっと俺のことを知ってほしい」
「時間はたっぷりありますから大丈夫です」
この世界にある幸せを全て彼女に捧げたい。
持って生まれた溢れる魔力があれば彼女をどうすることだってできる。―――ああ、俺のこの力は彼女を幸せにするためににあるのか。
何でもしよう。シルが俺から離れられなくなるほど甘やかして、笑顔にして、幸せにしてやる。
例え彼女の力がなくなってまたあの苦しみが身体を蝕むとしても俺はシルを幸せにしないといけない。
「シルの婚約者になれてよかった」
「私もです」
✿
「はー…」
今日のアレス様は少し様子が変だった。
授業までは普通だったけど、ティータイム中はどこか苦しそうで不安そう。
それに「シルを殺して永遠に俺のものにしたいぐらい愛してる」なんて……。
さすがに驚いたし本を思い出して固まってしまったけど、今にも泣きそうな顔なアレス様を見て冷静になれた。
本の中のアレス様は妻であるシルフレイヤを愛していた。あんなことを言うぐらいだからきっと深く愛していたんだろう。
「「何で裏切った」か…」
本の内容…あの夢の中で彼はそう叫んでいた。
ああ、繋がる。そうだ、彼は妻を深く愛していたけど、シルフレイヤが何かしらの理由で裏切り殺したんだ…。
そうなると「私を殺さない」という契約は酷な気がする。ううん、殺されたくないから裏切らなければいいだけの話だ。
だって私は本の中のシルフレイヤじゃない。絶対に裏切らない。
「それには誤解されないように気を付けないと…」
浮気は勿論しない。アレス様が不安にならないよう他の男性を見ない。誤解されないよう行動に気を付ける。
「何より私もアレス様が好きだから…。それもちゃんと伝えていこう」
アレス様のように甘い言葉恥ずかしくて難しいけど、殺されない為にも頑張ろう。




