15.穏
「シル、三日ぶりですね」
「ご招待頂き、ありがとうございます」
二回目はアレス様の邸宅へとやって来た。
今までだったらアレス様ではなく、ロッツやレイが迎えてくれるのだけど今日は当主であるアレス様がわざわざ馬車の前まで来て出迎えてくれた。
手を借りて馬車から降りて改めて挨拶をし、そのまま邸宅内へと案内してくれる。
「遅くなったけどシル専用の部屋も作ったから案内しよう」
「えッ」
「今まで客間を使わせてしまって申し訳ない。今度からはシルの部屋を遠慮なく使ってくれ」
まだ出会って一週間ぐらいしか経っていないのですが…。
専用の部屋を作ってくれたことはありがたいけど、案内された部屋を見て身体が震えあがった。
「このような立派な部屋だとは…」
「3階は全てシルの部屋にしたからどの部屋を使っても構いません」
「(全部!?)……」
「シル?」
何を…どう、したらいいのでしょうか…。
えっと、まずはお部屋を用意してくれたことに対してお礼を言って、それから豪華な造りに感動しましたと感想を言うべき?
落ち着いたミルクホワイトをベースに、ポイントに青や黒が入ったシンプルだけど豪華な部屋。
自室の何倍も広く、もはや3階だけで暮らせるのでは?と思うほど充実している。
客間、応接室、執務室、寝室…。それに執務室は図書館も兼ねているのか天井まで本が埋まっていた。
本を読むのは好きと言いましたが、ここまで用意してくれるなんて思っていなかった…。
勿論それだけでなく、広々とした浴室や部屋一つ丸ごとのクローゼット。他にも色々と部屋があったけど途中から理解が追い付かなかった。
でもアレス様の魔法で作られた温室には目を奪われた。
三階…この邸の最上階ともあり、日光が溢れんばかりに差し込む。
植えられ、整えられた植物たちは見るからに生き生きとしているし、噴水もキラキラと輝いている。
「シルは花が好きだと言っていたので一番気合いをいれました」
「…」
「気に入りませんか?」
多分これが一番嬉しいかもしれない。
勿論、私がお花が好きというものもある。自然に囲まれると心が軽くなって何もをしていなくても口が綻ぶほどだ。
それをわざわざ魔法を使ってまで用意してくれたアレス様の優しさには何とも言えない感情が湧いてくる。
「室内だということを忘れるぐらい…とても素敵です。小川まであるなんて…。誰が見ても驚くでしょうね」
「前に言ったではありませんか。私は帝国一の魔導士だって」
「本当に尊敬致します。そして素敵な温室をありがとうございます」
「あまりお勧めしませんが一応昼寝もできるようにソファも用意してます」
「ふふっ。気持ちよくお昼寝できそうですね」
「その時は私もご一緒します」
素敵な温室をもらった私より嬉しそうな顔をする。
この笑顔を見ると私も嬉しくなるし、ずっと見ていたいと思う。
でも少し不安を感じるのは何故だろう。ああ、彼は最期狂人になって笑顔どころではなくなるからか…。
本の中の私は「魔力吸収」が使えていなかったのだろうか。使えていたからこそ一緒になって戦場に出ていたと思うけど…。
だったら今のように仲が良かった夫婦かもしれない。もしかしたら私のように「殺さない」という契約をしていたのかもしれない。あの行動は本の通りで、私の思いついたことではないかもしれない…。
―――未来が怖い。
「シル、案内も終わりましたしお願いしてもいいですか?」
「あっ…。えっと、ここでいいですか?」
「はい。折角ですしソファに座って温室を眺めながら手を握ってもらえると嬉しいです」
「勿論です」
手を添え、ソファまでエスコートされる。
ソファは外の景色もよく見える場所で、日差しも心地よかった。
周囲にはチューリップに囲まれていて、私が言ったことを覚えていてくれてまた嬉しくなった。
「座り心地はどうですか?」
「どのソファより柔らかくて気持ちいいです」
「それはよかった」
そういえば先程までロッツやレイがいたのにいつの間にか消えていることに気が付いた。
折角の綺麗な景色を見ながら皆で一緒に紅茶でも飲もうと思ったのに残念。
「その前に先に紅茶を淹れましょう」
「アレス様がですか!?」
「シルに振り舞いたくて練習しました」
そう言いつつ離れた場所に用意されていた紅茶やお菓子が乗った台車を近くまで移動し、慣れた手つきで淹れてくれる。
まさか男性に紅茶を淹れてもらう日がくるとは…。
恐れ多いと思いながらもアレス様の優しさに嬉しくなって素直に頷く。
飲んだことのない花の香りと味…。なんの紅茶だろう。
「珍しい茶葉を陛下から頂いたのですが、いかがでしょう?」
「とても美味しいです。ありがとうございます」
「気に入って頂けてよかったです。差し上げたいのですがこれ一つしかなく…」
「気にしないで下さい」
綺麗な景色を見ながら初めて飲む紅茶は一層格別で美味しかった。
アレス様も隣に腰をおろして紅茶を一口飲んで、一緒にお菓子も口に投げ入れた。
テュールお兄様もよくする仕草にフッと思い出し笑いをしてしまうと、アレス様に気づかれてしまい首を傾げた。
だから遠回しに「マナーが悪いですよ」と伝えると、素直に謝って今度はちゃんとフォークを使って食べ始めた。
「一応皇族だからマナーは叩き込まれているはずなのですが…ダメですね、つい戦場のときの癖で」
「戦場では食べる時間もなかったとお聞きしたことがあります」
「ああ、すみません。女性に話す内容ではありませんね」
「よくお父様やお兄様から聞いていますので大丈夫です」
「ははっ、そうでしたね」
取り分けて貰ったお菓子を口に運ぶとほんのり甘く、淹れて貰った紅茶とよく合った。
「正確に言うと食べる時間はあるけど気が抜けなくて食べている感覚がない。と言ってましたね」
「ずっと気を張っていらしたんですね」
「食べている間はどうしても警戒心が薄くなりますし、もしかしたら毒が盛られているかもしれないとかなんとか。アレス様は気にされていないように見えますね」
「まぁそれどころじゃありませんでしたから」
空腹より痛みが勝まさっていたのだろう。
そう思うと相手が大公殿下とは言え同情してしまう。
本のなかでは恐怖の象徴として書かれていたのに、目の前にいる彼はそう見えない。
思っていたより優しい人だったから?ずっと苦しんでいる可哀想な人だから?
よくわからないし、失礼かもしれないけど同情するあまりついつい彼の頬に手を伸ばしてしまった。
「大変でしたね」
あぁ…あまりにも上から目線の責任感もない安っぽい慰めなんだろうか。
そう思っていても落ち込んでいるような顔を見るとつい手が伸びてしまった。
軽く頬に触れると肩がピクリと動く。
「あ、申し訳ありません。無意識に触ろうとしていました…」
改めて自分の行動に恥ずかしくなり手を引っ込ませようとすると強い力で引き留められ、そのまま強制的にアレス様の頬に当てられる。
「婚約者なんだから気にしなくていい」
「いえっ、そんな!」
「それにシルに触れられると気持ちいい」
そういうアレス様の表情は穏やかで本当に気持ちよさそう。
気恥ずかしくてどうしたらいいか解らなかったけど、彼がそれでいいならいいかと諦めて何もしなかった。




