14.魔
「おはようございます。アレス大公殿下」
「おはようございます、シルフレイヤ。ようやく貴女に会えて心の底から嬉しく思います」
皇帝陛下とアレス様が我が家にやって来た日、アティルナ家は解っていたけど大いに荒れた。
お兄様二人は「婚約破棄しろ」とずっと言い続けるし、お父様も複雑そうな顔をしていた。
お母様だけは変わらずニコニコと笑ってお兄様とお父様を慰めていたけど、あまり効果はなかった…。
お二人が帰宅したあとはアレス様の関係がどうなったか、どうしていくかなど、二人で話した内容をそのまま話した。
「私を殺さない」という契約は別の火種を生みそうなので伝えず、余程嫌な事がない限り婚約破棄はしないとハッキリ伝える。
そして私の力のこと。
あの後、お父様の知り合いで口の堅い魔導士を連れて来てもらい、再度同じことを行った。
魔導士の人曰く、確かに魔力を吸い取られる感覚に陥ったと不思議そうな顔を浮かべ、そして少しだけ私に恐怖を感じていた。
その気持ちは解る。魔導士にとって魔力は大切な力。その力を吸い取る私は恐怖の対象でしかない。
でも驚いたことにその力は私だけでなく、セティお兄様も持っていた。
今まで魔力量が少なく、魔法の知識はあっても吸い取れるなんて考えてもいなかったし、何より騎士団の中には自分達と同じように魔力が少ない人間しかいなかった。だから気が付かなかった。
どうしてこの力を持っているのか解らないし、どうやって発動しているか解らないけど、そのせいで私以上に忙しい毎日を送っている。
逆に私は今までと変わらない日々を送っていた。いや、少し変わったことはある。
お二人が帰宅した翌日から、たくさんの見たことのない花や未成年の私には似つかない宝石がアレス様から贈られた。
お花は見たことのない珍しい種類のものだし、景観もよくなるから嬉しいけど宝石だけは扱いに困る…。
今までの失礼も込めて謝罪の意味で贈っているのだろう。そう思ってとりあえず預かっているけど……。これどうしたらいいの?
「庭園にご案内致します」
そしてあの日から三日後。アレス様が我が家にやって来た。
お兄様二人はアレス様が来るのを嫌がっていたし、私がそちらにお邪魔すると言ったが「シルが育った場所が見たい」と仰ったのでそれを受け入れる。
とは言ってもアレス様の邸宅に比べたら大したものじゃないし、広くもないからある程度案内したらすぐに終わってしまう。
だけどこの間お話した庭園に案内し、頂いた花束と宝石にお礼を言うと嬉しそうに微笑んでくれた。
「贈った花束と宝石はいかがでしたか? 気に入ったものがなければ他にもご用意できます」
「その……。あのようにたくさん頂いても着飾る場面がありませんし、私には不釣り合いですので…。嬉しいのですがこれ以上は…」
「確かに宝石を身につけたシルは美しく愛らしいので誰にも見せたくありませんが、不釣り合いなんてことはありませんよ」
「アレス様にそう言って頂けるとお世辞でも嬉しいです」
正直恥ずかしい。
今までそんなことを言ってくれる方なんて家族ぐらいしかいなかったから、異性…しかも婚約者から言われると恥ずかしくてたまらない。
それに美しいのはアレス様自身だ。
皇族の象徴である銀髪に燃え上がるような深紅の瞳。
端正な顔立ちに加え、皇族としての気品さも兼ね備えている。世の淑女が畏怖を抱きつつも彼に夢中になる気持ちが解るほど素敵だ。
肖像画を見たときから綺麗な人だとは思っていたけど、実物はもっと綺麗で目の前にいるとその美しさのあまり萎縮してしまうけど…。
肖像画で見た彼は短い髪の毛だったけど、今は後ろ髪だけ伸ばしているのがさらに色気を増している。
それに比べ私は真っ黒な髪の毛に碧い目。黒髪は珍しい部類に入るけど目を引くほどじゃない。
何をもって美しいと褒めてくれるのか解らないけど、どうせお世辞に決まっている。自惚れないように気を付けよう。
「お世辞だなんてとんでもない。贈った花より愛らしく、宝石より神秘的です」
「…っありがとうございます。あの、今日はどういたしますか?」
これ以上聞きたくない。
気恥ずかしさもあり、わざと話を逸らすとクッと笑われたので顔が熱くなる。わざとらしすぎたかな…。
「今まで私のせいでシルとお話できませんでしたから、なんでもいいのでシルのことを聞ければと思います」
「私のことですか?」
「はい。シルは四年間私の邸宅に通って私のことを知ってくれましたが、私は知らなくて…」
「そうですね…。とは言っても私もロッツ達からたまに聞く程度で、そこまでアレス様のことは知りません」
「―――ロッツと仲良しなんですね」
先程まで庭園に差し込む日差しで暖かったのに、首筋にヒヤリとした冷たさを感じた。
「どうかしましたか?」
「いえ、少し寒気を感じただけです」
「ああそれは…。上着をお貸しいたします」
「大丈夫です、一瞬でしたので」
「そうですか。それで、ロッツとは仲良くしているんですね?」
「はい。皆さんとても優しくて色々お世話になっております。将来的には大公妃となるのだからいつでも来てくれていいと言ってましたが……。もしかしてアレス様からの許可が出ていなかったですか?」
「とんでもない。これからはいくらでもお越し下さい。あの邸宅はもう全てシルのものですから」
「いえそんな…」
アレス様とお話して気づいたことがある。
それは自分はコミュニケーションが下手だということだ。
元々末っ子長女として生まれ、愛され、育ててもらった。家族は皆優しいから素直に甘えられるし、言いたいこともそれなりに言える。
だけどそこで問題になるのがお茶会だ。
他家の令嬢も私のように育っているとは思うが、彼女達は多くのお茶会に参加し、同年代の令嬢達とコミュニケーションを学んでいく。
だけど私は自領の仲のいい令嬢のお茶会にしか参加しない。
何故かと言うと、勿論友達を見つけるのも大事だけど将来のパートナーを見つける場所にもなるからだ。
私はアレス様がいるからそういったお茶会に参加してこなかった。その結果、初対面の方とうまく会話ができない…。
どうしよう。できれば幻滅されたくないんだけど、面白い話なんてできない…。
「シル」
「っはい」
「贈った花や宝石で気に入ったものはありましたか?」
優しい声色に一瞬思考が停止したが、すぐに取り戻して贈られたものについて考える。
贈ってくれたものはどれも綺麗で気に入らないものなどなかった。
「全部素敵でしたが…。昨日贈って頂いた色とりどりのチューリップの花束はとても気に入っています」
赤だけでなく黄色やピンク、白や緑に紫など…。様々な色が混ざったチューリップの花束はとても可愛かった。
他の花束同様自室に飾っているけど、あれだけはベッド横に飾っているぐらい気に入っている。
「気に入って頂けて安心しました」
「それに珍しい黒いチューリップまで頂いて…」
「シルと同じ髪の色をしていたので」
「そ、そうですか…」
本当に恥ずかしい。
もっと嬉しいという気持ちを伝えたほうがいいのだろうか。もっと感謝の言葉を伝えるべきなんだろうか…。
でもそれ以上の言葉が出てこず、申し訳ない気持ちでいっぱいになる。
「アレス様が好き」という感情はよく解らないけど、私の為に私の髪の色をしたお花を贈ってくれる気遣いになんて答えたらいいんだろうか…。
でもアレス様は私の素っ気ない言葉に微笑んでくれている。
「あの…アレス様の邸宅にも可愛いお花がいっぱい咲いてますよね。私、そこでメイド達とお喋りするのが楽しくて…」
「では次は私もご一緒します。知っての通りこれまでこの病気のせいで花を愛でるなんて余裕がありませんでしたから」
「そ、そうですね。ただ特に何をすることもなく眺めるだけですので楽しめるかどうか…」
「十分楽しいです。今も愛でています」
確かに庭園にもアレス様の邸宅に負けないぐらいのお花が咲いている。
そうだよね。今までそんな余裕なかったもの。これからは何が合っても私がいるわけだし、穏やかな時間を共有したい。
「これからは一緒にお花を見られることを楽しみにしています」
楽しそうに笑ってくれるアレス様に私もぎこちなく笑顔を返すと静かに頷く。
会話は苦手だし、面白い話なんてできないけど最初より居心地悪さがなくなった気がしてホッと息をつく。
「宝石はいかがでしたか? 私はあまり詳しくないのでとりあえず高価なものを贈りましたが…」
「宝石もどれも素敵なものばかりでしたが…これ以上は…少し負担になるので…」
「ですがすぐに大公妃になりますし、持っていても問題ないかと」
「そう、ですかね…。ですが……申し訳ありません」
「今まで贈れなかった分も。と思いましたが、シルには負担だったようですね、申し訳御座いません」
「とんでもないです。ありがたい気持ちでいっぱいです。そのお返しができないのが申し訳なくて…」
「お返しなんて…。あ、では今日も手に触れていいですか?」
「手ですか?」
「私にとってシルに触れてもらえることが何よりも幸福です」
それもそうだ。
過剰にあふれるあの魔力を少しでも吸い取ると彼は痛みや苦しみから解放される。
私には解らないし体験したことがないけど、宝石を対価として支払うぐらいには喜ばしいことなんだろう。
勿論不快ではない。これで彼が普通の人間に…痛みも感じず平穏な日常を取り戻せるならいくらでも…それこそ宝石なんて贈らなくても協力できる。
あれから魔力を吸い取る練習もした。とは言っても練習するほど難しいことじゃない。
「勿論です」
手を差し出すと彼は今まで以上に嬉しそうに微笑んだ。
大きな手が私の手を包み、彼だけの体温を感じ取る。
すると徐々に体温が、熱が手から腕、腕から心臓にかけて巡り始める。
これが魔力の流れということに魔導士に言われて知ったことは今は別に話す内容じゃないよね。黙って吸い取ろう。
「っ!」
幸せそうな顔をしていたから特に話しかけることなく黙っていると、アレス様の手が動いて指を絡めてきた。
あまりに自然な動きに思わず手を引っ込めてしまったが逃がしてはくれない。
「指を…その、絡めたほうが効率がいいのですか?」
「そうですね、接触する部分が増えますので」
「なるほど」
自分だけが意識してしまった…。ああ、恥ずかしい。
これはただの治療のようなものだからこれぐらいで驚かないように気を付けよう。
「身体は大丈夫ですか?」
「身体ですか?」
「魔力を吸い取るということはそれだけシルの身体にも負担がかかると思うのですが、違うのですか?」
言われてみれば心臓の鼓動がいつもより早い気がする。身体中熱いし限界なのかな?
「そろそろ限界かもしれないです…?」
「解りました。ところで吸い取った私の魔力はシルの体内に留まるのですか?」
「それが自然に還っていくのです」
「自然に還る?」
「吸い取った魔力はアレス様の魔力であって私の魔力ではないので浄化…えっと水のように蒸発していくのです。勿論、留めて使用することもできるのですが、意識していないとそれができないので魔導士の方に教えてもらっている最中です」
「結構な魔力を吸い取ったと思うのですが本当に大丈夫ですか?」
「はい。それにお父様から聞いた話ですが、初代様が「魔力過剰症」に罹っていた影響か、我が家は魔力を留める「器」が他の人より大きいらしいです。でも魔力がないから勿体ないと今まで嘆いたそうで」
これはアレス様と出会う前から知っていた。これで魔力があれば魔法剣士にもなれたとお兄様達はよく愚痴をこぼしていた。
「なるほど…。ところで、その魔導士はシルの知り合いですか?」
赤い目が光った気がした。
自分の目とは対照的の赤い目は実は言うと綺麗と同時に恐怖を感じるときがある。
何か不快な言葉でも言ったのだろうか。殺されないと思うけどやっぱりまだ怖い…。
答えを促すように私を名前を呼ぶアレス様。
答えを間違えてはいけない。そんな気がするも、嘘をつく勇気もない。
「お父様の知り合いらしく、私も初めてお会いした方です」
「その魔導士の力を借りて確認した?」
「信用できる方だと聞いて…。セティお兄様と一緒に色々と…」
声が震えている気がする。アレス様の顔が見れない。
「………。魔法のことでしたら俺に聞いて下さい」
「え?」
「これでも帝国位置の魔導士です。何より俺…私は婚約者ではありませんか」
あ、そうでした…。
彼より魔法に長けている人はいない。彼はその溢れ出す魔力で今まで戦ってこの国を守ってきた方だ。
「それにシルが他の男に触れるなんて言語道断だ。私でさえまだ満足に触れていないのに」
「満足? あ、もしかしてまだどこか痛みますか?」
「いえ。…いや、そうですね。もう少しだけ握ってもらえると助かります」
「はい、お任せ下さい」




