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16.笑

「君を信じていたのに何故!」


酷い臭いが嘔吐感を誘う。

夕日のせいなのか、燃え上がる炎のせいなのか解らない真っ赤な光景に佇む城。

自慢の銀髪は何で汚れているんだろう。

そんなどうでもいいことを考えている間にも彼は何かを叫び続けている。

聞きたいのに聞こえない。何かが邪魔をして聞こえない。胸が苦しくて声が出ない。


「―――っは…!」


ようやく息ができたかと思うと真っ黒な景色と、うっすら見える星空に思考が停止した。


「(夢…?)」


あの日見た生々しい夢をまた見たようだ。

本の内容が思い出せないからと言って夢で見せてほしくない。

恐怖や焦り、喪失感などの感情で心臓はバクバクうるさいし、身体が重くて動かない。


「っ!?」


悪夢のせいで身体が硬直してしまったのかと思ったら、何か強い力によって拘束されていることに気が付いた。

目の前にはアレス様。心臓の音が聞こえるほど抱き寄せられ、静かに寝息を立てている。

どうして…いつの間に寝てしまったのだろうか…。

紅茶を飲んで、お菓子を食べ、手を繋いだまま色々なことを話した。

そして彼の頬に触れ、気持ちよさそうにして…それから記憶がない。

触っている間に魔力を吸いすぎて気絶してしまったのかな?でも吸いすぎて気持ち悪くなったという記憶はない。


「(どうしよう…)」


何時か解らないけど星が見えるということは今はもう夜か夜中…。また外泊してしまった…。

勿論行先はきちんと伝えているから大丈夫だけど、結婚前に外泊はあまりよくない。

ロッツ達が良い言い訳をしてくれているといいのだけど…。


「あの…」


そしてもう一つの問題。ぐっすり寝ているアレス様をどうするか…。

起こすのは簡単だけど、こんな気持ちよさそうに寝ている彼を起こしてもいいのでしょうか。

せめて抱きしめて離さない腕を解くことができたらいいのだが、試してみてもビクともしなかった。

少しの間アレス様の中でもがいてみたけど起きる様子も、私を離してくれる様子もなく諦めることに。

こんな場面お兄様達に見られたら怒り狂って剣を抜くに違いない。見られる前に朝早く起きてすぐ帰ろう。

具合が悪くなったと言い訳したら許してくれるかな。ああ、その前にロッツ達と口裏を合わせておかないと。







「アレス様」


二度寝してしまったが、朝の早い時間に目覚めることができた。

さすがに帰らないといけないので申し訳なく未だ熟睡しているアレス様に声をかける。

身体を軽く叩いて、揺さぶって名前を呼ぶこと数回。ようやく赤い目を見せてくれた。

焦点が定まっていない目。そして何故か抱きしめる力が強くなる腕。


「おはようございます」


苦しかったけど気取られないように挨拶をすると私の首に顔を埋める。

まだ寝惚けてる!

まるで子供のようにスリスリと甘え、そのまま寝息を立て始めた。


「朝ですよっ」


焦りのあまり少し大きな声を出すとビクリと肩が飛び跳ね、まだ眠たそうな顔を見せてくれた。

解りますよ。気持ちよく寝ていたのに起こされたらそんな顔になりますよね。

それにしても寝起きだというのに綺麗な顔が羨ましい。髪が乱れていても色気しか感じない。


「苦しいので離して頂けますか?」


相手は大公殿下かつ年上なのに幼い子供に見えてしまう。私のほうが子供なのに。

私の言葉が届いたのは数秒後。ゆっくりと腕の力を緩めてようやく起き上がることができた。

固まった身体を伸ばし「よく眠れましたか?」と問いかけるも返答はない。

アレス様もゆっくりと身体を起こしたものの、まだ頭が働いていないようで呆然としている。


「お水でも飲みますか?」

「…」

「その前に目を覚まさないといけませんね」


私も顔を洗いたい。あのまま寝てしまったから髪の毛だって乱れてる。

アレス様が寝惚けている間に私も身なりを整えないと恥ずかしい。

居心地よかったソファから立ち上がり、彼の両手に自分の手を添えて強引に立たせる。

彼は素直に私に従い、ふらつきながら後に続いてくれた。


「おはようございます、お嬢様」

「おはようロッツ。色々聞きたいことがあるけどその前にアレス様をお願いしてもいい?」

「はい」


温室から出るとロッツがいたのでそのままお願いした。

まだ会って三回目だけど、普段の姿からは想像できなかった。


「お嬢様ぁ!」

「おはようレイ。朝早くから申し訳ないんだけど入浴準備をお願い」

「わかりましたぁ!」

「ついでに何があったか色々教えて」

「了解でぇす」







「魔法で防御壁を張っていたから起こせなかったとは…」

「もぉほんっと大変だったんですからぁ!」


温室でお喋りするから席を外すよう言われたロッツ達は大人しく仕事に戻ったり、外で待機していたらしい。

夕方になっても出てこないから不思議に思って中を覗くと二人揃って寝ていたので、さすがにまずいと思って起こそうとした。

でもアレス様が「癖」で防御壁を張ってしまい、誰も起こすことができずそのまま…。

私の家には「体調が悪くなって泊まる」と連絡してくれたらしい。それなら大丈夫かな?魔力を吸いすぎて気分が悪くなったと言えば納得すると思う。


「寝るときに防御壁を張るなんて戦場は本当に恐ろしいところね」

「違いますよぉ。多少でもいいから魔力を使用していないと寝れないからです」

「なるほど」


入浴を済ませ、レイに髪の毛を乾かしてもらいながら大体の展開を理解できた。

それにしても癖とは言え、睡眠中も魔法を扱えるなんて本当に凄い方だ。

私も少ない魔力でそれなりに器用なことはできるけど、睡眠中はどうするこもできない。


「大変でしたけどお嬢様のお世話ができて嬉しいですぅ。ようやくお部屋もできましたし、いつでも遊びに来て下さぁい」

「勿論。ただ素敵すぎて私には勿体ないけどね」

「そんなことありませんよぉ。お嬢様は太公妃になるお方ですからあれぐらい普通でぇす」


今いるこの部屋もアレス様が用意してくれた部屋で、レイ曰く「着替えるだけの部屋」だそう。

ドレスルームと言われるだけあって他の部屋より狭かったけど、別の扉を開けるとたくさんのドレスが用意されていて驚いた。

どうやらこれもアレス様が用意してくれたらしいが、数が多すぎる…。

確かに綺麗で豪華なドレスばかりだけど普段使いには難しそう…。目は奪われるけど。

その中でもシンプルな白のドレスを選ぶもレイからは不評だった。動きやすくて好きなんだけどなぁ。

そんなやりとりをしながら他愛もないお喋りを続けていると、外から誰かが走って来る音が耳に届く。

レイと顔を合わせると一瞬眉をしかめたが、すぐに誰か気づいて扉へ近づく。


「シルッ!」

「アレス様?」


足音の主はアレス様だった。

どうやら入浴が終わったらしい。しっかり目が覚めたんだろう。

レイが扉を開けると勢いのまま私に駆け寄り、両手を握って泣きそうな顔を浮かべる。


「折角遊びに来てくれたのに寝てしまって悪い! しかもあんな場所でシルを寝かせてしまって…! ああもう最悪だッ」


今までとは違う口調と声色に少し驚いたけど、テュールお兄様を思い出して少し親近感が湧いた。

そんなことを考えている間にアレス様は色々と謝罪をし続けている。その姿に何だか面白くなって思わず笑ってしまった。


「ああ…呆れられても仕方ねぇよな…」

「アレス様。口調も変わってますよ」

「ッわる、ちがっ! じゃなくて…も、申し訳ありません…」

「どちらも気にしないで下さい」

「いやそう言うわけにはいかねぇ…じゃない! とにかくすみません…」


王弟殿下でもあり、軍神とも唄われる帝国の英雄は「魔力過剰症」に罹っていたとしても完璧な人間なんだろうと思っていた。

実際出会った頃から今までの言動や行動は丁寧だったし、とても優しかった。


「無理に言葉を直さなくても構いません。テュールお兄様で慣れていますし、楽に接してくれると私も嬉しいです」


だってこれから結婚するんですもの。無理するのではなく、楽でいてほしい。

添えていた手を少し握ると過剰に身体が飛び跳ねてたが離すことはなかった。


「それでもシルの前ではできる限り丁寧に接したい」

「ありがとうございます。私は素のアレス様が知れて嬉しいです」


そう答えると少しだけ顔を赤く染めて「解った」とだけ答えてくれた。


「昨日は申し訳ありませんでした。シルに触れられると気持ちよくなったようで…」

「それはよかったです。少しでもアレス様の身体を癒すことができて光栄です」

「あんな意識を手放して寝たのは初めてで、起きたあとも当分脳みそが働かなかった…」

「疲れていたら誰でもああなります。私も体験したことありますし、まだ寝たいって気持ちが残りますよね」

「ああ、本当にその通りだ。まだ身体が怠い気がする」


レイに促され、一緒に朝食を摂りながら会話を続ける。

昨日と比べると食事する姿は洗礼されており、彼が皇族であることを見せつけられる。

私もマナーはしっかり学んでいるけどアレス様のように優雅さとはほど遠い。もっと頑張らないと!

気後れしつつも会話はとても楽しかった。

この力があればこれからもアレス様は普通の人間として生きていける。

そう思うと婚約破棄しなくてよかったと思う。


「ああ、それとシルに渡したいものがあったんだ」

「なんでしょうか?」


食事も終わり、そろそろ帰ろうかなと思っていたら小さな箱を取り出した。


「指輪、ですか?」

「魔法契約書だ」

「え?」


魔法契約書は魔法陣が書かれた紙だったはず。

だけど目の前にある指輪はただの指輪にしか見えない。


「魔法契約書と同じ魔法陣を宝石に刻み、そこに契約内容を誓った」

「…」

「そして婚約指輪でもある。これだけは常に身を付けていてほしいんだが…」


魔法陣は魔法に長けている一部の魔導士にしかできない高等技術だ。

それを宝石に刻む?……刻むことってできるの?それに…え、どういうこと?

混乱して固まる私を見てアレス様は笑う。


「これをなくしても契約は守られるから安心してくれ」


固まっている私の手を取り、左薬指にはめる。


「ダイヤは嫌いだったか?」

「いえ…驚いているだけです…」

「言っただろ、魔法には長けているって」


解っていたけどこんなことま出来るとは思っていなかった。

でも婚約指輪は素直に嬉しい。…かもしれない。これでアレス様の婚約者だと実感できる。


「大切にします」

「是非そうしてくれ。それをしている間は俺どころか誰もシルを傷つけることはできない」

「最強の魔道具ですね。アレス様も同じものを?」

「……」

「アレス様?」


何かおかしなことを言ってしまったのか、アレス様は目を見開いて首を垂れる。


「自分の指輪を作り忘れた…」

「っあはは!」


少しお茶目な性格も知れてよかった。

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