人魚⑪
薄暗い館内に青い光が差し込んでいる。
見上げるほどの巨大な水槽の中をゆったりと泳いでいるのは巨大なジンベイザメ。
ほかにもマンタやエイなど複数の魚が泳いでいるが、やはりこの水槽での主役はジンベイザメだろう。
水中に差し込んだ光をスポットライトのように浴びながら悠々と泳ぐ姿は圧巻であり、周囲の人々が足を止めてただじっと見続けてしまうのも理解できる光景だ。
かくいう累たち四人も備え付けの椅子に座り、ほかの人々がそうしているように水槽の中を回遊するジンベイザメを何も言わずにしばらくじっと黙って見つめていた。
「こんな生き物が泳いでるなんて海って不思議っすね」
「気持ちはわかりますけど、狩人ならもっといろいろ見てるじゃないですか」
「そりゃそうだな。ハクのほうがよっぽど珍しいだろ」
「ハクというか四人ともね」
思っていたよりもあっさりとアウラの件が済んだ累たちは、不和を自宅へと送り届けると予定通りそのままこの水族館へ訪れた。
入口からここまでの道中も色とりどりの魚やクラゲなど目を引くものは数多くあったが、やはり目玉となる展示なだけあって累たちはしばらくこの場所にとどまっている。
「なんか思ったより人魚の世界って殺伐としてたなぁ。きれいな海で楽しく泳いでるグリムだと思ってたぜ」
「意外と武闘派だったよね。映画とかと比較するとやっぱり現実ってそう綺麗じゃないんだなぁ」
「結局はグリムですから」
「物語とは違う……あ、呼ばれた」
累の声に全員が立ち上がって向かったのは併設のレストランだ。
ジンベイザメの泳ぐ巨大な水槽を眺めながら食事ができるので、到着してすぐに受付をしてようやく順番が来たというわけだ。
「眺めはさっき座ってたところとあんまり変わらないですね」
「そういうこと言わない」
「そうっすよ。ご飯食べながら見られるだけプラスじゃないっすか」
「で、何食べるよ。へー酒もあるじゃん」
「おすすめはカレーみたい」
「ジンベイザメをイメージした青色カレーっすね」
「すげぇ食欲が湧かねぇ色だなおい」
「せっかくだから私はそれにしますけど」
フィズにつられてじゃあせっかくだからと全員がカレーと飲み物を注文した。
「……別々の注文をしてシェアすればよかったのでは?」
「ちょっと思ったっす」
「もう手遅れですけどね」
「もしカレーがまずかったら逃げ場ないよな」
もうちょっとチームワークを強化したほうがいいのかもしれない。
これは店長としての課題だなと頭のメモに書き留めると、フィズとルシアンがそろって頬杖をついていることに気付いた。
ついでに雰囲気や表情も鏡合わせにしたようにそっくりだ。
「なんかいまいち乗り切れないですね」
「わかるわぁ」
「「あー」」
フィズの言葉に累とハクもなんとなく感じていたけど言葉にしていなかったものを当てられ、微妙に肯定したくはないが間違ってもいないので渋々といった同意の声を発した。
「依頼が終わったら気分良く楽しめると思ったんですけどね」
「まだ終わってねぇからなぁ」
「不和さんのこととか考えるとアウラのことも気になっちゃって……」
「これ別のところの観光だったらそうでもなかったと思う」
「そうなんですよ。この水族館に来たのがちょっと……どうしたって人魚が頭をよぎりますからね」
薄暗い館内は水槽を通した青い光のせいで海底の底にいるかのような気持ちにさせる。
そう思えばこそ、海の底で人魚たちが何をしているかを思い出してしまうのだ。
想定外に戦闘民族だったあの人魚たちを。
「ってかあの人魚、不和さんのこと食料って言ってたっすよね」
「確かに」
「人魚ってグリムとか人間を食うのか?」
「どうなんですかね。でも普通に考えるとグリムって人間とかほかのグリムを食べますからね。私たちが食べないだけで別に不思議じゃないような」
「あー人魚のイメージがどんどん崩れるっす……」
「狩人が何言ってんだよ」
「夢を持ったっていいじゃんか。妖精の時だって結構ショック受けたのに……イメージと違いすぎる」
「ハクだって吸血鬼っぽくないけど」
そのタイミングで運ばれてきたのは全員分のカレーと飲み物だ。
改めて青色のカレーとジンベイザメを模した形の青色のライスを見るとなかなかのインパクトがある。
「一応写真撮っときますか」
「一応って言ってる時点でだいぶテンション下がってるよね。初日はもっと元気だったのに」
「やっぱり旅行の合間に狩りを差し込んだカザリが悪いですよ」
「お、でも見た目と違って意外とうまいぜ。もっとやべぇ味がすると思った」
「ほんとだ。思ったよりちゃんとカレーの味」
いまいちテンションの上がりきらない状態でもくもくとカレーを食しながらジンベイザメを眺めること数分。
別にこの沈黙が嫌というわけではないのだが、累は思い出したことがあって口を開いた。
「イメージと違うといえばさ」
「なんすか?」
「アウラがあんな風に人魚と一緒に行くとは思わなった」
「あー確かになー。イメージとは違ったよなぁ」
淡々とした様子で人魚たちと海へ帰っていったアウラは不和の別荘で出会った時と印象が違う。
不和を不老不死にしてでも一緒にいたいという執念を感じたのだが、あの浜辺ではそんな雰囲気がないどころかあっさりと別れを受け入れてさえいた。
やはりこうして考えてみてもアウラのちぐはぐな行動の違和感はぬぐい切れない。
「でもアウラが選んだことですからね。私たちがどうこう言うことでもないですよ」
「フィズは変に思わないの?」
「私は思いませんね。むしろこうなるだろうなと思ってましたから」
「え? そうなんすか?」
「そうですよ」
フィズの発言は累も意外だった。
累の感覚からするとフィズとアウラは似た雰囲気だったので、アウラはてっきり不和と離れることを嫌がると思っていたし、フィズもそう考えていると思ったのだが違うらしい。
仮にこれを自分とフィズに置き換えてみれば、フィズは絶対に自分から離れないだろうなという確信が累にはあるので、そう考えるとフィズとアウラが似ていたという感覚も誤りだったのだろうか。
「アタシはさぁ、アウラは不和のじいさんに特別な感情を持ってると思ってたわけよ。だからあんな簡単に諦めるとは思えねぇんだけどな」
「私もそう思ってた」
「……とくべつなかんじょう?」
「嘘だろハク。お前まだわかってないの? 感情を知らない怪物かよ」
「怪物ですよ。吸血鬼ですし」
「そりゃそうなんだけどさ。じゃあ吸血鬼ってその辺が鈍いのか?」
「いや生まれつきだと思う」
「ちょっと馬鹿にしすぎっすよ! 特別な感情って……あれっす。おじいちゃん子ってことっすね」
どう反応すればいいのかわからずもくもくと食事を続け、反応がないことに戸惑っているハクを除いて全員がカレーを食べ終えたあたりでルシアンがようやく口を開いた。
「……まぁいいやそれで。で、この後どうする?」
「イルカショーを見て、あとはお土産見て帰ろうか」
「そうしましょう」
「あれ、なんか自分だけ疎外感感じるんすけど」
「カレー食べ終えてないからだろ。食べろ食べろ」
「え、ちょ、ちょっと待って」
そうしてレストランを後にし、名残惜しいがジンベイザメの前で写真を撮り巨大水槽を四人は後にした。
「フィズは本当にアウラがああすると思ってたの?」
目の前の小さな水槽の中では可愛らしいメンダコがスカートのような膜をぱたぱたと広げて一生懸命に泳いでいる。
そんな深海魚の展示を眺めながら累はフィズへと問いかけた。
「思ってましたよ」
「フィズとアウラは似てるって感じたんだけど」
少し離れた水槽ではキモかわいいとダイオウグソクムシの水槽にかぶりついているハクと、それを嫌そうにしているルシアンが見える。
ハクがかわいいもの好きなのは知っているが、ダイオウグソクムシはちょっと違うんじゃないだろうかと思う。
おみやげであのぬいぐるみを買われたらいやだなと累が思っていると、フィズから予想外の言葉が飛んできた。
「累さんの言う通り私とアウラは似てると思いますよ」
「え?」
「魅了を持ってるところも、考え方もよく似てると思います」
ならアウラのとった行動やそれを予期していたようなフィズの言葉が不思議だ。
累がぽかんとした顔をしているのが面白かったのか、笑いをこらえきれないといった様子でフィズが肩を震わせる。
「ふふ、もし私がアウラの立場だったらどうするかって考えてみてくださいよ。累さんは私のことをよく知っているでしょう?」
それはさっき考えたことだ。
フィズなら絶対に自分から離れないのでアウラのような選択はしないはず、とそこまで考えたところで累ははてと首を傾げた。
視界の端でダイオウイカのはく製にテンションが上がっているルシアンと今度はそれを冷めた目で見ているハクが気になるが、いったんそれを視界から除けて改めて累は考えてみる。
もしフィズだったらどうするか。
まず絶対に何があったとしても海へ帰ったりしないだろう。
何せアウラにとっての不和、つまりフィズにとっては累といることが何よりの幸せなのだから。
もしその幸せを邪魔するものがいるのなら、きっとその存在を許さないに違いない。
そしてアウラの邪魔になる存在とは――
「わかった気がする」
「さすが累さん。私のことをよくわかってくれてますね」
「でもこれさ。いろいろ問題があると思うんだけど」
「そうですね。私は問題を解決できる力がありますけど、アウラはどうなんでしょう。まぁ明日わかると思いますが」
あまりいい予感はしない。
かといってこれを不和に言うのは憚られることだ。
それに狩人は依頼にないなら余計なことをしないのが鉄則だ。
結果として累はあれやこれやと考えることをやめ、とにかく明日考えようと決める。
「店長。そろそろイルカショーの時間っすよ。ここ出て向かったほうがいいっす」
「うん。行こうか」
「いや~結構イルカショーが楽しみだったんだよなぁ。この水族館の主役がジンベイザメならイルカはアイドルみたいなもんだからな」
「そのアイドルイルカですけど、今年で飼育五十年超えるらしいですよ。まさかのおばあちゃんアイドルですね」
「え、イルカってそんな長生きするんだ」
「意外ですよね~」
イルカショーの場所は水族館を出て敷地内の屋外にある。
一行は五十年ショーをしてきたプロイルカにわくわくしながら水族館の残りの展示を早足で見ると、外に出て顔色を急変させた。
「はぁ、マジかよ? 雨降ってるぜ」
「天気予報だと今日一日晴れなのに……これイルカショーやるのかな」
外に出てみれば来た時には快晴だった空が曇天に覆われ、叩きつけるような豪雨が降り注いでいる。
観光客たちも急な天気の変化に空と同じような曇り顔でそれぞれ雨宿りしていた。
「沖縄の天気はざーっと雨降ってすぐ止むらしいですけど、これはどうですかね」
なんとなく累はこの雨が止まない気がしていた。
そしてその勘は当たり、結局その豪雨は翌日になっても止むことはなかった。
もちろん四人はイルカショーを見ることができず、旅行二日目はなんだかいまいちテンションの上がらないまま終わったのだった。
読んでいただきありがとうございます。
面白いと思っていただけたら、ブックマークや評価で応援していただけると嬉しいです。




