人魚⑦
さて、決まってしまったものは仕方ないと全員は車へと乗り込んでいくが、本来は四人乗りのオープンカーだ。
おまけに今は屋根を閉じており、運転席のフィズと助手席の累には関係ないが、後部座席のルシアンが膝に無理やりハクを乗せ、空いた席に不和が座りアウラがその膝の上という形でなんとか詰め込んだというところである。
後部座席が「せまい」「暑い」「ルシアンの胸が邪魔」「鷲掴みにするなよ」「車ってなんて乗り心地が悪いの」などと文句が頻発する中、不和が言っていたように海岸まではそう時間がかからずに到着した。
「よ、ようやく出れた。狭くてあちこちぶつけちゃった」
「人の胸に顔うずめてたくせに何言ってんだよ。クッションになってよかったろ」
「あーはいはい。立派なお胸ですねー」
仲のいいことだ。
ルシアンがぐったりとしたアウラを再び抱き上げ、不和は疲れた顔で「さすがに無理があったか」などと呟きながら車から降りてきた。
駐車場では潮の香りはするが海岸はまだ見えず、どうやらここから少し歩かねばならないらしい。
途中素通りしたビーチでは観光客が楽しんでいたが、この駐車場はそこから離れているせいか停車している車もまばらだ。
とはいえ人がいないわけではないのでアウラの下半身をバスタオルで覆って隠す。
「これで大丈夫っすね」
「ありがとう」
「いえいえ」
「よし準備ができたな。ついてこい。こっちだ」
不和が杖を突きながら皆を先導する。
海岸までの道のりはごろごろとした岩ばかりで足場が悪いのだが、不和はここに何度も来ているのか杖を突きながら器用に先へと進んでいった。
むしろ危ないのはルシアンのほうだ。
「ふらふらとしているけれど大丈夫?」
「だ、大丈夫だって。けど足場が悪いのにあのじいさんよくあんなにひょいひょい先いけるな」
「カイセイだもの。当然よ」
「今の顔……先輩が店長を自慢するときの顔に似てるっすね」
「そうですか?」
足場が悪いせいで少し時間がかかったものの、距離的にはそう遠くなかったのか視界に静かに波を寄せる海が見えてきた。
ほかの開放的なビーチと異なり、ここは小さな浜辺とそれを囲うような岸壁が左右にあり、他から完全に区切られている。
「ここは見ての通りほかのビーチからは見えん。それに入口もわかりにくいからな。観光客はもちろん現地の人間もほとんど知らん。人魚と会うにはちょうどいいだろう」
「これが海の香り」
「そうだ。お前はずっとプールにいたからな。入ってみたらどうだ?」
「ええ、そうするわ。ルシアン、お願い」
海への期待にアウラの瞳が輝いているようだった。
ルシアンがそんなアウラを抱いて浜辺へと近寄りいざ下ろそうと膝をついた瞬間、予想外の所から邪魔が入った。
「マジかよ!」
「ほら言ったろ! すげぇ美人がいるってよ!」
背後を振り返れば肌の焼けた水着姿の男たちが六人。
外見だけを見て判断するならば、周囲の人間に迷惑をかけることを何とも思わないようなタイプに見える。
実際累たちに向かって――特にフィズにだが――欲望を隠しもしない視線を向けてくるのだから、その直感は間違っていないに違いない。
「駐車場からつけてきたんすかね」
「でしょうね」
「めんどくせぇな」
ルシアンはアウラの下半身が見えないよう音たちから遮るように動く。
不和もアウラをかばうように動いているが男たちの視線には入っていないようだ。
最初にフィズ、次にアウラと彼女を抱いているルシアン、そして累とハクと女性陣しか眼に映らないようだ。
「お姉さんたち美人ばっかりだね~俺らと一緒に遊ばない?」
「女ばっかだし出会いも欲しいでしょ? 俺らと一緒に泳ぐのはどうよ」
お決まりの文句だなぁと累は遠い眼をしながらどうしようかと悩んでいた。
当然ながらフィズを前には出せないし、アウラと不和もいるのであんまり乱暴にはできない。
かといってここで梱包用のぷちぷちを潰す以上に無駄な時間を費やしている場合でもない。
なぜならさっさと終わらせて水族館に行かなければならないのだから。
「すぐ帰るから気にしないで」
「そんな寂しいこと言うなって」
「そうそう。それに俺ちっさい子が好みでさ~。可愛がってあげるからよ」
そう発言した男の手が累の肩を掴もうと伸びる。
「あ、まずい」と思った累は男の手を反射的に払い飛ばした。
もし触られでもしたらフィズが怒り狂うに違いないと思ったからだ。
しかし累が男の手を払ったのとほぼ同タイミングで男の左から腹部を狙った蹴りが炸裂し、男の体がくの字に曲がるとそこを狙ったように今度は右手から顎を狙った一撃が決まった。
正確に顎を打たれた男は糸が切れたように崩れ落ち、意識はあるようだがその場でうずくまったまま動かない。
「「「え?」」」
顔を見合わせたのは累、フィズ、ハクの三人だ。
殴られた男以上に驚いている。
「いや私は累さんが危ないと思ったので蹴ったんですが」
「多分そうするだろうなと思ったから事前に手を叩いたんだけど、手というか足出すの早すぎ。ってかなんでハクも?」
「いやー店長に手を出したら先輩が怒って大変なことになるなーと思って手を掴もうとしたんすけど、先輩が蹴るから位置がずれて顎にパンチが入ってしまって……わざとじゃないっす」
「ぎゃははははははは! マジかよ! 三人とも相性いいなぁ!」
三人が揃って驚いているのを見てルシアンが後ろから大声を上げて笑った。
そしてその笑い声で男たちはようやく現状を理解したらしい。
「お、お前ら何しやがる!」
「ふざけやがって!」
「わ、ちょっと!?」
男の一人がハクに掴みかかった。
今度もぶん殴ればいいのに、と思ったのだがハクは自分のことになると遠慮するタイプの人間らしく手を出さない。
代わりに声を上げたのはルシアンだ。
「あ~何やってんだお前ら」
いきり立った男たちに対してルシアンがアウラを浜辺に下ろして静かに立ち上がった。
ルシアンがずっとしゃがんでいたので男たちは気づかなかったのだろうが、ルシアンはここにいる誰よりも背が高い。
おまけに累たち三人に比べれば威圧的な外見で声にも重さがある。
そのせいかルシアンが立ち上がっただけで男たちは怯んだようで、ハクに掴みかかった男も手を放して一歩下がった。
「アタシらが楽しくバカンス中だってのに無駄な時間を使わせやがって。お前らの誰か一人でもアタシらに釣り合うと思ってんのか?」
男たちに近づいたルシアンがハクをぐっと抱き寄せた。
「こいつはアタシのもんだ。それでも手を出すってんなら相手してやるぜ? どうする?」
「う……、や、やめとく。すいませんでした」
「だったらさっさと消えろ」
物理的な圧欲を感じさせるルシアンの一言に、彼らは転がっている男に肩を貸し一目散に逃げ出した。
過去にもこういう経験がないわけでもなかったが、そういう場合はフィズが怒ってもっとひどい状況になったりしたので今回のように丸く収まったのは素晴らしいと累は感心していた。
「やるじゃないですかルシアン」
「うん。驚いた」
「ははは、映画とかで見たのを真似しただけだって。外見だけの根性なしでよかったぜ」
「……ちょっと」
「ん?」
「ちょっと、いつまで抱いてんのって! ってか私のもんって何!? どいうこと!?」
「なんだよ。気に食わなかったのか?」
「え、いやそういうわけじゃないけど……ってか意味わかんないだけど!?」
ハクが真っ赤になって混乱しているのに対してルシアンはおちょくるような顔をしていた。
まぁ外から何か言うことでもないなと累は二人を放置してアウラたちのもとへと歩き出す。
ずっと放置していたけど大丈夫だったろうか。
「ごめん。変なことに巻き込んだみたい」
「いいえ助かったわ。私たちだけだったらもっと面倒なことになっていたもの」
「そうだな。私が間に入るべきかと思ったのだが、君らには不要だったようだな」
逞しいなと不和が心地よさそうに笑っている。
まぁそれくらいでないとグリムが都会のど真ん中で生きていくことなどできない。
旅行中の彼らには苦い思い出になったのかもしれないが、逆に考えればグリム四人に絡んでほぼ無事に帰れたのだから幸運だ。
「でも、カイセイ以外の男性を始めて見たけれど、想像以上に何も感じないものね」
「まぁアレは多分、人間の男の中でもよくない部類だし」
彼らを代表とするのは世界中の男性に失礼だろう。
とはいえアウラは口ではそう言いつつも逃げ出していく彼らの背中をじっと見つめていた。
人魚の本能としてなのか、興味がないわけではないらしい。
「じゃ海に入るわね」
男たちの姿が完全に見えなくなると、アウラはそう言って小さな入り江の中で泳ぎだす。
小さいとはいえあのプールよりもはるかに大きな海だ。
今までは全力で泳ぐこともできなかったのだろうが、ここでなら問題はない。
「気持ちよさそうですね」
「水着持ってくればよかったね」
浜辺は日陰になっているとはいえ沖縄は暑い。
目の前で気持ちよさそうに泳ぐアウラを見れば海に飛び込みたい衝動が煽られるのも仕方がないだろう。
しばらくそうして海で泳ぐのを満喫するアウラを羨ましい気持ちで見つめていると、休憩するように彼女は近くの岩場へと腰かけた。
「どうだ。気持ちよかっただろう」
「ええ。本物の海はやっぱり違うのね。初めてだったけど、懐かしさがあったわ」
不和は嬉しそうだ。
これで少しでも人魚たちと過ごすことに前向きになってくれればと思っているに違いない。
「でもカイセイ。それとこれとは別の話よ。人魚たちと話してみないと彼女たちと過ごせるかはわからないわ」
「あ、うむ。そうだな」
相変わらずの圧のある笑みに不和が気圧されたように一歩下がり、そこにようやく落ち着いたらしいハクとルシアンが合流した。
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