人魚⑥
フィズたちには事前に伝えていたことだが、不和はアウラが人魚の女王だと知り当然のことだが驚いているようだ。
しかし当の本人であるアウラの表情は変わらない。
「アウラは気づいてた? 自分が女王だってこと」
薄い笑みを浮かべたままのアウラに累がそう問いかける。
表情の変化がないこともそうだが、まるで一切同様した点がないのはアウラが今話した内容を事前に知っていたとしか思えないからだ。
そしてそれを肯定するようにアウラが笑みを深くする。
「ええ知っていたわ」
「そ、そうなのか? なぜ私に話してくれなかった。それならすぐに人魚たちのもとへ連れて行ったというのに」
「隠していたわけではないのよ。ただそうだろうとは思っていても、自分が女王として生きていけるかどうかは別の話でしょう? それに私は女王として生まれたけれど、私の誕生を見てもいない一族の人魚が本当に受け入れてくれるかどうかはわからないもの。だから不安で話せなかったの。ごめんなさいカイセイ」
「いや、謝らなくてもいい。不安に思うのは当然のことだ。しかしいつまでもこのままというわけにもいかんだろう」
「このままではいけないの?」
不和が意表を突かれたように驚いた顔を見せた。
まるで考えていなかったというような顔だ。
「私はこのままでいいと思っているわ。カイセイと私。ここで一緒に幸せに暮らしているでしょう? 何も変える必要なんてないわ」
「それは……いや、お前は人魚だ。この小さなプールにずっとというわけにもいかんだろう。それにお前がいなければその人魚たちは滅ぶという話じゃないか」
「私とカイセイはその人魚たちと会ったこともないじゃない。なぜ気にする必要があるの?」
「なぜって……」
不和が一瞬助けを求めるような視線を累たちへと向けた。
しかし累たちから言えることなど何もない。
そこへさらにアウラが言葉を投げかける。
「私はここにいるのが幸せなの。幸せならずっとここにいればいいでしょう? 幸せな今を無理に変えれば不幸せになってしまうもの」
「アウラ……」
不和が困りつくしたように声を絞り出す。
しかしアウラはそんな不和に対して変わらぬ笑みを向けるだけだ。
ある意味では圧力にさえ感じる笑みを。
「あのさ、アタシも似たような立場だったから少しわかるんだけどよ。不和のじいさんはもういい歳だし、あんたには人魚として仲間たちと幸せになってほしいんじゃないか? 今が幸せでもここでずっとってわけにもいかねぇだろ。人間と人魚じゃ寿命が違うしな」
ルシアンの言葉にアウラが視線を不和から累たちへと移した。
その端正な顔から笑みが消えており、無表情だが不機嫌になったことは感じられる。
「ルシアン。あなたの言うこともわかるわ。でも私が人魚たちと生きていくことを選ぶことが幸せにつながるとは思ってほしくないわ。不幸せになるかもしれないでしょう?」
「まぁ、そりゃそうだけどよ」
「カイセイがいなくなることが問題だというのなら、累と同じになればいいのよ」
「え?」
不意に名前を呼ばれて累が疑問の声を上げた。
「ねぇフィズ。あなたの魔術でカイセイを屍人形にはできる?」
予想もしていなかった提案に驚いたのは累だけではなかったようで、不和は目を見開いて硬直している。
今聞いた言葉を理解するのにずいぶん時間がかかっているようで声すら上げられないようだ。
対して問いかけられたフィズの反応は実に早かった。
「無理ですよ」
「なぜ?」
「累さんは特別だからです。器になる人形の作成にはとてつもなく長い時間が必要なんですが、そのおじいさんのためにそんな時間をかける気にはなれないですから。単にアンデッドとして蘇らせてほしいってことなら簡単ですけど、それだとあなたの望んだ形にはならないと思いますよ」
「そう、それは残念ね」
心の底から落胆したようにアウラがプールの底へと沈んでいく。
不和はようやく状況を理解したようで、この話がなくなったことに安堵したのか、自分を落ち着かせるために深呼吸を繰り返していた。
「アウラさん。無理やり人間の寿命を延ばすのはやめたほうがいいっすよ。というのも自分はもともと人間だったんすけど、吸血鬼になって歳取らなくなっちゃったんで、この先の長い人生どうしようかって不安に思うくらいなんすから。不和さんの人生は不和さんのものなんすから、勝手にそういうことしようとか考えちゃだめっす。長く生きることが幸せになるとは限らないっすよ」
元人間であるハクの発言には説得力がある。
欲望のある人間の行き着く先が不老不死だとよく言うが、実際に不老不死になってみるとそれはそれで不安に襲われるし幸せとも限らないということだ。
「そうかしら。最初は驚くかもしれないけれど、長く生きればその分幸せなこともたくさん見つけられるはずよ。それにそばには私もいるもの。きっと幸せになるはずよ」
「でもそれを決めるのはアウラさんじゃないっすよ」
「そうね。それは確かにそうかもしれないけれど……でもそんな服を着て、不老不死のあなたはずいぶん楽しそうに見えるわ」
「あ、はい」
「説得力がないわ」
「はい……」
しかしながら全員がかりゆしウェアを着ている現状はタイミングが悪かった。
これで不老不死は幸せではないなどと言って誰が信じるのか。
どうみても楽しんでいるようにしか見えない。
「言ってることは間違ってないと思うけどよ、この格好で言うと説得力ねぇよな」
「そうだね……実際、旅行は楽しんでたし……」
「不老不死のあなたが楽しんでいるのなら、カイセイだって幸せになれるかもしれないわね」
「しかしな、アウラ。私は永遠の命など望んでいない。それは確かだ。だからさっき彼女が言ったように、私が死ぬ前にお前には人魚たちのもとへ戻り、そこで幸せになってほしいと思っている。お前がそのことについて不安に思うことはわかるが、私は人間でお前は人魚だ。一緒に暮らしていくことはできない定めなんだ」
不和はプルーサイドに跪いてアウラの頬に手を触れる。
慈しんでいるのがよくわかる優しい触れ方だった。
「だから頼む。まずはその人魚たちと話をしてみるところから始めてみないか? 彼女たちと話せば明るい未来を描けるかもしれないだろう? お前が不安に思うのなら、その不安が払しょくされるまで私はそばにいよう。だから人魚たちと暮らすことを諦めないでくれ」
「……そんな未来、描きたくないわ」
それでも拒否するアウラに不和が眉を下げる。
しかしまだ彼女の言葉は続くようだ。
「でも、カイセイがそこまで言うのなら、人魚たちと会ってみてもいいわ。話してみないとわからないこともあるものね」
「そうか……そうか! よかった!」
話は無事まとまったようだ。
累がさりげなく時計を見ればまだ十時過ぎだ。
これならば水族館に十分に間に合うしレストランの予約も何とかなるだろう。
イルカショーだってちょうどいい時間になるはずだ。
「話はまとまったみたいだから、私たちはこれで――」
「ああ、ありがとう。それじゃあ早速人魚たちのところへ向かいたいので手伝ってくれるか?」
「ん?」
もう帰ろうかとお暇のあいさつをしかけたところで話の流れがおかしいことに累は気が付いた。
「手伝う? 何を?」
「アウラを車まで運んでくれ。見ての通り私じゃ無理だからな」
「あー、まぁ、それくらいなら?」
ちらっとフィズたち三人を見ると、まぁそれくらいならいいんじゃないかという顔をしている。
確かに不和がアウラを抱き上げるのは無理があるし、車に乗せるくらいまではやってあげてもいいだろう。
「お願いするわ」
アウラがプールサイドに座りながら両手を差し出してくるので、代表してルシアンがアウラを抱き上げた。
「思ったより軽いな」
「運動しているもの」
「確かにそうだな。で、車ってのはどこにあるんだ?」
ルシアンの問いかけに不和が不思議そうに目を丸くした。
「何を言っとるんだ? 外に止めてあるだろう?」
「外って私たちの車しかなかったっすよね? 不和さんの車もあるんすか?」
「いや私は運転せんよ。普段の移動はタクシーだ」
「あ、じゃあタクシー呼ぶんすね」
「呼ぶわけないだろう。アウラを乗せたら大騒ぎになる」
なんだろう。
話が絶妙にすれ違っている気がする。
あまり聞きたくはないがはっきりさせないといけないなと累が意を決して問いかけた。
「車に乗せるって、誰の車に?」
「君らの車に決まっとるじゃないか。四人乗りのようだが、まぁ詰めればぎりぎり六人いけるだろう。海はすぐそこだしな」
「なるほど……つまり私たちも一緒に人魚に会いに行くと」
「さっきからそう言っとる」
不思議だ。
調査報告をするだけだったはずなのにいつの間にかアフターフォローまで発生している。
これはもしかしてアウラが人魚として生きていけるようになるまで世話をしないといけないのでは、ということに気が付き累は救いを求めるようにフィズへと視線を向けた。
しかしそこにあったのはフィズの悲しそうな瞳だ。
朝食時に「ジンベイザメの前で一緒に写真を撮りましょうね!」などと楽しみにしていた彼女の面影がどこにもない。
思わず累も悲しげに眉を下げたところでアウラから声がかかった。
「さぁ行きましょう。ところで車というのは何かしら?」
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