人魚⑤
翌日、累たち四人は不和の別荘へと車を走らせていた。
「昨日のあぐー豚のしゃぶしゃぶはおいしかったですね」
「最後の雑炊もおいしかった」
「おいしかったっすけど、先輩のかりゆしウェアが気になって食事に集中できなかったっす」
「そんなこと言ってハクだって最後は酒飲んで楽しそうだったじゃんか」
「あれは泡盛が思った以上に強かったから!」
「累さんは二日酔い大丈夫ですか? 普段次の日つらそうじゃないですか」
「今日は大丈夫。昨日セーブしたから」
昨日はスロージアとの会話が終わった後、ビーチで日が暮れるまではしゃいでから予約していた店へと行き、そこであぐー豚と沖縄の海産物に地酒である泡盛に舌鼓を打ち、再び宿に戻って今度はプールで深夜まで騒いだというわけだ。
普段深夜まで仕事をしているせいなのかグリムだからかそれとも旅行でテンションが高いからか、かなり夜遅くまで騒いでいたのによくみんな元気だなと累は少し感心していた。
ちなみに今日の予定は午前中に不和と会って話をし、そのまますんなりと話が済めばジンベイザメを見に水族館へ向かうつもりである。
「イルカショーは何時からでしたっけ?」
「午後だと一番早いのが十三時半っす」
「昼飯も食いたいしさっさと話を終わらせたいよな」
すでに全員が水族館でジンベイザメとイルカショーを見る気満々なのであまり午前中の予定を伸ばしたくはない。
それにその水族館ではジンベイザメを見ながら食事ができるレストランがあり、そのレストランはかなり人気なので早めに行って予約をしたいところだ。
あんまり遅すぎると混んで昼食がかなり遅くなってしまう。
「すんなり終わるといいけど」
「え? でもスロージアさんからの話を伝えるだけっすよね? 女王だから問題なく人魚のもとへ戻れるって」
「そうだけど、こういうときって思ったよりすんなりいかない気がする」
「なんだよ今日はハクより店長のほうが後ろ向きだな。旅行でやりたいことはまだまだあるし気合い入れてこうぜ」
気合でどうにかなるのだろうか。
とはいえ累だって旅行の最中なのだから、依頼などさっさと終わらせて何も気にせず楽しみたい。
しかし狩人としての勘なのか、どうにも今日は水族館に行けないような気がするなと浮かれた三人を少し遠い目で見ながら車に乗ること三十分。
不和の別荘へと一行はたどり着いた。
「宿より小さいなんて言ってましたけど、結構立派な別荘じゃないですか」
「確かに」
累たちの宿は平屋なのだが、不和の別荘は二階建てだ。
それに海から多少離れてはいるが、二階からは海が一望できるようで立地もかなりいい。
今はもう退職しているだろうが、歳を取る前はかなりの高給取りだったのではないだろうか。
「よく来てくれた。さぁ入ってくれ」
おそらくずっと待っていたのだろう。
車の音を聞きつけたらしい不和がインターホンを押す前に現れた。
別荘内に足を踏み入れればリビングは二階まで吹き抜けであり、足の悪い不和のためか小さめのエレベーターまで完備されている。
壁に飾られたいくつもの写真にシンプルな内装はこの間の某金持ちと比べて格段にインテリアセンスが良かった。
「いい別荘っすね。なんだか落ち着くっす」
「ありがとう。そこに飾られている写真は私が若い時に各地で撮ったものなんだ。日本のものもあれば海外のものもある。もともとそういった写真で生計を立てていたのでな」
「写真家ってことですか?」
「そうなるな。私は好きなことをやっていただけだが、気に入ってくれる人も多くてな。おかげでこんな別荘も持てたというわけだ」
飾られた写真はどれも素人が撮ったようには見えなかったが、まさか不和本人が撮影していたとは。
不和の後についてリビングへと入れば、大き目の棚に高級そうなカメラがしまわれているのが見えたので、おそらくあれで撮ったのだろう。
「海の写真ばっかりだけど、海が好きなの?」
「もともとは海以外にも人や街を撮っていたんだがな。三十台の頃から海に魅了されるようになり世界中を回って海の写真ばかり取っていたよ。自分でもなんでこんなに海が好きになったのかは思い出せんのだがね」
そういって不和は苦笑した。
沖縄に別荘を買ったというのもそういう海への執着心からなのかもしれない。
しかし昼間だというのに暗いリビングだ。
電気もついていないしなんでこんなに暗いのかと累が視線を巡らせればすぐに原因は見つかった。
「君らの話をすぐに聞きたいところだが、まずはアウラと会ってくれるか。あの子も交えて話を聞かせてほしい」
そういって不和はリビングと外を隔てているであろうガラス戸の前へと立った。
本来ならそこから外の明るい光を大いに取り込む設計なのだろうが、今は分厚いカーテンが敷かれて光を遮っている。
不和が近くにあった開閉スイッチを押すとカーテンが横に移動していき、徐々に差し込む外の光とともに現れたのはあのミュージアムで見た人魚によく似た面立ちの女性であり、プールサイドに腰を掛けて水に濡れたアイスブルーの髪を丁寧に整えている最中のようだ。
見ればプールに浸かった部分は足の代わりに鱗で覆われたひれがあり、彼女が間違いなく人魚であることを教えてくれた。
「おお、本物の人魚だ」
「綺麗な人」
そんな彼女はこちらに気が付くとニコリとほほ笑む。
船乗りが魅了され海に沈んでいったという伝承も理解できるような魅力的な笑みだ。
ただなんだろうか。
こんな笑みをどこかで累は見た覚えがあったのだがそれが思い出せない。
妙な違和感に答えが出る前に、不和はガラス戸を横にひいて累たちをプールサイドへと招き寄せた。
「カイセイ。その人たちが昨日言っていた人かしら?」
「ああ。お前と同じグリムだ」
「グリム……そういえば私たちはそう呼ばれているんだったわね。あまり綺麗な響きではないけれど」
嫌なことを我慢するときに小さく息を吐くような感じで、ふうとアウラはため息をついた。
彼女はこちらに背を向けるようにプールサイドに座っていたが、一度プールに潜ると今度は反対側のプールサイドから現れる。
どうやらこちらを真正面から見るために移動したようだ。
「私はアウラよ。見ての通り人魚だけど、生まれた時からここにいるわ。だからあまり外の世界に詳しくないの。あなたたちのことも教えてくれる? できればどんな……そう、どんなグリムなのかも教えてくれると嬉しいわ」
会った時から変わらぬ薄い笑みを浮かべたまま、彼女はそう問いかけてくる。
アウラが言った通り下半身は魚であり、髪と同じ色の鱗が光を綺麗に反射していた。
ミュージアムの人魚と違って上半身は白のラッシュガードを着ているが、これはおそらく上半身裸でいられては困ると不和が購入して着せたのだろう。
あるいはここで育ったということなら人魚が通常服を着ないということを知らずに、人間のように服を着るのが当たり前だと思っているのかもしれない。
さてアウラの問いかけに誰から答えるかと四人が顔を見合わせると、アウラがハクのことを指さした。
ハクから答えろということらしい。
「えっと自分は米沢ハクっす。吸血鬼っすね。ああ、血を吸ったりしないから心配しなくて大丈夫っす」
「あら有名なグリムなのね。吸血鬼は私でも知っているわ。でもこんな日中で問題ないのかしら。灰になってしまうのではなくて?」
「いやなんか自分は問題ないんすよね」
「そうみたいね。肌も焼けているし。不思議だわ」
確かに健康的な日焼けした小麦肌の吸血鬼は不思議だろう。
いきなり吸血鬼ですと名乗られたら冗談かなと思うに違いない。
「アタシはルシアンだ。メドゥーサで、あー、魔眼がいくつか使える。自分でもまだよくわかってねぇんだけどな。変異種ってやつらしい」
「魔眼。どんなものがあるの?」
アウラはここ閉じこもっていたからか、ハクやルシアンのことを興味深そうに問いかける。
ただ面白いとか興味があるというよりは、以前カザリに変異種について事細かに聞かれた時のような知識を欲しているような雰囲気だ。
「まーアタシもまだよくわかってねぇんだけどよ。とりあえず石化させたり燃やしたり、あとは傷を癒したりできるな。普通メドゥーサって石化の魔眼しか使えないらしいんだが、アタシは複数使えるから変異種ってことなんだとさ。まだほかにも使えるかもしれねぇけど、いまんとここんなもんだ」
「そう。とても興味深かったわ。ありがとう」
アウラの視線がフィズへと移った。
この二人はお互いに魅了持ちのグリムだからなのか、なんとなく雰囲気が似ている。
とはいえそんなことを言えば本来は魅了を持っている吸血鬼のハクもそこに入るなずなのだが、残念ながらハクが誰かを魅了する姿が想像できない。
「なんすかその生暖かい目は」
「気にしないで」
君はそのままでいいんだよ、と累は優しく見つめたのだがハクには不評だったようだ。
「私はフィズです。カンビオンってグリムなんですけどわかりますか?」
「いえ知らないわ」
「そうですよね。吸血鬼やメドゥーサに比べればマイナーですから。サキュバスやインキュバスの子供がカンビオンって言われるんですよ。普通はその淫魔の間に生まれた子ですけど、私は淫魔と人間の間に生まれた子供ですね」
「そう。だからあなたからは似たような雰囲気を感じたのね。淫魔と人魚。どちらも人を魅了するという点では同じだもの」
「そこのおじいさんも魅了したんですか?」
フィズの言葉に不和が少し驚いた顔をしている。
だが言っているフィズ本人もそんなわけはないと思っているのだろう。
魅了された人間はここまでまともじゃない。
有り体に言ってしまえば様子がおかしくなる。
「ふふ、そんなことはしないわ。それに無理よ。カイセイは人魚にとって魅了が通用しない貴重な人間なの。だから母も私を託したのでしょうね。それにカイセイがつけている指輪は母からの贈り物で魅了や支配、それに呪いを防ぐ魔術具なの。もし仮に私が魅了しようとしても効果はないわ」
だからミュージアムの時も今もフィズの前に立っても平然としてるのかと累は納得した。
短時間ならともかくこれだけ近くにいればバーに来た客のようにフィズへ執着するようになるはずなのに、それがないのでおかしいと思っていたのだ。
ただそれでもフィズが少し本気を出したら魅了されてしまうのだろう。
なにせそのほんの少しの本気の魅了に抗えなくてカザリは苦労しているのだから。
そんな累の考えを肯定するようにアウラがフィズへと釘を刺すように言葉を投げかける。
「ただ、あなたがその気になったらカイセイも魅了してしまうでしょうね。そんなことは許さないけれど」
「しませんよ」
フィズもアウラもニコリとほほ笑むがどことなく雰囲気が悪いのは気のせいではないだろう。
アウラがフィズから視線を外し、最後の累へと問いかけた。
「最後のあなたは?」
「菫野累。屍人形」
「ねくろどーる? 初めて聞くわ。どんなグリムか教えてもらえる?」
カンビオンよりも珍しいのでアウラが知らないのは仕方ない。
さてどう説明しようかと考えながら累は口を開いた。
「死んだ人間の魂を死霊魔術で人形に移し替えてできたのが屍人形。屍人形がどんな機能を持つかは元になった人形を作成した人の腕次第」
「死霊魔術……誰があなたに魔術をかけたの?」
「隣にいる」
フィズを指さしながらそう言うと、アウラの瞳の色が変わったように見えた。
「あなた魔術を扱えるの? ならもしかして、魔女ということ?」
「まぁそうですね。あなたの母親を閉じ込めていた魔女とも友達ですよ」
「そう。そうなのね」
すっとアウラがプールを静かに渡り、プールサイドに頬杖をつくような形でこちらを見上げた。
「私、魔女に興味があるの。母を閉じ込めたのも魔女だからいろいろと話が聞きたいわ」
「それって魔女に恨みがあるってことですか?」
「そんなことないわ。母が魔女に捕まったのは母の問題だもの。それに魔女がいたからカイセイとも出会えた。私の人生に大きく関わったのが魔女だから、単にどういったことができるのか気になっているだけよ」
アウラはそう言って小さく声を出して笑った。
本人が言っている通り恨みなどは特に感じられないので、魔女がどういったグリムなのかが気になっているのだろう。
確かに魔女は他のグリムに比べれば格段に珍しいし、魔女が強力なグリムだというのは理解していても具体的に何ができるのかといえば知らないことのほうが多いに違いない。
「まぁ話し相手になってあげれば?」
「累さんがそう言うなら」
「嬉しいわ。ありがとうフィズ。累」
「それじゃあ自己紹介も終わったことだし、早速だが話を聞かせてもらえるか?」
不和の言葉に累はスロージアから聞いた話を二人へと話した。
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