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人魚④

不和を宿の玄関で見送ったのち、全員は待ってましたと言わんばかりにシャツを脱ぎ捨てダッシュで海へと次々に飛び込んでいく。

焦らしに焦らされただけあって涼やかな海水の気持ちよさは格別だ。


「っはぁ~! きもちぃなぁ~!」

「同感! 正直不破さんと話してる間も海をちらちら見ちゃった!」

「あのタイミングで待たされるのは拷問だよな。しかし海って風呂とはまた別な気持ちよさだなぁマジで――ってうわ、しょっぱ!」

「あはは! 海水だから当たり前だよ!」


といった感じでハクとルシアンもかなり我慢していたのか大騒ぎしている。

フィズと累も最初は一緒になってはしゃいでいたが、このままやるべきことを忘れるのもまずいと今は浮き輪の上でスマートフォンを手にしていた。


「スロージアに連絡ですか?」

「そうだね。忘れないうちに連絡してみる」


ドーナツ型の浮き輪の穴の部分にお尻を入れるようにして座り込んだ累は、ぷかぷかと海に浮かびながらスマートフォンに登録された数少ない連絡相手の中からスロージアを探す。


もともとグリムであるスロージアはスマートフォンを当然のように持っていなかったのだが、ルシアンの件で山梨にいる最中にスロージアとプラムが店を訪れたらしく「なんで店が閉まっているのに連絡をくれないのよ!」と後日言われたので、「じゃあ連絡先を教えて」といったところ次に来店した時にはスマートフォンを得意げに手にして連絡先を教えてくれたという経緯がある。

そんな経緯があったので今回の旅行に出る前にも数日店を閉じるとだけ連絡はしてあった。


「もしもし」

『その謎の言葉は何なのよ』

「え。電話で話すときの挨拶みたいな?」

『じゃこんにちはでよくない?』

「確かに」


なぜもしもしなのか。

そういえば海外だと普通にハローとか挨拶の言葉を使うらしいなと思いだしたところで、別にどうでもいいことだなと累は考えを切り替えた。


「聞きたいことがあって電話をしたんだけど」

『何よ。ってか今どこにいんの? なんか水音? 波音? が聞こえるんだけど』

「海だけど」

『なんでそんな場所にいるのよ。海に行きたかったんなら私たちのところに来ればよかったのに』


言われて思い出したが、確かにスロージアのミュージアムの外は海だった。

ミュージアムの中身が濃すぎて完全に記憶から消去されていたが、あそこはあそこで美しい海だったので遊びに行ってみてもいいかもしれない。

ただなんとなくグリムが潜んでいそうで泳ぐのはちょっと嫌だ。


「ルシアンの歓迎もかねて旅行に行こうって話になって沖縄にいる」

『沖縄?』

「えっと、日本の南のほうのリゾート地みたいな?」

『ふーん。ルシアンってあれよね。あの背の高いメドゥーサ。料理作ってる』

「そうそう」

『それでフィズとハクも一緒に四人でバカンス中ってこと?』

「そうそう」

『ふーん』


なんだろうか。

少しスマートフォンの受話口から冷気のようなものを感じるのは気のせいだろうか。


『私とプラムには声かけてくれないんだ。友達なのに』

「ぉぅ」

『なにその声』


なんだか電話するたびに怒られているなと思って変な声が出てしまった。

累は一度咳ばらいをすると不機嫌そうなスロージアに慎重に説明を始める。


「今回はルシアンの歓迎会だから、店の関係者だけで行こうって思っただけ。仕事仲間との旅行に私の個人的な友達を誘うのもちょっと変かなと思ったし。スロージアだってルシアンと話したことないでしょ?」


実際は誘うことすら頭になかったがそれを正直に言えばどうなるかなど考えるまでもない。

それにルシアンとスロージアはバーで顔を合わせたことはあっても直接話したことはないはずだ。

仮に旅行に誘っても気まずかったのでは、という考えはあっている気がする。


『まぁ確かにそれはそうかもね』


納得してくれたことに胸をなでおろし、累はスロージアに聞かれないように小さくほっと息を吐く。

しかしそれは少しばかり早かったようだ。


『でも声をかけてくれてもよかったと思うけどね』

「んぅ」

『だから何よその声』


ほっとしたところを突き刺されたので変な声が出てしまった。

しかし確かに友達なのだから一声かけてみてもよかっただろう。


ハクはプラムと仲がいいようだし、ルシアンも人見知りしないタイプだからスロージアたちを呼んでもすぐに仲良くできたかもしれない。

そういう意味ではやはり自分が悪いのか、と累はカザリに怒られた時よりも反省した。


「ごめん。友達なのに気が利かなかったね。またこういう機会があったら必ず声かける」

『そうしてくれると嬉しいけど、別に無理に誘えって言ってるわけじゃないからね。ただ、ちょっと、なんとなく寂しかったというか……初めての友達だし、もうちょっとこう、一緒に遊びに行ったりとかさ、そういうのがしたいなとか思ってたところにこんな話聞いたから。……やめやめ! で? その旅行中のあんたが何を聞きたいわけ?』


だんだんとしりすぼみに声が小さくなっていったスロージアが急に大声をあげて話を切り替えてきた。

もう少しスロージアの話を聞いてみたかったが、本人があまり突っ込んでほしくなさそうだったので、ひとまず累は今回の依頼内容をスロージアへ話すことにした。


『へぇ、旅行なのに仕事してんだ。私を誘わなかった罰かもね』

「反省してる」

『アハハ、冗談よ。で、人魚か。しかもその依頼人がうちのミュージアムに来てたなんてね。で、あんまり記憶にないけどミュージアムの人魚から子供を受け取ったって?』


スロージアは不和からミュージアムの感想を聞いて喜んでいたような気がするのだが、やはり記憶にないらしい。

魔女ってやっぱり人間に興味がないんだと納得しつつ、スロージアの質問に対してうんと累は答えた。


『だったら残念だけど母親から話は聞けないわよ。もう死んだから』

「え?」

『言っとくけど私が何かしたとか飼育環境が悪いとかじゃないからね。寿命よ寿命』

「寿命って……」

『そうね。まず人魚ってどういうグリムか累は知ってるの?』


海に生きているグリム。

歌で人を魅了し時には嵐を呼んで船を沈めるなど荒々しいこともするグリム。

その程度の知識はあるが、ここでのスロージアの質問はそういったざっくりとしたことではないだろう。

累の雰囲気を感じ取ったのか、スロージアは答えを聞かずに続きを話し始める。


『まず人魚って一人の女王とその配下の人魚たちで構成されているわけ。女王は子供を産むとその力のすべてを子供に引き継いで死ぬ。配下の人魚たちは新たな女王のもとで生きていく。そういうサイクルが続いているのよ』

「へえ、知らなかった。女王がいるんだ」

『そうね。女王は普通の人魚と違って特殊な力がいろいろあるけれど、一番違うのは子供が産めることね。子供を産めるのが女王しかいないから人魚たちは女王を死ぬ気で守るし、何かが原因で女王が死んだ場合は子供ができずに衰退してそのうち全滅することになる』


全く知らなかった話だ。

これをカザリに話したら事細かに説明させられそうだから黙っておこうと考えながら累はスロージアの話に耳を傾ける。


『女王が子供を産むのは配下を増やすためと、次世代の女王を産むためね。で、次世代の女王を産むと先代の女王は力をすべて託して死ぬの。これがさっき言った寿命って話よ』

「あれ。そうするとミュージアムにいた人魚は元女王で、その子供は現在の女王?」

『そうなるわね。もともと女王を捕獲してミュージアムで飼ってたのは、子供を産んで人魚を増やしてくれないかなって期待してたからなのよ。でも全然子供を産まなくてさ。人魚は魚人と子供を作るって聞いたから魚人とセットで飼育してたのになんでうまくいかなかったんだろ。まぁ、そうこうしてるうちに死んじゃったし期待外れだったなって思ってたんだけど、まさか外に子供を託してたなんてね。捕獲した時にはもう妊娠してたってことかしら』


この話を不和やハクが聞いたらきっと嫌な顔をするだろう。

人魚を飼育や繁殖など、実際には魔女ではないが自身とプラム以外を数段下に見ているのは魔女特有のものとも思えた。

フィズもそういったところがあるのでよく似ている。


『人魚たちが浜辺に集まって歌を歌ってるってことだけど、たぶん自分たちの女王がいることに気が付いてるのよ。女王に戻ってきてくれってアピールしてるんじゃない?』


確かに人魚たちからすると死活問題なのだろう。

スロージアによって女王が連れ去られて破滅の道を歩み始めた人魚たちにとって、新たに現れた女王は一族を救う救世主だ。

だがそう考えるならアウラが人魚たちに拒絶される心配はない。

むしろ女王として迎えられるなら何も問題はないだろう。


「そういうことなら思ったより話は早いね。このことを伝えてアウラには女王として人魚たちと暮らしてもらえばいいわけだし」


これでめでたしめでたしだ。

旅行も問題なく楽しめるし何も問題はない。

あっさり終わってよかったと頭を海水に浸しながら夕暮れの空を見上げていると、累はしばらく待ってもスロージアの返事がないことに気が付いた。


「どうかした?」

『いや、なんでそのアウラって人魚は配下の人魚たちに応えないのかなって思ってさ。だって生まれた時点で自分が人魚の女王だって自覚があるはずなのよね。それに人魚たちが女王を求めて歌を歌っているならそれにも気が付いてると思うんだけど』

「え? そうなの?」

『何か理由があるのかもしれないけどね』


すんなり終わるかと思いきや喉に小骨が刺さったような気分だ。

会って話をしてみなければわからないが、アウラが人魚たちと合流できない理由がほかにあるのであればその対応を考えなければいけないだろう。

しかしいずれにせよ今日考えたところでどうにかなるものでもない。

スロージアから必要な話を聞くことはできたし今日の仕事はこれで終わりといっていいだろう。


「ありがとう。これで明日アウラから詳しい話を聞いてみる。グリムに関する情報が欲しくなったらまたスロージアに相談するかも」

『そう? まぁこんな話でよければいつでも話すけど』

「お礼にお土産を買ってくね」

『楽しみにしてる。じゃあ――』

「あ、ちょっとまって」


電話を切りかけたスロージアを慌てて引き留める。

ひとつ聞き忘れていたことがあったからだ。


「人魚の女王は普通の人魚と違うって言っていたけど、具体的な能力はわかる?」

読んでいただきありがとうございます。

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