人魚⑧
「なかなか厳しいよね。アウラさん」
「あー厳しいっていうかさぁ。なんかちょっとなぁ」
「どうかした?」
「いやアタシもじいさんと似たような感じだったけどよ。アウラとアタシじゃ同じじいさんでも向ける感情が違うっていうか」
「感情? 何が?」
ルシアンがわざわざサングラスを外して隣のハクを見下ろしてる。
普段外さないサングラスをわざと外したのは、「こいつ本当にわかってないのか」というアピールに違いない。
「え、何その眼」
「いやハクは鈍いんだなぁって。まぁいいぜ。そういうとこが可愛いしな」
「はぁ!? なにその上から目線! かなり気に食わないんだけど!」
ぎゃーぎゃーとわめくハクの姿は店に来た頃からすると考えられない。
ギブソンとカザリが見たら驚くのではないだろうか。
「仲いいね。あの二人」
「そうですね。思ったより相性がいいみたいです。ルシアンを店に入れて正解でしたね」
「……ふーん」
「あれ、どうしました?」
「いや、意外だなと思って。そういえば気になってたんだけど、ハクの時は一緒に暮らすことにあんなに反対してたのに、ルシアンの時はそうでもなかったのはなんで?」
一応魅了に耐えられるかのテストがあっただけでハクの時のような拒否反応は出なかった。
もっと大騒ぎするかと思っただけに肩透かしを食らったような気分だったが、あの時は夜帽もいたのでわざわざ藪をつついて蛇を出すような真似はせずにルシアンを受け入れたわけだ。
しかし累としてはどうして騒がなかったんだろうとずっと不思議に思っていたのだ
「まぁルシアンの料理はおいしかったですからね」
「それは確かに」
「あとは変異種のメドゥーサなら戦力的には申し分ないじゃないですか。もしもの時のための戦力増強を考えるとありかなって」
協会との関係性を気にしているということだろうか。
魔剣のことを考えればその考えは正しいようにも思える。
ただ夜帽もカザリもギブソンも、ハクとルシアンがそういう風に使われるというのは嫌がるだろうが。
「そんな顔しないでくださいよ。ちゃんと制服を作って店名まで変えたんですから、ピンチになったからってあの二人を切り捨てるようなことしませんって」
「そこは信用してる、ただそんな状況になったらあの二人はどうするかなって思っただけ」
「どうでしょうね。ハクとかは悩みそうですけど、個人的には敵になってほしくないですね」
「私も」
今回の旅行はとても楽しいものだ。
もしフィズと二人だけならそれはそれで楽しかっただろうが、ハクとルシアンがいるからこそ楽しめた部分というのももちろんある。
アウラのように、この幸せな時間が続けばいいのにと思ってしまうほどに。
「あ、そういえばまだ理由があるんですよ。聞きますか?」
「何?」
妙なキメ顔をしているのがちょっと気になるものの、とりあえず累は理由を聞いてみる。
「それは四人の時間が多ければ多いほど、こうやって二人でいる時間が大切に思えるからです」
漫画であれば顔の横にキラっとした星が輝いていそうだ。
だが生憎それを見る累の瞳は冷えている。
「部屋で一緒に寝たりしてるじゃん。結構多いよ二人の時間」
「それはそうですけど! 前よりは格段に減りましたよ!」
「比較すれば前がとてつもなく多かっただけで、今も多いよ」
「でも私にとっては大切な時間なんですよ! 少しでもその時間が削れたら大切さが身に沁みたというわけです!」
そういえばハクとルシアンが来てからというもの、部屋で二人になるとやけにくっついてくるなと思ったがそういう理由だったのかと納得がいった。
しかし四人でいるからと言ってそのタイミングのフィズが以前と違ってよそよそしいかというとそんなことはなく、普通にハクとルシアンがいてもべたべたしてくるので、実質前よりも悪化しているのではないかという疑問が浮かんでしまう。
まぁ累からすると別に嫌ではないので構わないのだが。
「ねぇ、来たみたいよ」
アウラの言葉にそれぞれ話し込んでいた四人が揃って視線を海へと向けた。
そこにはまるで映画でサメが美女を襲うときのようなさざ波ができているが、そのさざ波の発生源は幸いなことにサメではない。
サメでなければ何なのかというと隊列を組んだ人魚であり、彼女たちはアウラの前まで泳ぐとそこで上半身を海から出して見せた。
「女王様! ついに私たちのもとへ来ていただけたのですね!」
「なんて美しいのでしょう!」
「母君に似た瞳、素晴らしいですわ!」
「お待ちしていました女王様!」
女王様、女王様と思ったよりも騒がしい。
浜辺に立つ累たちのことなどまるで無視して騒ぐその様は、女王に謁見するというよりも空港に現れたアイドルを迎えるファンのようだ。
全員がアウラに熱狂的な視線を向けており、不安視していたマイナスな感情などどこにも見えない。
むしろプラスの感情が強すぎて一歩引いてしまうくらいだ。
事実アウラは戸惑っているように見える。
スロージアの話では子供を産むのは女王だけという話だったので、つまり彼女たちは全員アウラの姉ということになるのだろうか。
けれどその割には全員の面立ちや髪色は異なり似ている点はないのであまり姉妹らしくない。
人魚の生態はよくわからないなと累が思っていると、そんな彼女たちの中から一人の人魚がすっと前に進み、騒ぎ立てる人魚たちを抑えるように手を上げて見せた。
「気持ちはわかるけれど、そう騒いでは女王様が戸惑ってしまうわ。いったん冷静になりましょう」
立ち振る舞いや雰囲気から彼女たちのまとめ役のような立場らしい。
人魚たちが抑えきれない興奮を無理やり抑え込んで静かになったのを見届けると、その人魚はアウラへと向き直って頭を下げる。
「お騒がせしました女王様。皆こうして会えることを待ち焦がれていましたので、少々興奮して取り乱してしまったようです。何分先代の女王様の行方が知れず、このままでは一族が滅亡すると覚悟していた時にあなた様の存在を知ったため、ついに出会えたこの喜びは闇深き深海に光が差し込んだような想いだったのです。まさに女王様は私たちにとっての希望の光。こうして出会えたことに心から感謝しております」
代表の人魚がそう語って深々と頭を下げれば、後ろに控えた人魚たちも続くように頭を下げた。
それを岩の上から見下ろすアウラはまだ驚いているのか、出会った時から張り付けていたような笑みがない。
「顔を上げて。それから私はアウラよ。女王様、なんてつまらない呼び方じゃなくてアウラと呼んでほしいわ」
「アウラ様、ですか?」
人魚たちが戸惑ったように互いに視線を交わしている。
何が不思議なのだろうか。
「あなたたち、名前はないの?」
「私たちは女王様のしもべです。名はありません。女王様もその肩書がこの海原で唯一のものですので名はないのが普通です。先代の女王様も名はありませんでした」
「そうなの」
悲しい生き物なのね、というアウラの呟きはさざ波に紛れて人魚たちには聞こえなかったに違いない。
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