人魚②
見上げれば変わらず空は青いし国際通りは観光客で賑やかだ。
しかしカザリと話す前と後ではなんだか景色にフィルターがかかったように遠く感じてしまう。
沖縄にいるはずなのにいつもと同じ五反田にいるような気分だ。
「いや、落ち込むのは早い。さっさと片付ければ好きに遊べる」
旅行日程は三泊四日であり、夜帽がたくさんお小遣いをくれたので夕食の店やダイビングなどのアクティビティもすでに予約済みだ。
狩りの内容にもよるが早く済ませられれば予約を取り消すこともなく旅行を楽しめるに違いない。
まず今日はのんびり楽しみ、明日狩りをさっさと終わらせようと決め、累は明るさを取り戻した顔で店の扉を開く。
「あ、累さん電話終わりました? カザリは何の話だったんです?」
フィズの言葉にハクとルシアンもひょこっと店奥から顔を出した。
「その話はあとでするけど、その柄は何?」
「あぐー豚柄ですよ。この豚ちゃんが可愛いんですよね」
フィズが着ているのは可愛くデフォルメされたあぐー豚が、しゃぶしゃぶを食べている柄のかりゆしウェアだ。
確かに豚だけにフォーカスするなら可愛らしいが、そこにしゃぶしゃぶが入るとそれは共食いなのではと思う。
今回の旅行でもあぐー豚のしゃぶしゃぶを食べる予定だが、そのかりゆしウェアを着たフィズを見ながらしゃぶしゃぶを食べるのは非常に気まずい。
まぁ可愛らしい柄なのは確かなのだが。
「みんなもう選んだの?」
「はい。今はちょうど累さんのかりゆしウェアを選んでたところです」
「ハクは……それ何の柄?」
「これはジンベイザメ柄っす! やっぱり沖縄といえばジンベイザメっすよ」
確かに沖縄にはジンベイザメを飼育している有名な水族館が存在する。
世界最長の飼育記録を更新中であり、巨大な水槽で泳ぐジンベイザメを見ながら食事もできるという人気スポットだ。
今回の旅行でも訪れる予定であり、そんなジンベイザメ柄はさきほどの共食いウェアに比べればだいぶ落ち着いた柄でハクにもよく似合っている。
「アタシは龍柄だぜ。店員に聞いたんだけど沖縄って龍とも関係あるんだってさ。似合うって言われたしいい感じだろ?」
確かに似合う。
似合うがなんというか、有り体に言ってしまえば柄が悪い。
龍の柄が悪いのではなく、それを着たルシアンの柄が悪い。
何せ丸形サングラスに長身で緑の長髪だ。
入れ墨でも入れていれば香港映画でマフィアでもやっていそうな雰囲気である。
「そして今みんなで選んでいた累さんのかりゆしウェアですが、これが似合うんじゃないかと」
フィズが手に持っているのはブサかわといわれるような顔の猫がハイビスカスの花に包まれている柄だ。
とても奇抜である。
「それは、何?」
「イリオモテヤマネコ柄っすね」
「さっきみんなで話してたんだけどさ、店長って猫っぽいとこあるしな」
「猫の顔がちょっと不細工ですが、それが逆に累さんの可愛らしさを引き立たせるという判断です。さぁ着てみてください! ほら早く! さぁ!」
「わ、わかったから」
累の個人的な意見でいえばシーサー柄とかハイビスカス柄とかベターなものでよかったのだが、これまで着る服はすべてフィズに任せてきたし、三人が選んだというのなら間違いはないのだろう。
ちょっと旅行特有のわくわく感が戻ってきた累は受け取った服に早速そでを通した。
「あ~! やっぱり累さんにぴったりですよ~! か~わいい~!」
「いいっすね。店長の無表情とイリオモテヤマネコのブサ顔がいい感じにマッチしてるっす」
「やっぱ三人で悩んで考えただけあるな。こりゃかなりいいんじゃないか?」
「そうかな」
かなりの高評価である。
少し照れつつ累もなかなか悪くないとご機嫌だ。
そうして揃って会計を済ませると店の外で記念撮影をすることとなった。
レンタルしたオープンカーの前に並び、店員に写真を撮ってもらう。
「はい、チーズ」
そうして出来上がった写真はなかなか素晴らしい。
旅行の始まりの記録としては最高の仕上がりだろう。
ただちょっと気になる点としては、共食いウェアを着ているフィズが累に欲情の視線を向けていることと、本人に非はないのだがルシアンの柄が悪く、彼女に肩を抱かれたハクが恥ずかしそうにしているせいでマフィアとその連れの女のように見えてしまうことか。
店員にもいろいろと勘違いされているような気がしないでもないが、とにかく最初の目的は達した。
ひと段落もしたので気は進まないがそろそろ例の話もしなくてはいけないだろう。
「皆さんに悲しいお知らせがあります」
そうして話し始めた悲しいお知らせに、フィズは顔を顰め、ハクは天を仰ぎ見て、ルシアンは俯いてため息をつく。
三人がそれぞれ違う方法で休暇に水を差されたことに対する不満を表したことに、累は強い親近感が湧いた。
そうだよね、休暇中に仕事の話をされたらそうなるよね、と累も含めて全員の心が一致しているのは素晴らしい一体感だ。
しかしながらそう全員の気持ちが一致していても、こればかりは仕方ないという気持ちも同じく一致している。
つまりはさっさと終わらせてバカンスに戻ろうというのが最終的な全員の共通した想いであった。
はたから見れば観光に浮かれた格好をしている女四人が謎の決意に満ちた表情をしている中、累のスマートフォンが再び軽快な音を鳴らす。
見ればカザリからのメッセージだ。
そこに書かれているのは依頼人の住所であり、幸か不幸かその住所はフィズとともに吟味して選んだホテルからさほど遠くない場所だった。
「どうします? 今から依頼人のところに行きますか?」
依頼人の情報を横から覗いていたフィズがそう問いかけてくる。
背後にはハクとルシアンも残念だが仕事をするなら仕方ないか、という顔をしてみていた。
「いや今日は初日だし沖縄を楽しもう。依頼は明日からでいいよ」
「はは! よっしそうと決まれば今日は思う存分楽しもうぜ! まだまだ時間はあるからな!」
「じゃあ自分は首里城に行きたいっす! 観光名所に寄るのは旅行の醍醐味っすからね!」
「それもいいですけど、まずはもう少し国際通りを観光しましょうよ。食べ歩きもしたいですからね」
「確かにおなかへった。ハクのおすすめはある?」
「パンフレットに書いてるのだとアイスにジェラート、サーダーアンダギーにおにぎりサンド、タコスにステーキや沖縄そばも、とにかくいっぱいあるっす」
「全部食おうぜ!」
「それは無理」
あはははっと笑い声が響く。
みんなに笑顔と元気が戻っていいことだと、累はうんうんと頷きながら歩を進めた。
ホテルにチェックインしたらビーチやプールで大騒ぎをするぞ、とそんな話をして盛り上がりながら沖縄の食事を十分に楽しみ、次に目指すは首里城だ。
最後に購入したアイスを手に取に持ったままオープンカーへと乗り込み、一行は国際通りを後にする。
さて次に目指す首里城が一体何なのか、というとこれは沖縄県の前身である琉球王国が建造した城だ。
もともと琉球王国は日本とは別の独立した国家だった歴史があり、その琉球王国が滅亡し日本の沖縄県となったのは明治維新の頃である。
そのため首里城を見ればわかる通り日本とは異なる風土や文化が感じられる。
そんな場所を四人はじっくりと見て回り始めた。
累に過去の記憶はないのでもしかしたらこの首里城も過去に見たことがあったかもしれないが、それでも普段と違った文化や歴史に触れるというのは面白いものだ。
ハクとルシアンも楽しんでいるようで、ぐるりと施設を回り終えればいつのまにか手にお土産をぶら下げている。
累とフィズも二人で写真を撮ったり――フィズは累の写真を撮っているわけだが――途中にあるカフェでお茶菓子を食べたりと十分に満喫したところで、最後にここでも全員で記念撮影を行った。
途中何度かマナーモードにしたスマートフォンが震えていた気がするが、累は気のせいだと思うことにして次に向かうのは今日の宿だ。
フィズと二人で真剣に吟味しただけあっていい宿をとれたという自信があり、向かっている最中もどんなにすばらしい宿かなと期待が膨らむ。
そんな累たちの宿があるのは沖縄北部だ。
沖縄南部は空港や国際通りがあるため大型ホテルやホテルが所有するプライベートビーチなどが多数存在しており、対して沖縄北部は一棟立ての別荘貸し切りタイプの宿が数多く存在する。
今回累たちが予約した宿も別荘タイプであり、これを選んだ理由はプライベートプールとビーチがついているからだ。
なにせ普通のホテル併設のプールやビーチではフィズの水着姿を見た観光客がどうなるかわからないし、一応自分たちはグリムだからというちょっとした理性が働いたためである。
「見えてきましたよ。あれが古宇利大橋です」
古宇利大橋は沖縄北部にある屋我地島と古宇利島を結ぶ巨大な海橋であり、エメラルドグリーンの海を渡る絶景のドライビングコースである。
「じゃ写真撮るよ」
累がスマートフォンを自撮り棒に取り付け、美しい沖縄の海を背景に記念写真を撮る。
途中カザリからの着信が画面に出たものの、全員がそろって何も見なかったという顔をしてここでの記念撮影も完了だ。
向かうはいよいよ宿である。
「しかし暑いっすね」
「沖縄だからなぁ」
普通なら車に乗っていればエアコンで暑さとは無縁でいられる。
しかし四人が乗っているのはオープンカーだ。
直射日光でじりじりと焼かれれば暑いし、普通は最初にバカンス気分を味わったら屋根を閉じてエアコンの涼しさに身を任せるだろう。
「あとちょっとですから我慢ですよ」
しかしこうして暑さに苦しめられながらもオープンカーとして走り続けるのには理由がある。
とてもくだらない理由ではあるが、そのためならばと四人は汗を流しながら――累は人形なので汗をかいていないが――我慢しているわけだ。
そんな苦行ともいえるような時間を絶え、ようやくたどり着いたのはビーチと隣接しながらもほかの住宅からは隔絶された大き目の別荘だ。
駐車場に停車するなり全員が示し合わせたように動き出す。
「つきました~!」
「お疲れ。先輩」
「チェックインしてくる」
「荷物は自分が持ってくっすね」
ハクが取り出したのは累とフィズがいつも狩りに持っていくバックパックだ。
オープンカーを予約するときに四人分の荷物が載せられないのではという話になり、だったらこのバックパックに全部詰めればいいやという結論に達したからだ。
バックパックの中身を整理していないので前回利用した斧やボウガンと一緒に全員分のキャリーバッグが詰められている。
そうこうしているうちに累はチェックインを済ませ、さっそく自分たち専用の別荘の扉の鍵を開いた。
そこに広がっているのはまさしくリゾート地に建てられた最上級の別荘にふさわしい光景だ。
白を基調とした清潔感あるリビングに、玄関からまっすぐに視界に映る大空と青い海、そして白い砂浜。
ビーチへとつながる道にはプライベートプールが併設されており、隣には小さめのジャグジープールも用意されている。
夜はライトアップできるようになっており、しかもこの別荘は隔離されているため食事や酒を楽しみながら深夜まで騒いでも問題がない。
「すっげぇな」
「うわぁ。めちゃくちゃいい宿じゃないっすか」
全員が理想のバカンスに目を輝かせた。
そして声に出さずとも全員の思いは一致している。
何のためにここまで汗をかいて暑さに耐えてきたのかといえば、このビーチで泳ぐために他ならない。
すぐさま全員が水着に着替えるべく準備をはじめ、累とフィズ、ハクとルシアンの二つに分かれて部屋に入り、出てきたときには全員が完全装備状態であった。
「どうですか皆さん。累さんの水着姿は!」
「言わなくていいって」
「可愛いっすよ店長!」
「先輩が選んだのか? 前から思ってたけど先輩のセンスはいいよなぁ」
フィズが自慢する累の水着は黒を基調としたビキニであり、トップはボリューム感のあるフリルが可愛らしく小柄な累とよくマッチしたデザインだ。
カシャカシャと隣で響くシャッター音を無視しつつ――ついでにカザリからの着信も無視しつつ――累が視線を向けたのはフィズの水着だ。
「フィズの水着は私が選んだ」
「どうですか? 累さんが選んだ水着を着られるなんて羨ましいでしょう」
「それ羨ましがるの先輩くらいだからな」
「けど先輩の水着見て思ったっすけど、ほかに人がいなくてよかったっすよ……」
フィズは純白のワンピースタイプの水着であり、腰から足元までをパレオで覆い隠しているがその隙間から出ている生足やボリュームのある胸元が妖艶さを醸し出している。
ハクも言っていたが、しみじみホテルじゃなくて別荘タイプにしてよかったなと累が思うほどで、これがもし観光客の集まるビーチなどに行ってしまえば大騒ぎになるに違いない。
「ハクとルシアンもよく似合ってる……けど、ハクはやっぱりそういう感じなんだ」
「動きやすいっすよ」
「アタシはやめとけって言ったんだぜ? でも強情でさ……」
「服だけじゃなくて水着もルシアンに選んでもらうべきでしたね」
やっぱりと言われたハクが着ているのは競泳水着だ。
肌が焼けているハクが着るとよく似合うのだが、そのままプールでバタフライでもしかねない雰囲気である。
スイムキャップをかぶろうとしていたのでそれはさすがにフィズに止められた。
バカンス気分が台無しになるからである。
「私のことをいろいろ言うけど、ルシアンの水着もどうなの? ほぼ紐じゃん」
「確かに大胆」
「そうですね。私のことを心配してくれてましたけど、ルシアンがいたらそれはそれで人目引きますよねこれ」
「別にアタシは全裸でもいいんだけどな。小屋に住んでた時は暑いとそうしてたし」
ハクの隣に立っているルシアンは四人の中で一番大胆な水着を着ている。
かなり紐の細いビキニであり、スタイルの良いルシアンにはよく似合っていた。
なんだか海外のビーチで寝転んでサンオイルでも塗られているのがイメージにぴったりだなと累は思う。
「とにかく全員準備OKですね」
「よし、行こう」
おーっと声を上げた直後にインターホンが鳴った。
全員が顔を見合わせ誰だろうと首をひねる。
「受付の人っすか?」
「いやここ無人チェックインだったけど」
「まぁいいや。アタシが出る」
どしどしと大胆な水着で胸を揺らしながらルシアンが玄関へと向かい、その扉を開けば立っていたのは腰の曲がった老人だった。
少し前にもこんな風に扉を開いたら老人が立っていたなと累は思ったが、夜帽と違ってその老人は腰が曲がり杖はついているものの、その眼つきは鋭く覇気を感じられた。
「間違い……ではないようだな。後ろのそこの二人。前は世話になったな。私のことを覚えているか?」
ちらりと累が視線を落としたのはスマートフォンに映ったカザリからのメッセージの一文だ。
『電話に出ないからこっちで勝手に調べて場所を教えた。依頼人がそっちに向かったから対応するように』
そんな天国から地獄へと突き落すようなメッセージとともに、バカンス気分絶頂の四人の前へその依頼人は現れたのだった。
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