人魚①
沖縄と一口に言っても色々とある。
沖縄県は首里城や国際通りなどの観光名所を抱える沖縄本島のほかに、世界自然遺産に登録されている西表島やマンタとの遭遇率が高いためダイバーに人気の石垣島、海が美しくマリンスポーツが人気な宮古島など複数の島々が存在する。
どの場所であっても楽しめるに違いないが、それぞれの島ごとに違った魅力が存在するため旅行の際にはよく吟味して選ぶといいだろう。
そんな日本でも有数の観光名所である沖縄に行くと宣言してから約半日後。
状況がまだ理解できていないハクとルシアンを拉致するようにしてやってきたのは沖縄本島にある那覇空港であった。
「流れが速いっす! まだ状況についていけてないんすけど!?」
「ついてきてくださいよ」
「ハクも来たがってたでしょ」
「それはそうなんすけど!」
「都内よりこっちは開放的な雰囲気がするなぁ~。ハクの服もこっちだとより似合って見えるぜ」
「そ、それはどうもありがとう……じゃなくて! なんで急にこんな旅行なんて!?」
混乱しつつも沖縄旅行という事態に興奮しているのかハクの情緒がおかしい。
累はなんでと言われてもな、と思いつつキャリーバッグに寄りかかってハクに答える。
「バーで話したけど、こないだの依頼でストレスが溜まったし、その前に旅行の話が出てたし、ルシアンが入ったから歓迎も兼ねて。あと夜帽のおじいさんから報酬のほかにルシアンにいろいろ見せてあげてほしいってお小遣いもらったから」
「え? 夜帽さんからそんなのもらってたんすか?」
「そう。だからハクも行きたいって言ったし沖縄旅行しようってフィズと決めた」
「もうちょっと事前に相談してくれてもいいと思うんすけど」
「言ってませんでしたっけ」
聞いてないとハクに言われてみれば確かに言ってなかったかもしれない。
「私と累さんのテンションが上がってたので言い忘れたかもしれませんね。まぁいいじゃないですか。そんな細かいことを気にするよりも楽しんだほうがいいですから」
「夜帽さんからのお小遣いってルシアンのためっすよね……勝手に使われてるけどルシアンはいいの?」
「全然かまわないぜ。旅行ってしてみたかったしな。それにアタシさ、実は今けっこうテンション上がってるぜ」
「ノリがいいですね〜ルシアン」
「おう!」
ハクが「いいんだ……」と虚ろな瞳をしているが、少し細かいところを気にしすぎなのだ。
グリムなのだから好きなこと、楽しいことに全力になればいいのにと累は思うのだが、まだハクはグリムになって日が浅いので仕方がないだろう。
とにもかくにもいつまでの空港の片隅で言い合っている場合でもないので次の場所へと向かうべきだ。
「じゃレンタカーを予約してるんで、それで国際通りまで行きますよ」
国際通りというのは正式には那覇国際通り商店街という名前で、県庁所在地周辺にレストランや土産屋など複数の店が密集している地帯のことだ。
那覇空港から車で行けばすぐの場所のため、観光客が沖縄に到着して最初に訪れる場所であり、また最後に訪れる場所でもある。
そんな国際通りを深紅のオープンカーが疾走する。
乗っているのは当然グリム四人組であり、運転をしているのはフィズで助手席は累だ。
後部座席のルシアンは風に髪をたなびかせ、ハクは落ち着かない様子で手に持ったパンフレットと国際通りの店を見比べている。
「じゃあ着きましたし、どこかで車止めて観光しましょうかね」
「何か欲しいものがある人」
「あーあれだよあれ、沖縄についたしまずあのシャツ買おうぜ」
「かりゆしウェアのこと?」
「そうそれ! みんなで買って着ようぜ!」
「山の中にいたのによくそんなの知ってるね」
「一日中暇だったからタブレットで色々調べて知ってんだよ。意外と物知りなんだぜ?」
ハクに得意げな顔をして見せるルシアンの提案はなかなか悪くない。
まず格好から入るというのは旅行の気分を高めるものだし、お土産として持ち帰ればいい思い出にもなる。
ルシアンの提案を採用してまず一行はかりゆしウェアを販売している店を探した。
「ちなみにかりゆしウェアってどういうものなんですかね?」
「アロハシャツみたいなものじゃないの」
「全然違うっすよ! かりゆしウェアはシーサーやゴーヤなど沖縄独特の絵柄で、アロハはトロピカルモチーフな派手な柄っす。そもそもアロハはハワイ語で好意や愛情って意味がするのに対して、かりゆしは沖縄方言でめでたいって意味っす。名前の意味も絵柄も全然違うっす!」
パンフレットを握りしめながら熱弁するハクが少し怖い。
なぜそんなことを知っているんだと誰もが思ったが、それを恐る恐る問いかけたのは隣に座っているルシアンだ。
「そ、そりゃアタシも知らなかったな……すげぇ詳しいけど、なんでそんなこと知ってんだよ?」
「内閣府のホームページにかりゆしとアロハの違いが書いてあったから」
「え、そんなこと書いてあんの?」
「書いてあるの。沖縄に行くってもっと早く教えてくれれば観光名所とか調べたのに……」
「ハクってそういうこと興味あるタイプだったんですね」
「事前調査は大事だって先輩に教わったっす」
ギブソンが教えたのは狩りに関することだと思う、という言葉を累とフィズは飲み込んだ。
とにかく色々調べてくれるならちょうどいい。
ハクの調査によれば、かりゆしウェアを販売しているおすすめの店が近くにあるとこのことなので、フィズはその近くで車を止めてみんなで向かうこととなった。
しかしそこで累のスマートフォンが軽快な音を立て始める。
電話をかけてくる相手は限られているが、そのうちの少ないメンバーは今目の前にいる。
ということは逆算して考えればこの電話をかけてきている相手は一人しかいない。
「カザリですか?」
同じ答えにたどり着いたフィズがそう問いかけてくる。
累は正解といわんばかりにスマートフォンの画面をフィズへと見せれば、その画面を見たフィズがげんなりと口を開けて天を仰ぎ見た。
旅行の最中に見たい名前ではない。
特にこれから店に突入して盛り上がるぞ、というところでこれはない。
「先に店に入ってて」
「しょうがないですね。先に入って累さんに似合うかりゆしウェアを探しましょう。行きますよ」
ぞろぞろと入っていく三人を羨ましそうに見つめながら、累はスマートフォンの通話を開始した。
「もしもし」
『今日はバー休みなのかい? 今店の前にいるんだが鍵がかかっててさ』
「沖縄にいるからね」
『ん?』
「沖縄にいるからね」
『ん??』
聞こえなかったのかなともう一度繰り返せば向こうも同じことを繰り返してきた。
気持ち一回目よりも困惑度が増している気がするがそこは気にしないでおく。
しばらくお互いに沈黙の時間を経て、ようやく口を開いたのはカザリのほうだ。
『なんで沖縄に? 依頼があったのかい?』
「いや旅行」
『ん???』
また沈黙の時間ができてしまった。
正直に話さなくてもよかったなという後悔と、こういう沈黙の時間ができるなら早く観光に戻りたいなという気持ちに挟まれながら待っていると、カザリが再起動して再び口を開いた。
しかし電話越しでもわかるほどに機嫌が悪い。
『あのさ、こんなことは言わなくてもわかってると思うけど君らはグリムなんだよ』
「うん」
『フィズは魔女だし君はそのパートナーで世にも珍しい屍人形だ。それに加えてハクは上位吸血鬼で変異種のメドゥーサまで最近増えた。どれか一つとっても狩人からしたらとてつもなく危険なグリムなんだよ。普通なら現れただけで大騒ぎだ。しかも準特等以上がチームを組んで派遣されるほどのね。でもそうなっていないのは君らと協会が手を組み、人間にとって危険な存在じゃないと私を含めた君らを擁護する協会の狩人がいるからだ』
「感謝してる」
『そう思ってくれているってのに、ここを離れて旅行に行くことに対して私らに事前連絡は一切ないってのかい?』
声に威圧が含まれている。
明らかに怒っているし怒られているのだが、なぜそんなに機嫌が悪いのだろうかと累には理由がわからない。
「だって旅行に行くだけだし。別に悪さするわけじゃないよ?」
『さっきも言ったけど君らはグリムだろう? それも特等クラスの怪物だ。いくら本部の人間がこのグリムは安全だからといっても、いきなり君らがやってきた沖縄支部の狩人が安心するわけないじゃないか。最近じゃ魔剣がらみでグリムへの敵意も増してるんだ。支部の人間だってよく思わないだろうし、下手したらこれ幸いと君らを襲撃するような狩人だっているかもしれない。君らがそこらの狩人に狩られるとは思っちゃいないが、撃退したらそれはそれであとが面倒だろう?』
「まぁ確かに」
『だから事前に連絡をもらって、私らから支部にきちんと説明して、変なことが起きないよう調整する時間をくれてもよかったんじゃないかって話さ』
「なるほど。それは申し訳ない」
『……まぁ、悪気がなかったのはわかってるよ。とにかくこっちから支部には至急状況を説明しておく。君らは協会の依頼で沖縄にいるから手出し無用ってね』
確かにカザリの立場になって考えてみれば、狩人が最も危険視している魔女とその連れが集団で日本中を飛び回る、などとなったら各地との調整が大変なのだろう。
本部がある関東近辺ならきちんと周知できていても、その他の地方となるとそこにはまた別の管理者がいる。
人が多ければそれだけ意識の統一には時間と手間が必要ということだ。
組織というのも大変だし、その中の歯車として動くカザリも大変だなと、今回迷惑をかけてしまったので累は素直に反省した。
とはいえ旅行に来たこと自体を悪いとは思っていないので、今後旅行に行くときは事前にメールでもしておけばいいかと軽く考えている。
カザリの言う事前連絡――旅行場所に日程に人員や移動方法、旅行の目的や行く予定の場所などの詳細な連絡――が累に正確に伝わっていないことに、電話越しで話が伝わったと一安心しているカザリは気づいていない。
『じゃこの後メールするから沖縄で依頼をこなしてもらうよ』
「ん?」
『依頼をこなしてもらうよ』
「ん??」
立場が逆になったことで先ほどのカザリの気持ちが少しわかった。
わけのわからないことを言われると同じ言葉を繰り返されても脳というのは理解を拒むものだということを。
『当然だろう? 事前調整する暇がなかったんだからあとで支部から文句を言われないよう依頼をこなした結果は出してもらわないと。それにちょうど今日君らに話をしに来た件が沖縄の依頼人からでね。もう少し日程をずらしてくれれば協会からの依頼ってことで旅行費はただで沖縄まで行けたのに、残念だねぇ』
「え」
おかしい。
確かに連絡をしなかったという落ち度はあるものの、なぜ楽しい楽しい沖縄旅行がいきなり血なまぐさいハンティングツアーになるのか。
抗議しようと累は口を開くが、カザリのほうが一歩早かった。
『拒否権はないからね。メドゥーサが増えたって話を協会内で納得させるのも大変だって時にこんなことしてくれたんだからさ』
「う、ぬ、ぅ」
『とりあえず依頼の詳細は依頼人から直接聞いてほしいんだが、どうやら過去に君らと会ったことがあるらしい。不和海正って男なんだが、知ってるかい?』
楽しい楽しい旅行が遠ざかりつつある現実がショックすぎてよく聞こえなかったが、しばらく考えてみてもその名前は聞いたことがない。
累は気の抜けた声で知らないと答えると向こうのカザリは不思議そうにしていた。
『そうかい。まぁ依頼人の住所は後で連絡するよ。依頼をこなしたら沖縄で好きに楽しんでもらって構わない。お土産はよろしく頼むよ』
無情にもその一言を最後に通話がぷつりと切れた。
読んでいただきありがとうございます。
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