閑話 店名改めました②
止める暇もない、とはこのことを言うのだろうか。
手を引っ張られながら風呂から上がり、そのままあれよあれよと渋谷まで引っ張られてしまった。
途中それとなく帰ろうよと言ったのだが「どうせ暇だろ」と言われれば予定が特にないと言った手前断れない。
(というかデートって何)
人生で初めてのデートがこれでいいのだろうか。
そもそもデートは何をするものなのだろうか。
不安と葛藤と妙な緊張感に包まれながらハクが連れてこられたのはその景色が観光名所にもなっている渋谷のスクランブル交差点だ。
周囲を見渡せばおしゃれな服を着た男女に、観光に来たであろう外国人が交差点周辺で記念写真や動画を撮影している。
「ここ一度来てみたかったんだよ。映画に出てきたことがあってさ。その時から気になってたんだよな」
「ふーん」
ハクは話題の映画などを見るくらいなのでルシアンほどに驚いたりすることはなかったが、そういえば前にオリンピックのセレモニーでこの場所から土管に飛び込んだ総理がいたなと思い出していた。
そう考えるとちょっと面白い。
「で、なんでここに来たの」
「決まってんだろ。服を買いにだよ。渋谷はファッションの中心地だぜ? 前から気になってたんだよな~」
「そんなに服に興味があったなんて意外」
「あーいや違う違う。気になってたのはハクの服だ」
「え?」
ハクが自分の服を見下ろす。
いつもと変わらぬ動きやすさを重視したジャージだ。
特に今日着ているのは汗をかいてもすっきりと肌触りのいいお気に入りのジャージである。
「ジャージなんだよな。いつも」
「いいじゃんジャージ。動きやすいし。これスポーツ選手も使ってるいいやつだかから結構高かったんだよ」
「そうじゃなくてさ。なんかずれてんだよな」
何がずれているというのか。
対するルシアンは足の長さがわかるデニムに黒シャツ一枚と、シンプルなのだがモデル体型のせいか着ているだけで恰好が付く。
確かにルシアンと比べればジャージ姿の自分は変かもしれないとハクは現実を受け入れるが、ジャージの心地よさには代えられないという強い想いがあるので別に恥ずかしいとは思わなかった。
「ジャージのことを文句言うなら私も言わせてもらうけど、店の中ならともかくこんな人通りの多い場所でその眼帯は目立つよ。ただでさえ背が高くて人目を惹くんだからさ」
「まぁ、それは確かに言えてるかもな」
周囲の視線を見るにそれがおしゃれだと思って視線を向けているらしい人も若干名いるが、人目を惹くのはグリムという観点からするとあまりよくない。
とはいえハクが気づいていないだけでハク自身もファッションの中心地でジャージ姿なのはだいぶ人目を引いている。
そして二人とも青の髪に緑の髪とことさら目立つわけで、そんな二人が一緒にいるのだから余計に人目を引いていることに二人は気づいていなかった。
「サングラスでも買えばいいのに」
「あっ、じゃあこうしようぜ! アタシはハクに似合う服を選ぶ。ハクはアタシに似合うサングラスを選ぶ。楽しそうだろ?」
「私は別にジャージのままでいいんだけど」
「そうつまんないこと言うなって~。楽しいからさ。な?」
そうハクの肩を抱いてルシアンはスクランブル交差点を歩き始め、肩を抱かれたハクもつられて歩き出すが、その足取りは本人の口調と相反して軽い。
そうして周囲の視線を集めながら、二人は渋谷の人込みの中へと消えていった。
それから時間が経過してその日の夜。
バーカウンターにはサングラスをかけたルシアンが得意げに累とフィズに自慢している姿があった。
「で、そんなこんなでそのサングラスはハクが選んだと」
「その通り。似合うだろ?」
選んだのは丸形サングラスで、スモークの色が濃いのでルシアンが瞳を閉じていても変に思われないだろう。
ちなみになぜハクがこのサングラスを選んだかというと、ルシアンの雰囲気とこの丸形サングラスが、少し前に話題になっていた映画の女スパイによく似ていたからだ。
しかし選んで実際につけてもらうと女スパイというよりは女マフィアという感じだが、それはそれで似合っているので結局これにしたという経緯がある。
「よく似合ってる」
「そうですね。いい感じだと思いますよ」
「だろ? あとでじいさんにも自慢しなくちゃな」
「そこまでしなくていいって」
「あ~いいだろべつに。親友にもらった最初のプレゼントだからな。自慢できるとこには全部自慢するぜ」
うぅっとハクが恥ずかしさか何なのかわからない感情に顔を俯けるのを気にせず、ルシアンは不慣れな手つきで自撮りをしてスマートフォンをいじっている。
夜帽に写真を送っているのだろう。
「で、そのハクの服はルシアンが選んだと」
「ええ、まぁ。そうっす。ジャージでいいって言ったんすけど……」
ハクが着ているのはオフショルダーのカットソーにシンプルなデニムのハーフパンツを合わせたものだ。
頭にはストローハットを乗せ、海辺でも歩いていたら絵になるだろう。
ただ本人は肩や足が出ているのが落ち着かないのかそわそわとしている。
「動きやすい服がいいって言うからさ」
「これは動きやすいとはちょっと違うよ!」
「でも似合ってると思いますけどね」
「ジャージしか見たことなかったけど、いいと思う」
累とフィズにそう言われ、ハクはうぐっと呻きながら顔を赤く染めた。
かぶっていたストローハットで顔を覆い隠しているのをけらけらとルシアンが笑っている。
「動きやすいなら狩りの時もその恰好でいいんじゃないかな」
「ダメっすよ! 狩りはジャージでって決めてるんすから! これは、まぁ……休みの日とかに着るっす」
「なんで狩りはジャージなんですかね。私と累さんがびしっと決めてもハクがその恰好だとバランス崩れるんですよね。こないだみたいに」
「ジャージは運動するための服っすよ。いわば戦闘服っす」
そこだけは妙にこだわりが強いらしいハクにフィズがため息をついて見せた。
「まぁ仕事場で着ないだけマシですけど。ということでアレですね累さん」
「うん」
アレって? とハクとルシアンがそろって不思議そうにしている中、累はカウンターに乗せていた紙袋からあるものを取り出し二人へと手渡す。
「仕事着。四人に増えたしフィズと話してきちんと服を揃えようってことになって」
「つまりこのバーの制服です」
手渡された服を広げれば上下セットになっており、白のワイシャツと黒のベスト、それに黒のパンツだ。
それぞれ色の異なるタイが付いており、ハクは青、ルシアンは緑と個人の髪色に合わせたものとなっている。
特に印象的なのはベストのワンポイントの刺繍だ。
金糸で彩られており、ハクは蝙蝠にルシアンは蛇、累とフィズが取り出したベストにはそれぞれ人形と魔女の帽子が彩られている。
「累さんがデザインしたんですよ」
「自信作」
ふふんと累は得意げだ。
他の人が見たらあんまり表情が変わってないように見えるかもしれないが、ここで濃い時間を過ごしたハクにはわかる。
それくらいにはこの二人との付き合いは深くなったつもりだ。
「ハクはこれを着て、これからはカクテルも作ってもらう」
「え? でも、まだ自分そこまでは……」
「給料上げてほしいって言ったの自分じゃないですか。上げる分は働いてもらわないと」
「ハクは勉強してるしフォローもするから大丈夫」
「……本当に、いいんすか? 失敗するかもしれませんし」
制服を作って仕事仲間として迎え入れてくれたことも、バーテンダーとして客の前に立たせようとしてくれることもハクにとってはとてつもないほどに嬉しいことだ。
しかしそれほどに期待をかけてくれている二人を裏切る結果になってしまったらと、どうしても思わずにはいられない。
そんな不安と自分の情けなさに潰されそうになっているハクを、累の菫色の瞳がまっすぐに見つめる。
「ハクは後ろ向きな分、前へと着実に進むタイプだから大丈夫」
ハクは累の混じりけ一つない澄んだ瞳を見るたびに、心が見透かされているような恐怖を感じた。
だが今はその恐怖よりも自分を信じようとしてくれた彼女への感謝のほうが遥かに強かった。
がばっとハクはその場で頭を下げ、そして勢いよく顔を上げればそこにあったのは決意に満ちた表情だ。
「はい! ありがとうございます! がんばるっす!」
「やったな! ハクがバーテンダーになるならアタシも気合いが入るぜ」
「ありがとう……ルシアンが気合入る意味がちょっとわかんないけど」
「え、なんでだよ。親友だろアタシら」
「あれいつのまにそんな仲良くなったんですか?」
「今日だぜ」
「へーめでたい」
あっさりと累とフィズはそうなんだと受け入れているがハクはそれにちょっと物申したいところだ。
しかし累が紙袋からもう一つ何かを取り出したので、あとで訂正しようと心に決めて仕方なく黙り込む。
「あと店の名前を変えます」
「もともと累さんと私の二人の店だったので、二人の点と点をつなぐって意味で『Grimms line』って名前だったんですよ。でも四人になっちゃったじゃないですか」
「なので単純だけどこうした」
累が掲げたのはドアにいつもかかっている店の看板だが、書かれている店名とデザインが変更されている。
新しい店名は『Grimms Square』。
累とフィズの二つの点だったのものが四つになり、新しい図形を描いたということだろう。
新たな看板にルシアンはサングラスをとって瞳を輝かせ、ハクは嬉しさと不安が半々といった表情だ。
「いいじゃんか! アタシらもこれで正式に仲間入りってことだな!」
「これもし自分が失敗してクビになったりしたらどうなるんすか?」
「真っ先にそういうこと考えるのほんと後ろ向きですね。安心してください。クビになることはないです。死ぬまで。いや死んでも働かせるので」
「終身雇用を超えた永久雇用」
ぐっと指を立てる累に「あれ? これ喜んでいいんだよね?」とハクとルシアンが顔を見合わせる。
なんだか危険な契約になってしまっている気がするが、いずれにせよここのほかに行くところはない。
それにこうして新たな制服、新たな看板、そして新たな店名を聞けばやる気も出るというものだ。
「店長、フィズ先輩、ありがとうございます。自分がんばるっすよ!」
「アタシもだ! 期待には応えて見せるぜ!」
「うん、いい返事です」
「じゃ、準備して」
「おう、開店の準備……って今日休みだよな。明日の準備か?」
「違う違う。荷物の準備ですよ」
話が全く繋がらない。
何の荷物を何のために用意するのか。
「ハクは知ってるでしょ」
「え?」
累になんで知らないのとばかりに言われるが、ハクに思い当たることなど何一つない。
怪訝な顔をしたままのハクに累とフィズのほうが首をひねる始末だ。
「そのために二人で買い物に行ったのかと思いましたけど」
「そうだよね。サングラスも服もそれっぽいし」
「あの、どういう……」
何か大事なことを伝えられていない気がする。
そう思ってハクが問いかけると、累とフィズが揃って取り出したのは水着だ。
「旅行に行きたいって言ってたじゃないですか」
「沖縄がいいって」
いや確かに言ったけども、というハクの言葉は口から先に出なかったが、それでも十分に表情はそれを物語っていた。
しかしながら累とフィズには伝わらない。
というよりも伝わったところで何かが変わるわけでもなかっただろう。
なぜならすでに話は進んでいるのだから。
「というわけで前回の慰労兼ルシアンの歓迎会も兼ねて沖縄に行くから準備してね」
「明日朝一の便なので寝坊しないように」
読んでいただきありがとうございます。
面白いと思っていただけたら、ブックマークや評価で応援していただけると嬉しいです。




