なり損ない⑦
屋上に探していた標的は確かにいた。おそらく子供が変異したであろう小さななり損ないのことだ。
しかしそのなり損ないとともに予期していなかった人物もそこにいた。
白髪交じりの髪に口元から顎にかけて綺麗に整えられた髭が男の印象を紳士的に感じさせるが、額には深い切り傷があり累たちを睨みつける翡翠色の瞳は猛禽類のように鋭い。
初老と言っていい年齢に対して背に一本の筋が通ったような佇まいはよく鍛え抜かれていることが見て取れた。
ここで不審な動きを見せれば瞬く間に間合いを潰され、右手に持ったナイフで喉を刺し貫かれるのではと思うほどに。
「後ろの娘、お前……カンビオンか? ったく若い女がジジイを魅了するたぁなぁ、わざとじゃないかもしれんが首をはねられたって文句は言えんぞ。それに手前のは、なんだ? 外側は真似てるが違うな。お前らここへ何しに来た」
足元にロープで縛ったなり損ないを転がしたまま、男は二人に問いかけた。
なり損ない自体はぐったりとしているが息はまだあるようで、それを確認してから累はフィズをかばうようにしながら男と向き合う。
男からすれば小さいほうが大きいほうを守ろうとしている姿がなんとも滑稽に見えたが、その手に持った血まみれの斧を見れば相応の力があることはわかった。
逆に奥の女は戦えるようには見えないが、どうにも不気味だ。
危険だと言い換えてもいい。
「私は累、後ろはフィズ」
名前だけ名乗ると、累は面倒そうな顔でフィズを見やって首を振った。
バーの客でもない相手と話をするのがしんどいので代わって、ということである。
フィズはというとこうして累に頼ってもらえるのが嬉しいので、目の前に妙な男がいてもご機嫌である。
「私たちはフリーの狩人で、協会からの依頼でそこのなり損ないを始末しに来たんですよ。まぁ狩人って言っても正式に認定されてるのは累さんだけですけど」
「ほう、ずいぶんと人間らしい名前を付けてもらったな。しかし狩人だと? なんで人間でもないお前らが狩人なんてやってる?」
いぶかしむ男の瞳は先ほどよりも鋭い。
獲物に飛びかかるタイミングを伺っているかのような雰囲気だ。
しかし問われた累のほうはというと少しばかり首をかしげている。
改めてなんで狩人をやっているのかと問われると、そういえばなんでだろうかと。
(生きていくだけならバーだけでもなんとかなりそうだけど、やっぱりフィズには不自由させたくないしなぁ。おいしいもの食べてほしいし、いい服を着てほしいし、そうなるとバーの収入だけじゃやっていけないんだよなぁ。まぁ狩人が楽しいってのもあるけど)
「……遊ぶ金欲しさ? フィズのため、でもあるのかな?」
「わぁ! いますごいキュンときちゃいましたよ! 私のためにこんな危ない仕事をしてくれるなんて感激です!」
「そう」
「反応が薄いです!」
「……なんだってんだお前らは」
老狩人があきれたような疲れたような深いため息をついて見せた。
なんだか申し訳ないなと思う。
「まぁわざわざこいつを追ってきたんだ。狩人には違いないんだろうが、とはいえこいつは俺の獲物だ。お前らはとっととそこを降りて帰れ」
「帰れっていきなりですね! 私たち……というか累さんは下のなり損ないも大掃除したんですよ!」
「お前は黙れ。いいか、それ以上俺に色香を振りまいたら問答無用で首をはねるぞ。それに下のなり損ない共なんぞ知ったことか。お前らが勝手にやったことだろう」
ちらりと後ろを除けばフィズが少し驚いた顔をしていた。
フィズはこういった態度を取られることが珍しいので、怒ったりしているわけではなくてただ純粋に新鮮だったのだろう。
いつもは累以外に羽虫程度の関心しか持たない瞳が、少しばかり興味の色に染まっている。
もっともその興味の行き先がどうなるかが問題なのだが、カザリを見るとあまりいい結果にはならないだろう。
少し面倒だなと思ったところで累は口を開く。
老狩人本人が言っているように、これ以上フィズに会話をさせるのはいろいろな意味でよろしくないからだ。
「まぁそんな怒らなくても。話がしたいだけ」
フィズが話せない以上は苦手であっても累が相手と交渉するしかない。
問題は老狩人から感じるのは強い拒絶だということだが。
「なり損ないの始末はしてくれる認識でいい?」
「ああ始末してやる。協会の奴らにもそう報告しとけ」
老狩人の言葉は反論を許さないとでも言いたげだ。
実際狩人同士の依頼のバッティングというのは稀にあり得ることで、そういった場合は協会所属の狩人同士ならば協力することもあるが大抵はフリーの狩人同士であり、下手をすれば殺し合いになりかねないのでうまい落としどころを探すことになる。
そしてその落としどころというのは大概が早い者勝ちだ。
その例に倣うならば老狩人の言葉も理解できる。累たちがたどり着くよりも早く元凶のなり損ないにたどり着いたわけだから。
しかしこのビルに溢れかえったなり損ないを始末したのは累たちなわけで、それを差し置いてお前らは帰れと言われるのは少しばかり納得がいかない。
それに累には少し気になる部分もあった。
「どこからの依頼? どうしてなり損ないを始末しないで生かしてる?」
討伐依頼ならさっさとここで始末すればいいだけのことだ。
第一自分らよりも先に到達したというのに、ビル内のなり損ないを放置したままというのも累には不思議だった。
狩人ならばなり損ないの放置が危険だということは十分に理解しているはずだ。
仮に元凶の始末を優先したという理由ならわからないでもないが、それならわざわざ縄で縛っておく理由がわからない。
「依頼人のことをお前らに言う必要はない。まだ生かしてんのもそういう依頼だってだけの話だ。後でしっかり始末するからお前らは帰れ」
「……ならついていく。始末したとこ見ないと報告できない」
「しつこいやつだな……後で始末するって言ってるだろうが」
老狩人が鬱陶しいと言いたげに頭を搔きむしる。
正直累も面倒なことこの上ないのだが、ここではいわかりましたと帰ってあとでまたなり損ないが大量発生しましたなんてことになれば、それは最後まで確認しなかった自分の責任になる。
なので面倒だろうとしっかり対象が死んだことは確認しないといけないわけで、そんなことは老狩人も重々承知のはずだ。
それを拒否するということがどうにも怪しい。
「死んだことを確認したいだけ。……それとも、見せられない理由が――」
かつんと何かが固いものに当たるような音が小さく響いた。
不意に累が仰向けに崩れ落ち、後ろにいたフィズが焦ったようにその体を受け止める。
顔を覗き込めば累の額に老狩人が持っていたナイフが突き立てられていた。




