なり損ない⑥
「いるならこの階か屋上か」
「階段、ちょっと、つらいです……!」
「運動しなよ。豚になるよ」
「だ、大丈夫ですよ! 私食べても太らない体質ですから!」
「そういう人、太ったらもう元に戻らない」
「怖いこと言わないでください。あ、気になるなら帰ってから調べてくれてもいいですよ? 私のプロポーションが崩れてるかどうか、累さんの気が済むまで体の隅々まで調べてもらっても……」
「いや、いい。食べられそう」
フィズが不服そうに口を突き出すなか、累は四階フロアの奥へと歩いていく。
ここまで出てきたなり損ないは多少の違いはあれ全員成人していた。
というのも身に着けていたスーツなどでそれはわかるからだ。
ただ問題となったなり損ないはそれらよりずっと小さいはずなのだが、今のところそういった姿は見かけていない。
「累さん左!」
フィズの声に視界を向ければ閉じた扉を破るようになり損ないが飛び出したところだった。
その長い爪で累の肩を突き刺し、醜く裂けた大口の中に並んだ牙が手斧を持つ腕にかぶりつく。
ぎしりと何かがきしむ音。
それは果たして累の腕が吸血鬼の牙に押しつぶされる音だったのか。
なり損ないは己の舌に若い女の血液が流れてくるのを今か今かと待っている。
だがなり損ないの脳に残った微かな思考がおかしいと疑問を投げかけた。
いつまでたっても血の味がせず、それどころから噛んだ感触は柔らかな肉肌に似てはいるがゴムのように弾力があって歯が立たない。
そして何より悲鳴を上げて苦痛に叫ぶべき女の顔がただただ不快気になり損ないを見つめていた。
「血が吸える相手かもわからないから、なり損ないって言われるんだよ」
その言葉が言い終わるのと散弾によってなり損ないの頭が吹き飛ぶのはほぼ同時だった。
顔に着いた返り血と肉片を拭きつつ、レザージャケットの腕部分に空いた穴を見て累は顔をしかめる。
「累さん大丈夫でした!?」
「大丈夫じゃない。ジャケットに穴が」
「あぁ~かわいそう! 累さんに噛みつくとは許すまじですよ! 明日新しい服を買いに行きましょう! 私が選んで着せますからね!」
「え。いや……」
「久しぶりのデート! えらいぞなり損ない!」
「おい」
拒否する間もなくデートが決まってしまった。
怒ったり喜んだり忙しい子である。
仕方ないなと感情豊かなフィズにちょっと微笑ましい気分となっていたところで、累の視線がなり損ないの社員証にとまった。
「あれ、この社員証。よくバーに来る人がつけてた」
「そう言われればそうですね。累さんにちょっかい出そうとする嫌なお客さんです」
フィズがクシャっとわざとらしく顔を歪めた。
累としてはあのバーは大人が静かに酒を嗜める場所にしたいのだが、店員が二人とも女性というのもあってガールズバーだと勘違いする客もいる。
バーテンダーとして客との会話は仕事のうちだが、明らかに下心の見える客もいるのが少しばかり困っていたのだ。
特にフィズは外見と体つきと体質も相まって男の興味をそそりやすく、頻繁に声をかけられているのを累は知っている。
「私じゃなくてフィズ目当てでしょ。いつも話しかけられてるのフィズだし」
「私は累さんのものですから。つまり私に手を出そうとするなら累さんにちょっかい出してるのも一緒なのです。累さんだって私がしつこく話しかけられてたら嫌な気持ちになるでしょう?」
「まぁ、それはそう。でもこれ、また客が減った……」
「いいんじゃないですか? 面倒な客がたまたまビルごといなくなってくれたなんてむしろプラスですよ」
「収入的にはマイナスだ。カザリからの仕事、たくさんしないと……」
正直バーの経営自体はあまりうまくいっていない。
収入が少ないからとグリム狩りをすると店を開けられず、店を開けられないとその分の収入を狩りで稼がなくてはならないわけで、という悪循環から抜け出せないのだ。
たまに店を開いても来る客はほとんど同じ顔で、その数少ない常連ももはや肉片になり果てている。
「そもそも、客の半分以上がフィズ目当て……お酒を楽しんでほしい」
「まぁそうかもですけどそこで肉片になっているので割合的には減りましたよ。それに累さんの出すカクテル目当てのお客さんだっているじゃないですか」
「少しだけね。理想通りいかないもんだなぁ」
大人が静かに癒されるシックなバーをイメージしているのだが、だんだんとかけ離れて行っている現実に累は重い溜息を吐いた。
女二人の接客がそう思わせるのか、男性店員を雇ったほうがいいのか、でもフィズと二人のほうが気楽なので正直他人は雇いたくない。
バーの未来が頭の中をぐるぐると巡るが、とはいえ今はそんなことを考えても仕方がない。
狩りの仕事に集中すべきだと頭を切り替えた累は、最後の階段を上り終えると屋上への扉に手をかけた。
「あと、元お客様を肉片呼びは、ちょっと……」
「次から気を付けます……ってあれ?」
扉を開いてすぐ、累の背中越しに屋上を除いたフィズが素っ頓狂な声を上げた。
そして累も驚いたように眉を上げてそこに立っている人物へと問いかけた。
「え、誰? 狩人?」




