なり損ない⑤
累が『なり損ない』と呼んでいるのは俗にいう下級吸血鬼だ。
本来の吸血鬼は人間によく似ており歳を取ることがない。
いくつかの弱点はあるもののそれを補うような強大な力、例えば人を魅了する魔眼や姿を霧や蝙蝠に変えるなど、グリムの中では特にポピュラーかつ危険な存在とされていた。
そんな吸血鬼が人の血を吸った場合、被害者には三パターンの結末が用意される。
パターン一、死亡する。大半がこれだ。吸血鬼が被害者の血を吸いつくせばそれに耐えられず、人は死ぬ。シンプルでわかりやすく、狩人にとっても犠牲者は出るが面倒のない結末だ。
パターン二、吸血鬼へと変異する。被害者が処女か童貞だった場合かつ血を吸いつくされずに生き残った場合、被害者は人間から吸血鬼へと変異する。狩人からすると厄介な吸血鬼が増えることになるが、そもそも吸血鬼は眷属を作りたがらないものが多い。というのも増やせばその分人間という資源を奪うライバルが増えるし、大勢で活動すれば狩人に目を付けられるからだ。
パターン三、下級吸血鬼へと変異する。被害者が非処女もしくは非童貞かつ血を吸いつくされずに生き残った場合、なり損ないと揶揄される存在へと堕ちてしまう。吸血鬼と違って自身の吸血衝動に命令されるがまま、ただただ血を求めて人を襲うグリムになり果てるのだ。このなり損ないの面倒なところは、彼らに血を吸われると被害者は処女か童貞かなど関係なく総じてなり損ないに堕ちてしまうということだろう。つまり鼠算式に増えていくため見つけたならばすぐに駆除しなければならない。狩人のみならず、餌を減らすからという理由で吸血鬼からも嫌われており、なり損ないを生み出す吸血鬼は仲間内で粛清されることもあるという。
そういったなり損ないの危険性を十分理解している累は、フィズから受け取った手斧をすぐさま近場の一体の頭部へと叩き込む。
吸血鬼という名前がついているとはいえ所詮はなり損ない。
頭を叩き割られた個体は体を大きく痙攣させながら地面へと倒れこんだ。
「カザリの奴! なり損ないだって知ってたなら! 後で! 殴る!」
今の気持ちを例えるなら人から溜まりに溜まった仕事をいきなり全部押し付けられたような感覚だろう。
さらに嫌なところはそれを断れないところだ。
二体、三体と通路にいるなり損ないの頭を右手の手斧で叩き割り、あるいは首ごと斬り落としながら累は苛立ちをぶつけるように舌打ちする。
首を失いドサリと倒れこむ亡骸の向こうには、壁や天井に張り付き累を見つめて涎を垂らしたなり損ないがまだ数匹。
その気味の悪さにすぐさま左手の消音機付き拳銃を向け引き金を引くものの、なり損ないとはいえ吸血鬼の末端である彼らの肉を貫くには威力が足りない。
見た目は骨と皮だけに見えるが面倒な相手だと舌打ちを鳴らし、累は天井から飛びかかってきたなり損ないを真正面から手斧で叩き落して見せた。
対して強くもないがそれこそ虫を潰して回るような作業に不快感が増すし、斧で頭を潰すたびに血を顔面に浴びるせいで気持ちが悪い。
さらに累の苛立ちを募らせるのは上階にもなり損ないの気配がすることだ。
おそらくこのビルにいた人間は死んでいるか目の前のように醜く変わり果てているに違いない。
作業のようになり損ないを駆逐しながら通路の奥へ進むと少し開けた場所へと出た。
このビルは四階建てでいくつかのオフィスが入っており、累がいるこの場所はそれらの受付フロアだ。
入口脇の植木に来客を不快にさせないようにと綺麗に掃除されていたであろうフロア、そして帰宅予定だったであろう血を吸いつくされた会社員。
どれもこれも鮮血まみれの無残な姿に変わり果てている。
自動ドアを一つ隔てて大通りとなっているが、故障しているのか前に立ってもドアは動かず、おまけに曇りガラスとなっているため中の惨状は知られていないらしい。
一歩間違えれば大騒ぎになっていただろうし、外の人々に気が付いたなり損ないが大挙して出て行った可能性もあったため、ビルの人間だけで被害が済んだのは運がよかったのだろう。
「……」
「その自動ドアがどうかしました?」
「いや別に。カザリはなんて?」
一階のフロアがひと段落したところでフィズが血まみれになった累へと駆け寄る。
不機嫌そうに顔や髪からどろりとした血を滴らせている累を、背負っていたバックアップから取り出したタオルで拭きながらフィズが話し始めた。
「カザリはなり損ないだって知らなかったらしいです。先に出た被害者の死体が変に細工されてたとか言い訳してます」
「細工? なにそれ? まあいいけど、カザリはどうしろって?」
「なり損ないを見過ごしたのは協会の責任だから追加料金を払うとのことです。もろもろの面倒な後始末はするから根元まで駆除してくれって言ってました」
まだ匂いと湿っぽさは残っているが、フィズに拭いてもらえてすっきりした累は先ほどよりも幾分機嫌がよくなったようだ。
フィズが背負っていたバックパックから片手で持てるソードオフショットガンと弾薬を取り出し始める。
手斧だけでは不安だなと少し見ていたとはいえ、それを荷物に詰めたフィズは優秀だ。
すかさず頭を撫でておく。
「じゃあ好きにやる。でもフィズがここ通った時、こんなだった?」
「そんなまさか。そこの自動ドアから大通りに出られたので、そのままバーまで逃げて終わりです。必死だったのでビルに人がいたかどうかまでは覚えてませんね」
「ってことは、元凶のなり損ないはフィズを追ってこのビルに入って、襲うターゲットをフィズからビルの人に変えたってこと? そんな珍しいことある?」
「珍しいというと?」
フィズが首をかしげながらにこりと笑う。
いつもの魅力的な笑顔だが、どこか作り物めいている。
本人はわかっていてあえてとぼけているのだろうが、累はそれ以上問いたださずに肩をすくめて見せた。
ここでフィズが真実を言うとも思えないし、言ったところでそれをどうこうするつもりも累にはない。
なのでこの話はこれで終わりだ。
「まぁいいけど。ここの人たち運が悪かった」
「申し訳ないことをしてしまいました……私が逃げ込んでしまったばっかりに」
おお、と頭を抱えてうなだれる仕草がわざとらしい。
本当に申し訳ないと思っているならもっと落ち込みそうなものだが、このビルの人間にとってみればフィズはまさしく地獄の死者だ。
彼女がなり損ないを連れてビルに入ってこなければこんな惨状にはならなかっただろう。
「まぁしゃーなしだ。じゃあ私は屋上までなり損ないを掃除して回る。フィズは階段を見張ってて」
「了解です!」
二階へ移動した累は右手に持ったショットガンでさらになり損ないを駆逐していく。
彼女が銃口を向けて引き金を引けば、耳をつんざく炸裂音と同時になり損ないの頭部が飛び散り水音が響く。
拳銃と違って自分の期待通りの仕事をしてくれる散弾銃に満足したのか累は鼻歌交じりだ。
たまに装填中に襲い掛かってくる奴を斧で叩き切ってはさらに奥へと進んでいく。
先ほどよりも効率的に駆除されていくなり損ないは次第に数を減らしていき、累とフィズは二階三階と掃除を終えて四階へと到達した。




