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なり損ない④

フィズが襲われたというのはバーから歩いて十分ほどの公園だった。

子供が遊ぶには危険だからといくつかの遊具が撤去されたせいで、ベンチとすべり台がある以外は何の面白みもないただの開けた空き地のようになってしまっている。

遊具がすべり台しかないせいで酷使されているのか、あれもそろそろ壊れて撤去されそうだ。

なんとも世知辛い気分になりながら視線をさまよわせれば、殺風景な公園にポツンと時間を知らせる時計塔がある。

時間が二十時を過ぎていることや繁華街とは逆方向にあるせいか人の気配は少ない。


「けど、なんでこんな場所に? コンビニとは真逆」


駅前のコンビニまではバーから歩いて五分程度だが、この場所は駅とは真逆の方向にある。

公園の蛍光灯の真下で首をひねらせる累に、フィズは残念そうに顔を伏せながら口を開いた。


「その、満月堂のイチゴ大福が食べたくなって……でも売り切れてたので落ち込んで帰ろうとしてたら襲われたんです。泣きっ面に蜂ですよ~!」

「蜂だね。私も食べたかった……明日買おう。それでその後は?」

「早く累さんに助けてほしかったんですけど周りに子供とかいたので、巻き込んだらまずいなーってあっちのほうの路地に逃げたんですよ」


指をさした方向はこの時間帯だと街灯がほぼなくて真っ暗だ。

なんというか自分から危険に飛び込んでいるようにしか見えなくてため息が出てしまう。


「まぁ子供を巻き込まなかったのはえらい。よしよし」

「えへへ、がんばりましたから!」


フィズは頭を定期的に撫でてあげないと機嫌が悪くなるので、累は褒められる点があれば褒めるようにしている。

というか撫でろと言わんばかりにそのでかい図体をしゃがめて頭を突き出してくるのだ。

長く伸びた白い癖毛が揺れるさまはまるで尻尾を振っているようだ。


「犬だね」

「何がです?」


不思議そうなフィズを無視して頭を撫でまわす。

もちろん怒るべき点があれば怒るし、褒める点がなければ褒めないのだが、今回はよくやったほうだ。

よくやったほうなのだが。


「でも自分の体も大事にね」


子供を守るのはえらいが、それでフィズに何かあったら許せないだろう。

難しいことを言っているのは累も理解していたが、やっぱり自分を大事にしてほしいのだ。

特にフィズのようなトラブルを招きやすい体質ならなおのことである。


「累さん心配してくれるんですね! あぁすごくうれしいです! 愛されてますね!」

「うるさい」


調子に乗りすぎと言わんばかりにその豊満な胸の谷間にチョップを叩き込む。

別に心配やらなんやらは本当のことなのだが、気恥ずかしさやらでちょっとイラっとしたのだ。

最もチョップしたつもりの手が谷間に飲み込まれた挙句、やられた当の本人は嬌声を上げて喜んでいるのだが。


「でも子供が側にいたのにフィズを追ったんだ。やっぱりその体質面倒」

「生まれつきなのでしょうがないです。まぁ累さんには効かないですし、そういうところが累さんLOVEの理由の一つですから前向きに捉えてくださいね」

「捉えていいのかな? それ」


雑談をしつつフィズの言っていた路地のほうへと二人は歩いていく。

時折会社帰りのサラリーマンがちらちらとフィズを横目で見ていたりするが、彼らはこんな場所に怪物がいるだなんて微塵も想像していないのだろう。

どこかで遺体が見つかった、誰かが失踪した、そんなニュースを見たところでそれが怪物の仕業だなんて誰も思わない。

人間の知らない森の奥深く、下水道の暗闇、廃墟の一室、あるいは人間に擬態しているもの、童話のような話だが怪物は確かに実在する、という意味合いで狩人は怪物たちのことをグリムと呼んでいる。

それを証明するかのように、裏路地へと続く通路の壁に小さなひっかき傷があることに累は気づいた。


「こっち逃げた?」

「そうですそうです。私が逃げ込んだときはもっと明るかったんですけどね」


フィズが襲われた時間とは異なり日が落ちきった今の時間帯では奥が見えないほどに路地は暗い。

おまけにとても静かだ。

常人であれば寒気を感じるようなこの路地裏へ、累はためらうことなく進んでいく。

フィズも累の後に続くがその顔に怯えのようなものはなかった。


「逃げるとき、屍鬼をしっかり見た?」

「いやそんな余裕なかったですって。ぜぇぜぇ言いながら逃げることに精一杯でしたから。でも……うーん」


少し考えるようにフィズは両手で自分の頭をつかんでグラグラと揺らす。

記憶を絞り出そうとしているのか、はたから見ればおかしな格好だが整った顔つきの美女がすると魅力的に見えるのだから不思議なものだ。

こんなことだから変に相手を魅了してトラブルばかり引き寄せるんだなと累が納得していると、絞り出した記憶があったのか「あっ」と声が上がった。


「屍鬼にしては小さかった気がしました。ほらバーで言いましたけど犬だと思ったので」

「小さいか」


フィズの言うことが確かなら壁や地面に着いた傷跡にも納得がいくと累は頷いた。

なぜなら屍鬼の爪痕だと思われる傷跡が路地裏へと続いているが、それらはどれも通常のものより明らかに小さいのだ。

おまけに爪痕がついている間隔から算出すると、小学生の子供程度の大きさで四足歩行していることになる。

犬くらいの大きさに見えたというのは間違いではないだろう。


しかしそうなるといくつか疑問が浮かんでくる。

屍鬼は人間が遺体のまま放置されたものが変異した存在だが子供は違う。

子供が同じような状況になった場合、それらはマイリングと呼ばれる一種の悪霊へと変異する。

例えば両親に望まれず赤子のまま放置された、友人と遊んでいる最中に崖から滑り落ちて遺体が見つからなかった、そういった場合前者は両親の愛を求めて、後者は友人を探して悪霊となり対象を呪い殺してしまう。

実体を持つグリムではない上に鋭い爪もないため、地面や壁に傷がつくなんてこともあり得ない。

そもそも呪いの対象でもないフィズに襲い掛かるということがマイリングならばありえないだろう。


「……屍鬼じゃないな。めんどくさくなってきた気がする」

「え? 屍鬼じゃないんです?」


不思議そうな顔のフィズに今の状況を説明しながら爪痕を追うようにして路地の奥へと進んでいく。

フィズは累と違って正式な狩人でもなければそういった知識を教えられてきたわけでもないので、自分を追っていたのが何だったのかもよくわかっていなかったのだろう。

カザリに屍鬼と言われたのでなんとなくそうだったんだという認識しかなかったに違いない。


「じゃあ私を追ってきたのって何だったんですかね?」

「子供くらいの大きさなら、ゴブリンとかブラウニー。でも、多分違う」


ゴブリンは地下に住む小鬼でブラウニーは子供の姿をした妖精だが、そもそもどちらも二足歩行でゴブリンが地上に出ることは滅多になく、ブラウニーに至っては人間に友好的な種族で人を一方的に襲うなどありえない。

ほかに思い浮かぶのは牙と爪を持つコボルトというグリムだが、これまた二足歩行で条件とは一致しない。

犬に酷似したバーゲストという悪霊も思い浮かぶが、周囲に冷気や霧を振りまき首に巻かれた鎖の音を響かせるという特徴があり、フィズが言うにはそんな特徴はなかったとのことだ。


「あれ、行き止まり?」

「そこのドアから大通りに出たんですよ」

「裏から知らないビルに入ったの? 従業員用じゃないの?」

「そうですけどこっちも必死だったので」


フィズが指をさした先には四階建ての古い雑居ビルがあり、どうやらこの建物は大通りとも隣接しているらしい。

ドアは鍵が開いており、累がドアノブを回すとすんなりと開いた。


「うっ」


ドアが開くのと累とフィズが顔をしかめるのはほぼ同時だった。

ビル内部の床、壁、天井のあらゆる場所が血にまみれ、天井から滴る血液が規則正しく一定のリズムを立てている。

充満しているのは噎せ返るような鉄の臭い、そして四つん這いになって地面に這いつくばるいくつかの人影。


「……なり損ない」


皮が骨に張り付いたような見た目に大きく曲がった猫背。

両手は爪が異様に伸びており、蝙蝠の顔を潰して平たくしたような顔面はひどく不細工だ。

彼らは一様にその醜い顔を地面や壁へこすり付けるようにして血を啜っている。

醜悪なグリムが床の血を舐めまわしながらピチャピチャと汚らしい音を立てるたび、累はぞわりと背筋が震えた。

恐ろしいのではなく夏にごみ捨て場などで見るあの黒くて汚らしい昆虫と同じ、生理的に受け付けない生き物だからだ。


「う、わぁ、最悪……最悪だ」


累の心底嫌悪するような言葉にいくつかの顔が床から離れ、黄色く濁った瞳の中で紅く縦に割れた瞳孔が累とフィズを見つめていた。

新たに表れた新鮮な餌に、なり損ない共の大きく裂けた口から涎がしたたり落ちる。


「カザリになり損ないが出たって連絡! あと斧!」

「了解です!」

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