四重奏⑮
「それで、相手は本当に吸血鬼なのか?」
「だからそう言ってんだろうが! んなことよりさっさと狩ってこい!」
倉吉はグラスに注いだ酒を一気に飲み干す。
ここに話を聞きに来てから五杯目だ。
だいぶ酔いが回っているのかただでさえ不快な声が普段よりも大きく聞くに堪えない。
「夜帽の姿が見えないようだが、何かあったのか?」
「知るかあんなじじい! 見つけたらクビにしてやる!」
今度は六杯目。
その酒が何でできているかを知っているブロンクスからすれば、この男の言動すべてに眉を顰めたくもなる。
「ブロンクス。ユーリとレナーテは出なかったがデニスには繋がった」
倉吉とブロンクスはソファに座っているが、念のためにと残した護衛替わりの狩人は背後に立っている。
そのうちの一人がスマートフォンをブロンクスに差し出しそう告げてきた。
ブロンクスはそれを手に取ると耳に当てて問いかける。
「どういう状況だ」
「ぜ、全滅だ! みんな、みんな俺以外は全員やられちまった!」
「ユーリとレナーテはどうした」
「レ、レナーテも、た、たぶん死んだ……あんな、あ、あんな奴ら相手に生き残れるわけない! ユーリは、さ、さっき会った……」
会ったということであれば生きていたのだろう。
しかしまだ生きていると思うなら全滅などとは言わないはずだ。
「でもユーリは、せめてお前だけでも逃げろって、俺はメドゥーサだけでも狩りに行くって……このまま失敗したらヘルメスの名が地に落ちるからって……たぶん、死んだ。俺だけ、俺だけなんだ、生きてるのは。ま、魔女に見逃されて、俺だけ、俺だけが……」
フリーの狩人として有数の腕を持つヘルメスのメンバー合計九名の損失。
そしてブロンクスはユーリとレナーテという自身の両腕に等しい狩人を失ったことを、瞼を閉じて静かに受け入れた。
「魔女といったな」
「あ、あぁ! そ、そうだ! あいつらは吸血鬼なんかじゃない! 魔女だブロンクス! あの狩人の真似事をしてるって、ま、魔女とグリムの三人組……あいつらだったんだよ!!」
「そうか。すぐに救援を送る。そのまま安全な場所で隠れていろ」
ブロンクスはスマートフォンを背後の部下へと渡す。
通話に出る前と後で彼の顔色に全く変化はないが、それでも部下たちは何か感じるところがあったのかごくりと喉を鳴らした。
「お前たちはデニスを迎えに行け。それと正確な被害を知りたい。相手を刺激しない程度に死体の搬送も行い、終わり次第すぐに撤退しろ」
「わかりました」
二人の部下が急いで駆け出していく。
指示に従って迷いなく忠実に働く実に有能な部下だ。
そんな有能な部下たちを今日一気に失った。
「おいおい大丈夫かよ? 頼むぜこっちは大金出してんだからよ」
「そういえば夜帽が現れないので報酬額を聞いていなかったが、全部でいくらになる?」
「あ? 聞いてねぇのかよ? ったく夜帽のやつ。吸血鬼三人で一億五千だ。捕獲なら三億。メドゥーサは一千万だな」
「そうか。全く足りない金額だったな」
ブロンクスがゆっくりと立ち上がり、倉吉がソファから吹き飛んだ。
そう表現する以外に方法がないほどの吹き飛び方だったが、正確に言うならばブロンクスが思い切り倉吉の顎を蹴り上げたのだろう。
一流の狩人の蹴りは見事に倉吉の顎を一撃で粉砕し、彼はまともに喋れもせず血だまりの中で喚いている。
「嘘をつかれたことに対して腹を立てているわけじゃない。その小さな脳みそじゃどれだけ説明したところで魔女の恐ろしさなど理解できないのだろう」
転がる倉吉の腹部を蹴り上げれば口から血とともに飲み干した酒が逆流した。
ブロンクスはそれを避けるように今度は足を蹴り飛ばす。
たやすく倉吉の膝関節は曲がってはいけない方向へと捻じ曲げられた。
「腹を立てているのは俺自身にだ。お前の愚かさを理解していたつもりだったが、正直予想外だった。常識を超える馬鹿もいるのだと勉強になったよ」
頭を踏みつければ倉吉の鼻が地面に押し付けられて潰れたようだった。
呼吸をしようと必死に息を荒げて倉吉はもがいている。
しかし涙を流して声を上げる余裕があるのならばまだ大丈夫だろうとブロンクスは再度頭を踏みつけた。
「お前に腹を立てていないのなら、なんでこんな目にあっているのか理解できないか? 簡単な理由だ。依頼は双方の信頼関係で成り立っている。お前は俺の信頼を裏切った。制裁を受けるのは当たり前だろう?」
「わ、わるひゃっは! ゆるひへふへ!」
顎が割れているせいか聞き取りにくい。
それでも謝ろうとしていることは理解できた。
「わかってくれたならいい。さて、お前の不誠実な依頼のせいで俺は多大な損害を受けた。やるべきことはわかるな?」
「ひ、ひふらはらへばいい?」
ブロンクスは倉吉の懐から彼のスマートフォンを抜き取ると、それを床で這いずる倉吉へと投げつけた。
「諸々含めて十億でいい。振り込め」
倉吉が何度もこのスマートフォンで振り込みを行っているのをブロンクスは知っている。
普通限度額があるのだろうが、おそらくこの男はそれが面倒で金融会社に外すよう言ったのだろう。
それを肯定するようにブロンクスがヘルメス用の口座を見れば指定した通りの金が入金されていた。
「それと今回犠牲になった狩人たちの葬式をするつもりだ。日本だと香典というものがあるそうだが、九人分でいくらになる?」
倉吉はわずかに躊躇ったがブロンクスに見下ろされ、ゆっくりではあるがスマートフォンを操作する。
ブロンクスの持つスマートフォンに表示された金額は一億円であった。
「一人頭一千万と少しか。お前の資産は残りいくら残っている?」
「ひゃ、ひゃひを……」
「ああ、やっぱり言わなくていい。お前の資産を根こそぎ奪うつもりだったがやめた。死んだ部下に対する値が低すぎてお前を殺さないと気が済まなくなった」
「ひゃ、ひゃふぇてふれ! あひゃはる! あひゃはるはら! ふぁねもははふ! ひふらへほははふ!」
「何を言っているかわからん」
おそらくいくらでも金を払うから許してくれと叫んでいるのだろう。
この男の性格を考えれば金でどうにかなると今でも本気で思っているに違いない。
金でどうにかできることなどほんの些細な事に過ぎないというのに。
「地下があったな」
この屋敷には地下室が隠されていることをブロンクスは知っている。
なぜ知っているかといえば倉吉の依頼で捕獲したグリムを地下の牢屋に入れたからだ。
ペットにするつもりか生きたまま酒の材料にでもする気だったのか、今となってはどうでもいいことだがそいつらを使ってみるのも悪くない。
ブロンクスは折れ曲がった倉吉の足を握ると彼の悲鳴も叫びも無視して地下牢へと引きずっていった。
「お前の大好きなグリムと一つになれるぞ」
地下室へと続く暗く長い通路にブロンクスの嗤い声と倉吉の悲鳴が響いた。
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