四重奏⑪
ブロンクスに初めてスカウトされた狩人であり、今では彼の右腕であり良き相棒でもあるユーリは吸血鬼担当の狩人五名を引き連れ樹海へと足を踏み入れる。
事前にレナーテから吸血鬼の一人と交戦中と連絡を受けていたため、これから戦うであろう吸血鬼とメドゥーサに合わせて五人のうち二人は耐メドゥーサ用の霊薬と装備に切り替えさせた。
メドゥーサに睨まれると石化してしまうため、そうならないよう神話をなぞって隠れながら相手の位置を把握するための鏡や石化した場合の対抗薬などの用意がそれだ。
ちなみにメドゥーサに直接鏡を見せればメドゥーサ自身が石化するという伝説が有名だが、実際のメドゥーサではありえない。
神話でも鏡はメドゥーサに見せるものではなく相手の位置を把握するために使用されているのだが、なぜか鏡を見せれば石化するという話が有名であり、そんな話を狩人たちは冗談に使うことがよくある。
「鏡は用意したか? 大事なお守りだぞ?」
「石化させるためですよね。もうその古臭い冗談はいいですって」
「いやいやメドゥーサは鏡を見ると自分の醜さに耐えきれずに自殺するらしいぞ?」
「俺は逆に自分の美しさに恋して固まるって聞いたな」
「自分の髪の毛が蛇だって気づいてショック死するって説もあるぜ」
と、こんな感じに使われる。
しかしふざけあっているように見えるとはいえ全員が歴戦の狩人だ。
それを束ねるユーリからすれば狩り直前でも余裕のある面々は頼もしい。
「おーし紳士諸君。それではこれからそのメドゥーサの神話が事実か確かめに行こうじゃないか。しかも吸血鬼まで一緒らしい。にんにく料理をたらふく食ってきたやつはこれまた噂が本当かどうか確かめるチャンスだぞ。奴らの前でゲップでもしてやれ」
また馬鹿なことを、と全員が声を出して笑う。
吸血鬼の逸話は多いが彼らが狩ってきた吸血鬼の中にニンニクで苦しむようなものはいなかった。
これもまた吸血鬼を狩るときにはお決まりの冗談だ。
「さぁ行くぞ」
吸血鬼とメドゥーサの一団はちょうどこちらに向かって逃げてきているという。
このまま進めばどこかで遭遇するはずだと小走りで先へと進み、そうしてユーリたちは獲物を視界に捉えた。
疲れからか足を引きずるようにした見覚えのある老人。
その老人に肩を貸し両目に眼帯をした長身の女。
青い髪に怯えた顔をした手斧にボウガンを装備した狩人風の女。
そして白髪を月明りに輝かせた絶世の美女。
最後の女を見たときにユーリの視界が僅かに眩んだ。
すぐさまそれが魅了だと気づき、吸血鬼用に用意していた耐魅了の霊薬を飲み干す。
他は大丈夫かとさりげなく視線を巡らせればさすがは歴戦の猛者たちだ。
皆が同様に霊薬を口に含んで意識を強く持とうと女を睨みつけている。
「見つけたぜ。メドゥーサに吸血鬼」
「やばいっす。み、見つかっちゃったっすよ」
「そんなに慌てないでくださいよ。つられて慌てそうな気分になるので」
「す、すみません」
それとなくグリム達を囲むように狩人たちが移動を始めるが、それを警戒したように青髪の吸血鬼が手斧の代わりに腰に下げていたボウガンを構えた。
吸血鬼が武器を使うことは珍しいものの、ないわけではない。
機先を制された狩人たちは動きを止めて様子を窺うだけにとどめる。
「さてと、どうすっかな」
吸血鬼が二人にメドゥーサが一人。
それに対して狩人は六人。
おそらく眼帯をしているのがメドゥーサで間違いないだろうが、それが偽りという可能性もなくはない。
それに数の上では倍だが混戦になれば連携が取れなくなり狩人側が不利になる可能性のほうが高いため、ここは吸血鬼とメドゥーサをはっきりとさせ、かつ当初の想定通りメドゥーサには専用の武装をした狩人二人、残った吸血鬼は一人に対して狩人二人という構図に持って行きたいところだ。
だがまずは気になったことを問いかけてみるかとユーリは軽い気持ちで口を開いた。
「夜帽のじいさん。なんであんたがこんなとこにいるんだ?」
脅されている、拉致されていた、という雰囲気ではない。
夜帽を支えるメドゥーサにそんな雰囲気は感じられないし、夜帽もグリムを恐れているようには見えない。
それに吸血鬼二人が夜帽たちを守るように立っているのも不思議だ。
「説明してもご理解いただけるとは思えませんな」
「そうか? 話してくれればなんか手伝えるかもしれないぜ? それなりに俺たちも長い付き合いだろ」
「……私がここにいるのはあの男の指示とは無関係です。むしろ相反する行動をとっています。そちらの二人は隣のこの子を守るために雇わせていただきました」
「この子? 隣のメドゥーサを守るために吸血鬼を雇ったってか?」
「はい」
やはり眼帯をしている女がメドゥーサであることは確定らしい。
白髪のほうは魅了もしてきているので吸血鬼で間違いないだろうし、となれば残った青髪も吸血鬼で間違いないはずだ。
「……さて、話すべきことは話しました。それで依頼を破棄してここから去っていいただけるのですか?」
「それは……難しいな」
「でしょうな」
最初から分かっていたという風に夜帽は顔色を変えない。
だがユーリには僅かばかりの落胆があった。
ブロンクスというリーダーに振り回される自分と倉吉という男に振り回される夜帽はどことなく似ていると感じていたからだ。
そんな夜帽が主を裏切りグリムと共にいる。
「グリムに騙されたか魅了されたか知らねぇが、馬鹿なことをしたもんだな」
落胆が翻って怒りとなる。
口に出たのはそんな衝動のせいだろうか。
「その吸血鬼共とどういう契約を結んだのかは知らねぇし、そのメドゥーサとどういう関係かも知らねぇが、依頼の邪魔になるってんなら仕方ない。狩るだけだ」
ユーリの言葉に周囲の狩人の雰囲気が変わる。
そしてそれを感じたのだろうか。
具合の悪そうな顔色の吸血鬼が口を開いた。
「先輩。ここは自分に任せて夜帽さんたちと逃げてください」
「前にもこういうことありましたけど、いいんですか?」
「大丈夫っす。自分これでも今回が初めての依頼なんで、結構気合入ってるっす」
「そうは見えない顔色ですけどね。前回は危うく死ぬところでしたから、今回も死なないように気を付けてくださいよ。戻ってこないとたぶん累さんもがっかりするし、私も時間を割いて色々教えたのが無駄になるので」
「りょ、了解っす……厳しい応援どうもっす」
「あーそうだあとひとつ」
白髪の吸血鬼の眼が細まった。
「相手が狩人だからって情けはかけないように。私たちはグリムですし、狩人同士でも依頼がぶつかったら殺し合いをする世界です。プロなら依頼を成し遂げるために容赦はしないでください」
「は、はい……」
白髪の吸血鬼が夜帽とメドゥーサを連れて走り去っていく。
残った相手は一人だ。
六人で襲い掛かって速攻で狩って夜帽たちを追うか、あるいはメンバーを分けて追わせるか。
「……追え」
「あ、ちょっと!」
目の前の吸血鬼は武器を使うなど少し妙だが、それほどの脅威は感じられない。
であればわざわざこの吸血鬼に時間をかけることもない。
ユーリの言葉にメドゥーサ用の武装をした二名と吸血鬼担当の二名が後を追うように走り始めた。
青髪の吸血鬼はそれを慌てて防ごうとボウガンの引き金を引くが、それを防ぐのはユーリの役目だ。
「お前は俺らが相手だ」
「ああもう! 店長みたいにうまくいかないっす!」
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