四重奏⑩
ヘルメスは基本的に複数人で狩りを行う。
個人で狩りをしていたころに比べれば安定した戦いが行える一方で報酬は参加メンバーで山分けされるため、より大きい報酬が欲しいとなれば権限のあるチームリーダーになるしかない。
ブロンクスはもちろんだが、各チームをまとめるリーダーになればただのメンバーよりも報酬の割合が優遇されるからだ。
チームリーダーはブロンクスがメンバーの技量や功績を見て判断するが、ヘルメスには報酬目当ての狩人が多く――ブロンクスがあえてそういう人間をスカウトしている――それが自然と切磋琢磨の状況を作り上げ、ヘルメスに所属する狩人全体の技量向上に繋がっていた。
今回メドゥーサの狩りを任せられたのは四名であり、そのリーダーを担うのはわずかな席の奪い合いに勝利したレナーテという名の女性狩人だ。
ヘルメスに所属してから僅か一年でリーダーに任命され、以降五年間その席を誰にも譲っていないヘルメスでも屈指の実力を持つ狩人である。
貪欲な彼女はブロンクスのグループ運営を近くで学び、ヘルメスにとって代わる新しいグループを自分で設立するという野望を密かに抱いていた。
しかしそんなことがブロンクスに知られれば必ず潰される。
慎重にことを進めている最中にこの依頼が舞い込み、彼女としてはもはやヘルメスとして狩りを行うことへの熱量は失われかけていたが、リーダーという席を失うわけにもいかずにこうして現在ここにいるというわけだ。
そんな狩人としての経験が豊富であるレナーテでも目の前に立っているのが何者なのかという判断がつかない。
部下である三名の狩人が別方向からそれぞれ手斧を持って斬りかかる。
斧には当然吸血鬼に効果の高い銀属性のオイルが塗布されており、わずかでも傷を負わせることができれば苦痛にうめくはずだ。
特に吸血鬼は自身の再生能力の高さを笠に着るものが多く、初撃は大抵油断して傷を負う。
そして己の迂闊さに後悔して灰に変わるのだ。
存在を噂にしか聞かない上位吸血鬼ならばともかく、数の多い中位吸血鬼程度ならばレナーテのような手練れの狩人が狩るにはさほどの苦労もない。
しかし――
「ッ!」
「うぉ」
「マジか!?」
部下が三名とも驚愕の声を上げる。
目の前の小柄な吸血鬼は三方向からの斬撃で傷を負うどころか、一つは躱し、一つはいなし、最後の斬撃に至ってはその勢いを利用し敵である狩人を放り投げる始末だ。
「なぁレナーテ。通信じゃ吸血鬼って話だったよな? だけど今の身のこなし、中位吸血鬼じゃ珍しいぜ。長く生き残った奴か個体名付きか?」
「かもしれないね。ただ……」
どうにも吸血鬼らしくない。
これまで狩った吸血鬼は強靭な腕力を武器に襲い掛かる能無しや、魅了の魔眼で精神に揺さぶりをかけようとする臆病者の二択だった。
上位吸血鬼であればもっと豊富な攻撃手段があるものの、これまで出会った中位吸血鬼程度ではこのレベルだ。
それらを念頭に置いて考えてみればこの吸血鬼の技量は卓越している。
なにせ狩人を相手に能力も使わずに立ち回っているのだから。
最もだからこそ吸血鬼かの判断に困る、というのもある。
「まさか狩人ってことはないよな」
「そりゃ……どうだろうな。もしかしてバッティングしたのか?」
「執事が依頼したって可能性は確かにある」
吸血鬼が持つ手斧は狩人を連想させる武器のため、部下たちの話を聞きながらそれはあり得る話だとレナーテは頷く。
しかし夜帽が個人的に狩人とのつてを持っているのだろうか。
それにつてを持っていたとしても都合よく吸血鬼と同数の狩人が雇えるとも思えず、何よりレナーテの経験と勘が眼前の女は人間ではないと言っている。
「チッ、見た目が人間そっくりなグリムは面倒だね。とにかく連絡の合った通り吸血鬼がこっちに合流した前提で狩るよ」
「了解」
部下が再び吸血鬼へと斬りかかる。
それを吸血鬼は先ほどと同じように躱すのみだ。
攻撃の意思が見られないのが気になるところだが、ひとまず先に報告をしておくべきだろう。
レナーテは別グループのリーダーへと連絡を取る。
「ユーリか? レナーテだ。そっちの獲物だった吸血鬼がこっちに合流したみたいだ。一人は現在交戦中だが思ったよりも手ごわい。残りの二人はメドゥーサと一緒に住処の小屋から北東方面に逃走した」
『ブロンクスの予想が当たったってことか。了解。それならこっちから挟み撃ちにできる。お前らは交戦中の吸血鬼を頼んだぜ』
「わかってる。あと夜帽がメドゥーサと一緒だった」
『は? なんでだ?』
「知らないよ。ブロンクスにでも伝えときな」
ぶつりと通話を切ったところで、菫色の瞳がじっとこちらを凝視していることにレナーテは気が付いた。
人形のように作り物めいた美しさを持つ顔が、少し困ったように眉をひそめている。
「まだ大勢味方がいるんだ。どうしようかな」
「話を聞いてたのか。まぁうちらはチームで狩りを行うからね。逃げだしたあんたらの仲間もそのうち狩られるさ」
「そうなんだ。ハクは少し不安だけどあれでも吸血鬼だしね。フィズもいるから大丈夫かな。一応応援に行きたいけど」
「逃がすわけないだろ」
「そうだよね」
もともとこのチームはメドゥーサが獲物であり武装や霊薬も耐メドゥーサ向けだ。
しかし念のためと吸血鬼用の霊薬や魔術具等も最低限用意していたため、獲物が吸血鬼に変わったとしても問題はない。
先ほどまでレナーテは戦闘へ参加せずに状況の把握に努めていたが、ユーリがほかのグリムを狩ってくれるならばあとは目の前の吸血鬼を狩ることに集中するだけでいい。
腰に差していた剣を抜き放ち、銀属性の霊薬を塗布してレナーテも戦闘へ参加する準備を終える。
「どうしても私を狩るの? 逃げるなら追わないのに」
「グリムには理解できないだろうけど受けた依頼を必ず守るのが狩人ってもんなんだよ」
それは確かに、と妙に目の前の吸血鬼は納得している。
不思議なこともあるものだ。
「でも依頼に嘘があったら契約は反故にしてもいいと思うけど」
「なんだって?」
「だって私は吸血鬼じゃないから」
その言葉を残して眼前のグリムが姿を消した。
いや消したように見えた、といったほうが正しい。
レナーテの動体視力がかろうじて捉えたのは、残像を残すような速さでグリムが部下の一人を蹴り飛ばした光景だ。
遅れて発生した爆音がその衝撃を表しており、見れば腹部を蹴り飛ばされた部下はトラックに追突されたように大木にめり込み息絶えている。
「ッ! 私が抑える!!」
「り、了解!!」
それでもすぐさま行動できたということはヘルメスに所属する狩人が優秀であることの証左だろう。
レナーテは眼前のグリムに斬りかかるが、それはすぐさま後悔に変わった。
「狩人なら依頼を守らないとってのはその通りだと思う。だから私が依頼を守るために全員始末させてもらう」
「ぐ、ぅ!」
ただのグリムの動きではない。
最初はブロンクスの右腕でもあるユーリを防戦一方にさせた自慢の剣技でグリムを押さえつけるつもりだった。
しかし今はその逆。
目の前のグリムが振るう手斧を必死に捌くことで精いっぱいだ。
呼吸をすることすら惜しいほどに寸分の判断が生死を分かち、それでも相手が斧をふるうスピードは見る見るうちに加速していく。
「この――」
背後から部下の一人が斬りかかる。
しかしグリムがそれを予期していたかのように後ろ回し蹴りを放てば、その部下は台風に巻き込まれたように回転しながら吹き飛び、最後はぼろ雑巾のように地面へと転がった。
そしてそのわずかな瞬間を逃さず、レナーテと残った部下の一人が同時にグリムへ渾身の斬撃を放った。
グリムの気がそれた数舜を見逃さなかったことも、躊躇わずに武器を振るったこともレナーテたちの誤りでは決してない。
だがそれでも――
「ふざ、けん……な」
気が付いた時には全てが終わっていた。
レナーテの視界の端には袈裟斬りに両断された部下の遺体。
そして視線を少しずらせば自分の下半身が遠くに見えた。
「霊薬がなかったから負けた、なんて言い訳はもうしたくない。霊薬がなくても勝てないと。フィズの造った身体ならこれくらいのことは本来できて当然なんだから、もっと私が使いこなせるようにならないといけない。もっと、もっと……」
薙ぎ払った四人のことなど忘れたように、グリムは自分の身体を眺めながら小さく呟いている。
「もう負けない」
暗くなる視界の中でグリムの遠ざかる足音だけが聞こえる。
そうしてレナーテの野望は正体不明のグリムによってその命とともに終わりを迎えた。
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