四重奏⑤
自慢気な倉吉の言葉通り、室内には狩ったグリムを誇るような品々が所狭しと並んでいる。
グリムのはく製に頭部だけを壁飾りにしたものや骨格標本。
それにグリムの死体との記念写真まで飾ってある。
まるで自分が狩ったかのような笑顔だが実際は狩人によるものに違いない。
「ゴブリンにオーガ。コボルトやオーク。どんな金持ち連中もこれを見たら腰を抜かす逸品だぜ! 一番のお気に入りはあれだ!」
倉吉が悪印象しか抱かせない自慢気な笑みを浮かべて指をさしたのはこの部屋の最もいい位置に配置された巨大な蛇のはく製だ。
「こいつはアスプってんだ。毒の息に鋭い牙。そしてこの巨大な体。狩人二人がかりで仕留めたのさ。俺も間近で見ていたが、ありゃあ震えたね。人間の世界にこんなバケモンがいるのかって興奮したもんさ!」
男の熱弁の最中だが、ハクが困ったようにちらりとこちらを見ている。
なにせハクが妖精の夜会で狩ったアスプよりもだいぶ小柄で、確かに通常の蛇よりもずっと巨大だがせいぜい八メートル程度。
現存する蛇の成長限界が最大で十メートル程度と言われているので、正直に言ってしまえばグリムというには迫力に欠ける。
これを狩人二人がかりって本当っすか? とでもハクは言いたいのだろう。
「たぶん騙されてる」
ぼそっとハクに伝える。
いかにも激戦の末倒したということにすればこの男の印象もよくなって次の依頼にも繋がるだろうとこれを狩った狩人は考えたのだろう。
それに剥製にするために傷をつけないとなるとこの程度の大きさでないと難しかったのかもしれない。
ハクが狩ったアスプを見せたら倉吉はどんな反応をするか気になるところだ。
「スロージアのミュージアムに比べたらレベルがひっくいですね~」
「なに?」
「並んでるグリムはどれも雑魚ばっかじゃないですか。ゴブリンにオーガ? あんな脳みそのないグリムなんて自慢するほうが恥ずかしいですよ」
「何だとお前!!」
さっきまでのことをやり返すようなフィズの発言に倉吉が青筋を立てて睨みつける。
しかしフィズはそれがむしろ心地よいとまでに笑みを見せた。
「私の知っているアスプってあんなに小さくないんですよね~。ねぇハク?」
「え? まぁ、でもほら大きいとこの部屋には入らないしこれくらいがちょうどいいんじゃないっすかね?」
「そうですよね~ハクが狩ったのはあのエントランスに飾ったらちょうどいいくらいの大きさですもんね~」
「あ、えっと、まぁ……で、でもほら子供のアスプって逆に珍しいっすよ!」
「あははは子供! 確かに子供のアスプって逆に珍しいですね~あははは!」
「――ッ!!」
フィズは悪意があるがハクは天然だろう。
だいぶ煽り散らかしているが累も気持ちがいいので止める気はない。
茹で上がったタコのように赤くなった倉吉が悔し気に何度か口を開き、最後には大きく息を吐いた。
「夜帽!」
「はい」
「あれを持ってこい」
「……かしこまりました」
まだ何か自慢の品があるのだろうか。
しかし持ってこれる程度の大きさとなるとグリムではない。
「まぁいいわかった。俺の自慢の品もお前らにとっちゃ大したことがないってのはな。だいぶ腹の立つことだが、いいアドバイスだったよ。感謝してる」
「これまで自慢した人たちにも内心で笑われてないといいですね。よっぽど皆さん笑いを隠すのが上手なようで」
「ぐ……」
フィズにいいぞもっとやれと言いたい気持ちを抑えて軽い笑みだけを浮かべておく。
ハクだけが焦ったようにおろおろしているが、君もよくやったよと累は内心でお給料アップの検討をしてあげることにした。
「お待たせしました」
夜帽が持ってきたのは琥珀色の液体が入ったボトルだ。
外見からするとウィスキーのように見える。
「俺は大の酒好きでな。世界各地から有名なボトルをかき集めてる。お前ら庶民じゃ一生手が出ないような酒ばかりをな」
「アスプが大人か子供かも見極められない人がお酒の味がわかるんですかね」
「どうだろ」
ぼそぼそとフィズと話したが聞こえていたらしく、倉吉のボトルを持った手が震えている。
実にいい心地だ。
「……これを飲んでみろ」
自分も含めて四人分のグラスに酒を注ぎ、倉吉は誰よりも早くそのグラスをあおった。
内心の苛立ちを酒精混じりの吐息とともに吐き出し、先ほどとは打って変わって上機嫌な顔をしている。
「やはりこいつは最高だ。いいからお前らも飲んでみろ。特別に味合わせてやるって言ってんだからな」
そう促され、多少躊躇いつつもグラスに口をつける。
香りは少し癖のあるものの甘い匂いだ。
そして味わいは予想した通りウィスキーに近い。
しかしハーブのような香草の風味もあり、甘い香りに反して口当たりはすっきりとして飲みやすい。
後味に多少甘いまろやかさは残るものの、それが最初の口当たりとはまた異なった味わいを生み出すのが面白い酒だ。
確かにこれは倉吉が自慢するのも頷ける。
「うまいだろう?」
「確かに」
「俺は古今東西あらゆる酒を飲んできた。世界一高いと言われる酒だって飲んだし、そこらで売ってる安酒だってどんな味かと試したもんだ」
語りながら倉吉は展示室を後にするようだった。
ついてこいという風に首をしゃくるため、累たちは仕方ないかとおとなしく後に続く。
目的地は館の外であり、先ほど夜帽から説明のあった酒の貯蔵庫へと向かっているようだ。
「ここに家を建てたのも日本のウィスキーの名産地でもあるからだ。俺は生産者へのリスペクトを忘れないし、うまい酒を造ってくれることへの感謝として寄付もしている。もちろん多少の融通は効かせてもらって、毎年いいボトルを用意してもらったりはしてるがな」
「それを人は賄賂と呼ぶのでは?」
「確かに」
だが倉吉の言葉通り、山梨の雄大な自然は酒造りに適していると累は耳にしたことがある。
気候はもちろんのこと特に水がウィスキーの仕込み水として適しているとのことらしい。
実際に倉吉が言っている通りこの周辺にある蒸留所は世界でも有名で、その一つは日本三大ウィスキーとして名を馳せるほどだ。
「だがある日思ったんだ。俺にだってうまい酒が造れるんじゃないかとな。なにせ世界中の酒を味わいつくした俺だ。どんな奴よりもうまい酒が造れるに決まってる。とはいえイチから蒸留所を新しく作るってなると莫大な金がかかるからな。ほかに何かいい案がないかと思案していた俺にある時天啓が閃いた」
「天啓なんて難しい言葉知ってるんですね」
「驚き」
「聞こえるっすよ……」
累とフィズの言葉は聞こえていないのかあえて無視しているのか、倉吉はたどり着いた貯蔵庫の扉を開くと中へと足を踏み入れる。
予想していた通り室内は暗く肌寒い。
先ほどの館よりも小さいとはいえ都内の一戸建て程度の大きさの貯蔵庫内に所狭しと並んでいる酒は圧巻であり、職業柄どんな酒があるかと興味がそそられるものの、倉吉の目当てはここにはないようで足が止まらない。
「沖縄にはハブを酒に漬け込んで熟成したハブ酒がある。ほかにも世界じゃコブラやサソリにイモ虫にカエル……なんでもある! ならグリムを漬け込んだ酒はどうなんだってな!」
貯蔵庫の最奥、その扉へと手を掛けながら倉吉は楽し気に続ける。
話がまずい方向に進んできた。
ハクなどは想像ができたのか青い顔をしている。
「そうして俺は狩人にグリムを狩ってくるよう依頼し、仕留めたグリムを手当たり次第に酒に入れて飲んでみた。そのなかでも最高傑作はこれだ!」
倉吉が扉を開く。
嫌な予感はしていたがその部屋にあったのは酒に漬け込まれた無残なグリム達の姿だ。
ワーム、アルウラネ、妖精、ゴブリンなどなどまるで理科室のホルマリン漬けのようだ。
そして倉吉がその常軌を逸した瞳を見開き自慢気に腕を広げて見せびらかすのは、首だけの姿となったグリム。
「メドゥーサだ! さっき味わったのはこいつの酒、メドゥーサ酒だ!」
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