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四重奏④

アルコールの匂いが充満していた社内から外へと出れば、涼やかで心地の良い新鮮な空気が満ち満ちている。

少し騒ぎすぎたかと反省しつつ視線を巡らせてみれば、先ほどまで乗っていたリムジンに勝るほどの豪勢な屋敷が眼前にそびえ建っていた。

そして反対側、リムジンが入ってきたであろう門側には庭にプールに来客用の別棟であろう建物がある。

リムジンに豪勢な邸宅、そして広大な敷地。

ここまでくると常日頃深夜まで残業して働いているカザリが不憫に思えてくるほどだ。


「豪華っすねぇ」

「まぁ確かに豪華は豪華ですけど、いかにも金持ちの庭って感じですね。正直センスは微妙です」

「そういうこと言わない」


とはいえフィズの言葉も一理ある。

依頼人の住む屋敷は見事なものだが、プールも花壇もそれを彩る噴水や石像もどれもギラギラとした彩だ。

ひとつひとつは素晴らしいものなのだが、いかにも金にものを言わせて用意したと言わんばかりの品々であり、とくに石像などはその巨大さも相まって庭全体のバランスを崩している。

しかしながら豪華絢爛という言葉は間違いなくあてはまるだろうし、これを庶民の僻みだと言われてしまえば反論のしようもない。


「あっちの建物は何ですかね?」


眼が眩むような庭から視線を逸らしたせいで気づいたのか、フィズの指さした方向には別の建物がそびえたっている。

敷地から少し離れた場所にあるようで、周囲の木々に隠れるようにして建物の先っぽが見えるだけだ。


「あちらは貯蔵庫になります。主人は大の酒好きでもありまして、ワインやウィスキーなど各国から集めた酒類をあそこに貯蔵しているのです」

「へぇ。お金持ちは余裕があっていいね」


封を開けさえしなければ基本的に酒に賞味期限というものはないが、どの種類のものでも日光を避けた冷暗所で保存するのが良い。

ワインであれば十五度前後の涼しい場所が必要であり、累の店では地下室の一部を冷暗所として使用しているが建物丸ごとを貯蔵庫にするとは羨ましいばかりだ。

少しばかり嫉妬して嫌味っぽい口調になってしまうのも仕方がない。


「では皆様、こちらへどうぞ」


夜帽が屋敷の扉を開き皆を招き入れる。

三人が足をそろえて玄関をくぐり、最初に眼につくのはなんといってもエントランスホールの解放感だ。

三階まで吹き抜けになっており、このエントランスだけでも今住んでいるバーよりも広いのではないだろうか。

そして高級そうな絵画や芸術品が並んでいるのは来客に自分の財力を自慢するためか、それとも威圧を含めてなのか、しかしながらスロージアとプラムによる規格外のミュージアムで有数の絵画を見た累からするとこれはさほどでもない。


「三階建てになっておりまして、一階はリビングやダイニングなどのほかパーティーを催すための会場が用意されております。二階は主に主人の趣味の部屋、グリムに関する品々の展示室であったりビリヤードなどを行える娯楽室があります。三階はプライベートエリアですので原則立ち入りは禁止です」

「グリムっすか」

「はい。ここを訪れることができるのはグリムの存在を知っているごく一部の方々のみです。そういった方々に自慢の品を紹介するのが主人の楽しみの一つなのです」


こちらですと夜帽の案内に続いて一階をさらに奥へと進んでいく。

道中の通路ですら自身の膨大な財力を誇示するような品々が並んでいるのはさすがに辟易するものがあり、ハクは目を白黒させていたが累は少し胸焼けするような気分になってしまう。

これらを見ればグリムに関する品々というのもあまり気分のいいものではなさそうだ。

確かに金はあるのかもしれないがそんな人物の依頼というものが単に人狼の狩りなのかということには疑問が残る。


「皆様、こちらが依頼人でありこの館の主人でもある倉吉雄大様でございます」


案内された広々としたリビングには大理石で作られたであろう艶やかなロングテーブルが置かれ、そのそばのソファに深く座り込んだのはこの屋敷の趣味もさもありなんと思えるほどの男だ。

中肉中背に頭は剃り上げたスキンヘッドで、口元を囲むように整えた髭はそのいやらしい笑みも相まって、こんなところで座っているよりも繁華街で女と戯れていたほうが自然に見える。

両手の指にはここでも財力をアピールしたいのかこれでもかというほどに金に煌めく指輪をつけており、それでいて服装が南国にでもいるような軽装なのはあえてなのか単に趣味が悪いのか。


「マジかよすっげぇな! 三人そろって上物だぜ。なぁおい来てみろよ!」

「ちょっと待って。いまグラスを用意してるのに」

「いいからさっさとこい! 俺が呼んでんだろうが!」


倉吉が怒鳴りつけると奥から酒のボトルを持った女が二人現れる。

先ほどの印象が間違ってはいなかったと思えるほどの派手な外見の女たちであり、自然と彼女たちは男の両脇に侍るように座り込む。

その女の肩を倉吉が抱き寄せるのは悪い金持ちのイメージ像としてぴったりだ。


「ほら見たか? お前らよりよっぽど美人だぜ? これが怪物だってんだから驚くよなぁ」

「まだ子供みたいな子もいるじゃない」

「そこがいいんじゃねぇか。あんなガキみたいなやつでも化け物なんだぜ? 人間だって何人殺してるかわかったもんじゃねぇ……そそるだろう?」


きゃーっとわざとらしく悲鳴を上げる女とそれを見てぎゃははと品のない笑い声を上げる男。

ハクに人間って恐ろしいんだよと説明したが、累は今まさにこの男たちが恐ろしくて仕方ない。

というのも自分が馬鹿にされるのは構わないのだが、それによってフィズがどんな反応をするかを考えれば体も硬直するというものだ。

直接見るのが怖いのでちらりとハクを見てみると、ハクが横目でフィズの顔を凝視したまま凍り付いている。

間接的にではあるがフィズがどんな状況にあるかを悟り、累が人間って本当になんて愚かなのだろうと恐怖と呆れと感心が入り混じった表情で男を見つめていると、女たちの瞳が次第に虚ろになり始めた。


「美しい……本当に美しいわ」

「ええ本当に……」

「あ? なんだこいつら? いやまてよ。そうか魅了か! 聞いたぜ狩人によ! お前らの中にカンビオンって魅了するグリムがいるってな! どいつだ! いや待てわかる! お前だろ白髪の! なぁ頼むぜ俺を魅了してくれよ! どんな感じか知りてぇんだ! ヤクより気持ちがいいのか教えてくれよ!」


なんて気味の悪い男だろうか。

思わず累が男とフィズの視線を遮るように位置をずらせば、狂気に満ちた瞳をしていた男にほんの少し理性が戻ったようだ。

立ち上がってフィズへと近寄ろうとしていた所を邪魔されことが不愉快なのか、眉をひそめて累を見下ろしている。


「座って」

「なんだぁ。化け物同士庇うのか? いいだろ別にお前らの損になるわけじゃねぇんだからよ」

「座って」


累が繰り返す。

ハクも横に並んで睨みつければ、つまらねぇと一言呟いて倉吉はもとの席へと収まった。


「……ありがとうございます」


後ろのフィズが怒りで震える手を押さえつけるように累の服を握りしめながらぼそりと呟いた。

むしろ累からしてみればよく我慢したと褒めたいところだし、なんなら累だって内心ではこの男を蹴り飛ばしたい気持ちで溢れている。

我慢しているのは一応は依頼人だからということと、本気で蹴り飛ばしたらあっさり殺しかねないからだ。


「ブロンクスから貰ったこの指輪が効果あるか試したかったんだけどよ。まぁいいや」


耐魅了用の指輪だろうか。

女二人が魅了されて倉吉は自我を保っていたのだから一定の効果はあるのだろうが、そんなものはフィズが本気を出せばおもちゃに等しい。

虎の尾を踏むどころか頭を小突くような真似をして生きていられたことに感謝してほしいくらいだが、この男にそんなものを求めるのは時間の浪費だ。


「で、まずは自己紹介ぐらいしてくれよ」


そうこうしているうちに次第にフィズが落ち着いたのか、魅了されていた女たちがぷつりと糸が切れたように崩れ落ちたが倉吉は何の興味もないらしい。

女たちを無視して名乗れと男は声を上げる。


「おいどうした。ついでに何の化け物かも頼むぜ」


倉吉にせっつかれるが、フィズはもちろん累もハクも言葉が出ない。

というよりも声を出すことを本能が拒否しているといってもいいくらいだ。

なにせこれほどに自分の名前を名乗ることに拒否感を覚えたのは初めてであり、この男に名前を呼ばれると考えただけで怖気が走る。


「雄大様から見て左から順にカンビオンのフィズ様、屍人形(ネクロドール)の菫野累様、吸血鬼の米沢ハク様です」


どうしたものかと考えていると夜帽が代わりに紹介をしてくれた。

さすがに名乗らないわけにはいかないので助かるのだが、名前を知られてしまったことによる不快感のほうが大きい。


「フィズに累にハクか」


予想通りぞわりと不快感が体を駆け巡る。

フィズもハクもおそらく同じだろう。


「ん、ん……何が?」

「よーっしお前ら三人とも俺についてこい」


侍らせていた女二人が目覚めたようだが相変わらず倉吉は無視だ。

すたすたと歩いていってしまう。


「ちょ、ちょっと私らを置いてくの!?」

「うるせぇよ! もう用はねぇから出てけ!」

「なによもう……」


倉吉に怒鳴りつけられ、女二人がそそくさと館から外へと飛び出していった。

自分勝手な倉吉には呆れるが、それに振り回される彼女たちに同情するかというとそんなことはない。

この男についてきたほうが悪い。


「大丈夫?」

「まぁぎりぎりですね。累さんもハクもありがとうございます」

「いや、自分は別に……あんな人初めて会ったっす」

「それはそう」


あんなのがそこらにいたら日本は終わりだ。

いや財力を持っている時点ですでにだいぶ危ないかもしれないが。


「誠に申し訳ございま――」

「何やってんだ! さっさとこい!」


夜帽が深々と頭を下げようとして倉吉に遮られる。

三人そろって――夜帽も小さく混じっていたが――ため息を吐き出すと倉吉の後を追って二階へと上がった。

財力のある人間はある程度の礼儀があるものだと思っていたが、これまでの行動からするとこの倉吉という男にはそれがないらしい。

ずかずかと音を立てて歩き、部屋の扉を荒々しく押し開く。


「見ろ! これが俺のコレクションだ!」

読んでいただきありがとうございます。

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