四重奏③
「え? 自分らがグリムって知ってるんすか?」
「はい。店主様は屍人形。そのパートナーはカンビオン。そして最近新たに吸血鬼が加わったとお聞きしております」
「自分のことも知ってるんすね。どこからそんな話を……」
「フリーの狩人の間で噂になっているようでございます。そしてその話に主人が興味を持ち、今回の依頼に繋がったという形になります」
ハクが驚いたような感心したような顔で口をぽかんと開けている。
狩人の間で情報というものは武器に次ぐほどの重要な要素、あるいは武器そのものといってもいい。
グリムに関する情報はもちろん、自身が携わるであろう周囲の情報にも敏感であり、それらの情報に特に反応が早いのはフリーの狩人だ。
協会の狩人は所属する身内での情報共有のみで完結しがちだが、フリーの狩人は個人の力で生き残る必要があるため情報収集に余念がない。
ちなみに累はそのあたりの情報収集では三流だ。
狩りに必要な程度のグリムの知識があるだけで、その他の情報に関しては新人狩人とほぼ変わらない。
これは狩人が情報収集にかける時間をバーの経営に充てているためである。
「端的に言えば、主人はグリムに非常に強い興味を持っているのです。狩りを依頼するのも、今回皆様に依頼をしたのも、皆様と直接会いたいというのも、グリムに対する強い興味が起因しているためです」
「そう言われてもいい気分はしないかな」
「申し訳ございません。ですが会ってから知るよりもここで事前に知っておくほうが良いかと思いましたので、包み隠さずお話しさせていただきました。というのも、その、主人とお会いしたら気分を害される可能性もあるかと……」
夜帽が額にあふれた汗を自身のハンカチで拭う。
彼の主人がどういう人間かはなんとなく察することができたが、その主人の指示でここにやってきた夜帽という人間はそこまで悪い人間ではないようだ。
少なくともグリムである累たちに申し訳ないと思っているのは確かであり、そう思えるということはグリムに対して妙な偏見をもっていないということだ。
「どうか一度主人と話をしていただけないでしょうか。依頼を受けるかはそのあとで判断していただいてもかまいませんので、どうか」
これ以上この老人を追及しても彼が胃を痛めるだけだと悟った累は、ひとまず彼が安心するようにと小さく首を縦に振った。
「よ、よろしいのですか?」
「うん。とりあえず話を聞くだけね」
「ありがとうございます! ではそうですね……二日後の午後三時に車でお迎えに上がります。よろしいでしょうか?」
「構わないけど、どこに連れてくつもり?」
「山梨県になります。都内にも邸宅があるのですが、最近はもっぱら山梨の別邸で過ごすことが多く、今回もそちらでお会いしたいとのことです」
ふーんと累が返事をすると、夜帽は手帳に予定を書き込みぺこぺこと何度も頭を下げながら店を出て行った。
そしてそれを見計らったように裏からするりと現れたのはフィズだ。
「受けるんですか?」
「まぁ、ひとまず話を聞いてみてかな」
「私はなんか嫌な予感がしますね~」
「でも一千万っすよ一千万! それだけあったらボーナス出ますよね!?」
「なんかほしいものでもあるんですか?」
テンションの上がったハクをげんなりとした様子で見つめながらフィズが問いかければ、あれがほしいこれがほしいとハクは指折り数えている。
ちなみに今最も欲しいのは日傘にサングラスに帽子に日焼け止めなどのUVカット商品らしい。
日光に当たっても死にはしないが、多少ひりひりして嫌なのだとか。
そもそも吸血鬼のくせにビーチで水着姿が似合いそうな小麦色の肌をしているのがアンバランスなのだが、その外見のくせして日光には弱いというのもまたアンバランスだ。
ずいぶん変な吸血鬼だなと思いつつもそれくらいなら店長として何とかするべきかなと、累はハクに向かって優し気に声をかける。
「それくらいなら買ってあげてもいいけど。必要経費だし」
「え、マジっすか。そうすると一千万の使い道が思い当たらないっすね」
「庶民的ですねぇ。私だったら累さんの新しい服を買います。オーダーメイドもいいですね」
「自分で使いなよ」
「そりゃ私の服も買いますけど、私より累さんの服を買ったほうが私の満足度が高いんです」
「……まぁそれで満足するならいいけど、服を買うくらいならハクと同じレベルでは」
急に大金を手に入れたところで、結局庶民的な考えしか浮かばないということだ。
「累さんは何か欲しいものとかあるんですか?」
「私は……なんだろ」
特に欲しいものは思いつかない。
店に関してもリフォームしたいということも特にない。
意外と今の生活に満足しているんだなと思いつつ、累の頭に浮かんだのは狩りのことだ。
「しいてあげるなら新しい武器とかかな」
「職業病ですね。プライベートに使いましょうよ」
「思いつかないな。なんかおいしいものでも食べに行く?」
「いいっすね。焼肉、寿司、てんぷら、カニなんかもいいっすよね!」
「それならいっそのこと旅行でもしましょうよ。しばらく店閉めてどこかでバカンスとか……そういえばスロージアのミュージアムで水着の話しましたね。海とかどうですか? 海で水着姿の累さんを想像してきたらテンション上がってきちゃいました!」
「沖縄! 沖縄がいいっす!」
「日差し強いけどいいの?」
夢が膨らむのはいいことだが、その夢を叶えるにはまず依頼をこなさなければならない。
まだ話を聞く段階だというのに多少先走りすぎではないだろうか。
それを思い起こさせるために累は改めて二人に現実を突きつける。
「とりあえず旅行に行くとしても、その前に依頼を受けないと」
「そうでした……しかしフリーの依頼は久々ですね」
「自分は初めてなんすけど、どういう依頼が多いんすか?」
今まで協会の狩人として生きてきたハクにはフリーの狩人との違いがいまいちわからないのだろう。
頭上にクエスチョンマークを浮かべたハクに、累は天井を見つめながら過去の出来事を思い出す。
「訳アリの依頼がほとんど。過去にあったのは剥製を作りたいから傷一つないグリムの亡骸が欲しいとか、ペットにしたいから生きたまま捕獲してくれとか」
「ペットっすか?」
「子供へのプレゼントに生きたグリムを捕まえてきてくれって依頼してきたんですよ。なんでも子供はゲームに出てきたオルトロスが好きだからそれを頼むって」
「オルトロスって双頭の魔犬っすよね!? そんなのをペットにするつもりだったんすか!?」
ハクが驚く様子を見て、それが正常な人間の反応だよねと累は思った。
だが金と権力を持った人間というのは刺激に慣れすぎたせいで常識的なラインというものをとうに飛び越えてしまっている場合がある。
その結果、自分が何をしようとしているのか、その行為がどれほど危険なのかの判断がつかない場合が多々あるのだ。
「依頼だから一応捕まえて引き渡したけど、結局その翌日にまた連絡がきてオルトロスを狩ることになった」
「なんとなく予想できるんすけど、何があったんすか?」
「子供がオルトロスを檻から出して、その館にいた人間のほとんどを食い殺したんですよ。連絡してきたのは唯一生き残った依頼人の奥さんです」
ハクが何とも言えない表情で口をひん曲げている。
バッドエンドの映画を見た人がこんな顔をするかもしれない。
「そういう依頼って引き受けないほうがいいんじゃ……」
「私たちが引き受けなくても別の誰かがやるだけですよ。どれだけ危険だって注意されても納得できない人たちなんですから」
どんな仕事でもそうだが決めるのは最終的には依頼人のほうだ。
依頼を受ける側はリスクをもちろん説明するが、それを依頼人が問題ないというのならば止められはしない。
注意事項を入念に記載した契約書というものが世の中にあるのはそういった問題が起きたときのための保険でもある。
「フィズ先輩の言ってたことが分かったっす。なんか今回の依頼も嫌な感じがするっすね」
「特に気になるのは私たちがグリムだってことを知ってて依頼してきたことですよ。何かありそうです」
グリムに興味のある主だといっていた。
それが単にグリムと話をしてみたい程度であればいいのだが、とてもそうは思えない。
そもそも話がしたい程度の願いならばこのバーに来れば済む話なのだから。
「ハクはフリーの狩りは今回が初めてになるから一応忠告しておくけど、グリムよりも人間のほうが恐ろしい場合ってあるよ。この間の妖精は恐ろしいグリムだったけど、同じくらいに恐ろしいことをしている人間もいる。特にそういう人間と出会いやすいのがフリーの狩人だから注意したほうがいい」
「注意って、具体的にどんな注意をすれば……」
最近は明るかったが、ハクの今の表情はあの夜会で見たときのような不安に満ちていた。
それに対して累とフィズはうーんと悩んだように顎に手を添えてみせる。
「気をしっかり持つとか」
「とにかく生き残ることを考えるとか」
「怖いっすよそんなこと言われたら!」
「そりゃ一千万の依頼ですからね。リスクもあるんじゃないですか?」
「……やっぱりやめません? 自分そんなにお金いらないっす」
情けなく怯えるハクに累とフィズがそろって笑った。
二人からすると狩人から恐れられる吸血鬼が何を言ってるんだという感じだが、ここで強気に出られないのがハクなのだろう。
「そんなに怖がらなくてもいいよ。従業員を守るのは店長の仕事だから」
「店長……!」
「さすが累さん。ハクも気が楽になったでしょう?」
「はい!」
こうしていい感じに結束が高まった日の二日後、約束通り店前には夜帽と迎えの車が現れた。
夜帽は初めて見たフィズの姿に目を瞬かせていたが、対する累たちも用意された車に驚いていた。
というのも小さなバーの店前に止まるには場違いな純白のリムジンなのである。
「到着までは二時間から三時間ほどかかる予定ですので、それまでは社内でごゆっくりおくつろぎください。車内にはシャンパンなどのアルコールドリンクからソフトドリンクに軽食もご用意しております」
「自分リムジンなんて初めてっす。フリーの狩人っていつもこうなんすか?」
「そんなわけないじゃないですか」
夜帽がエスコートするようにリムジンの扉を開き、中へと踏み入れれば車内とは思えないほどの広さだ。
沈み込むような柔らかな座席に、淡くライトアップされた冷えたグラスとシャンパンボトル。
大きな窓は外からはスモークで車内が見えなかったが、車内からは広々と景色を見ることができ、これで走りながら夜景を見ることができれば格別に違いない。
「では発車いたします」
運転席とは完全に隔離されており、夜帽の声はアナウンス越しだ。
とはいえ運転席を確認できるモニターが付いており、こちらから声をかければ夜帽にも聞こえるようだった。
見慣れた五反田の道を自分が乗るリムジンが走るというのはなんだか現実感がなく、グリムという幻想的な存在である三人ですら妙に浮ついた気持ちになってしまう。
「乾杯! 乾杯しましょう!」
「賛成っす!」
二人のテンションが高い。
しかし累も自分では気が付いていないがうずうずと体が抑えられずシャンパンボトルを手にしてしまっている。
ぽんっといい音が車内に響くと、シャンパンボトルの泡のはじける音が耳に心地よい。
累はいつもの手慣れた様子で三人分のグラスにシャンパンを注ぎ、それぞれがグラスを手に取ると代表して累が音頭を取った。
「乾杯」
「「かんぱーい!」」
芳醇なフルーツの香りが鼻を抜け、きめ細かい炭酸の刺激が心地よく喉を通る。
そして酸味と甘味が調和したすっきりとしつこく舌に残らない味わい。
一口で高級品とわかるレベルのシャンパンだ。
「あ、カットフルーツもあるっす」
目ざとくハクが見つけたのはこれまた高級そうなフルーツの盛り合わせだ。
酒のつまみにと口に放り込んでみれば、普段口にしているフルーツよりも格段に甘味が濃い。
これを一度食べたら今後グレードを下げるのは難しいのではと思ってしまうほどの違いだ。
「は~いい景色を見ながらお酒とおいしいおつまみ。最高ですね」
「自分こんな贅沢初めてっす」
「満足」
ついでに音楽も流しましょうとフィズがタッチパネルをぽちぽちといじれば軽快な音楽とともに車内のライティングにも変化が訪れる。
音楽とともに赤、緑、青、紫、白など様々なレーザー光が車内を彩り、さながらここはナイトクラブだ。
ここに前回の依頼の時のようにギブソンやカザリがいれば違ったのだろうが、生憎とここにいるのは三人の女グリム。
リムジンを見たときからテンションの上がっていた三人は音楽に合わせて大騒ぎしており、それを止めるような誰かはここにはいなかった。
そうして夜帽がスピーカーから響く音楽に背中を叩かれながら運転を続け、はるばる東京都の五反田から高速道路を通って山梨県へと入り到着したのは富士山麓に建てられた豪華な邸宅であった。
読んでいただきありがとうございます。
面白いと思っていただけたら、ブックマークや評価で応援していただけると嬉しいです。




