四重奏②
累は最近になって気づいたことがひとつある。
それはバーの客が固定化されてきているということだ。
カザリ、ギブソン、アルベルト、バナという狩人たちに加えてスロージアとプラムのグリム一組がメインであり、その他の客はというとほとんど姿を見せない。
最初はミュージアムの件でしばらく休業していたせいで客が一時的に離れたのかと思っていたが、最近になってそれが原因でないことに気が付いた。
まず一つ目の問題はバナである。
彼に悪気がないのはわかっているが、確実に客足を遠のけている要因の一つなのは残念ながら間違いない。
頻繁に来店してくれているのはとてもありがたいことなのだが、メリットには必ず相反したデメリットもあるということだろうか。
何が問題なのかといえば、有り体に言ってしまえばその外見である。
よくよく見れば整った顔をしてはいるが、やせ細った枯れ木のような体は幽鬼のようであり、くぼんだ瞳を煌めかせながらただひたすらじっとバーテンダー――もちろん累のことだが――を長時間見つめ続けているのは恐ろしいの一言である。
周囲の客も異様な雰囲気を感じているのかバナのそばに座ろうとする者は誰一人いない。
落ち着いて酒が飲めないのは当たり前だ。
次の問題はギブソンだ。
ハクが働き始めてから定期的に訪れてくれるのだが、彼もまた客足を遠ざける原因の一つになってしまっている。
まず本人には非常に申し訳ないが顔が怖い。
ついこの間などはカップル客がいちゃいちゃと盛り上がっているところにギブソンが訪れ、彼に一睨みされたカップルがメドゥーサの瞳を見た狩人のように石化したのだ。
もちろん実際に石化したわけではないがそう思えるほどに静かになり、ヤクザかマフィアか殺し屋か、とにかく危ない人と飲むのは怖いとさっさとみんな帰ってしまう。
時には酔いが味方しギブソンが現れても帰らない客もいたが、そのあとにハクにちょっかいをかけようとしたせいで、累やフィズがドン引きするほどギブソンに詰められ泣き叫びながら店から出て行った。
彼に悪気はないのだが、確実に常連客を抹消しているので累からしてみたら殺し屋のようなものだ。
最後はスロージアとプラムである。
先の二人と同じ理由になってしまうが、これまた外見が大きな問題なのだ。
なにせバーに入ってみれば子供二人がカウンターに座って酒を飲んでいるのだから、問題だと思わないほうがおかしい。
現に良識ある人間によって警察に通報されたこともあり、その際はフィズが警官を魅了し問題ないと報告させるという荒業で事なきを得たのだが、店の営業はできても子供に酒を飲ませるようなバーに行こうとは誰も思わないはずだ。
「つまり常連客にことごとく問題があるということですね」
「そういうことだね。狩りのほうで稼ぎが出てるから経営的には問題ないんだけど、ちょっとね」
「なんかすいません先輩が……でも顔が怖いのはどうしようもないので」
バーの開店準備前に三人で新しい季節のカクテルや付け合わせのフードなどを相談するミーティングの時間を設けることにしたのだが、今回議題に上がったのが先ほどの話題というわけだ。
「ギブソンは別に悪いわけじゃないんだよね。顔が怖いだけで」
「バナは出禁にすればいいんじゃないですか?」
「でも普通にお酒飲んでるだけっすよね。店長を見る目はきもいっすけど」
「そうだね。きもいけどお酒を飲んでるだけだからね。出禁はやりすぎかな。経営的にも困るし」
散々な言われようだが事実なので仕方ない。
「んースロージアとプラムはどうしようもないですからね……」
「正直警察が来たときは終わったって思ったっす。魅了された警官の人は大丈夫なんすかね?」
「そんなに強く魅了してないから問題ないですよ。何回も重ね掛けするとまずいですけど」
「まぁみんな問題はあるけど、逆に常連だけだとやりやすいってのはある」
「それなら別にいいんじゃないですか? 私は変な客が増えるほうが嫌ですし」
「今の時点で結構変な客ばかりな気が……まぁひとまずそれはおいといて、フィズ先輩はよくても自分はかなり薄給なのでもう少し稼いでほしいっす」
「家賃や食費を請求しないだけありがたいと思ってくださいよ」
「そう言われればそうなんすけど……」
ハクがさりげなく給料アップのアピールをしたあたりで店内にノックの音が響いた。
まだ開店前であり、たとえ常連客でもこの時間帯に店を訪れる者はカザリくらいだ。
そしてそのカザリはといえばノックなどという上品なことはせずに店へと入ってくる。
となればドアの向こうにいる者はいったい誰なのだろうか。
「宅急便ですかね?」
「それなら裏口じゃない?」
荷物などであれば裏口にインターホンがあるので普段の配達員ならそこから来るはずである。
フィズも言いながら変だなと思ったのか、累の言葉に「そうですよね」と首をひねりながら応えた。
ひとまずハクが二人に了承を得てから店の扉を開けば、そこに立っていたのはスーツを着た品のいい老人であった。
「開店前に申し訳ございません。こちらの店主様が狩人だと耳にしまして、依頼に参った次第でございます」
老人はかぶっていた黒のハットを取り、心から申し訳ないと詫びるように白く染まった頭を深々と下げた。
幸薄そうな表情には僅かな疲れと不安が見え、短く切りそろえた白髪に口ひげは老紳士然としてるものの、全体的には覇気がなく押せば倒れそうな雰囲気である。
「誰から私の話を?」
「私が仕えております主人がフリーの狩人の何名かと契約をしておりまして、そこから人づてに店主様の噂をお聞きしたとのことです」
累の狩人としての仕事の大半はカザリが持ってくる協会の依頼だ。
こうして協会と関係のない人間が個人的に依頼をしてくるというのはないわけではないが非常に珍しい。
とはいえわざわざ依頼しに来てくれたのだからまずは話をと、累は老人を店内に招き入れてバーカウンターへと座るよう促した。
「何か飲む?」
「ああ、では水をよろしいですか? バーでお酒以外のものを頼むのは失礼にあたるかもしれませんが、生憎と下戸でして」
「下戸ってことはお酒が苦手なんすか?」
「ええ、まぁ。若いころは仕事終わりによく飲んでいましたが、歳を取ってから体が受け付けなくなりまして……」
グリムであり歳を取らない累にはわからないことだが、老化が進むと人間は脂っこいものが苦手になったりすると聞くし、老人もそれにあたるのだろうか。
あるいは病気かもしれない。
ハクがグラスにミネラルウォーターを注いで差し出すと、老人が枯れ木のような手でグラスを手に取り喉を潤す。
今日は特別暑い日というわけでもないが、よほど喉が渇いていたのか七割ほどを一気に飲み干し老人は一息ついた。
「名乗り遅れましたが私は夜帽明臣と申します。改めてにはなりますが、今回ここに参りましたのは狩りの依頼のためです」
「……依頼内容は?」
累は少し警戒したように口を開いた。
というのも協会を通さない依頼というのはただ狩るだけではない場合が多い。
有り体に言えば厄介なものが多いのだ。
その理由としてまず普通の人間はグリムという存在を知らないし、グリムの被害が出ていれば協会がいち早く察知し対処する。
この依頼人は狩人とグリムの存在を知っているようだが、であれば協会の存在を知らないはずがない。
もし単純にグリムの被害に困っているということであれば協会が事前に把握し依頼される前に狩人を派遣するだろうし、仮に協会が把握できていなかったとしても腕前の不確かなフリーの狩人に依頼するよりも協会に依頼をしたほうがずっと確実だ。
それになによりフリーの狩人は狩りに対して金銭を要求してくるが、協会は人を救うという大前提があるので無償で狩りを行ってくれる。
これは協会がグリム被害者による寄付や協会が秘密裏に経営しているいくつかの企業の収入から成り立っているためである。
以上のことから、単にグリムに困っているという話なら彼はここにいないはずなのだ。
「今回狩っていただきたいのは人狼です。そしてその亡骸は余すところなく持ち帰っていただきたい」
「剥製にでもするつもり?」
「ええ、まぁ……そのようなものです」
夜帽が視線を下げて肯定する。
協会に依頼すれば狩りはしてくれるがその亡骸を依頼人に渡すようなことはしない。
だがフリーの狩人であれば金さえ積めばグリムの亡骸を手に入れられるし、場合によっては生け捕りにだってしてくれる。
存在を秘匿されているグリムのことを知った権力者にとって、己の欲望を満たすならばフリーの狩人のほうが使い勝手がいいのだ。
「なんでわざわざ私に? フリーの狩人と契約してるなら彼らに頼めば?」
累の口数がいつもより多いのはフィズが夜帽から隠れるように裏に下がっているからだ。
カザリなどの狩人ならばともかく、この依頼人はただの老人だ。
依頼前に変に魅了してしまう危険性を考慮して、協会を通さない依頼人が現れた場合はフィズは自主的に姿を隠すようにしていた。
「その件につきましては私も聞かされていないのです。主人からはただこちらに依頼するようにと。もし依頼を引き受けてくださるようであれば、皆さんを招いて改めて依頼内容について詳しい説明をしたいとのことですので、そこでご質問に対する回答があるかと思います。それとこちらが依頼金になります」
夜帽が差し出したのは小切手だ。
それを見たハクが信じられないとでも言いたげに指をさして二度ほど金額を確かめている。
「よ、四百万!?」
「そちらは前金です。依頼を達成し人狼の亡骸を主人が確認しましたら、追加で六百万円を支払わさせていただきます」
「ろ、ろろ、ろっぴゃく……」
口から魂を吐き出したようにハクが固まって動かなくなってしまった。
しかしハクほどではないが累もこの金額には内心驚いていた。
過去にも協会を通さない依頼というものはあったがここまでの金額ではなかったし、討伐対象にもよるが協会からの依頼は高くて五十万。
この間の妖精の件などは依頼内容の重要性や危険性が考慮されて二百万円と普段よりもかなり高かったくらいだが、それでも今回は桁が違う。
「どうでしょうか? 依頼を引き受けてはくださいませんか」
人狼というグリムの危険性を考えてみてもこの金額は破格だ。
むしろ高すぎるが故に何か裏があるのではと疑念が生じてしまう。
そんな累の逡巡を感じたのか、老人は再び口を開いた。
「では主人と直接会ってから考えてみてはいかがでしょうか。依頼内容の詳しい説明を聞いてから判断するという形でも遅くはありませんし、主人も直接会って話がしてみたいと仰せでしたので」
「そうしてもらえるなら……ただ、直接会いたいというのはなぜ? 依頼するだけならあなたに詳しい話をさせればいいのでは?」
老人の瞳が泳ぐ。
気まずそうに累とハク、そしてここにはいないフィズを探すように視線が彷徨い、最終的には自身の前に置かれたグラスへと落ち着いた。
グラスに残った波紋一つない水を見て心を落ち着かせたのか、老人は静かに答えを口にした。
「……皆様がグリムだからでございます」
読んでいただきありがとうございます。
面白いと思っていただけたら、ブックマークや評価で応援していただけると嬉しいです。




