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妖精㉗

「なによ」

「……」

「もう構わないで。これでさよ――」

「累が説明できない理由を考えてあげてもいいんじゃないのかい?」


続く言葉を見つけられずにいた累を助けたのは思わぬところからだった。

スロージアとそろって視線を向ければ片手に長細い袋を持ったカザリが立っている。


「協会と累たちとの関係は良好だったんだ。まぁ多少やりすぎるところはあったかもしれないが、それでも協会としては累やフィズと敵対するよりは手を組んだほうがいいと思ってる」

「何の話よ」

「まぁいいから聞きなよ。君にも関係がある話なんだからさ」


ただの狩人の話などスロージアにとって聞く価値もないはずだ。

しかしスロージアはカザリの言葉に口を閉じ、続きを待っているようだった。


「でも最近になって問題が起きた。君だよスロージア。君が急に日本に現れ犠牲者も出たせいで、協会内で二人と手を組むことを問題視する声が強くなったのさ。魔女なんだから狩り殺せって強気な奴もいるし、踏み絵がてらいっそ累とフィズに君を狩れと指示するって話も出た。まぁその話が累とフィズに拒否された結果、妥協案として今回の依頼になったわけで、断るか失敗すれば協会とは明確に敵対することになる」


自分の知らないところで起きていた話にスロージアは驚いたのだろう。

本当かと問いかけるように見つめてくる。

しかし累も断ろうとは思っていたが直接拒否したわけではない。


「スロージアを狩れって依頼、フィズが断ったの?」

「だって累さんスロージアとは約束したから戦いたくないって言ってたじゃないですか。だからカザリに頼んでおいたんですよ」

「そうなんだ」


知らないところで手をまわしてくれていたフィズに感謝の気持ちが溢れる。

普段はわがままだったり残念なところがあるのに、こういうところでしっかりしているのは少しずるい。

フィズに魅了される人々は数知れないが、彼女のこういった気配りと思いやりを理解している人はきっとその中にはいないのだろう。

それは寂しいことだなと累は思う。


「だからさ、今回の件は君にも責任があるんだよ。特に悪気はなかったんだろうが君が日本に現れた結果、累とフィズの穏やかな生活は一変した。魔剣の危険性は二人だって理解してるが、累とフィズにとっては都合が悪くてもやるしかないのさ。だけどこの依頼を受け入れるにあたって累からも条件を一つ協会に出されてる」

「条件?」

「この魔剣を使って協会が(みぎわ)の魔女を狩ろうとするなら、累とフィズは瀲の魔女側につくってね」

「そんなこと言ったの!?」

「……うん」

「まぁ協会からしたら敵対してもない瀲の魔女を一番に狩りに行くってことはないから、その条件を了承してる。仮に君を狩ることになったとしたら、君よりも先に累とフィズを狩ることになるだろうね」


話は終わりだと言いたげにカザリは近くの椅子に座って腕を組む。

あとは自分でどうにかしろということなのだろう。


「……言ってくれなきゃわからないわよ」

「ごめん。なんて言えばいいのかわからなくて」


手を放してもスロージアは遠くへは行かなかった。

顔はそむけたままだが、こちらの話を待ってくれている。

カザリもフィズも手助けしてくれたのだから、ここから先は自分でどうにかしないといけないと、累はゆっくりと口を開いた。


「私はさ、バーでスロージアと他愛もない話をするのが楽しい。この先もあの店でスロージアとプラムを待って、カクテルを作って、プラムがすぐに寝て、スロージアとそれを見ながら話して、フィズが少しやきもちを焼いて、ちょっと騒がしくなって、そんな日々を続けたいなって思ってる」


ぐぎぎぎっと隣から妙な音が聞こえるがいったんそれは無視して累は話を続ける。


「狩人もそう。楽しいから続けてる。それに狩人だったからスロージアとプラムと会えた。だからこの先も狩人とバーテンダーを続けていきたいと思ってる。でもそのためには協会と手を組まないと今の生活は続けられない」


生きてはいけるかもしれない。

けれど今のような生活はできないだろう。

他の魔女やグリムのようにダンジョンに引きこもるか、人の踏み入らない山奥などに隠れ潜むしかなくなる。

それは累にとっては死んでいるのと同じだ。


「魔剣のことは隠しててごめん。スロージアとプラムに嫌われたくなかったんだと思う」

「全部最初から話してくれればここまで怒らなかったのに……」


累の言葉に返されたのは、相手に聞かせる気がないようなとても小さな声だった。

あまりにも小さすぎて累が聞き返そうとしたのも束の間、今度は鼓膜を突き刺すような声を張り上げる。


「わかったわかったわかった! ……もういいわよ謝らなくて。でもあんたは本当にいいの? 魔剣が協会に渡ったら狩られるかもしれないし、協会が私たちを狩ろうとしたらあんたも協会と敵対することになるのよ?」

「いいよ。友達だもの」

「ぐ……そういうことを平然と……」


一人顔を赤くしたスロージアがごまかすようにカザリへと顔を向ける。


「協会の奴らに伝えなさい。もし累とフィズを狩るようなことがあれば、私とプラムが黙ってないってね!」

「えへへ。友達だもんね!」

「ま、まぁ、そういうことよ。と、友達を傷つけようなんて許さないんだから」


ふんとスロージアは背を向け歩き出す。

けれどさっきのような怒りではなく気恥ずかしさに満ちているせいか少し速足だ。

にこにことした顔でプラムが後を追い、その二人の背に向けて累は最後に声をかける。


「ありがとう。また店で待ってるから」

「今日手伝ってあげたんだから奢りなさいよね!」


じんわりとした安堵が胸の内に広がり、累は軽い笑みを浮かべて速足から逃げるような駆け足になったスロージアを見送った。

ただその一方で隣に立つフィズをどうしたものかと考えると笑みが固まる。

肩を貸してもらっている分普段より距離が近いせいか、頬に突き刺さるような視線が痛かった。


「……なんか累さん、スロージアと仲良くないですか?」

「友達だし」

「そうですけど、私にはズバズバ思ったことを言うのにスロージア相手だと違うじゃないですか」


そう言われてみればそうだなと累は自分をよく見ているフィズに感心してしまう。

そのジトっとした目で見つめられてちょっと居心地が悪いのだが、考えてみればフィズには思ったことをすぐ口に出せるのに、スロージア相手ではそれが難しかった。

その違いはいったい何なのだろうか。


「恋人と友達じゃ違うでしょ」

「え?」

「具体的に言えないけどフィズとは心が繋がってる感じがするというか、だから思ったことを言えるのかな。スロージアはそこまでの距離感じゃないから言葉に詰まるのかも。もともと話すの得意じゃないし」

「わぁ! そういえば前に雑誌で見たことがありますけど、恋人と友達の違いって執着心の違いらしいですよ。嫉妬の気持ちが出るなら恋愛、そうでないなら友情らしいです」

「うーん。もしフィズがほかの人と抱き合ったら嫌だけど、スロージアは別にそう思わないから合ってるかも」


見上げると天井の光に負けないほどに瞳を輝かせたフィズの顔があった。

どうやら機嫌は直ったらしい。


「あと他にも肉体関係を持てるかも恋人と友達の違いらしいですよ」

「まぁスロージアとはそういう気になれないからそれも合ってるかも」

「ですよね!」


なんだか息が荒いのが怖い。

しかしそう考えるとスロージアとプラムはどうなんだろうか。

あの子供のような見た目でプラムはしかも中身も子供なのに……と思ったところで累は考えることをやめた。

そもそも肉体関係を持っても友情関係のままの人も世の中にはいるだろうし、その逆もしかりだろう。


「とにかく丸く収まってよかったね」

「カザリが助けてくれたからだよ。ありがとう」

「気にしないでいい。今回はこっちも助けてもらってばかりだからね」


そういいながらカザリが片手に持った袋から一振りの剣を取り出した。

クリスタルの結晶のような輝きを持つ鞘に収まった細身のロングソードである。

説明を受けずともその剣からほとばしるオドを感じれば何かはわかる。


「魔剣。見つけたんだ」

「……確かにオドは感じますけど、そこまですごい剣には見えないですね」

「鞘に収まってるから……っと鞘は抜かないでくれよ。私の精神がやられちまうからね」


危険物を扱うようにして魔剣は再び袋の中へと収められる。

確かにフィズの言う通りほかの武具よりも感じられるオドは強いものの、この魔剣が魔女を殺すほどの威力を持つのかは見ただけではわからなかった。

しかしこれで依頼は完了だ。


「カザリさーん!」

「おやちょうどいい」


ハクにギブソンだ。

それもスロージアくらいの大きさのクマのぬいぐるみを抱えている。


「でっか」

「誕生日プレゼントで大きいのがいいってねだって買ってもらったんすよ。恥ずかしいっすけど、見つかってよかったっす」

「しかし私らがここにいるってよくわかったね」

「スロージアが教えてくれた。魔剣も見つかったからとな。魔剣のことを話したのか?」

「まぁね。でもひとまず問題ないよ」


ギブソンは本当かと疑うようなそぶりを見せたが、実物をカザリが持っているなら問題ないと判断したのかそれ以上は問いかけてこなかった。


「さてあとは帰るだけですけど、どこから帰るんですか?」

「そういえばそうだね」


また列車に乗って逆走するんだろうか。

それはどうにか勘弁したい。


「問題ない。それもスロージアが教えてくれた」

「この先から出られるらしいっすよ」

「そりゃありがたい。機会があったら礼を言わないくちゃいけないね」

「狩人がグリムにか。今回は助けられが妙な気分だ」


ハクとギブソンを先頭に歩き出し、ようやくこの場所から出られるという思いからか一行の足取りは軽い。

そうしてその先にあった光の壁をくぐり、一行は妖精の夜会(フェアリィ・ソワレ)から帰還した初めての狩人となったのだった。

読んでいただきありがとうございます。

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