妖精㉖
列車がゆっくりと終着点である巨大な木のうろの中へと入っていく。
巨木と見比べればこの列車は妖精のような小ささで、それこそ彼らが巨大なグリムの中に巣くっていたように、一行はわずかな明かりが灯るうろの中へと降り立った。
「ようやくですね」
「ここまで来るのにずいぶんと苦労したね」
「累は片足がないし、ハクは種族が変わるし、ギブソンだってやせ我慢してるだけでかなり重症だろう? ひどい目にあったもんだ」
「やせ我慢はしていない」
ごふっと血を吐きながら言うのはやめてほしいところだ。
ハクがその血をじっと見ていたのが気になるが、それはさておきカザリの言うように散々な目に合ったものの、こうして全員が生きているのは素直に良かったと累は思う。
スロージアとプラムの助けがなければ全員無事というのは難しかっただろうし、ハクやギブソンに多少の問題はあっても一応生き残ったことを考えれば非常に運の強いメンバーだと言える。
あとはこの運が帰宅まで持つことを祈るばかりだ。
「じゃ貰うもん貰ったらさっさと帰るとしようか」
カザリを先頭にうろに空いた穴から大木の中へと足を踏み入れれば、全員があまりの眩しさに一瞬視界を奪われる。
徐々に慣れてきた瞳をゆっくりと開けば、妖精の鱗粉を思わせるまばゆい光が天井からゆるやかに降り注いでおり、それらが無造作に放置された金銀財宝に反射し輝いているのだ。
ほかにも絵画や彫刻などの美術品から譜面や本などの芸術品に一流の職人が仕立てたであろうドレスなどが見える。
楽器、椅子や机などの家具、人形やぬいぐるみ、写真、謎の魔術装置や液体、グリムの標本、パソコン、靴、車、飛行機、片方だけの手袋、鏡、価値のわからぬガラクタのようなものなど、妖精が世界各地から集めたであろう盗品が所狭しと並んでいた。
「凄まじいな」
ギブソンが痛みも忘れたように声を上げた。
ここは列車を止めた巨木の中のはずだが向こう側の壁が見えないほどに広い。
自分たちのいる場所のあまりのスケールの大きさと、そしてそんな場所に盗品がずらりと埋め尽くされているのだから驚くのも無理はないだろう。
「これ、目当ての品はどこにあるんですか?」
「手分けして探すしかないね。ハクとギブソン、累とフィズに別れて、スロージアとプラムは……まぁ君らは好きにするといい。ここまで手伝ってくれて助かったよ」
「累とフィズに頼まれたからよ。じゃ私たちはなんか適当に欲しいもの見つけるから」
スロージアはプラムを連れてすたすたと歩いて行ってしまう。
累は車いす代わりのプラムがいなくなってしまったのでフィズに肩を貸してもらう形で立ち上がった。
というよりも背丈が違うので累は半分フィズにぶら下がるような形になっているが、フィズは案の定喜んでいるので累はなにも言わない。
普段は体力があまりないくせにこういうときだけ元気なのは不思議なのだが。
「カザリは一人で大丈夫?」
「ここまで来たら妖精も諦めるだろう。何かあったら大声を出すから問題ないよ。それじゃあ三手に分かれて探すとしよう」
「あの、そういえば魔術具ってどんな見た目をしてるんすかね」
そういえば大事なことを聞いていなかったと累はハクの質問に耳を傾ける。
「……剣だよ。オドを大量に内包したもので、言わゆる魔剣だ」
「それなら人間がそうそう使えないのもわかりますね。オドのない人間じゃ魔剣は毒みたいなものですし」
「そういうこと。以前協会でも使い手がいないかいろいろと試したそうだが、オドの強さに全員精神がやられたって話だ。だから使い手は過去に一人しかいない。その彼ももう死んでしまったけどね」
フィズは知っていたらしいが累は魔剣というものの存在を初めて聞いた。
言われてみれば自分だって武器にオドを付与するのだから、そういう武器があったとしてもおかしくはない。
自分の武器がオドを外部から付与された疑似的な魔剣だとするならば、長い年月でオドを内包するほどになった武具が魔剣というものなのだろうと累は考えた。
「累とフィズ、それに今のハクならオドを感じるから探しやすいはずだ。じゃよろしく頼むよ」
カザリ、ハクとギブソンがそれぞれ別方向に散っていき、累とフィズはとりあえず近場から探し始めることとした。
しかしこれがなかなか見つからない。
綺麗に整理整頓されているわけでもなく無造作に放置されているものだから端から端まで見ないと見落とす可能性があり、しかも木の中とは思えないほどの広大さのため見て歩いているだけでも時間がかかるのだ。
もし別の誰かがここにたどり着いていたとしても目当てのものを探し出せずに力尽きるのでは、と思うほどである。
「時間かかりますね」
「うん……」
どうにも見逃していないか不安になってしまう。
中にはオドを感じる武具もあったが魔剣というほどではない。
とはいえこれがただ単に自分が鈍いだけという可能性もあるので、そういったものはあとでわかりやすいよう道のそばへと移動させておく。
そうして一時間ほどが経過したころ、遠くからプラムを連れたスロージアがやってくるのが見えた。
「まだ見つかんないの? 私たちはもうめぼしいものは見つけたから帰るけど」
腰に手を当てたスロージアと人型に戻ったプラムの二人は何かを持っているようには見えないが、おそらくプラムの中に格納しているのだろう。
そこでふと累が気づいたのはスロージアが持って行ってしまっている可能性もあるのでは、ということだ。
それだと非常にまずい。
「あのさ、何を持って帰るの?」
「んー今回は楽器と譜面ね。ここ広いから一回じゃ全部見て回れなくてさ。毎回ある程度欲しいものに目星をつけて回ってんの」
であればひとまずは安心だ。
しかしここまで手伝ってくれた相手、しかも散々友達だからと強調しておいて魔剣のことを話さないのは憚れる。
それにもしこのことを後からスロージアが知ったらどう思うだろうか。
ましてやその魔剣がスロージアやプラムを傷つけたとしたら、この二人との関係はもうどうあっても修復できないだろう。
「な、なによ……そんなに人の顔をじっと見つめて」
「スロちゃんの顔に何かついてるの?」
この二人とは余計なわだかまりなどなく、またバーで楽しく過ごしたい。
いまさら言うのかと怒られるかもしれないが、これ以上黙っておくことは累にできなかった。
「私たちが探してるのはさ、魔剣なんだよね」
「魔剣? 魔剣ってオドが凝縮された剣のことでしょ? なんでそんなもの」
「協会からの依頼なんですよ。私たち二人とこれからも手を組む条件としてそれを探して来いっていう」
累がうつむき加減に話し、その気持ちを察したフィズが補足をする。
なんでそんな話をするのだろうというスロージアの感情が顔にありありと現れていた。
しかし次第に理解が進んできたのか、能面のように感情が薄れていく。
「そういえば昔、魔女が狩人に殺されたことがあった。私にも気を使って声をかけてくれるいい魔女でさ。でも殺された。それに彼女と仲の良かった魔女が大騒ぎしてたからよく覚えてる。狩人を許さないって泣いて怒って……魔剣で殺されたとも言ってた」
底冷えするような声で語り掛けるスロージアは、ミュージアムで戦った時とはまるで雰囲気が違う。
その瞳にはドラゴンの業火を彷彿とさせる怒りがあった。
「あんたらが探してたのはその魔剣ね。どういうつもり?」
「……ごめん」
「謝れなんて言ってない! どういうつもりかって聞いてんの!」
抑えても抑えきれない怒りが大量のオドとなって累の体を打ち付けた。
床は魔女の本気の憤怒を表すようにひび割れ、隣のプラムはスロージアの急変が理解できずに不安そうにしている。
「たかがぬいぐるみ程度で二人が出てくるとは思えなかったけどさ……協会の言いなりになってそんなもの手に入れて、あんたら殺されるかもしれないんだよ? それになによりプラムがもしその魔剣で殺されるようなことがあったらどうするつもり!?」
それは全くその通りだ。
累だって本当ならこんなことはしたくない。
けれど断れば協会との関係は長く続かないだろう。
いっそフィズやスロージアと一緒に協会を襲ってしまおうか、という気持ちも湧くがそれは累にはできないことだ。
ハクのようにまだ人間としての、狩人としての残滓が残っている累には決してできない。
だからスロージアの気持ちを逆撫ですることだとは理解していても、口をつくのは同じ言葉だった。
「ごめん。本当に、ごめん……」
「そんなこと言ってほしいんじゃ――私はあんたの話が聞きたいだけなの! なんでそんなことをするのかって……」
もどかしさと悔しさがにじみ出たようなスロージアの声に累は胸が締め付けられるようだった。
けれどどう答えたらいいのかがわからない。
口下手な自分を馬鹿にするような言葉ばかりが脳内で繰り返され、肝心なスロージアに伝えたい言葉が見つからないのだ。
「……もういい。あんたらと話すことはもう何もない」
スロージアが背を向けて歩き始める。
「二人のこと、私は本当に……」
僅かに聞こえた声は最後まで聞き取れない。
だがその小さな背中を今ここで引き止められなければおそらく一生後悔するだろう。
「待って」
思わずスロージアの手をつかみ、彼女の夕日色の瞳にうっすらと涙が浮かんでいるのを見て言葉が詰まった。
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