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妖精㉕

スロージアが怒り心頭と言った様子で、頭を逆さにするようにして車両内を覗き込んで怒鳴りつける。


「何鳴らしてんのよ!」

「勝手に鳴ったんだよ! 私らのせいじゃない!」

「やばいっす! めちゃくちゃきてるっすよ!」


ハクに言われずとも視線を逸らしていなかった累は当然理解している。

夜空を妖精たちの鱗粉が彩る様は流れ星のように美しくはあるが、追われるほうからしてみればまるで蝗害だ。

追い付かれれば瞬く間に貪られて骨も残らない。


「こっちにはプラムがいるから大丈夫ですよ」

「私たちが無事でも列車がダメになったら終わりだと思う」

「列車がダメになったら私は飛んで逃げるからね」

「プラムは置いていってください」

「なんでよ! ってかプラムだってあの量は防ぎきれないわよ!」

「あんなにいるのは嫌だなぁ」

「ほらプラムもこう言ってるじゃない」

「友達を見捨てて逃げるんですか! 見損ないましたよ!」

「都合のいい関係を友達とは言わないわよ!」


喧嘩するほど仲がいいとは言うものの、少なくとも今するべきことではないはずだ。

列車は最高速度を維持しているのだろうが、もともと巨大なせいで追いつかれないほど速いというわけではない。

少しずつではあるが妖精たちの姿が大きくなっていることからもそれはわかる。


「累! フィズ! どうにかできないのかい! もしくはスロージアでもいい! 魔女だろ君らは!」

「スロージアがぱぱっと火を噴いて燃やせないんですか?」

「できないことはないけどこの距離じゃ届かないって。燃やせるほど近づいたら意味ないでしょ? それより累ならどうにかできるんじゃないの? ドラゴンだって倒したんだから」

「オドも武器もないから無理」


腕に格納している霊薬は切れているしドラゴンの時のように遠距離攻撃できる武器もない。

フィズの匂いをたどったように自分自身にオドを付与することはできてもそれではスロージアのように距離が問題になる。


「妖精を一掃できるようなドラゴンに負けないくらいの強力なオドと、それを付与できる遠距離武器がないと」

「遠距離武器がいるならこれがあるっす」


下で話を聞いていたハクがボウガンを取り出してこちらへ差し出してきた。

それに矢の種類も豊富なようで炸裂弾や焼夷弾などがある。

もしこの矢に属性付与(エンチャント)できれば妖精を一掃することも不可能ではない。


「あとはオドか」


実際のところドラゴンよりもオドが豊富でそれでいて強力なグリムの心当たりはある。

なぜなら目の前に二人もいるからだ。


「オドちょうだい」

「飴ちょうだいみたいに言わないでよ。フィズから貰えばいいじゃない」

「そうですよ! なにもスロージアのを使わなくても!」

「だって……フィズのは後始末が面倒だし」


オドにはそのグリムの性質が色濃く反映される。

前回のドラゴンでいえば銃弾は高熱を凝縮し刀には炎が付与されたわけで、スロージアであればヴィーブルなのでドラゴンと同じように炎の性質が強く出るだろうと思い頼んだのだが、これがフィズだとカンビオンや死霊魔術師(ネクロマンサー)としての性質が出るため非常に強力ではあるが使いどころが難しいのだ。

実際に過去に使用したときは目の前の妖精たちと同じくらいの量のグリムを軽く一掃するほどの威力を誇ったが、その後の後始末が非常に大変だったのでフィズと相談してあまり使わないようにすることにしたのだ。

その経緯は当然フィズも理解しているはずなのだがなぜ反対するのか、と累は首をかしげながら言い含める。


「フィズもわかってるはずでしょ?」

「わかってますけどスロージアのを使うのはなんか嫌ですぅ! 累さんの中にスロージアのオドが入るなんて……想像しただけで胸が潰れそうです!」

「まぁどうしてもって言うなら私は構わないけどね。別にちょっと入れるだけでしょ。ほかのグリムとだってやってんだし」

「なんか言い方が卑猥! 余計に嫌です!」


ちらりと下を除くとカザリを中心に何をやってるんだという顔をしているのがいたたまれない。

無理やり強行しようにも「これが……寝取られ……」などと涙を浮かべながら震えているフィズを放っておくと何をしでかすかわからない。

最悪スロージアの排除に動きかねないし、そんなに嫌がってることを強要――別にフィズがするわけではないのだが――するのも気が引けるため、他に何か代案はなかったかと累は考え込んでしまう。

そこで声を上げたのはスロージアだ。


「じゃあプラムのは?」

「……まぁプラムならまだ無害そうなので百億歩譲って許可してもいいですけど、プラムのオドで問題ないんですか?」

「遠回しに私のことを貶してない? とにかくプラムのオドなら威力も問題ないって。私が保証する」


フィズは知らないが本来の魔女はプラムだ。

おまけにスロージアと違って正当なヴィーブルなので威力も申し分ないに違いない。

累は座っているプラムにお世話になりっぱなしだなと思いつつ声をかける。


「じゃプラム、ちょっと手を入れるけどいい?」

「いいよ~」


プラムの上に座ったまま手を差し込んでいく。

ひんやりとした少し粘度のある水だが、手にしつこく絡みつくような感覚はなくマッサージでもされているように気持ちがよい。

そして今まで空だった腕内の薬瓶がプラムのオドで補充されていくのを感じた。

ドラゴンのオドを吸収したときのような燃え上がる感覚はなく、ただひたすらに涼やかな心地よさのみがある。

これがヴィーブルとドラゴンの違いなのだろうか。


「ありがとうプラム」

「えへへ。どういたしまして」

属性付与(エンチャント)


左手にたまったオドをすぐさま矢に付与をする。

あとはこれを熱烈に追いかけてくる妖精たちに撃ち込むだけなのだが、ここで一つ問題がある。


「グリムチーム集合」

「もう集合してるじゃない」

「いやハクも」


累の言葉にハクが驚いた表情を向けるが、累がしつこく手招きするのでおずおずと屋根の上まで登ってくる。

グリムに囲まれこれからいったい何をされるのかという恐れと警戒が見えるが、別に何かしようというわけではない。


「そういえば吸血鬼になったんだったわね」

「冷静に考えて狩人よりグリムのほうが多いってわけがわからなくないですか?」

「まぁ最初より増えたからね」

「あの……自分、どうなるんすか」


同じグリムなのだからそんなに怯えなくてもいいだろうに、と思うのだがさっきまで人間だったのだからそれも仕方ないかと累は切り替える。

処刑前の罪人のような面持ちで正座をしているハクに向かってずいっとボウガンを差し出すと端的に一言を伝えた。


「あいつらを撃って」

「え? 自分っすか!? 累さんがやればいいのでは……」

「銃は自信があるけどボウガンは使ったことがほとんどない。今みたいに風が強ければ当てるのは余計に難しいと思う。それに夜目が聞くようになったんでしょ?」


吸血鬼の鋭敏な感覚なら風を読むことも容易いはずだ。

累もボウガンを扱ったことがないわけではないが、正直銃よりも使い勝手の悪い武器としか思えない。

普段の狩りも銃を使うことがほとんどなので、こう言った大事な場面ならば普段から使い慣れているはずのハクに託すのが正解だろうと思ったのだ。


「ハク。さっきも言っただろう。お前はもう一人前の狩人だ。自信を持て」

「は、はい!」


ギブソンの言葉に決意が固まったのか、ハクはその場で膝立ちになりボウガンを固定する。

呼吸をする必要はすでにないのだが、人間であった頃の名残はすぐに消えないのだろう。

何度か深呼吸を行い、そしてハクは息を止め、狙いを定め、引き金を引いた。


「ナイス」


累が小さく称賛の言葉をつぶやく。

風を計算されて放たれた矢は山なりに弧を描きながら少し右に流れ、そこに集団で固まる妖精たちの中心地に着弾した。


矢を中心に周囲を吸い込むように放たれたオドは、属性を付与した累ですら想像しない威力を誇る。

炸裂弾にオドを付与したのでドラゴンの炎で大爆発でもするかと思ったのだが、代わりに現れたのは妖精や彼らが引き連れた大量のグリムまでもを巻き込む巨大な大渦だ。

それはとてつもない水量であり、はるか上空まで巻き上がると雲一つなかった星空に暗雲を呼び込み、さらには大渦の中に雷まで落とし始める始末である。


体を激しく叩くような雷の衝撃が来るたびに大渦が発光し空からは大雨が降りだし、最後には飲み込んだグリム達をはるか上空から吐き出すと、大渦も暗雲も雷も雨もまるで最初からなかったとでもいう風にあっという間に消え去ってしまった。

まさしく嵐が去ったような静けさの後、残されたのは巻き込まれた妖精やグリムの大量の亡骸であり、それこそ嵐に破壊された家屋や木々のようにあちこちに散乱している。


「うわぁ、プラムのオドって意外と凄いですね……。これ魔女並みにあるんじゃないですか?」

「プラムだもの。これくらい余裕よ」

「ねぇねぇ役に立った?」

「うん。ありがとう」

「えへへへ」


これほどの大惨事を起こしたとは思えない無邪気さだ。

実際本人が知らないだけで魔女なのだからこの威力も当然なのだろうが、スロージアからそのことを聞かされていた累でも驚く威力であり、魔女だと知らないフィズの内心の驚きはもっとだろう。

しかしどこからともなくあれほどの水量の大渦を呼び出すとは、これが(みぎわ)の魔女と呼ばれる所以なのかもしれない。


「……」


雷に打たれたわけでもないだろうが、ハクが微動だにしない。

正直ハクには細かい説明はしてなかったので、ボウガンを撃てと言われただけで具体的に何が起きるかなどわからなかったのだろう。

雨で湿った体にも気づかず、あまりの衝撃に完全に固まってしまっている。


「まぁこれでようやく落ち着きましたね」

「うん。あとは依頼の品を持ち帰るだけ」


それでこの依頼は終わりだ。

ようやく見えた終わりへと向かって、列車は走り続ける。

読んでいただきありがとうございます。

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