妖精㉔
「ほら見えたわよ。でもこのまままっすぐ進むと遮るものがなくて見つかるだろうから、湖を迂回していくほうが安全ね」
妖精の言葉通り、一行の視線の先には目的としていた蒸気機関車が停車していた。
まだ距離はあるためよく見えないものの、風に乗って届く血の匂いや奇声はいまだ妖精たちがお楽しみの最中という証拠に違いない。
「さっきも聞いたが、先頭車両は私らでも動かせるんだろうね?」
「誰だって動かせるわ。人間の列車を真似して作ったものだもの」
であれば問題ない。
あとは先頭車両に乗り込み後続車両との連結を外して先へ進むだけだ。
累はプラムの上でビーズクッションに埋もれるようにして座りながら、ようやくこの依頼も終わりだなと一息ついた。
とはいえこの依頼が終わるということは魔女狩りの魔術具が協会の手に渡るということだ。
納得したとはいえ胸の奥にわだかまる黒い感情を抑えることは難しい。
「それじゃあ私はここまででいいでしょ?」
「ああ助かったよ」
「はぁ~ようやく自由だわ。でも楽しかったわ。また遊びに来てね。オニキスちゃんも待ってるわ」
カザリが紐を妖精から外すと、リードを外された犬のように飛び回って自由を喜ぶ。
そして名残惜しそうに投げキッスをハクに向け、そのまま妖精は森の中へと消えていった。
「二度目はごめんっすね」
枯れた笑い声を漏らしながらハクはうなだれて見せた。
ここで散々な目にあっているのだからそれはそうなるだろう。
ハクに限らず累だって同じ気持ちだ。
「とりあえず先に進むよ」
一行は妖精のアドバイスに従い湖を迂回するように先へ進んでいく。
水底まで透き通って見える湖には魚が泳いでいるものの、幸い妙なグリムがいるということはないようだ。
このまま迂回しながら周囲に生えた木々に隠れて進めば、安全に列車へ近づけるだろう。
(居心地がいいな)
累は思ったよりも素晴らしいプラムの座り心地に人知れず感動していた。
バーにスロージアが来た時に自慢されたことがあったのだが、これは確かに自慢したくなる心地よさだ。
自室に置いておきたいほどである。
周囲を警戒しているカザリやギブソンには悪いと思うものの、夜の湖畔をこうして散策するのはプラムの素晴らしさも相まって、まるでバカンスにでも来たような気分だ。
あまりにも心地が良いので徐々に瞼が落ちて眠くなってくる。
「ほんとにあのハクって子をうちに入れるんですか?」
「え?」
フィズの拗ねた声に半ば眠りかけた意識が覚醒する。
何度か瞬きをしてフィズの顔を見れば、不満と不安が入り混じったような顔をしていた。
「まぁもう少し考えるけど悪いことでもないと思う。元協会の狩人がいるってなったら、協会も私たちの店には手を出しにくいんじゃない?」
「うぐぐ……あ! もし客の血を吸い始めたらどうするんですか? 大変なことになりますよ!」
「それは確かに困るけど」
客を魅了しているフィズが言うことでもない気はするな、と思ったのだがフィズは鬼の首を取ったとでも言いたげに声を上げた。
「ハクは血に飢えてないですか!? ほらそこの眼鏡や怖い男の血が吸いたいとかそんな衝動が芽生えてません!?」
「え、え、血っすか? そう言われると……」
ハクに見られた二人がゴクリと喉を鳴らす。
「全然そんな感じはないっすね」
「ないんですか!?」
安堵の息と落胆の悲鳴が同時に上がった。
せっかく丸く収まった雰囲気をぶち壊しにしようとするとはさすがフィズだとある意味少し感心するが、ひとまず丸く収まったままのようで一安心である。
「吸血鬼になって何か変わったことはあるのかい?」
「すっごい夜目は効くっすね。昼みたいに見えるので。あとは……そういえばフィズさんがあんまり気にならなくなったような」
「吸血鬼は特定の弱点を除いて各種耐性に優れているからな。そもそも吸血鬼は魔眼で相手を魅了する側のグリムだから魅了に対する耐性が強いのかもしれない」
それは累としてもありがたい。
フィズにいつ魅了されるかわからない人が店内にいるというのは不安の種だが、それに耐性があるとなればむしろ歓迎できる。
というよりも吸血衝動もなければ魅了もされないとなれば、店で働かせるには最高の人材ではないだろうか。
むしろ人を魅了しかねないフィズよりも適性があるように思える。
「あぁ! 累さんがなんか前向きに考えてる顔をしてます!」
「そうだね」
「肯定しないでください!」
「でも血を吸わないで吸血鬼って生きていけるの? 私のミュージアムになり損ないならいるけど、あれとか血を吸ってないとミイラみたいに固まるわよ?」
あのミュージアムにはなり損ないもいたのかと、累は少しスロージアから距離を取りたい気分にかられた。
「そんなものまでいたんですか? 普通にドン引きですよ」
「グリムの全種コンプリートが夢だもの」
「そんなお菓子のおまけ集めるみたいな感覚でいわなくても……」
やはり魔女の感覚というものはわからないものだ。
フィズも引いているので魔女の中でもスロージアがおかしいのかもしれないが。
「吸血鬼ってのは大まかに三つランクがあるんだよ。上級、中級、下級。下級吸血鬼は話に出たなり損ないのことだね。上級と中級の明確な違いは生きるのに必要な血の量で、中級の場合は一日に輸血パック一つ分の血液は摂取しないと数日で異常が出るようになる。力が弱くなったり飢えに支配されて思考が停滞したりね。上級は逆に血の摂取はほとんどいらなくて、上級吸血鬼からすれば血を吸うのはワインを飲むような嗜好品を味わう類のものらしい」
「それじゃあハクは上級吸血鬼になったってこと?」
「今の話からするとそうなんだが、ただ単に飢えてないだけって可能性もあるしもう少し様子を見ないとわからんね。ほかにも日光にどの程度弱いのかとか、普段の生活への影響も調査しないと」
確かにそれは大事なことだと累は納得の声を上げる。
なにせ吸血鬼は強力なグリムである反面、いろいろと弱点が多いグリムだ。
それも個体によって日光にある程度耐えられる者もいれば蒸発するように消えてなくなる者もいる。
ニンニクや十字架に弱いといったものから川を渡れなかったり招かれないと家に入れないなどの伝承もあり、そういった伝承から吸血鬼は個体差がかなり大きいグリムなのだろうと累は考えていた。
ハクが何気なくニンニク料理を食べただけで死ぬかもしれないのだから、生きていく上で自分が何に強くて何に弱いかはきちんと把握する必要があるだろう。
「ハクは別に我慢しなくてもいいんですからね。吸いたくなったらいつでもガブっといってください」
「別に我慢してないっすけど」
「それだと私が困るんですよ。もっと吸血鬼っぽくしてもらわないと」
「そんなこと言われても……」
そんな真面目な話をしている最中もフィズはどうにかハクを危険な吸血鬼に仕立て上げたいらしく、あれやこれやとハクに話しかけているが今のところ吸血鬼っぽさは全くない。
あんな風に普通に話してるのだから別にバーで働かせても案外うまくいくのでは? と累は思うのだが、そこはフィズが納得するまで好きにさせるしかないなと放置している。
「さて、そろそろ先頭車両だ。ここからは時間が勝負だからね」
「ギブソンとハクが連結器の取り外し。カザリが操縦。残ったグリムチームは防衛でしたね」
「当然のように私とプラムも働かされるのね」
「友達だし」
「それ言えば何でも言うこと聞くと思ってない?」
思っているが口には出さない。
「思ってるでしょ。顔で分かるから」
あまり感情が表情に出ないはずなのだが、フィズといいスロージアといい魔女は勘が鋭いようだ。
とりあえず累は聞こえなかったふりをしてみるが、スロージアの視線が痛い。
「行くよ」
カザリの号令の下、一行は森から駆け出し先頭車両へと乗り込んでいく。
レールが森林そばを通っているため先頭車両とは距離がさほどなく、おまけに妖精たちは客室に夢中でこちらには気づいていないようで車内にはすんなりと入ることができた。
すぐさまギブソンとハクが連結器を外しに向かい、カザリは事前に妖精から聞いた手順で列車の発車準備を始めている。
残った累はプラムに乗ったまま車両の屋根へと上がり、スロージアとフィズもそこに加わった。
「後ろはだいぶ悲惨なことになってますね」
「そうね。これを毎回見て思うんだけど、夜会って名前は変えたほうがいいと思うのよね」
屋根の上から後続車両を見ればどこもかしこも悲惨な光景が広がっている。
妖精の手でおもちゃのように分解され、引きずられ、落とされ、燃やされ、乗客たちはおそらく全滅だろう。
確かにスロージアの言う通り夜会という雰囲気はどこにもない。
「例えば?」
「妖精バトルロイヤルとか」
「バトルというかほぼ一方的ですけどね」
「妖精大虐殺は?」
「妖精がやられる側になりそう」
「じゃあ人間大虐殺……いやグリムもいたから招待客大虐殺かな」
「その名前聞いてここに来る人は頭おかしいですって」
「確かに」
結局夜会がいいんだろうか、とくだらない話をしていると列車が徐々に動き始めた。
連結器も無事取り外せたようで後続車両との距離はどんどん開いていく。
「意外とあっさりでしたね」
「いいことだよ」
「でも蒸気機関車って結構うるさいじゃない。気づかれないの?」
「ぽっぽーって音が鳴るよねぇ。今回は鳴らないのかなぁ」
そのプラムの言葉がフラグだったのだろうか。
この列車に始めて乗車したときと同様に、けたたましい汽笛の音が夜空を裂くように鳴り響いた。
グリム達がそろって顔を見わせる。
「鳴ったね!」
「鳴りましたね」
「鳴らす必要あった?」
「ないと思う」
後続車両に群がり先ほどまで賑やかだった妖精たちが、汽笛の音にしんと静まり返って動きを止めている。
距離があっても彼らが一様にこちらを見つめているのがわかるのは、暗闇の中で獲物を見つけた獣のように無数の瞳が光を放っているからだ。
そして――
「やっぱりこうなるじゃないですか!」
妖精たちが我先にとこちらへ向かってくる様にフィズが怒りの声を上げた。
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