妖精㉒
「はいはいみなさんこちらですよ~。はぐれないでしっかりついてきてね~」
「調子のいいやつだね。裏切るんじゃないよ」
「わかってるわ。綺麗な宝石を残して死にたくなんてないもの。列車まできちんと案内してあげるから約束通り殺したりしないでよ?」
「約束を守るなら問題ないよ」
ぷくっと顔を膨らませて抗議するのはハクの瞳をしつこく狙っていたあの妖精だ。
体には太めの紐を括りつけられており、犬のリードのようにカザリがその先を握っている。
なぜ妖精が一緒にいるのかといえば、列車の場所を知っているからに他ならない。
あの崖下の花園で一行はいろいろと話すべきことがあったものの、ここに長時間いるのは得策ではないというギブソンの言葉に従いとにもかくにもその場を離れることになり、その際にカザリが妖精に脅しをかけて列車の場所を聞きだしたところこうなったのだ。
「妖精って楽しければ死んでも構わない生き物だと思ってたけどねぇ」
「大半はそうだけど違うのもいるのよ? 私はさっき言った通りせっかく集めた大事なコレクションを残して死にたくないだけ」
「その気持ちはわからないでもないわね」
スロージアが理解を示すがカザリからすれば人の目玉のコレクションなど趣味が悪いとしか思えない。
異常性癖の妖精に案内を受けるなど本来ならごめんだ。
しかし正直にそんなことを言って唯一の案内役の機嫌を損ねるわけにもいかないので、カザリはおとなしく黙ってる。
そしてその妖精よりも問題なのが後ろを歩く数名だ。
彼らのおかげでどうにも空気が重く、カザリが妖精と会話するのはそれとなく雰囲気を変えようとしているからに他ならない。
カザリがちらりと最初に様子をうかがうのはギブソンだ。
もともと寡黙な男ではあるが、今は周囲の闇を凝縮したような暗さを纏っている。
陰鬱で近寄りがたく半径一メートル以内に入れば重力で潰されるのではと思うほどだ。
その原因は言うまでもなくハクだろう。
今は両足の簡易治療を受けたギブソンが背負っているが、助け出されてから意識を取り戻さない。
脈と呼吸はあるものの、時間がたつにつれて徐々にそれらも弱くなっている。
(血を吸ったってことは……やっぱり……)
吸血というだけでそのグリムが何なのかは想像がつく。
となれば予期される未来は二つだ。
カザリはハクとは仕事上の関係でしかないため、ハクに恋人がいたりそういった経験があったのかはわからない。
もし男女関係に疎く、まだそういう経験がないのだとしたらひとまず生き残ることはできるだろう。
だが仮にそうでなかったとしたら、ハクはここから生きて帰れない。
「くそ」
ギブソンが悪態をつくのはこれで何度目だったか。
きっともうどうにもできないもどかしさと、ハクがこの先どちらに変わるのかという不安と、もし最悪の未来になってしまった時の覚悟が入り混じっているに違いない。
カザリは気持ちがわかるだけに慰めの言葉をかけることもできず、ただ黙っているしかなかった。
「チッ」
そして今度は舌打ちが聞こえる。
これも何度目だろうか。
見ればフィズが明らかに苛立った顔で爪を噛んでいる。
フィズが不機嫌だったり苛立つことはままあることだが、累が隣にいる限りそんなことはなかった。
どれだけ機嫌が悪かろうが累が現れれば途端に笑顔になる女が、今はその感情を抑えきれていない。
時折プラムに運ばれている累を心配そうに見つめ、そうなってしまった原因を思い出しては舌打ちをする。
その繰り返しだ。
おまけに感情が荒ぶっているせいか魅了の制御も甘くなっており、意志を強く持たないと魅了されかねない。
そのため近づくことも危険なのでフィズを筆頭に妖精を除いたグリムたちは最後尾でかなり離れた場所にいる。
もし誤って魅了でもされようものなら確実に生きては帰れないだろう。
それくらいに今のフィズは近寄りがたい。
「う、ぅ」
「ん?」
片足を失い歩けない累はプラムの背に乗せられて運ばれている。
そんな累は大丈夫だろうかと気になったのだが、隠そうとして隠しきれない妙な声がそこから聞こえた。
(泣いてる?)
いやそんなまさか。
文字通り感情表現が人形レベルの累が泣くなんてことがあり得るはずがない。
だがもしかしたら、とカザリが注意深く覗いてみれば、累の瞳から大粒の涙が零れ落ちている。
「ぐえ! ちょっと、紐を持ったまま止まらないでよ!」
思わず急停止したカザリに妖精が文句を言うが、そんな声が聞こえないほどカザリは驚いていた。
そしてそんなカザリの様子を鏡にして気が付いたのか、フィズが勢いよく振り返って累の顔を覗き込む。
「え? 累さん? な、な、なななんで!?」
珍しいこともあるものだ。
あの累が涙を流してあのフィズがパニックになっている。
そうそう見れることではない。
カザリが足を止めたことでギブソンやスロージアに累を乗せているプラムももちろん異変に気が付いたのだろう。
揃って累とフィズの様子に目を見開いて――プラムはスライム形態なので体を震わせただけだが――驚いている。
「どど、どこか痛いんですか!? どうしたらいいですか!?」
「……悔しい」
「え?」
「フィズを守るってかっこつけたくせに……あいつに勝てなかった」
「いやいやいやいや累さんは守ってくれたじゃないですか! 二人で一緒にぶん殴ったりして追い返したし! そうですよね!」
悔し涙だったのか、と一同が納得している合間もそれを励まそうとするフィズの慌てぶりは相当なものだ。
同意を求められたギブソンが、フィズの有無を言わせぬ圧力にわけもわからずとにかく頷いて見せるが、それだけでは足りないのか『累さんを励ませ!』という強烈な念をフィズが送ってくるほどだ。
むろんそれはただの気のせいなのだろうが、ここにいる全員がそう感じたことは間違いない。
なにせ息を合わせたかのように全員が励まし始めたのだから。
「あー、私は見てたわけじゃないがやり返したんだろう? それにほら! 武器もなかったって話じゃないか! ならしょうがないさ! そうだろギブソン!?」
「あ、ああ。俺も適わなかったし普通の狩人なら殺されていた。武装もない状態で俺やハクを救ってくれたんだから悔しがるようなことじゃない」
「フィズはそこでぴんぴんしてるじゃない! 守ったことには変わりないでしょ? 私にだって勝ったんだから、全力を出せば次は勝てるって!」
「プラムを助けてくれたのがハクで、そのハクを助けてくれたのがギブソンで、そのギブソンを助けてくれたのが累でしょ? ならプラムはありがとうって思うよ? 悔しがることなんてないよ?」
わたわたと全員が励ます様は他の誰かが見ればずいぶんと面白く見えただろう。
それも狩人と魔女が揃って励ますなどと。
実際に部外者である妖精は面白いものを見たとご機嫌な様子だ。
「今回は霊薬も武器もなかったんだししょうがないですよ! むしろその状態で撃退したことを喜ばなくちゃ!」
フィズの言うことももっともだ。
累の屍人形としての機能をある程度把握しているカザリからすれば、腕に格納していた霊薬も切れて武器も持っていなかったのなら、逆に生身で撃退したというのは誇るべきことだろう。
カザリはギブソンからは詳細を省いた説明しか受けていないが、仮にそこに自分がいたと考えても勝てたとは思えない。
累にこの依頼をしたことは正解だったと思えたほどだ。
「相手は魔女である私の攻撃を喜んでいるような変態ですよ? 私一人じゃ手に余るところに累さんが助けに入ってくれたから撃退できたんじゃないですか。もっと喜んでください」
「……そうかな」
「そうですよ!」
「じゃあそう思うことにする」
すっと嘘のように涙が消えて、残っているのはいつもと変わらぬ様子の累だ。
全員が必死に励ました成果ともいえるが意外と立ち直りが早い。
累とフィズを除いて振り回された周囲の全員が安堵と疲れからため息をついたのは仕方がないだろう。
「……あれ? いったいこれは何が……」
「ハク! 無事か!?」
一連の騒ぎに刺激を受けたのか、うっすらと瞳を開けたハクがぼんやりと周囲を見渡す。
ギブソンはすぐさま彼女を下ろそうとするが、それよりもハクの覚醒のほうが早かった。
「え、先輩!? な、なんでってうわわわ!?」
「待て動くな!」
背負われていることに顔を赤くして暴れるものだからそれを支えるギブソンは喜ぶ暇もない。
結果として半ば転がるようにしてハクはギブソンの背から降り、ハクを背負っていたギブソンは両足の痛みに静かにもがいていた。
一行からすれば落ち着く暇もないとはこのことだが、ギブソンやカザリからすれば喜ぶべきことである。
だが安心するのはまだ早い。
そう示すようにギブソンとカザリの表情は暗かった。
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