妖精⑭
少女はティータイムを邪魔されたとでも言いたげな雰囲気だった。
不機嫌そうに両腕を組み、夕日を思わせる瞳を細めてこちらを見下すように顔を傾けている。
態度とは真逆に緋色の髪はかわいらしいツインテールになっており、ゆわれた先はくるりとカールがかかっている。
累とフィズのように夜会に合わせたのかは不明だが、少女が着ているのもドレスだ。
それも子供が発表会で着ているようなものではなく、中世ヨーロッパの貴族が着るようなコルセットドレスである。
「ってかなんで累とフィズがここにいるのよ」
「それさっきプラムにも言われましたね」
「協会の依頼」
「依頼? じゃあそっちのは?」
「協会の狩人」
少女の瞳にハクはうすら寒いものを感じた。
人が人を見るときに存在する感情というものがこの少女の瞳にはないのだ。
たまたま視線に入った路傍の石を見るような、温かさも冷たさも善意も悪意もない瞳。
グリムの瞳である。
「そっちからカザリ、ハク、ギブソン」
「別に興味ないって」
累が紹介したものの、それを少女はばっさりと切り捨てる。
だがそう言われて不快に思うどころかそれが自然だろうなと納得してしまう。
グリムとはそういう生き物だから。
「何者だ?」
「あーえっとね」
ハクの隣で問いかけるギブソンは警戒しているようだった。
少女がグリムであるということは確信しているようだが、それがいったいどういったグリムで累とフィズとどういう関係かがわからないのだろう。
たいして累は言いよどんだ。
どう紹介するべきかと悩んでいるようだったが、やがて考えがまとまったのか考えても意味がないと判断したのか、あっさりと累は言い放つ。
「名前はスロージア。瀲の魔女だよ」
「え? 魔女? ほんとうに? 魔女がどうしてこんな場所にいるんすか?」
人間に似たグリムだろうとは思っていたが、まさかの答えにハクは相手が魔女だということも忘れて疑問をそのまま口からこぼし続ける。
そんなハクをどう思ったのか、スロージアは小さくため息をついてみせた。
「なんでその質問に答えなきゃいけないわけ? まぁでもわかったでしょ? 私は魔女であんたたちは狩人。だからさようなら。ほらプラム、こいつら全員追い出しちゃって」
「累とフィズも?」
「……まぁ累とフィズは百万歩譲って入れてあげてもいいけど」
「あれ? いいところあるじゃないですか」
「うっさいわよ」
ずずずっとハクたち純粋な狩人三人の周りの膜が狭まってくる。
このまま外へと追い出すつもりだろうか。
「ちょっと待って」
「なんで止めるのよ」
「その三人は生きてもらわないと困る」
累がそう訴えかけ、対してスロージアは少し不満そうだ。
その姿だけを見ればお姉さんに注意された女の子のようだが、この女の子がその気になれば狩人を殺すことなど造作もないのだ。
ちらりと後ろを振り返れば膜の向こうで妖精たちがこちらを伺うように飛び回っている。
もしここで放り出されれば生き残るのは不可能に近い。
(相手が魔女なんて思わなかったけど、とにかくうまく説得して……お願い!)
ここで死にたくなんてない。
どうにか助けてと祈るようにハクは累を見つめた。
「何でよ。そいつら狩人なんでしょ? だったら依頼の最中で死ぬのは自分の責任じゃない。弱いのが悪いんだからさ」
「スロージアの言うことは正しいけど、それでも今回は生きてもらわないと困る」
「何でよ。なんか理由あるの?」
ここでもし三人が死のうものなら協会が黙ってはいないだろうが、それは累やフィズも望むところではないはずだ。
かといって理由を掘り下げられて魔術具の話まで行くとスロージアがどう出てくるかわからない。
最悪ここで戦闘になることだってあり得る。
いずれにせよどう転んでも自分の命は累の交渉次第なのだと、ハクはじんわりと背を伝う不快な汗を我慢しながら覚悟した。
「とにかくいいじゃないですか。友達の頼みなんですし」
「スロちゃん。プラムも友達のお願いなら聞いてあげたほうがいいんじゃないかって思うよ」
「な、べ、別に、友達なんかじゃ……」
「え、友達じゃないんだ」
「違うわよ! と、友達じゃないとは言ってないじゃない!」
累が悲し気に俯いたのに焦ったのか、スロージアが慌てて訂正する。
そしてここぞとばかりにフィズが口をはさんだ。
「そうですよね。私たちは友達ですもんね」
「プラムも?」
「プラムもですよ。私も累さんもスロージアもプラムもみんな仲良しです」
「やったぁ!」
「あ、いや、まぁ、そうかも、しれないけど……」
「かも?」
曖昧なスロージアの言葉に再び累が悲し気に眉を下げる。
「ああもう! わかったわかった! 全員ここに入れてあげるから!」
「ありがとう」
累の言葉にスロージアが顔を赤くしながら顔をそむけた。
そして恥ずかしそうに小さな声でつぶやく。
「礼なんていいわよ。ただの気まぐれなんだから……」
この三人、いやこのドームのようなグリムも入れて四人はいったいどういう関係なのだろうか。
友達といっていたがグリムに友情関係というものがあるとは思えないハクには不思議でならない。
もし本当に友達だとしたら人間のようにグリム同士で絆があるということなのだろうか。
あるいはグリムの友情は人間のそれとは違うのか。
「ありがとう。助かったよ」
「あ、ありがとうございます!」
カザリにつられて累とスロージアに礼を言う。
とにかくグリムのことについて考えるのは後回しだ。
「別にいいよ。あんたらのためにやったんじゃないし」
「ところでスロージアはどうしてここにいるんですか?」
「夜会に参加してるってことは何か盗まれたの?」
「別に何も盗まれてないって。そんな間抜けじゃないし、私たちのミュージアムは最高のセキュリティだからね」
どこか遠回しにこちらを馬鹿にしているような言い方だ。
とはいえここで文句を言うわけにもいかない。
変に口を挟めばまた機嫌を損ないかねないので、ハクはグリム達の会話を聞くことに徹している。
「私たちは夜会に毎回参加してるの。参加すれば妖精が世界中から盗んできた美術品や芸術品を私が奪えるから」
「あぁ、だからミュージアムに盗まれた絵が飾ってあったんだ」
「へぇ気付いたんだ。やるじゃん」
「最初に気づいたのはフィズだけどね」
「じゃあ今回もそれ目当てってことですか」
「そういうこと。ミュージアムには妖精もいるからその子に案内させて毎回参加してるわけ。裏ルートってやつね。妖精もごらんのとおりプラムに遊んでもらえるから楽しんでるみたいだし」
「えへへ」
照れているのかドームがゆらゆらと揺れた。
内側からよくよく見ればくっついている妖精たちは気持ちよさそうに眠っているだけだ。
最初は突破しようと抵抗していたのかもしれないが、最終的に疲れたのかこの膜が思ったよりも気持ちがいいのか心地よさそうな寝顔をしている。
「ところで累とフィズは協会の依頼だって言ってたけど、なに盗まれたの?」
スロージアの疑問にぴりっとするような空気が走った。
無論スロージアは気づいていないし特に意図せずした質問なのだろうが、素直にこれに答えるわけにはいかない。
何故ならこれから取り戻しに行くのは魔女狩りの魔術具なのだから。
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